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第四章 復讐のローカル・トレイン

回想の物憂い記憶をあてどなく彷徨うオレ。折り返すの電車の中、オレは再びあの男と相まみえることになった。ばかばかしくなり、互いに目をそらすが…






 オレは終点まで行き、そして別の電車で元の駅まで戻って来た。


 オレはその間、ただ黙って秋の終わりを眺めていた…。


 乗客は降りて、新しい客が入って来る。この電車は折り返しだ。


 しばらくしてプルルルル!とベルの音がした。笛の音が夜のホームに響き渡り、目の前でドアが閉まった。


 発車だ。ゴトッと動き出す。


 次は通り過ぎず、家のある駅で降りねばならない。






 何駅か通り過ぎた…三十分ほど経ったろうか。


 いい加減、立ちっぱなしで腰も疲れてきたので座ることにした。


 後ろを振り返れば、奥の八人掛がけの座席の左端に、人が「半分」くらい座れる空間があるのに気づいた。


 よく見れば、座っている人は六人なのだが、座り方が悪いのか、座れるスペースは狭くなっているのだ。


 他に空いている席はなさそうだ。


 電車内の人は仕事帰りが多いせいか、寝ている人が多かった。


 特に六人で座っている、その乗客達は右端の男が新聞を広げて読んでいる以外は全員寝ていた。


 股を開いている者、首を傾けている者、体が傾いていびきをかいている者…ここまで寝相が悪い奴らが集まっているのもめずらしい。


 おかげで八人掛けが六人掛けになっているのだった。


 座れるかは微妙な感じだ。


 その向かい席も八人が座り、全員寝ている…。


 ぐーぐーしてるが、ぴくりともしない。


 オレはドアの窓に視線を戻した。


 しかし、窓の景色はもう見飽きていた…。


 再び、八人掛けの席に視線を戻した――まず、今オレのいる位置から見て、一番左に阪神の野球帽を真横に被かぶった青年が座っていた。


その隣りにはワインレッド色をしたチョッキを着た初老の男。


そしてその隣りには茶色のハーフコートを着た中年女。


その隣りには緑のコートを着た額ひたいの禿はげ上った中年男。


さらにその隣りにはくちゃくちゃの長髪ヘアーの女が座っていた。


そして一番右に新聞を読んでいる男がいた。


 一番左に座っている阪神の野球キャップのツバを真横にして被った青年。そいつはぐったりと下を向いて寝ていた。


 オレは歩いて行き、キャップ男に近づくと脇から声をかけた。


 「あの…すいませんが…」


 …キャップの男はぴくりともしない。


 「あのー…すいませーんっ」


 …キャップの男はぴくりともしない。


 「あのー…隣り、いいですかっ!」


 …【返事がない。ただのしかばねのようだ……。】


 そのとき、新聞のバサッ!という音がした。


 一番、奥の男が新聞をたたんでこっちを見ていた。うるさそうにしている顔つきだった。


 オレはハッとなった。


 向こうもハッとする。


 白に、銀のストライプ、ネクタイのないワイシャツ、氷のようにドライな銀ブチ眼鏡、冷たく、人を射抜くような鋭い眼の光…。


 奴だ、奴がいる、奴がそこに再び現れたのだ。昼に会った、あの、資本主義社会の手先、薄汚い資本権力者であろうインテリだ。


 オレとブルジョワはしばらく睨み合っていたが、オレはバカバカしくなり、目をそらした。


 ブルジョワも床に置いた黒光りする権力ゴキブリようなカバンに新聞を入れている。


 オレはキャップの男に再び話しかけた。


 「すいません、あの…」


 起きない。


 オレは座ることにした。


 上の網棚にカバンを置いた。


 青年の前に来て、後ろを向くと、端の手すりと青年の座る間の空間に自分の尻を強引に押し込み、ぐいっと左に押しのける。


 スペースは広がった。


 しかし、その後がまずかった。


 押しのけた青年の体が左に倒れてしまったのだ。


 隣りの初老の男も倒し、隣りの女を倒し、その隣の男も…。


 ドミノは続き、目をつむっていたブルジョワの頭の横に、隣りで寝ていた女のくちゃくちゃの髪がふりかかった。


 「…ぷわっぷっ!」


 目を開けたブルジョワの悲鳴が聞こえた。


 わざとではないのだ!しょうがない、しょうがない、しょうがない、しょうがない……。


 オレはもう疲れた。少し眠ろう…。


 …しばらくして。左の肩にビシッと突き刺さるような衝撃を感じた。


 目を開いて横を見ると、キャップの頭が目の前にある。


 刃物のように鋭利なツバがオレの左肩に突き刺さっていた。


 脇から身を乗り出して向こうをのぞくと、ブルジョワ以外のすべての人がオレのいる方へ体を傾けているのが見えた。


 ブルジョワは目を閉じて静かにしていた。


 汚いやり口に、怒りの炎がオレの体を覆おおっていった…。


 「…あの、大丈夫ですかね…」


 キャップの男に声をかけたものの、返事はない。


 実際、大丈夫かどうかなんて、実はどうでもいい、これでいける。


 スペースシャトルで打ち上げられたときの宇宙飛行士は重力加速(G)で体を椅子に押しつけらる。その力は増え続け、最大で三.0Gになるという(旅客機の十倍)。


 オレはまず、両手でキャップ頭を起こしてから、ツバを正面に向けると、その肩に静かにタックルを浴びせた。


 五人分の体重がかかっていたので、ぐっと重く、倒すのに時間がかかった。


 青年の上半身が倒れ、初老のチョッキの上半身が動き始めた。


 初老の男がゆっくり傾き、茶色のハーフコートの中年女の上半身が何とか傾き、倒れ始め…。


 …ああ、だが、その隣りの額の禿げ上った、緑のコートの男の倒れ方は微妙だ。


 やはりGが足りなかったか…あれではブルジョワまで届かないかもしれない。


 気配を感じたのか、ブルジョワの目がカッと開いた。


 今、奴の隣りのくちゃくちゃの髪の女の上半身がゆっくりと左へカーブしようとしていた。


 ブルジョワは気づいた!


 奴は素早く両手でくちゃくちゃの髪の女の肩をおさえた。


 五人分のGがブルジョワの両手にかかる…!!


 両手から波動でも発射するかのごとき態勢で、奴が踏みとどまる。


 このままでは、押し返される…!!


 危惧は現実になろうとしていた。


 すぐにオレは、左に傾いているキャップ男におのれの体をのせ、体重をかけた。


 「ぐはっ」


 ブルジョワの微かな叫びが奥で聞こえた。


 その後、どさささっという鈍い音が続く。


 オレが上体を起こして、そっとのぞくと、ブルジョワは奥の手すりに背を打ちつけて倒れていた。その胸には、女の体が五人分のGをかけて、のっている。


 機転の勝利だった。


 ブルジョワは歯噛みすると、右手で眼鏡を取ってオレを見た。ぞっとするような冷たい目の奥で青い炎がチラチラ揺れている。


 「このオレを本気にさせるとは」


 ブルジョワは眼鏡を背広の懐にしまうと、身を起こした。


 そして、女の体を両手で右へ押して、何とか五人の上体を元に戻した。


 そのままブルジョワが右へドミノの計を謀るなら、オレはその前にキャップの肩を押すつもりだった。


 ――そのときだった。


 「え~、もうすぐ~太田町おおたまち、太田町。太田町を出ますと~次は千木せんぎに停車します」


 停車になれば、客が目覚めて降りるかもしれない。客が乗り込んで来るかもしれない。


 ブルジョワは言った。


 「貴様…一時休戦だ!」


 そのとき、オレは腕組みをして寝たふりをしていた。


 駅に停車するとき、クラッと少し大きい揺れがあった。


 「くっ!」


 という声が奥から聞こえた。


 薄目を開けて奥を見ると、くちゃくちゃの髪の女の頭が再びブルジョワに寄っていた。


 電車が太田町に停車した。鉄の自動扉が左右に開く。


 誰も動かない。ブルジョワもくちゃくちゃの髪の女の頭を右胸に載せて、顔を左にそむけたまま動かない。


 駅のホームにベルの音が鳴り響く。


 そして扉が閉まり、電車がゆっくり滑り出した。


 オレは目を閉じて、敵の繰り出す左サイドの動きに注意していた。


 一分、二分、三分……


 どのくらいの時間が経ったろう。五分だろうか、十分だろうか…


 微かな空気の震動を左側から感じて、オレは目を開けた。そして左を見る――今まさにブルジョワがくちゃくちゃの髪の女の肩に手をかけており、くちゃくちゃの髪の女の体は右へ傾斜していた。


 くちゃくちゃの髪の女の体重で、隣りの男が倒れる。隣りの男の体重で、真ん中の中年女が倒れる…。


 ブルジョワがドミノの成功を確信し、くちゃくちゃの髪の女から体を離した。


 オレは左のキャップ男に体重をかけた。隣りの初老の男の体が倒れ、ハーフコートの中年女の体の傾きを右から左へと修正する。


 そして、中年女の隣りの額の禿げた男の体も左へ傾いた………。


 勝負あった。


 「ぐはぁ」


 奥でまたしてもブルジョワのうめき声が聞こえた。

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