ラスボスとエンカウント
さて、冬休みも残り僅かとなり、巷では20歳という節目を迎えた人々が盛り上がっている祝日。俺は何故か県下最大のショッピングモールで、かくれんぼをすることを余儀なくされていた。
「なんでこういう思考回路だけはアイツと一緒なんだろうなぁ……」
俺の視線の先には、恐らく父親と思しき、いかにもできますといったエリートサラリーマンのような男性と、俺の家に最初に来た時よりはマシなものの、意気消沈といった感じの絵梨奈。
そして、そんな2人を連れ歩き、あちこちの店で欲しいものを欲しいだけ父親に買わせている絵梨華の姿があった。
そもそも事の発端は、俺が新しい手袋を買いに行こうと思い立ったからであった。今持っている手袋は、よりによって絵梨華からのプレゼントである。だから別れた以上、少なくとも縁を戻そうという気が俺に起こるまでは学校にしていくのが嫌だったので、学校が始まる前に新しい手袋を買ってやろうと思ったのである。
で、どうせなら憂さ晴らしにバイトで貯めた貯金を切り崩して、何年も使えるちゃんとした上等なものを買おうと思ったのだ。なので県内でそういう店が1番揃っているこのショッピングモールにやって来たという訳だ。デパート? 流石に高校生の身分でそれは背伸びしすぎだから……
で、電車に乗ってやって来たのだが、手袋だけというのも何だか寂しいし、他にも何か買っておきたいものは無いかと適当に館内地図を眺めていると、ふと俺の横を見慣れた顔が横切った気がした。それで見てみたら、絵梨華を筆頭に歩く金子一家だったのである。
絵梨華だけならまだしも、絵梨奈もセットな上に2人の父親までいるとか、出くわしたらどんなことになるか想像もしたくない。控え目に見積もっても冷静に話し合いができる状況ではないだろう。
絵梨華と分かった瞬間速攻で柱の陰に隠れた俺だったが、俺の行きたい店の方向をウロチョロして悉く俺の移動を妨害する絵梨華に、そろそろイライラしてきていた。気分は某番組の逃げる人である。絵梨華は寧ろ鈍足な方だが。
それにしても絵梨華と父親の様子を見て、絵梨華がバイトを何もしていないのに浪費家でやっていける理由が分かった。父親に言えばなんでも買ってもらえるし、多分小遣いも相当貰っているんだろう。父親は絵梨華の話ばかり聞き、絵梨華の欲しいものばかり買っているように見える。絵梨奈には双方見向きもしていない。
「よく歪まなかったなぁ……絵梨奈……」
思わず声が漏れる。ここまで姉妹で格差をつけられていたら、絵梨華と反対の方向に絵梨奈も歪んでいておかしくなかっただろう。でも実際の絵梨奈は歪むどころか非常に誠実だ。この差は一体どこから出たのだろうか。
と、思わず物思いにふけって気が抜けていたのか、俺は絵梨奈が出し抜けに俺の方に振り返ったのに反応できなかった。俺を見た絵梨奈の顔が驚愕に染まるのが、遠くからでもよく分かった。
慌てて柱の陰に隠れ、スマホ片手に連絡を待つ。下手にこちらからメールすると、着信音とかで絵梨華に気づかれるかもしれない。こちらから能動的に動くのは危険だと我慢する。
しばらくして、俺の元にメールが届く。絵梨奈からだ。焦ったのか、結構誤字が目立つ。
『特等さんもいらしてたんですね! すみません今日は姉と一緒で……多分まう30ぷんもしたら終わると思うので、終わったらメールします!』
焦って打ったのが分かる文面に申し訳なく思いつつも、それならお言葉に甘えようと一旦ショッピングモールの外に出て、見つからないように道路の反対側に渡って、隠れながらスマホで時間を潰していた。
すると20分ほどで絵梨奈から再度メールが届いた。今度は急いで打った訳ではないようで、普通の文面だった。
『さっきは誤字だらけですみませんでした……姉の買い物は済んで、父と姉は車に乗って先に帰りました。なのでもう大丈夫だと思います』
どうやら終わったらしい。しかし父と姉は先に帰ったという書き方に引っかかり、隠れていた電柱の裏からショッピングモールの方を伺う。すると、ショッピングモールの出入り口に絵梨奈らしき人影が1人で立っているのが見えた。
道路を再度渡ってショッピングモールの方に戻ると、確かにその人影は絵梨奈で、俺を見つけると何度もお辞儀をして近寄って来た。
「すみません……! まさか時任さんもいらしていたとは……」
「こっちも驚いたよ……やっぱりあの人はお父さんなんだ」
別に父親に威厳は必ずしも必須ではないし、俺の父親も家庭内で威厳があるとは言い難い。でも見た感じあれじゃ父親というより、絵梨華お嬢様付きの執事といった感じだ。
「ええ、私たちの父です。今日は父が唐突に買い物に行こうと言い出しまして、姉が欲しいものがあると乗っかって……時任さんはどうされたのですか?」
「俺? 俺はちょっと欲しいものがあって買いに来たんだ。ただ俺が行きたい店の方に絵梨華がズッと居座ってるから、買い物しようにもできなくてね」
「それはすみませんでした……」
「いや、君が謝ることじゃないって。ここでかち合っちゃったのも本当にただの偶然なんだし」
申し訳なさそうな顔を崩さない絵梨奈の罪悪感をどうにか和らげようと腐心する。しかも態々俺の為に1人残ってくれたのだ。正直こっちの方が申し訳ない。
「そうだな……じゃあ俺は絵梨華が帰ったことだし買い物するから、絵梨奈さんも付き合ってくれる? そっちも折角ショッピングモールまで来たのに、多分何も買ってないでしょ?」
「え、っと、その、私と一緒でよろしいのですか?」
「よろしいも何も、俺のせいで残ってもらっちゃったんだし、寧ろそれ聞くの俺の方な気がする。どの道1人寂しくぶらぶらするのも寂しいしね」
「あ、はい。では、その、よろしくお願いします」
こうして図らずも俺と絵梨奈の2人組でのショッピングが始まったのである。
「時任さんは、具体的には何を買いにいらしたのですか?」
「んー、とりあえず新しい手袋が欲しくてね」
「なるほど、でしたらこちらのお店ですね」
絵梨奈は慣れた様子でお店に入っていく。ここのショッピングモール自体によく来たことがあるようだ。それがさっきみたいな無駄な外出によるものか、それとも自分でもよく来ているのかは分からないし聞く気もないが。
「どういった手袋がよろしいですか? 色ですとか、材質ですとか……」
「んーと、まずスマホ対応のやつで、中がゴワゴワすぎるのは余り得意じゃないかな。色はそこまでこだわりないけど、ケバケバしいのとかじゃなければ。とりあえず値段は常識的な範囲で……」
ふと気づくと、何故かあたかも店員さんのように振舞って俺の手袋を探してくれている絵梨奈。何の違和感もなくそれを受け入れている自分に地味に恐怖を感じるも、買い物に付き合わせたのは俺なのに、俺の買い物に対してまるで発言権が無いのもおかしいと思い、あえてスルーして俺も自分で気に入ったものを探す。
「だとするとこの辺りでしょうか……こちらはツイードですね。こちらはレザー。レザーですと多少値が張りますね……」
「まあ多少高くてもいいけど……レザーはちょっとそこまで洒落た服着ないしなぁ……」
「これはどうでしょう? スマホ対応で、中もゴワゴワではありませんし」
そう言って絵梨奈が差し出してきたのは、赤と緑のチェック柄の手袋。実際手にはめてみるとサイズ的にもちょうど良いし、見た目も良い感じ。
「うん、良さそうだし、これにしようかな」
「えっ、決断がお早いですね……」
「俺迷い始めると際限ないタイプだからね。それに折角絵梨奈さんがお勧めしてくれたやつだし、これにするよ」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
そう言ってはにかむ仕草を見せる絵梨奈。その様子にドキッとすると同時に、こういう買い物は初めてかもしれないと思った。
母親と一緒だと、大概出かける前から買うものの目星を具体的につけていることが多く、探したり悩む時間が余りない。絵梨華と一緒なら、まず俺のものを一緒に買って選んでなんていうことはない。絵梨華と買い物に出かけるイコール、絵梨華の買い物で10割が占められることになる。
何だか家族以外の人間とこうして買い物をするのが新鮮で、思わず手袋だけじゃ勿体ないと思ってしまった。
「そうだな……後は、今してるマフラーも5年以上してるし、そこそこ擦り切れてるから新しいのが欲しいかな」
「確かに大分使い込んでいらっしゃいますね……」
「個人的にはあの赤いやつなんかがいいかなと思ってるんだけど」
「う〜ん、ですが時任さんの今の服装を考えますと、少し色が明るすぎる気がします。赤がお好きでしたら個人的にはこちらの方が……」
と、こうしてつい調子に乗り、諭吉がポンと飛んでいったが何も後悔していない。普段は時給換算何時間とかあえて計算して無駄遣いは控えるのだが、今回は何も考えない。
絵梨奈には俺の我儘込みで色々付き合ってもらったので、次は絵梨奈の買い物にこっちがお付き合いすることにしよう。
「じゃあ俺の買い物はあらかた終わったし、次は絵梨奈さんが何か買いたいものとかある?」
「えっと、そうですね……」
こうして俺は、災い転じて福となすかのように、絵梨奈との買い物を楽しんでいった。そして禍福は糾える縄のごとしという言葉が現実にならないことを切に祈ったのである。
誤字させるつもりはなかったのですが、「特等さん」と作者の私が誤字ったので、誤字らせることにしました
日間38位とかまじですか……見てくださっている皆様方に最大限の感謝を