神頼みの中身
絵梨奈と手を繋いだ俺は、参道や神社の見所なんかを適当に解説しながら歩く。絵梨奈は俺の解説に都度自然な感心を示してくれ、俺の舌も自然と饒舌になる。
「時任さんすごいですね、ここまで詳しいなんて」
「小学校の時、社会科の授業で調べた時の名残だよ。別に大したことは知らないし」
生まれてこの方引っ越し経験ゼロだからな。この辺りの有名どころについて他の人より多少詳しいのは当たり前だ。
「ここ多少開けてスペースがあるけど、小学校の頃はよく友達と遊んでたんだよな。近くに適当な公園がなくてさ」
「ここが時任さんの昔の遊び場だったんですね」
「ほら、あそこにこの辺りの産業振興に寄与したとかいう人の銅像が建ってるけど、小学2年くらいだったかなぁ……かくれんぼの時にあの銅像の上によじ登って、蟬みたいに後ろにしがみついて隠れた奴がいてな」
「あの上にですか!? よく登りましたね……」
俺もそう思ってる。小学生で身軽だったのと、怖いもの知らずだったんだろうなぁ……
「まあ身長の低い俺らじゃ見つけられなかったんだが、神社の人に見つかってな。思わず大声で叱ったもんだから驚いてそいつが転げ落ちて……」
「ええっ!? 大丈夫なのですか?」
「まあ救急車沙汰にはなったけど、大したことはなかったな。とはいえ当然そいつはガンガンに怒られて、俺らも巻き添え食ったのも覚えてる」
「それは良かったですね……でもこういう話を聞いていると、時任さんにも子どもの頃があったんだなって思っちゃいます」
そりゃ俺だって子どもの頃はあるだろう。最初からここまで大きかった訳ではない。尤もまだ成人にはちょっと遠いが。そう言うと、絵梨奈は俺が気を悪くしたとでも思ったのか、ワタワタしながら言葉を紡ぐ。
「あ、ああ、いえ、変な意味で言った訳ではなくてですね……その、ズッと姉から時任さんのことは話には聞いていたのですが、時任さんと姉が出会う前の時任さんのことはまるで知らなかったので……」
「まあ、アイツは俺の昔話なんて聞きたがらなかったしな」
「なので、こういうお話を聞くことができて、ようやく、時任さんとちゃんとお会いすることができた気がして……なんか変な言い方ですね、すみません……」
いや、そんなことはないと返しつつ、確かに絵梨華は俺の過去にも未来にも興味がなかったと思い返す。過去に捉われないと言えば聞こえはいいが、そもそも今の俺が自分にふさわしいかどうかにしか興味がなかったのかもしれない。
同時に、こういう思い出話をしていると、小学校時代の友人と全然コンタクトを取れていないことにも気づく。中1の頃はまだ連絡していた気がするが、絵梨華と付き合い始めてから疎遠になり、高校が遠くなってからは真面目に没交渉もいいところだ。どうせ絵梨華と別れて時間ができたことだし、年賀状でも出せば良かったかと後悔する。
人混みに押しつぶされないようにしつつも、人の流れに逆らわず歩いて行くと、ようやく本殿の目の前につながる階段にたどり着いた。壁とまでは言わないが、バカみたいに勾配のキツい石段だ。
「よし、ここを登ったら目的地の本殿だ。見ての通りやたら急だから気をつけてね」
「うわぁ……スゴい急な角度ですね……」
「いざという時の為に後ろにいるから、踏み外さないようにゆっくり」
絵梨奈の右斜め後ろに回り、万一コケたり踏み外したりしても大丈夫なようについて階段を登る。手すりさえないのはどうにかすべきだと常々思っているが、改善の見込みはない。
おっかなびっくり階段を登っていく絵梨奈。履いているのがブーツということもあり、正直非常に心臓に悪い。何があってもいいように気を張る。
「よいしょ……よいしょ……」
一段一段声を出しながら登っていく絵梨奈。そう長ったらしいという訳ではないので、慎重なくらいがちょうどいいだろう。
「よい……あっ!?」
しかしいくら慎重でもやる時はやる。石段の中程でズルッとえりなのブーツが滑って後ろに倒れ込みかける。慌てて手を伸ばし、後ろから絵梨奈の体を支える。
中途半端だと自分ごと倒れてしまうので、石段に手をつきガッシリ全身を使って支える。絵梨奈の体勢を立て直そうとした時、顔にポニーに結んだ絵梨奈の髪の毛がかかる。フッと茶色の髪から漂う爽やかな香り。思わず一瞬思考が停止するも、今はヤバいと危機本能で体を動かし、絵梨奈を支え起こす。
「あ……ありがとうございます……思いっきり滑ってしまって……」
「いやちゃんと支えられて良かった。大丈夫? 足とか捻ったりしてない?」
「いえ、大丈夫です。すみません、気をつけていたのですが……」
「いやぁ、無理もないよ。こんなに急だしね」
そう声をかけながら今度は背中を支えつつ石段を登る。さっきの髪の香りに反応してしまった自分を戒めつつ、自分もコケないよう登る。その後は何もなくどうにか登りきった。
「わぁ……ここってこんなに高かったんですね……!」
「階段の数は多くないんだけど、参道自体が緩やかな勾配になってるから、知らず知らずのうちに結構登ってるんだよね」
石段を登りきった先の景色を見つめる絵梨奈。俺にとっては見慣れた景色だが、それでも元旦ともなるとどことなく空気が澄んで、遠くまで見える気がする。
神社の本殿の方に振り返ると、既に大分前に登り着いていただろう両親が手を振っている。景色を眺めている絵梨奈には悪いが、肩を叩いて両親を指し示し、両親と合流する。
「大分遅かったじゃないか。ちゃんと案内してたか?」
「ちゃんと案内してたから遅かったんだろうよ……」
「ほら、ちゃんと小銭ある? 絵梨奈ちゃんも大丈夫かしら?」
「あ、はい、大丈夫です」
そのまま絵梨奈と一緒に賽銭箱の前の列に並ぶ。十分ご縁が、などと母親に言われるので、いつも癖で用意する15円。絵梨奈は5円玉をギュッと握りしめている。
そういえば今年の願い事はどうしようと、並んでいる途中で思った。例年家内安全とか背がもう少しとか、差し障りのないことしか願っていない気がする。というより絵梨華がそう長いこと願い事をさせてくれなかったのだが。
上手いこと纏まらないままに順番がやってくる。お賽銭を放り込み鈴を鳴らし、二礼二拍手。
(家内安全、商売繁盛、背がもう5cmほど欲しいと願い続けて3年になるのですが、できれば高校生の間になんとか……)
そこそこの時間目をつぶっていたつもりだったが、チラと横を見るとまだ絵梨奈はお祈りをしたままだ。なので再び目を閉じ、更に付け加える。
(後……また彼女が欲しいという願いが復活したので、それも加えてお願いしたく……)
新しい、と付けなかったのは、まだ未練が残る為か、それとも彼女と別れたばかりで新たな彼女を探そうとする自分にどこかでブレーキをかけようとしたのか。ともあれお願いを終え、一礼して賽銭箱から離れる。
「大分長かったけど、何をお願いしてたの?」
「え? 私ですか?」
両親のところに戻る途中、絵梨奈に何をそんなに長いことお願いしていたのか聞いてみる。
「う〜ん……乙女の秘密、ということで」
その時の茶目っ気のある笑顔が、それまで見てきた穏やかな笑顔とはまた違った感じで、俺は思わずそのまま適当に相槌を打って流してしまった。
そんな感じで今年の始まりは初っ端から大分飛ばしていたけれど、それでも去年暮れの大惨事を鑑みれば、俺にとって決して悪い年にはならないだろうと、そう思えた。正月にふさわしい日本晴れの青空には、雲ひとつ見えることはなかった。
ふと見たら日間ランキングに載ってました……
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