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繋がった糸


「すみません、態々昼食まで用意していただいて……」

「いいのよ、うちのバカキンが泣かせちゃたりなんかしたお詫びも兼ねてだしね」

「ちょっと母さん、その言い方はやめてくれ。後呼び方もだ、俺はどこの動画配信者だ」


 結局母親には赤い目元他で泣かせたことはアッサリバレたが、まあ絵梨奈がとりなしてくれたおかげでなんとか妙な疑いは晴れた。ちょうど昼になろうとしていたので、母親が絵梨奈の分も昼食を用意してくれた。


「どうかしら、うちのビーフシチューは。まあ残りものでちょっと申し訳ないんだけれど……」

「すごく美味しいです! これだけのコクに肉の柔らかさ、相当手間暇かかっていらっしゃいますね……」

「但し分量を間違えて作りすぎだけどな」

「いいじゃないのよ、こうして結果オーライなんだし」


 用意したとは言うが、昨日の夜のビーフシチューの残りである。元々俺がデートでいなかったはずなので両親2人分でいいはずが、普通に計算間違って鍋いっぱいにできてしまったらしい。

 だがフラれて帰ってきた俺が夕飯食った後だったけどやけ食いしたり、こうして絵梨奈に出すことになったりと、確かに結果オーライではあった。


「まあしかし、絵梨奈ちゃんだっけ? 貴方も律儀ねぇ……態々この寒い中うちのバカキンのところまで、謝る為だけにやって来てくれるなんて」

「いえ……私が原因といっても過言ではないのですから、当然のことです」

「何言ってんの、コイツから告白したんだから全部コイツの責任でいいのよ。引っかかったコイツが100%悪いんだし」

「仮にも自分の息子を人様の前でコイツ呼ばわりするかねこの母親……」

「え、えっと……」

「ああ、うん、ごめん。これがうちの通常運行だから気にしないで」


 結構常時こんな感じである。なおまだ仕事納め前で働いている父親はこの場にいないが、もしいた場合は何も空気を読まずに妙なことを言い始めると思う。何故うちの家族は家の中でコントを繰り広げないと気が済まないのか。


「というか絵梨華には当然ここに来ることは言ってないんだろうけど、アイツは今日はどうしてるんだ?」

「多分家でゲームでもしていると思います。昨日の件でムシャクシャするとか勝手放題言っていましたし……」

「珍しいな、アイツがゲームするなんて。俺の前では少なくともゲームなんて興味があるような素振りさえ見せなかったけど」

「最近スマホゲームにハマったらしいです。でもイメージが崩れるから人前でやらないなどと言ってましたね」


 絵梨奈に聞けば聞くほど、絵梨華の化けの皮が剥がれていくような気がする。絵梨華の皮がベロンと剝ける想像をしてしまい、思わず内心ウゲェと顔をしかめる。


「ほら、食べたらちゃんと駅まで送っていくのよ」

「了解しましたよっと」

「い、いえ! そんなことまでしていただく訳には……」

「どうせ部屋の大掃除くらいしかすることないんだし、遠慮なく送られなさいな」


 せやな……否定はできん。後はゲームするかお節を手伝うフリをして台所の賑やかしになるくらいか。

 そんなことを思いながら食べ終わり、絵梨奈を送っていくことになった。絵梨奈は母親から大量のカイロを押し付けられて玄関で困惑している。


「いえ、流石にこんなには……」

「うちまだ箱単位で在庫があるし、消費期限切れになってもしょうがないから、どうせなら持って行って頂戴な。あれだけ寒がってたんだし、これから先もまだ寒いわよ」

「で、では、ありがたく……」


 うちの母親が押し売りに見えてしょうがない。寧ろ主婦なんで押し売りされる側だと思うのだがこれ如何に。


「……変なこと考えんと、ちゃんと送って行きなさいよ」

「い、イエスマム」


 普通に変なこと考えているのがバレた、何故だ。ともかく俺もしっかりコートを着込み、マフラーを巻き、そして俺の手にもカイロが握らされる。


「色々とありがとうございました」

「いいのよいいのよ、絵梨奈ちゃんなら、いつでも歓迎してあげるからね。またいらっしゃいな」


 絵梨奈ちゃんの部分を心なしか強調したのは、そういうことなんだろうなと我が母の心意気に感謝。そして絵梨奈と並んで自宅を出る。最寄り駅までの通い慣れた道。中学までは徒歩3分だったが、絵梨華と一緒の高校は電車で3駅先にあった。

 道中絵梨奈も俺もズッと黙ったまま。というより俺は何の話題を振ったら良いのか分からない。絵梨華の妹という続柄だからアレだったが、本来絵梨奈は学校が一緒な訳でもない初対面の女子なのである……


「アレ?」

「どうしましたか?」

「そういえば、なんで中高と俺や絵梨華と一緒の学校じゃないんだ?」

「ああ……えっとですね、どうしても同じ学校だと、姉が比較対象にするのが容易なので……毎度試験の度に張り合われるよりは、寧ろ自分の学校のランクを落とした方が簡単だったんです。姉が理系で私が文系ですから、専門が分かれる大学でいいところに行けば良いと思って……」


 絵梨奈のその答えを通じて、俺は絵梨華という人間の闇を垣間見た気がした。自分の中身を見て欲しいと言いながら、自分の相対的ステータスへの執着心が凄まじい。それは実の妹の進路にも影響を及ぼすほどだったとは。

 思わず返す言葉がなく黙り込んでしまう。絵梨奈もそれ以上言葉を付け加えることもなく、再び沈黙が俺と絵梨奈の間を支配する。


「そ、そういえば、この辺りに来るのって、私結構珍しいんです。中学高校と家の近くでしたし、行動範囲が限られていまして……」

「あー、確かにそうかもな。この辺りは県庁所在地からも遠いし、住宅ばっかりだからそう遊ぶのに適した場所でもないしなぁ……緑はやたら多いけれど」

「そうなのですか?」

「山が近いからな。ほらあそこに見える山あるだろ? あの中腹にある神社がそこそこ有名でな。あそこの参道周辺だけは人が多い。初詣の時はエラい騒ぎだぞ」

「へぇ……そうなのですね。県内なのに全然知りませんでした……」


 俺が黙っていると、絵梨奈の方から気を使ってくれたのか話題を振ってくる。俺はありがたくそれに便乗させてもらい、この辺りのオススメスポット案内みたいな、よく分からないことをし始める。とはいえそれだけでも気まずい空気の打開にはなったし、絵梨奈もしっかり俺の話を聞いてくれた。

 俺と絵梨華だと、基本的に絵梨華ばかりが喋っていた。自分が喋りたいことを話し終えないと気が済まないようだった。決して話し下手では無かったから聞いていても然程キツくは無かったが、俺の発言権も無いに等しかった。


 そうこう話していると最寄駅に到着した。絵梨奈がペコペコ頭を下げながらまたお礼を言ってくる。


「今日は本当にありがとうございました……謝罪に来たはずなのにこれほどまでによくしていただいて……お母様にも改めてお礼を伝えておいていただければ……」

「いや、こちらこそ態々来てくれてありがとう。うちの母親はお節介焼くのが大好きだから、寧ろごめんね。暑苦しかったでしょ」

「いえ! そのようなことは!」


 トンデモない! と全力で首と手を振りながら主張する絵梨奈の姿はとても愛らしく、そこに姉の面影はまるでない。だからこそ俺もその姿に素直な笑みをこぼせる。

 そして、俺はこのまま絵梨奈が去ってしまい、彼女との出会いがこれきりに終わってしまうのが、どうにも勿体無く感じてしまった。絵梨華とまるで結びつかないからこそ、絵梨華との繋がりが切れることでそのまま絵梨奈と今繋がった糸も切れてしまうのが、なんだか理不尽に感じてしまった。


「あのさ……もしよければ、なんだけど」

「はい?」

「その、連絡先を交換することって、できるかな?」


 だから、決して今日初対面の女子相手にはしないようなことを、俺はしてしまったのだろう。絵梨奈は俺の突然の申し出に目を丸くし、またアタフタし始める。


「え、えっと……その、本当によろしいのですか? 私、一応絵梨華の妹ですけれど……」

「さっきも言っただろう? 姉妹だって、君は絵梨華と別人格なんだし。それに君が絵梨華に今日のことを言いふらすなんてありえないだろうしね」


 こういうのにも、一期一会って言葉は有効だと思うんだよ。そう俺が言うと、絵梨奈は戸惑いの表情を隠せないながらも、それでもカバンからスマホを……


「……ガラケー?」

「あ、こっちの方が使い慣れているので……け、決して機械音痴とか、そう言う訳じゃありませんからね!?」


 慌ててアワアワと反論する絵梨奈がおかしくて、思わず笑いを抑えきれない。その俺の様子に絵梨奈は頰を膨らませる。

 どうにか双方落ち着いて、メルアドを交換する。電話帳にそれを登録すると、当然同じ名字、同じ名前の頭文字なので、絵梨華と絵梨奈が並んで表示される。


 それを見た俺は一瞬迷ったが、やがて指を伸ばし、絵梨華の方の電話帳の名前のフリガナを消した。すると「か」の欄から絵梨華の名前が消え、絵梨奈だけが残った。


「それでは失礼します」

「うん、気をつけてね」


 連絡先を交換し、今度こそ絵梨奈と別れる。改札の向こうに消えていく絵梨奈が振り返り、改札の中からまだ律儀にお辞儀をしてくる。それに手を振り返すと、ようやく絵梨奈は完全に背中を向けてホームへと歩いていった。

 その背中を見ながら、俺もゆっくりと名残り惜しむように振り返った。身を切るような寒さだったが、昨日から冷え切っていた心は、もう寒くはなかった。


本日の投稿はここまでになります。明日も投稿の目処は立っておりますが、何話書けるかは未定です。

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