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メル友


 年の瀬というのは本当に一瞬で過ぎ去っていく。部屋の掃除を終わらせ、冬休みの宿題をどうにかやっつけ、松飾りをつけ、おせちのつまみ食いをして父親共々雷を落とされていると、もう大晦日になっていた。

 その間、俺は絵梨奈と連絡先を交換したことで、時々メールで絵梨奈とやりとりをしていた。絵梨華が俺と別れた後どのような様子かを探るというのが主な目的だった。曰く、絵梨華はクリスマス・イブ以降常に不機嫌さMAXで、俺のことには触れようともしないらしい。メールから絵梨奈の無念が伝わってきていた。


 スマホの俺は家族とのやりとりさえSNSで済ませてしまう。そんな中でメールでやり取りをするというのは寧ろ珍しい方に入り、それが俺にとって絵梨奈との交流をどこか特別なものにしていた。


『そういえばいつも初詣はどうしてたの? 俺毎年元日に絵梨華に呼び出されて、2人で初詣してたけど……』


 ふと気になってそう絵梨奈に聞いてみた。すると数分の時を経てスマホが震え、返事が帰ってくる。


『ここ数年は家族で初詣に行った後、姉だけ残っていましたね。時任さんをお呼びしてというのはその後のお話だと思います。今年は……どうなるかは分かりません。三が日は私は家にいることが多いですが、姉は友達と外出していることが多いですね』


 なるほど……何となく初詣の時に、早くても遅くても絵梨華が煩かった理由が分かった気がした。早いと家族と一緒のところを見られてしまうかもしれないけど、遅いと自分がイライラするからだろう。

 そもそも絵梨奈や他の家族と俺を会わせたくなかった理由はサッパリだが。絵梨奈に頼んで俺と引き合わせてもらったことを暴露されるのを恐れていたのだろうか?


 ふと、俺の心の中にひょんな考えが浮かんだ。絵梨華に呼び出されて行っていたから、初詣はこの数年家族とバラバラだった。だけど流石に来年の正月時点で絵梨華と縁を戻せている可能性は低い。というかクリスマス・イブ以来、俺に絵梨華から連絡はまるで無いし、俺も絵梨華に連絡していない。

 三が日は絵梨奈は家にいるというし、どうせ俺も予定らしい予定はない。どうせなら初詣に絵梨奈を誘ってみるというのも手じゃないか?


「いや、ないから……何考えてんだ俺」


 しかしすぐにその考えを打ち消す。いくらかつての彼女の妹とはいえ、奇妙な縁から数日前に知り合った相手を、あたかも数年付き合っていた彼女と同じレベルで『初詣一緒に行かない?』は流石に馴れ馴れしすぎる。しかも大晦日の今日に。

 こんなことを考えるとは、流石に年単位で付き合って来ただけに、絵梨華の存在は俺の中で想像以上に大きくなっていたらしい。別に家族で初詣に行くだけで十分だろうに、絵梨奈を絵梨華の代わりにしようなどとは余りにヤバい考えだし、彼女にトンデモなく失礼だ。


「キン! そろそろ降りてらっしゃい! 紅白始まる前に年越し蕎麦食べちゃうわよ!」

「あいよ〜!」


 母親に呼ばれて部屋から出る。もうそんな時間になっていたらしい。下に降りると、既に日本酒を開けて上機嫌な父親と、蕎麦を茹で始めている母親がいた。


「おう、キン。今年はどっちが勝つか賭けようや。俺は勿論白に賭けるぞ」

「じゃあ俺も白」

「おいおい、それじゃ賭けが成立しねぇじゃねぇか」

「そもそも何を賭ける気だよ……」

「この日本酒?」

「俺未成年……」


 メガネをかけた優男風……というと遺伝的に俺にも大分ブーメランだが、そんな印象の父親は、酔っていなくてもくだらない発言が多い。当然のように酔っ払うとくだらない発言が増える。


「もう酔っ払ってるし……まだ5時半だぞ?」

「何を言ってるんだ、俺は常に自分に酔っているのさ……」

「中二病患者でも今時そんなセリフ言わんぞ親父」

「ほらアンタたち! 暇ブッこいてんならこっちきて鍋手伝いな!」

「「イエスマム!」」


 うちの秩序は今時最早珍しいかもしれないかかぁ天下で成り立っている。蕎麦をザルにあげ、テーブルに運び、3人揃ってズルズル啜り始める。これが俺の家族だ。


「そういやキン、クリスマスに来たあの子は元気にしてるかい?」

「いやに唐突だな……大丈夫だと思うよ。メールも返信があるし」

「やっぱり連絡先交換してたのねアンタ」

「……あれ?」


 そういや連絡先交換したとまでは言ってなかった気がする。やれやれと母親がため息をつき、どうにも聞き捨てならないことを言った。


「姉と別れたから妹に乗り換えかい? また節操なしになったもんだねぇ……」

「いやあのな……対面1回、初対面から1週間たらず。メルアド交換しただけでそこまで言われる理由もなければ、そこまで親交が深まる訳もないだろ。何言ってんの?」

「そこでフラれたばっかりなのにとか、恋人としてどうたらとか言わない辺り、ほぼ自白みたいなもんだよ」


 おっふ、墓穴掘ったぁ!


「何だ何だ? お前フラれたばっかりなのに、フラれた相手の妹に粉かけてんのかよ」

「学生時代自分の口から告白する勇気すら持てなかった男は黙ってな!」

「へい……」


 大学の同期だったうちの両親は、父親が告白してカップルが成立した。それはいいのだが、口で告白する勇気がなかった父親はラブレターで告白し、一度母親に拒否られたことがあるらしい。その半年後に直接告白してOKを貰ったという。なのでこういう話になると父親の発言権は俺より低くなる。


「まあいい子みたいだからいいけどさ。よりによってフラれた相手の妹なんだし、よく考えなよ? フラれた未練で固執してるってのが1番カッコ悪いんだからね」

「それは流石に分かるさ……いやそうじゃなくて、俺別にそういう相手としては考えてないからな」

「ま、そういうことにしとくけどね」


 これだから、うちのかかぁ天下が覆る見込みはないのである。父親と顔を見合わせながら、母より強いものは無しという結論に無言のままに同意したのである。


 そのまま蕎麦を食べ終わり、諸々を片付けて、家族揃って紅白を見る。それぞれが好きな歌手を無駄に語り合い、投票の時には両親がどちらに投票するかでテレビのリモコンを奪い合い、全力のジャンケンを繰り広げる。


「おっしゃあ! 今年も白の勝ちぃ! 3年連続おめでとぉ!」

「……思うんだけどさ、何でいつも親父は白が勝つことにこだわるんだ?」

「そりゃいつぞや白が3連勝した時に、3年連続赤の勝利に賭けてアタシにボロ負けしたからさね」

「……親父が母さんに勝てる日はきっと来ないんだろうなぁ……」


 そして、除夜の鐘がうちの近くのお寺から聞こえてくる中、遂に年明けを迎える。


「あけましておめでとう!」

「はい、あけましておめでとう」

「あけましておめでとう」


 家族と挨拶を交わし、部屋に戻ると、SNSでの大量の着信に混じって、1通のメール。


『あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします……というと何だか妙な感じですね(苦笑)』


 確かに、俺が去年絵梨奈と知り合いだった期間は1週間もない訳で、今年もよろしくお願いします、という文句が微妙に感じるのは道理だろう。


『あけましておめでとうございます。確かに妙な感じだから、今年こそよろしく! ということで1つ』


 じゃあこうすればいいじゃない、と軽い考えで返信してみたのだが、数分後我に帰って、流石に調子に乗りすぎたかと思っていた。と、そこへ返信。


『確かにそれなら違和感ないですね! じゃあ私からも、今年こそよろしくお願いします!』


 その返信に俺は安堵し、同時に心のどこかでそれが現実になってほしいと願いつつ、眠りについたのであった。


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