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第ニ話 伏魔の魔術師

牢屋の様な場所に閉じ込められていた僕―レライエは、夜中にゆっくりと立ち上がった。

手首を見れば手錠が付けられており、それが淡く光っている。


『魔力妨害物質』。

それは嵌められた者の魔力を乱し、魔術の行使を妨害するという性質を持った魔術師にとって天敵な様なもの。


僕はその【魔封じの手錠】と言える物をじっくりと観察した後、思考にふける。

魔力妨害物質は魔術師の国であるメギドでは禁忌とされている。

それが捕えられた魔術師の手錠に加え、革命では魔術を無効化する為に奴隷が腕輪を装備していた。

数個なら奴隷開放を唱えたバラムでも入手可能だろうけど、これだけの数になると流石に難しい。


「やっぱり…他国の介入があるね」


パキンッ

そう呟いた瞬間、僕に付けられていた【魔封じの手錠】が音を立てて壊れる。


「魔力妨害物質で造られた手錠。確かに他の魔術師にとっては効果は絶大かも知れないけど、僕には意味はないかな。『解錠』、と」


僕は魔術で牢屋の鍵を開け、扉から堂々と出る。

すると、そこで見張りをしていた兵士と鉢合わせる。

恐らく数日前の革命で活躍した奴隷なのだろう。その腕には腕輪が付けられていた。


「な!どうやって牢屋の鍵を!」


兵士はそう言いながら、僕を取り抑えようと接近してくるが、魔術を発動する方が早い。

僕は魔力の矢を生み出し兵士へと放つ。


「は、無駄なことを!」


兵士がそう吐き捨てると、兵士の腕輪が淡く光り出す。

それは数日前の革命でも見た魔術を無効化する光。

そして魔力の矢は兵士へと向かっていき―――そのまま兵士の頭へと突き刺さった。


「…ぜ…」


「ん?何故って言ったのかな?僕にはその腕輪は効かないんだ。って、もう聞こえてないか」


僕はメギド72柱の魔術師の中ではそこまで魔力が多くない。寧ろ少ない部類に入る。

かといって錬金術や星読術の様な特殊な魔術を得意としている訳でもない。それでも僕がメギド72柱の魔術師に入れたのは並外れた魔力操作があるからだ。


魔力操作は鍛えれば誰でも身に着けられる技術だけど、魔力感度とでもいえば良いのか、魔力をより繊細に操る能力にも素質や才能が求められる。

簡単にいえば僕は魔力感度が凄まじく高い。それこそ魔力妨害物質によって魔力を乱された状態で、魔術を発動、維持出来る程に。


「これは研究用に貰っていくね」


僕は兵士が付けていた二つの腕輪を拝借する。

魔力妨害物質はまだ謎な部分が多く存在している。調べれば何かが分かるかも知れない。


「っと、とりあえず早くここを出ないとね」


僕は『空間把握』の魔術を発動する。

体内から放たれた魔力を音の様に反射させ、辺りの構造を把握する。

この牢獄の建物内の道や部屋の場所。果てには隠し通路まではっきりと分かる。

どうやらここにはかなりの数の魔術師が投獄されてるらしい。

そんなことを考えながら、僕は出口への通路から真逆に進んだ。

辿り着いたのは一番奥の牢屋。凄まじく頑丈そうな金属で作られた扉は、顔の位置に開閉可能な小さな穴が出来ているだけで完全な個室になっている。


「やあ、バアル。議会ぶりだけど元気にしてた」


「………」


「あれ、寝てるのかな?あ!もしかしてバアルちゃんの方が良かった?」


「…私をちゃん付けするな」


中にいたのは今まで性別不明だった魔術師バアル。

バアルはメギド72柱のトップクラスの魔力量を誇る天才で、その才能に胡座をかくことなく努力していた僕が密かに気に入っていた数少ない人物。

今回の奴隷にされたことで女性だと判明したけど、やはり女扱いが嫌いらしい。凄まじく不機嫌な声で言葉を返される。

僕も中性的な顔付きをしてるから、個人的にも仲良くしたいところだけど…。


「どうやら随分と落ち込んでるみたいだね。奴隷に負けたのがそんなに悔しかったかな?」


「…黙れ、貴様の様な逆賊に何が分かる!」


「僕、逆賊じゃないんだけど?というかさっきまで牢屋の中にいたよ?」


「…えっ?」


どうやら僕をバラムと同じ逆賊だと思ったらしい。

まあ、こうやって堂々と話しかけられればそう思うのも無理ないかも知れない。

まあ、そこは良いや。


「単刀直入に言うよ。バアル、僕と一緒にここから逃げる気はない?」


僕はバアルにそう提案したのだった。



◇◆◇◆◇◆◇



―――悔しい。

この三日間、そんな感情だけが強く渦巻いている。

何より許せないのは、あの革命の夜に何も出来なかったことだ。

私、魔術師バアルはメギド72柱の魔術師としてプライドと誇りを持っていた。

高い魔力量があっても決して驕らず、女としての甘さを捨てる為に性別すら隠して、魔術の鍛錬に励んだ。

それなのにこの体たらく。魔力妨害物質の腕輪によって魔術を無効化され、あっさりと捕えられて奴隷に落とされた。


魔術師の奴隷の価値は計り知れない。何より私が女だと判明した今、どんなことをされるかなど容易に予想出来てしまう。

今まで国の維持の為とはいえ、奴隷を許容していたことに今更ながらに後悔する。

しかし、既に全てが遅い。この身に奴隷刻印を刻まれた以上、私は一生奴隷として使われることになる。


「やあ、バアル。議会ぶりだけど元気にしてた?」


そんな思考に耽っていると、扉の穴が開けられて声が掛かった。

記憶力の良い私はその声だけで誰なのか理解出来た。

メギド72柱の魔術師の一人、『伏魔の魔術師―レライエ』。

議会では奴隷開放案に反対だった筈だが、堂々と話し掛けて来るということは裏切り者だったのだろう。

その事実に理不尽な怒りが湧いてくる。


「あれ、寝てるのかな?あ!もしかしてバアルちゃんの方が良かった?」


すると、私の無言に何を思ったのか、そんなふさげたことを言ってきた。


「…私をちゃん付けするな」


言葉を返すつもりはなかったが、思わずとびっきり低い言葉でそう言ってしまった。

今の私は奴隷。この後どういった扱いを受けるのか恐怖が湧いてくる。


「どうやら随分と落ち込んでるみたいだね。奴隷に負けたのがそんなに悔しかったかな?」


「…黙れ!貴様の様な逆賊に何が分かる!」


ああ、悔しいとも。

誇りも努力も無惨に踏み荒らされ、何よりも何も出来ない自分自身に失望する。

だが、それを逆賊であるレライエだけには言われたくない。

そんな私の思いは、次のレライエの言葉で簡単に覆される。


「えっ?僕、逆賊じゃないんだけど?というかさっきまで牢屋の中にいたよ?」


「えっ?」


頭の中が真っ白になった。

魔力量がそこまで多くないとはいえ、レライエは紛れもないメギド72柱の魔術師。間違いなく魔力妨害物質の手錠を嵌められたはず。

レライエの体格は男というにはかなり華奢だ。中性的な顔立ちも相まって女に見えなくもない。

そんなレライエが魔術をなしにどうやって牢屋を出たのか?


「単刀直入に言うよ。バアル、僕と一緒にここから逃げる気はない?」


すると、混乱の極みにいた私にそんな提案までしてきた。

はっきり言って魔術の使えない私は、ただの女と変わらない。

【魔封じの手錠】を魔術で破壊するのは困難な以上、今の私は足で纒いも良いところ。

はっきり言って脱走する上でレライエにメリットはないはず。

でも、もし本当に現状を打破できるのなら…。


「私も連れて行って欲しい。…いや、連れて行って下さい」


私は扉の向こう側にいるレライエに頭を下げた。

このまま終わるなんて嫌だ。

奴隷という存在は確かに間違っていたかも知れない。だが、メギドを裏切られたことが何よりも許せない。


「うん、良いよ」


ガチャンッ

恐らく『解錠』の魔術を使ったのだろう。レライエの言葉と共に扉の鍵が外れる。

そして扉を開けたレライエは私の顔を見て、驚いた様な表情を浮かべた。


「うわぁ、バアルって凄く綺麗だったんだね。顔を隠してたからてっきり傷でもあるのかと思ってたよ」


「あれは女としての甘さを捨てる為だ。傷などない」


だが、女を捨てたと言っても、こうして顔を褒められることは素直に嬉しいと思う。


パキンッ


「えっ?」


その瞬間、更に理解の追い付かないことが起こった。

私に付けられていた【魔封じの手錠】が壊れたのだ。

無論、何が起こったのかは理解出来る。

レライエが魔術で風の刃を生み出し、手錠を破壊したのだ。

私があまりの出来事に動揺していると、レライエが身体の向きを変える。


「じゃあ、さっさと出ようか」


「待て待て待て!?」


そして何の気にした様子もなく通路を進もうとするレライエを私は全力で止めた。


「どうしたの?」


「どうしたではない!何故、魔術で魔力妨害物質の手錠を破壊出来る!」


魔力妨害物質は魔術師の魔力を乱し、魔術を無効化する魔術師の天敵。魔術で破壊するなんて不可能なはず。


「簡単だよ。魔力を乱されても魔術を維持出来る魔力操作が僕にはあるんだ」


「なるほど。それなら……って出来るか!魔力を乱されながら魔術を行使出来る!?そんなこと聞きたことないぞ!」


「じゃあ、僕が初めてなんじゃない?」


その瞬間、私はレライエがどうやって手錠を外し、牢屋から抜け出したのか理解した。

レライエは堂々と魔術で手錠を破壊し、牢屋を出たのだ。


「さっさとここを出よう。兵士に見つかると面倒だし」


「他の魔術師達を助けないのか?お前なら出来るはずだ」


「無理だね。僕達には奴隷刻印が刻まれているんだよ?まだ完全に定着してないから解呪は可能だけど、直ぐには出来ない。命令権限を持った奴に見つかれば終わりだ」


レライエの言葉に私は返す言葉が出なかった。

他の魔術師を助ける。それはレライエにとってリスクでしかない。

私を助けたのは二人なら守りきれる自信があるのと、私の糸の魔術が隠密性に優れており、何より運が良かったのだ。

もしかしたらレライエにとっても奴隷刻印を使われたのは予想外だったのかも知れない。


「納得出来たかな?じゃあ行くよ?」


レライエがそういうと『認識阻害』の魔術を発動する。

これで魔術に耐性のない者は無意識に私達の存在を除外する。レライエの魔力操作なら、腕輪を付けた元奴隷にも効果があるはずだ。


こうして私はレライエと共に、都市国家メギドから脱走したのだった。




第3話


「…ふぅ」


メギドを抜け、都市を囲む森に入ったところで、僕はようやく『認識阻害』の魔術を解除する。

魔力量の少ない僕は常時発動するタイプの魔術が苦手だ。もちろん最高位の魔術師であるメギド72柱の中ではという括りではあるが、それでも思わず深く息を吹いてしまう。


「ここまでくれば多分大丈夫だと思う」


「これからどうするんだ?」


「奴隷刻印を解呪する為に一度身を隠すつもりだよ。刻印が定着してしまうと、僕でも手に負えないから急いだ方が良い」


「分かった。レライエの指示に従おう」


幸いなことに身を隠す為に必要な道具や食料は、メギドを抜け出す時にくすねている。

後のことは刻印を解呪した後に考える。

奴隷刻印というものはそれだけ厄介な代物なのだ。

そんなことを考えながら森の中を移動していると、僕達は一つの洞窟に辿り着いた。


「洞窟…いや、洞穴(ほらあな)のようだな」


「う〜ん、身を隠す拠点にはもってこいだけど、刻印の解呪中に熊や魔物に邪魔されるのは避けたいな」


「いや、この洞穴は暫く使われていないようだ」


「ん?そんなの分かるの?」


「ああ、メギド周辺の地形や生態はある程度調べているからな。この洞穴は数年は使われた形跡がない」


バアルの言葉に流石だと感嘆する。

確かにメギドを守るのは72柱の魔術師の責務だが、起こるかも分からないのに、わざわざ周辺の生態を調べようなどと思う者は少ない。

これが何処か他の国ならばあり得るかも知れないが、メギドのトップは今まで72人いたのだ。一人一人の意識はそこまで高いとは言えない。

それだけでもバアルには人の上に立つだけの才と人格があると言えるだろう。




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