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第七章 戦士たちの休息

タヌキ寝入りを決め込んで、しばらくして二人組が乗り込んできた。戦いは一時休息。二人は会話を始め、オレとブルジョワは二人の会話に耳をそばだてる

 ブルジョワがドミノを戻そうとして、汗水たらしながら乗客たちを垂直に立て直し始めた。


 オレはその光景を奥で悠々と見物していた。


 ドミノは再建された。


 車内にアナウンスが響き、電車は荒砂あらさご駅に停車した。


 オレもブルジョワも戦闘モードから省エネ・タヌキ寝入りモードに切り替わった。  


 鉄の扉が開く。


 オレの向かいの八人席に寝ていたOLが発車ベルで目を覚まし、慌てて降りて行った。そのあと中学生ぐらいの二人の少女が列車に飛び込んで来た。


 ベルの音は鳴り続ける。


 キャップの青年の隣りに座っていた初老の男とその隣りのハーフコートの女が目覚め、急いで降りて行った。


 真ん中の二人が抜けた……つまり、ブルジョワがオレを攻撃しようとドミノを仕掛けても真ん中が抜けているので、不可能ということになったのだ。


 鋼の扉は閉まり、電車が動き出した。


 「あっ、そこ空いてるよ。座ろ」


 「うん」


 さっきの中学生二人がこっちへ歩いて来た。


 この二人が座ることで、再び席は埋まる。だが、寝さえしなければドミノを起こせない…これで平和が訪れる。


 中学生はキャップの青年とその左隣りの、額の禿げ上った、緑のコートを着た中年男の間に座った。


 一人はナップザックをしょって、ロングヘアー。服は黒を基としたシックな女子で、もう一人は青いお下げカバンにアクセサリーをたくさんつけ、短い髪を切りそろえた子供っぽい女の子だ。


 子供っぽい方はコーンのソフトクリームを持っていた。少しうつむいていた様だ。


 シックな方が言った。


 「で、何が原因なのー?」


 子供っぽい方の声が響く。


 「それがね、ひろ子がゲーセンでUFOキャッチャーやってたら、山川が後ろで見てたんだって」


 シックな方が訊く。


 「それでー?」


 「ウサギのぬいぐるみがもう少しで取れそうだったんだけど、そこでコインがつきちゃったんだって。それで、ひろ子は千円札を両替えしようと思って、両替え機に行ったのね」


 「うん」


 「そうしたら山川がひろ子がいない間にUFOキャッチャーやって、ぬいぐるみ取っちゃったんだってー」


 「それでぇー?ひろ子はどうしたのー?」


 「それで、ひろ子は最初にゲームやってたのはあたしなんだから、ぬいぐるみを返しなさいって主張したのね」


 「山川は?」


 「私が先にゲットしたんだから、このぬいぐるみは私の物でしょ、だって」


 その山川って奴はとんでもないガキだ。ロクな大人になるまい。


 子供っぽい方の声がした。


 「ねえ、どっちが正しいと思う?」


 シックな方が言った。


 「うーん、あたしはひろ子が正しいと思うけどなー。だって先にやってたんでしょー?」


 その通りだった。シックはなかなか賢い奴だ。そして見どころのあるガキ。だいたい、ぬいぐるみを先に見つけて手が触れる距離まで近づけたのだから、その雑誌を買えるのは当然オレだ――いや、その雑誌を買えるのはひろ子だ。いや、違う、そのぬいぐるみを手に入れられるのはひろ子だ。変なじじいの邪魔が入らなければの話だが。


 「キャー」


 子供っぽい方の悲鳴がした。


 「な、何。どうしての!?その人…」とシックな方が訊く。


 「分からない。いきなり倒れてきた…アイス、ついちゃったよ」


 「あっ…やばいよ、それー!」


 「と…取れない!何でー?あ、取れた」


 オレは寝たふりをつづけた。


 「やだ!隣りの人も倒れてる。どうりで重たいよ」と子供っぽい方の声。


 「でも、端の人は倒れてないね…」


 それじゃあブルジョワが犯人だ。


 「ああ…どうしよう。重たぁー」


 「誰も見てないね…みんな寝てるよ」


 「謝らなくていいかな…」


 「ダメだよ、どんな人か分からないよ!寝かせとこ!」


 「でもぉ…」


 子供っぽい方は弱気である。


 「じゃあ…何かお詫びしとこう。それでいいよ」


 「そうだね」


 二人が立ち上がり、力を合わせて客を元に戻す様な音。ガサゴソと何かをいじるような音…何かビニールをぐしゃぐしゃと丸めて突っ込んだ様な音…。


 たっぷり三分はかかって。子供っぽい方の声がした。


 「ごめんなさい…」


 続いて、シックな方の声。


 「さっ、行こっ」


 タッタッと前を通る足音がして、ガコンと隣接車両への扉を開ける音、閉める音…。


 行った様だ。 


 オレは薄目を開けて周囲を確認すると、脇から身を乗り出して、中学生が座っていた辺りを見た。


 緑のコートの男が両手を下に垂らしてぐったり寝ている………。


 目を覆いたくなる様な光景がそこにあった。


 男の胸や腰のポケットの中にはアメやガムなどがたくさん詰まってはみ出しており、パンパンに膨らんでキラキラしていた。拭き取らなかったのか、禿げ気味の額の真ん中にはソフトクリームの付着した白い跡が残されていた。


 そして、その光景を真犯人が向こうから見ていることにも気づいた――向こうの端からブルジョワが見ていたのだ。


 自分のやった行為がこのような犯罪を招いたことに良心の呵責かしゃくも感じぬのか、驚いた顔はしていたが、オレのとがめる視線に気づくと眉間にシワを寄せて顔を引っ込めた。


 被害者は目を覚ましたら、さぞ驚くことだろう。


 そこで、停車のアナウンスが響いた。


 「もうすぐ、双間、双間…双間を出ますと次は厳島(がんじま)に停車します」


 電車が徐々にスピードを落としていく…。


 ちなみに双間の次の厳島。オレの降りる駅だ!!


 微弱な速度になり、電車は停まった。


 ガラッと鋼鉄の門扉が二つに割れた。


 この辺りはみんな小さい駅なのであまり降りる人も乗る人もいないのが特徴だ。


 案の定、OLが一人乗り込んで来ただけだった。遠くの席からは数人降りた様だ。


 OLはケータイを操作しながら入って来た。


 そして、中学生が座っていた辺りに腰を下ろした様だった。隣りの男がどういう状態で寝ているのかは気づいていない様だ。


 ピーッとホームのどこかで笛の音…。


 二枚の鉄の扉が閉まる。


 列車は動き出し、スピードを上げて行った。




 

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