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第一部 10

やったことと言えば、ただバイクでタンデムして、峠を一緒に走っただけ。

それが僕に、こんなに大きな気持ちの変化をもたらすなんて、誘った僕自身も想像さえしていなかった。


・・・・まるで深い夢から醒めたときのような、不思議な感覚が、今僕を包んでいる。


頭の中を、今しがた走って来た時の情景が次々と巡る。

流れる景色の中、コーナー、ブレーキング、リーン、近づく路面、コーナーを抜け加速・・・・


今!

大丈夫!!

待って・・・


言葉ではない、僕の背中に触れている鈴子から伝わる一瞬の緊張、腰に回された腕に込められる力、それら全てが僕に語りかけてくるような気がした。それがコーナーに入る瞬間に、僕の中に走る一瞬の躊躇に対し、的確に後押ししたり、引き止めたりする。

でもそれは、決して僕を操っているわけではない。そうではなく、僕を励まし、僕が無意識に繋がれていた思い込みや、無意識の内に作ってしまった拘り、そんなたくさんの迷いから、自由にしてくれる、そんな感じだった・・・。


そう、自由・・・・


鈴子・・・・

ミラーに映る髪をなびかせる彼女。

フルフェースのメットの下の表情は見えないが、何故かその時、ちゃんと僕の視線に気付いて、ニコッと笑いかけてくれたような気がした。


一緒にいて自由を感じれる人

そんな人が、この世にいるなんて・・・。





夕焼けはすっかり闇に呑まれ、夜の真っ黒な海の波の音が静かに聞こえている。これ以上ここにいても、意味が無いなと思った僕は、彼女に声を掛けた。

「じゃあさ、なんか食いに行こ。」

「え?、あ・・はい!」

さっきのことの余韻が、僕の中にあった身構えていた部分を溶かしてしまっていた。零れた言葉は、今まで誰にも掛けたことのないような、素の自分の言葉だった。言ってしまってビックリしたのは、僕の方だった。彼女も一瞬、戸惑う表情を浮かべるも、直ぐにたまらなく嬉しそうな笑みが取って代わる。

当然のように僕は彼女のSRに跨り、鈴子もまたタンデムシートにしっくり納まる。

「行くぞ!」

コクンと頷く鈴子。

そして僕は適当にネットで調べた、一人では行ったことも、いや行こうとも思ったことすら無いイタリアンレストランではなく、僕がホッとしたいときに必ず行く、馴染みの街の定食屋にバイクを走らせた。





僕は停め慣れた自転車置き場に、いつもの自転車ではなく、乗ってきた鈴子のSRを押し込んだ。鈴子は先に降りて、きょときょとしながら周りを見ている。降ろされたのは良いが、どこに店があるのか、見つけられずにいるようだった。

「あ、こっち・・。」

僕は彼女を案内して、どう見たって店には見えない、一般家屋の勝手口風の扉を開いて、中に入った。



「いらっしゃ〜い!」

いつものおじさんの声が響く。カウンターがあり、その後ろ人がやっと一人通れる通路がる。そして、焼肉を焼く煙で視界が悪い中、やっと見つけたカウンターの一番奥の空席を目指して、歩いていく。

鈴子を一番端に座らせ、僕は隣に席を取った。鈴子が座ると同時に、丼飯を掻きこむ何人の男達がピクンと反応し、器越しに様子を伺っているのが分かった。僕は内心溜息をつき、隣の視線を集めてる誰かさんに意識を向けるが、こちらもいつもどおり、全くもって無反応だった。


この店、男ばかりが屯する所であり、女の子が来ることはまず無いだろう。 

綺麗・おしゃれとは対極だ。長い歴史の間、油で店内は汚れ、独特の匂いが店を満たす。

鈴子は予想していた、小洒落たレストランではなく、こんな所に連れられてきて、さすがに初めは、ビックリした顔をし、少し居辛そうにモゾモゾしていた。


「お兄さん、彼女?」

ビックリして顔を上げると、ここの店の主人「大将」の、人懐っこそうな笑顔が待っていた。

しばしば通ってる僕は、大将とはとうに顔なじみになっている。大将がオーダーを取るついでに、嬉しそうにそう聞いてきたのだった。

「お蔭さんで・・はい・・・。」

僕は自分でも顔が火照っているのが分かるぐらい、照れながら頷いた。

隣にいる鈴子の顔は見えないが、面白げに僕らを見比べる旦那さんの顔を見ていると、彼女もまた、相当照れているのが分かる。

「これからも、宜しくお願いしますわ。」

大将は鈴子に向かって、頭を下げる。

「いいえ、こちらこそ。宜しくお願いします。」

そして僕を挟んで、二人顔はニーッと笑った。


テレビは野球中継を流していた。しばらくすると一人また一人、満足そうな顔をして席を立って出て行く。はじめは緊張していた鈴子も、注文した「トンカツ」と「おでん」が目の前に出てきて、一緒にがっつくころには、そんな様子も消えていた。

あれから僕はずっと「素」でやってしまっているのだが、彼女も今まで勤めてしていたように、お嬢様お嬢様しなくなっていた。見ていて気持ち良いほど豪快に、美味しい美味しいと掻きこむ。


「おじさん、おあいそ!」

「はい・・!」

「ご馳走様でした。」

「ありがとうございました。」

いつもの通りおあいそを終え、僕らもモワッとした店の外から、日が暮れて涼しい風の吹く外に出た。


体中に店の匂いがしっかり付いている。いつもほんのり香水の匂いをさせている、彼女のことを思うと、気になっているのじゃないかと心配になった。

微妙に、不安が過ぎらなくもない。

「どう・・・だった?」

僕は鈴子に、そんな心配を隠すように少しおどけて聞く。

「うん、美味しかった!・・また来ようね!」

・・・また来ようね!・・・か。

鈴子は嬉しそうにニコニコしながらそう言った。




鈴子の家まで、また僕が運転し彼女を後ろに乗せて走る。

背中に硬いものが押し付けられた。

?!

鈴子は僕の背中に、頭を持たれかけていた。しっかりと僕の腰に手を回しているその腕にも、少し力が加わったような気がした。

僕の心臓は思わず高鳴る・・・・・



僕は今日初めて、鈴子との結婚の意味を、見つけ出したような気がした。彼女は単なる気の合った隣人ではない。異性として惹かれるから、側に置いておきたいというのとも全然違う。


・・・・僕にとって、無くてはならない、掛け替えの無いただ一人の存在。


当然、バイク乗ることだけではない。僕が人生を歩んでいくのに、どうしても一緒にいて貰わないと困る人。彼女は僕にとってそういう人なんだと、初めて実感した。


通いなれた道を行き、後もう少しで彼女の家に着く。

今日はこれでお別れだ。

その時不意に、僕の胸に焦りのようなものが、滲んでくるのだった。


別れたくない

一緒に

いたい


僕の心は確かにそう呟いた。


「さ、着いたよ。」

間もなく彼女のアパートに帰りつく。大分遅くなった、門限のやたら早い彼女。一言二言、お義姉さんから「お小言」を貰うことになるかもしれない。僕はそのことが心配で、早く彼女を家に帰そうと、急いで帰り支度をして、借りてきた親父さんの車に飛び乗る。


「おやすみ・・。」

彼女の挨拶を聞く間もなく、僕は車を出した。

ルームミラーに映る鈴子は、ジーッと走り去る僕の乗る車を見つめていた。


じゃあ

彼女にとって僕は

どんな


・・・どんな、存在なんだろう・・・


その時、一種の疼き似た感触が、僕の心に走ったのを感じた。

 

   

 

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