モテない理由は
「あけましておめでとうございます!」
「おう、あけましておめでとうございます! 今年もよろしく頼むぞ!」
三が日明け、俺は学校に来ていた。勿論まだ授業は始まっていない。俺が態々学校に来ていたのは、部活があるからである。
一歩足を踏み入れた瞬間に足元から感じる寒気を我慢し、顧問に新年の挨拶をする。そして自分の道具袋を出し、ちゃきちゃき着替えて諸々の道具を準備する。
「よぉ、あけおめ。おい聞いたぞ、メッチャ話回ってる」
「あけましておめでとう。何のことかは察しがつくが、先輩もいるんだしデカい声はよせ」
声をかけて来たガタイの良い奴は吉宮悠人。高校で初めて知り合ったが、同じクラスで部活も一緒ということで、恐らく俺が学校で1番話す相手の1人だ。
そんな悠人がメッチャ話回ってると話しかけてくるということは、確実に俺が絵梨華にフラれたという話だろう。俺の方から何も発信していない以上、話の出所は絵梨華側からで間違いない。さてはてどれほどの尾鰭が付いているのか?
「一体どれだけ話が膨らんでるんだ?」
「お前がクリスマス・イブのデートに1時間遅れて来たのに謝罪も無しで、しかも自分が行きたいところに連れ回し、挙句ゴミみたいなプレゼントを渡してきたから泣く泣くフった、みたいな話になってたぞ。他にも色々流れてるし、どこで話が歪んだかそもそも元から大げさだったのかは分からないけど」
「わぁい、エビデンス見せろエビデンス」
1時間遅れて来たとか嘘つけや。絵梨華の方が1時間遅れて来たことはあるけどな。なお謝罪は……あったかなぁ……ゴメンくらいは言われたかもしれない。
「それで支持率は?」
「んあ〜……見た目拮抗。だけど雰囲気からして意外と女子の方が信じてないくさい。ひょっとして金子の奴、女子グループの中では少数派なのやもしれん」
「逆に言えば男子の目は厳しいか」
「そもそも金子を狙う奴が多いから、お前を下げて金子を上げる動きに発展するやもわからんぞ」
酷い迷惑である。まあ多少は構わないけどさ、ネタで収まる範疇ならな。中学時代のやっかみ、特に付き合い始めてすぐの頃は酷かったからなぁ……
「一応聞いておこう、元鞘に戻るつもりは……」
「向こうの態度次第。少なくとも俺の方から無理に頼み込むことはないな」
「望み薄……無しか?」
「まだ俺も突然だったから、気持ちの整理がついてるとは言い難いんだよなぁ……曲がりなりにも年単位で付き合ってた相手だし、告白したのは俺だった訳だし」
でもなんだかんだと言いながら、結局俺も絵梨華にクリスマス・イブ以来一度も連絡を取ろうとしていない。俺と絵梨華の今の状態は、絵梨華が俺をフった時の衝動性と、それ以降1度も当事者同士での連絡がないことに依存して、ギリギリ薄皮1枚で繋がっているような、そんな状態だった。
「まあいいや、とりあえずお前や智が俺の方についてくれるなら、致命的な状況には程遠い。教えてくれてサンキュー」
「欽二がそれでいいならこっちは何も言うことはねぇけど、嫌がらせには気をつけろよ」
とりあえず授業初日にどれくらいの憂鬱さで臨めばいいのかは理解したので、悠人に礼を言う。悠人は口では心配しているが、顔のニヤけが漏れ出ていて誤魔化せていない。コイツ小競り合いくらいならケタケタ笑って見ていそうだしな。勿論度が過ぎれば動いてくれるという信頼は多少あるが。
そうこうしているうちに先輩方も集まり、やがて顧問が俺たちの前に座ると、皆姿勢を正す。
「あけましておめでとうございます」
「「「あけましておめでとうございます!」」」
「年始から良い返事で大変結構! 今年も寒稽古を始めるぞ!」
俺の部活は剣道部。今日は年初の寒稽古の日である。本音を言えば寒くて仕方ないので、早く終わって汁粉が食いたいという煩悩が抑えきれない俺がいた。
さて、俺は中学の時から剣道をやっている。選択授業で剣道を選んだので、部活強制参加だが興味のある部活もないからと惰性で始めたのがきっかけ。だが、なんだかんだ性に合ったのか今でも続けている。
そんな剣道というのは、とかく正しい姿勢やしっかりとした体幹も重要なのだが、多分剣道をよく知らない人にとっては、「何だか竹刀をぶん回して奇声を上げる競技」とみなされているかもしれない。正しい姿勢を知らなくても、恐らくそこそこの人が技の際に発声するということは知っているだろう。
実際問題発声と技が噛み合っていないと一本にならないので、声出しは最重要の要素の1つだ。なので剣道場からは大声が聞こえてくるのである。
で、俺も当然声は出すのだが、悠人はとにかく声がデカい。顧問に褒められるくらいには。そして練習で手を抜くような奴ではない。するとどうなるか。
「……お前、新年で声の出し初めだからって、いつもより声デカくしてんじゃねぇよ……」
「いいじゃねぇか、思いっきり声出すと気持ちいいぞ」
寒稽古の後、保護者の方々が作ってくださった汁粉を食べながら、俺は悠人にジト目を向ける。別にこれで声がデカいキャラなら一周回って許容できるのだが、声量調整自由自在だから頭にくる。よりによって最後の相手がコイツだったから、まだガンガン声が響いて耳が痛くてしょうがない。
「どう? ちゃんと出来てたかしら?」
「美味しく出来てますよ! ありがとうございます!」
「貴方が悠人君ね? 初めまして欽二の母です。うちのキンから話は聞いてるわ。これからも息子のことをよろしくね」
「お、お前のお母さんか。初めまして吉宮悠人と言います。欽二のことは前向きに検討して善処しますので……」
「おい待てやゴラァ」
「冗談だからそんな怒んなし」
いや冗談なのは分かっているが。保護者という訳でうちの母親もやって来て作っている。母親は悠人の返しが気に入ったのか、俺を押しのけて悠人と何やら話し始めてしまった。
自然に除け者になった俺が1人寂しく汁粉を食っていると、横から話しかけてくる透き通った声。
「そんなシケた顔して、新年早々運が逃げるぞ?」
声の方を向くと、ベリーショートの黒髪に茶色の瞳、シュッとした顔が俺の目に飛び込んでくる。その微笑みは俺をからかっているはずだが、ニヤニヤという擬音はまるで似合わず、寧ろ上品ささえ感じさせる。
「別にシケた面はしていないつもりですが、深水先輩」
「結構シケてたと思うんだけどな。まあいいけど」
シケたツラと言われると、クリスマス・イブの時の絵梨華の捨て台詞を思い出して、地味に傷つくから正直やめてほしかった。とはいえ、それを自覚するとますます顔は意思に反してシケた面になっていっているだろうことが容易に想像でき、心中複雑である。
声の主は深水峯子。現在2年生で俺の1つ先輩だ。この高校の剣道部エースで、俺や悠人を普段部活で指導してくれている。深水先輩は汁粉を食っている俺の横に腰掛け、俺に話しかけてくる。
「何かあった? 稽古中は特に変わりなさそうに見えたけど、何か悩み事でもあるんじゃない?」
「というより悩み事が消えて増えた感じですかね。差し引きゼロかは分かりませんけど。元から悩み事自体はあったのでそういう点では変わりありませんね」
主に絵梨華との関係性についてだから、消えて増えたというより質が変わったの方が正しいかもしれない。そうボカしながらそれでも正直に告げると、一応納得はしたのか深水先輩はそれ以上は追及してこなかった。
「極端に悪化する前に誰かに相談しなよ? 稽古の出来に反映されてバレるとかフィクションだとよくあるけど、そもそも実力的にそこまででもない私や君のレベルじゃ、稽古の調子で人に分かるレベルになったら大分追い詰められてる可能性もあるんだしね」
「素人だからこそ分かりやすいんじゃないんですか?」
「見る私の方も素人だからね。先生は勿論別だけど」
そう言うと汁粉を啜る深水先輩。食べきったのか鍋の方に歩いて行くと、お代わりして戻ってくる。
「いやぁ、やっぱり甘いものはいいね。いくらでもいける気がするよ」
「甘いものお好きなんですか?」
「好きだねぇ、やっぱり運動で消費したカロリーは甘いもので埋めるのが1番だよ」
「普通女性の人は甘いもので蓄えたカロリーを運動で消費するのでは……」
「なんだっけ……ほら親子丼だよ時任君」
「それを言うならニワトリが先かタマゴが先かです先輩……」
細かいことを言うな、女にモテないぞぉ、などと言いながら更に汁粉を食べ進める深水先輩。俺と絵梨華の場合、細かすぎるのは寧ろ絵梨華の方だったのだが。
高校に入ってからはイチャモンをつける為にデート中俺の粗探しをするみたいな、本末転倒なことをやっていた節さえ感じられた。まあそれは例外としても、実際細かいことを言うとモテないが、細かいことを気にしないとそれはそれでモテない気がする。
「ま、気が向いたら私にでも相談するといい。これでも口は硬いんだぞ?」
「夏に藤堂部長が次の大会のメンバーを深水先輩に内々に相談した時、その翌日には部長の考えたメンバー構成をうっかりボロボロ漏らしまくって、部長からガチギレされてたの忘れてませんからね?」
「ハハハ、記憶に無いなぁ」
こんな調子だから、どうにも深水先輩は捉えどころがない感じがする。それでも実力は確かだし、決して練習ではいい加減な態度は取らないから、信頼はできる人だと俺は思っている。
「そういえば知ってるか? うちの生徒会の会計がな、遂にクリスマス・イブに生徒会庶務の子に告白して晴れてカップルになったって話……」
「いえ、知りませんが……」
「その会計の女の子が私のクラスメイトで仲が良いんだが、私にどうやって告白しようとか、告白の言葉はとか色々聞いてきた挙句、告白成功したらしたで、今日の今日まで全力で惚気てきやがるんだ……」
「は、はぁ……」
「私が彼氏いない歴=年齢ってことを知ってるのにだぞ? どういう神経をしてるんだ……しかもあまつさえ私にアドヴァイスを求めてきて、どうやったら彼に振り向いてもらえるかしら、とか……知るかっての、寧ろ私はいい人をどうやって探せばいいかをアイツに教えてもらいたいくらいだというに……他にもだな……」
……でも、深水先輩に恋愛相談は、余程切羽詰まった時以外はしないでおこうと、死んだ魚のような眼でブツブツぼやき続ける先輩を見て思ったのであった。
結局、俺が見ている前だけで、深水先輩はやけ食いと称して4杯もおかわりしていた。俺は2杯で十分だった。どうしてこれで先輩が太らないのかは永遠の謎だと思った。
タイトル詐欺はしない予定です……勿論、皆さまのご希望次第ですが
(まずちゃんと書けという話)




