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クラスメイトだから

いや少々違うものを書いてスッキリしたところ、どうにか続きが上がりました。お待たせしてしまって申し訳ないです。


 昨今の運動会が秋ではなく春に行われることが増えたのは、残暑や台風を避ける為という理由が大きいらしい。確かに俺が小学校の時は秋開催だったが、台風で2度ほど延期を経験し、3年生の時には遂に2度の順延を経て中止になってしまった。トンデモない大ブーイングが起こっていたのは今でも覚えているが、カリキュラム上致し方ないのだろう。

 そう考えると、梅雨入りする前の5月に運動会をやるのは確かに理に適っているように思える。だが悲しいかな、秋と同じようなことが春でも起きないなどと、そんな甘いことはなかった訳で……


「……学校は正気か? 真夏日に運動会をやるとか、熱中症で搬送者が出たら下手したら全国ニュースだぞ?」

「ウチもう動きたくないんやけど……動いてなくても汗がすごいねん……」

「運動している当事者の僕たちもそうだけど、この日射しの中で見ている保護者の人たちも結構危ないんじゃないかな……」


 本日の天気、快晴。予想最高気温、31℃。しかもカラッと晴れるならまだしも、かなりの高湿度だ。冗談抜きで熱中症の危険性がバリ高である。土砂降りの中決行するのとどっこいどっこいで危険だと思うのは俺だけではないようだ。周囲のクラスメイト達も顔が引きつったりウンザリしたりしている。


「うむ! 今日は絶好の運動会日和だな!」

「ウッソやろ……スポーツやっとる人間として、逆に異常だと思えへんのか……」


 そんな晴れ上がった空に反比例するような空気を、容赦なく打ち毀す竹中の能天気な声。思わずマナが唖然とした表情で言葉を漏らす。確かに運動をしているなら、余計熱中症の危険性については理解していても良さそうなものだが。それとも真夏の猛暑日と比べているのだろうか。


「ちょっと竹中? 昨日の気温覚えてるでしょうね?」

「ん? 昨日は確か最高気温は21.7℃だったな!」

「今日は31.3℃、9.6℃も差があるのよ? 熱中症の原因の1つは前日と比べた時の急激な温度上昇。9.6℃差は十分急激な温度上昇と言える範疇だわ。アンタみたいに普段から運動している人間はまだしも、そうじゃない人たちはすぐ熱中症になるわよ。1つ競技が終わる度に水分補給をするように、くらいは声かけしなきゃ。アンタ運動委員なんでしょう?」

「なるほど、それもそうだな!」


 そんな風にのたまう竹中にススス、と近寄ってきて苦言を呈する安藤。実は運動会練習や準備の際、竹中が突拍子もないことを言うと、安藤がブレーキ役になってくれることが何度かあった。


「正直言って、めっさ助かっとったわ。ウチもそこそこは対応できるけど、あの子が来ると一発やねん」


 マナが含みのない純粋なありがたさを口にする。元々竹中はそのバスケの実力と結果で1年のクラスでは地位を確保していた面が大きかったが、安藤というツッコミ役がいるとその人格面での純粋さが表に出てくるように感じる。

 端から見ると良いコンビなのだが、安藤は竹中が暴走しないと竹中の方に寄って行こうとしない。そもそも1年の時に俺が安藤の存在をこの間まで認知していなかったし、悠人も竹中とそこそこ話をする間柄でありながら、2月の段階で安藤と竹中が親しいことを認識していなかった。


「なあ、これ寧ろ安藤を運動委員にした方が良かった説ない?」

「難しいところだねぇ……竹中を制御できることと、君に対する敵意は別物だからね」

「それもそうか……」


 別に男だろうが女だろうが関係なく、人の心というものは単純そうで複雑だ。それでいて複雑そうで単純だったりもするのがタチが悪い。そういうのは哲学者にお任せしたいところだ。

 ふと絵梨華の方を見ると、この陽気にブツクサ文句を言いながら日焼け止めを塗りたくっていた。それを大橋を始めとする絵梨華支持者たちが熱心に見ていた。白い肌ときめ細やかな黒い髪を維持することに、並々ならぬ熱意を抱いていた絵梨華の執念は、今も健在らしい。


「まあ別に、白い肌が嫌という訳ではなかったし、当然その努力自体は適度な範囲で肯定されてもいいと思うけど、あそこまで白くいたいっていうのはどういう感情なんだろうな?」

「さて、僕らにはちょっと難しい疑問かもしれないけれど、それより金子がそういう美に対する執着を表に出している方が気になるね。聞いた限り、彼女はそういう白鳥のバタ足を衆目に晒す行為はしないと思っていたけれど」


 確かに、絵梨華は俺以外の人間に対して見せる自分のイメージというものに、相当気を遣っている。だからこそ俺も見せかけの笑顔に乗せられた訳なのだが、そんな絵梨華も化粧こそ人前でしないものの—そもそも校則で禁止だが—外見維持に関しては努力を他人に隠さない部分も存在していた。


「そういうのを見せた方が好印象だとでも思っているのか、話題作りなのか、はたまたインフルエンサー気取りなのか……」


 正直どれも当てはまりそうにない。元カノであっても知らないことは仰山存在するのだ。別れて以降、絵梨奈を通じて裏の顔を覗き見したこともあってか、そういう俺の気づかなかった絵梨華の言動というものが、どうにも目についてしまう。

 ただ、それは決して絵梨華に対して未練がある訳ではない、そう自分でも確信が持てる。どちらかというとテレビの番組で、自分の嫌いな有名人の家に隠しカメラを仕掛けるようなものを見ている感覚に近い。自分が知っている有名人が、パブリックイメージとも、自分の抱くイメージとも全く違う姿を晒していることに、単純に興味が湧いているだけでしかない。


 当然……付き合いたいだなんて非現実的なことを言うわけがない。ましてやもう好きな相手でもないのに。

 俺は自然な動きで絵梨華から目を逸らした。彼女は既に俺の恋人ではなく、クラスメイト以上の存在ではない。だから、ただのクラスメイトをズッと見つめるのはおかしいだろう。そう自然と思える自分が恐ろしいような浅ましいような、そんな心持ちだった。







 5月初めとは到底思えない陽気の中、運動会は今の所つつがなく進んでいた。とはいえ熱中症や日射病になりかけの人間もそこそこ出ているらしく、だからやめときゃ良かったのにという空気が、特に上級生の中から熱気の代わりにジワジワと常時漏れ出していた。

 だからと言って自分のチームの勝敗には大概の人が興味がある。うちの4組は3年生の騎馬戦で優勝したことで順位を総合2位まで上げ、現在総合1位の1組を10点差で追いかけている。


「ほな行こうか?」

「さてさて、竹中の特訓はどこまで通用するんだろうかねぇ……」


 午前中最後の競技に割り当てられていたのが、ムカデである。竹中による練習は、安藤の説得により常識的なものに変わり、最後の方の練習には絵梨華も渋々といった表情で参加していた。果たしてこの特訓の成果が如何様に発揮されるか不明だが、ここで上位に入れば総合1位になれる可能性がある。

 とはいえ1組は学年を通じて連帯が強いらしく、ここまで相当なチームプレイを発揮している。通常5月開催だとクラスがまとまりきっていない場合も多いのだが、1年生ですら見事な連携で玉入れで優勝を飾っている。


 なお悠人の所属する2組は、3年生の騎馬戦で接敵前に自壊した騎馬が半数を占めるほどにグダグダの展開を見せたこともあり、現在ぶっちぎりの最下位である。曰く、


『3年生は知らないけど、うちのクラスも別に練習しようって言い出す奴もいなけりゃ、体育で練習に時間が割り振られた時に仕切る奴もいなかったしな。もっと言うと、最下位だったところでそれを恥じ入るほど繊細な奴もほぼおらんし』


 とのことである。なんともまあ、学習指導要領的にはまるでよろしくないのだろうが、ボイコットしないだけ目標達成なのだろうか。全員で手を抜くことが連帯に繋がるかは不明だが。

 しかしうちのクラスは一応ここで勝てば暫定1位に上がる可能性があるというので、ここへ来てそこそこ以上に熱意と1位への色気を出していた。下戸で飲み会は得意でないと言っていたのに、飲み会の雰囲気に当てられて酒も飲んでないのに酔っ払いみたいになっている、そんな印象だった。


「諸君! 気合い、入れて、行くぞぉぉぉ!」


 竹中に関しては何も言うことはない、寧ろ平常である。


 マナや智、長谷川と整列し、足をくくりつける。智はこの期間に無駄に縛るのが上手くなった。そういう言い方をすると、何だか違う意味に聞こえるのは俺の心が汚れているせいだと、そう思うことにする。

 軽快な音楽—ネッケの『クシコス・ポスト』だ—と共に競技が始まる。どうにもここは譲らなかったと見え、竹中のチームがトップバッターとして先頭を突っ走る。竹中の無茶振りに大分訓練されたのか、チームでも先頭の竹中が半ば暴走気味に見えるほどの猛ダッシュを披露するのに、呆れと諦めの顔でそれでも他のメンバーは整然と足並みをそろえている。


「なんだかんだ、ああいうのを見てるとノリが良いよなぁ、うちのクラスメイトたち」

「ノリがええっちゅうか、従兄弟のガキ大将に苦笑いしながら付きおうとる中学生のお兄ちゃんたちって感じやな」

「いとこって俺いないんだよな、父親も母親も1人っ子だったし」


 俺が思わず感想を口にすると、マナが後ろから返してくる。どうにも後ろから声をかけられるというのは、後ろに相手がいると端っから分かっていても奇妙な感触を覚える。人間の目は草食動物ほど視野が広くないのだ。しかも今は足が縛られているから、体ごと相手に向き直れない。

 だからこういうムカデみたいなやつは、耳で相手を認識する訳だ。それで勝手に相手の足の動きを解釈し、自分も同じ動きをしようとする。知っているが見えない相手との連帯を養うという点では、これほど都合の良いものはないだろう。


 あっという間に俺たちの順番が回ってきた。現在うちのクラスはかなり良いペースで競技を進めており、俺たちが蹴っつまづいたらまず間違いなく戦犯だった。そう考えると少々背筋に寒いものが走る。

 だが蹴っつまづく想像をするとその通りになりそうだったので、努めて嫌な想像を頭から振り払う。するとポンと肩に手が置かれる、マナがいよいよ走り出すとあって、俺の肩に手を置いたのだ。


「ほぉら、そんな気負わんと。別にリードされとる訳でもないんやし、よっぽど派手にコケなきゃええねん」

「お、おぅ……そんなに気負ってるように見えたか?」

「昔っから、色んなこと考えて気ぃ遣う割に、大事なこと抜かすからねぇ。ウチらが1番にやることはリードを広げてぶっちぎることやあらへん、次のチームに繋げることや」


 それが1番大事、なんつって。そう朗らかに虚言の如く口にするマナの顔は見えないが、まあ不快感を何故か感じさせないお得意のドヤ顔をしていることは容易に想像がついた。

 だけれども、確かに竹中にあれだけ周りの人間のことを考えろと言っておきながら、自分がクラスメイトを信用できなかったらダメだと気付かされた。これがアンカーだったらまた話は別だったやもしれないが。


「すまん、ありがとう」

「ええからええから、ほら順番来たで!」


 やっぱりマナはリーダーを張るにふさわしい素質は持っていたんだろう、かつてのマナを思い返しながら俺は前を向く。かつてはマナが先頭を突っ走り、俺たちがその背中を追いかけていた。物理的に構図が逆転しても、後ろから発破をかけられている現実を、寧ろ俺は楽しみ始めていた。

 戻って来たチームとバトンタッチし、俺は掛け声に合わせて最初の一歩を踏み出した。







「……ただいまの結果、1位、4組。2位、5組。3位、1組……」


 まず分かりきっていたので、発表の前からクラスメイトの大半はもう気が急いて、大人しく座っておらず半ば中腰だった。それでも竹中は公式発表がないと不安だったのか、険しい顔をしたまま体育座りをしていた。

 しかし発表された瞬間、真っ先に雄叫びを上げたのは他ならぬ竹中だった。逆に竹中に気圧された他の中腰のクラスメイトがよろけるという事態が発生していたが、ともあれこれでうちが総合1位に浮上した。


 ギラつく太陽が南中し、俺自身も含むクラスメイトたちの汗の匂いでむせ返る中、更に暑苦しくあちこちで喜びを分かち合う姿は、先ほどまで学校の運営の文句で口をすり減らしていた姿とまるで正反対だった。

 そんな堪え難い暑苦しさに当てられてボケっとしていた俺の肩が小突かれる。チラと伺うと、両手のひらをこちらに向けるマナの姿。その顔は暑苦しさとは無縁にサッパリとした笑顔で、俺はマナが求めるままに自分の両手のひらを同じく差し出した。


 パァン、という子気味良い音。続けて後ろにいた智や長谷川とも同じ挨拶を交わす。然程ではないとはいえ、それでも何か感じるところがあるのか喜色を多少なり浮かべる智と、純粋な笑顔を浮かべる長谷川。

 ひとしきり騒ぎ終わって、全員で待機場所に戻る。俺はふと、ここまでの流れがまるで不自然なものでないことを自分自身で自然に確認していた。


 だって、クラスメイトなのだから、女子相手とはいえ同じチームの相手と、ハイタッチくらいしてもおかしくはないだろう。そういう思考自体が不自然であることから目を背けながら。


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[一言] 今どきだと、真夏日の体育祭なんて虐待と言われかねないな(汗)
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