プロローグ
「こんばんは。」
「あ、こんばんは・・。」
「これから、よろしくお願いします。」
「え?いや、こっちこそ・・・。」
「それでは、また明日。」
「ああ、はい、じゃあ、明日・・・。」
カチャン・・・
僕の名前は、下村功太郎という。歳は28。
今、何をしてるかっていうと、世話になっている小さな工場の親父さん(社長)の家に呼ばれ、応接間に押し込まれ電話をさせられていたところだ。相手だが、明日、親父さん達が仲を取り持ってくれて婚約することになった、天原鈴子という女の子だった。
天原さんは、家の工場にちょくちょく出入りしている、小さな事務用品店の店員である。特別美人というわけではないが、だからと言って、ガッカリするほど不細工でもない。
月一で事務小物を納品してくる時、他におじさん・おばさんばかりのうちの職場で、唯一といっていいほどの同年代の人間ということで、彼女と話をすることがあった。
その様子を見ていたウチのおかみさん(社長婦人)が、変に気を回して、彼女との縁談を持ってきたのだった。
僕は町工場の仕事に誇りを持っている。リアルに手の中で品物が仕上がっていく快感、そこにこめられた創造性は、バーチャルのものとは全然違う。
かつて大学では化学をし、趣味ではPCとクラシック音楽に明け暮れたのだが、結局、親父譲りのメカ好きの方が勝って、全然畑違いのこんな所に就職してしまったのだ。
これまでにも、もしかしたら思ってくれてるのかな?みたいな女の子は、何度か出会った。だが、結局付き合うどころか、コクることもコクられることもなかった。よって、彼女がいたことは一度もない。
別にずっと一人でいるつもりはなかったけど、そんな僕がこんな男ばかり、しかもオジさんばかりの職場に来てしまったのだ。気付いた時はもう遅い、僕の女の子と出会うチャンスは無くなった。
まじで、婚活ってやつしなけりゃ、一生一人だ・・・・。
といっても、結婚してくれ!!みたいに、女の子に迫ることが出来んのか?
その気のありそうな娘にすら、しらっとしていた自分の性格考えたら、それはとうていありえない・・・。
そんなときに舞い込んできたのが、今回の縁談だった。
一応スペック的にもルックス的にも、何度か話した感じからも、許せる範囲だということで、良く考えずに、見合いの後、即OKしたのだった。
「あら、もう話し終わったの?! 何よ、3分だけ?!」
受話器を片手に応接間を出たところで、おかみさんに捕まった。
「功ちゃん、ちゃんと話さなきゃだめだよ?! 今までろくに会ってないんだからさ。婚約して、こんなはずじゃあなかったってことにならないようにねえ・・・。」
おかみさん、地団太踏んでる。
僕はピンと来ない。
「で、あんた、着るものちゃんと用意してるの?」
「え、いやあ、いつものスーツで・・。」
「ちょっと見せてよ。」
そう言われて、ツッカケで行き来できるところにある、僕の家である小さなアパートに帰らされた。
おかみさん、なんか自分のことみたいだな・・・
自分のことであるはずの僕より、もっと熱心なおかみさんのことが、微笑ましく見える。まあ、そんな生意気なことを本人に言ったら、マジ、シバカレるだろうが。
親父とお袋も明日、田舎から出てくることになっている。
あんなド田舎から出てきたら、目を回さないかいな。路地を歩き狭い夜空を見上げながら、そんなことを思う僕だった。