とんでもハップン、歩いてジップン
お待たせいたしまして、申し訳ありませんでした
とりあえず1話上がったので投稿です、続きはまた少々お待ちください
『……それは中々大変でしたね。私の学校も同じ日に運動会ですが、そこまで熱心な方はそうはいませんね。私はそこまで運動神経が良くありませんので、正直そちらの方がありがたいですね……』
竹中の話を絵梨奈にメールで話してみると、3分と経たずにスマホが震えた。いつも思うのだが、絵梨奈は基本的にメールの返信が物凄く早い。しかもSNSのように短いレスポンスではなく、そこそこの長文を返してくるので、こういうところでも絵梨奈の頭の回転の速さを俺は思い知るのであった。
『絵梨奈のところも運動会は春なんだね。ゴールンデンウィークが潰れるから、こっちでは結構不評かなぁ……』
そう打って返信ボタンを押してから、すぐに気づいた。そう、運動会で多少潰れるとはいえ、ゴールデンウィークという連休がこの先待っているのである。そこを使わない手はない。超特急で2通目を打って送信する。
『そうだ、ゴールデンウィークは時間ある?』
するとまたも即座に返信が。その早さに苦笑しながらメールを開くと、見慣れた白黒の文字列ながら、絵梨奈の喜色が伝わってくるような色鮮やかな文章が飛び込んでくる。
『ええ、大丈夫です! 今年は父がゴルフコンペでゴールデンウィークの後半は不在なので、どこかでお会いしたいですね!』
絵梨奈は文章からでも非常に生き生きと感情を伝えるのに長けている気がする。それは絵梨奈の現代文の能力が高いのもあるだろうが、手書きの手紙ではなく無機質な明朝体を通して感情を伝えられるのは純粋にすごいと思う。
それはそうと、今度は絵梨奈とどこへ行こうかと考える。黄金週間なのだから本来は映画に行くのが筋なのだろうが、映画デートはこの間済ませてしまっている。動物園や水族館、遊園地のような類も芋を洗うような状態に違いない。態々芋煮の材料になりに行くほど、俺は酔狂な人間ではないし、絵梨奈も人混みはそう好まないだろう。
そんな風に考えていると、ふと絵梨奈が美術部であることを思い出す。美術館なら前に挙げた場所以上に滅茶苦茶に混むことはないだろうし、絵梨奈も楽しむことができるだろう。そう考えて絵梨奈に提案してみる。
『連休で遊園地とかその辺は激混みだろうし、美術館とかどう? どうせなら絵梨奈に色々教えてもらいたいし』
『いいですね! でしたらポスターが貼ってあったのですが、隣の市にある美術館でシュルレアリスム展が開かれるそうなので、見てみたいと思いまして……』
絵梨奈も乗り気なようで、ひとまず行き先が決まって嬉しさと安堵で内心を分け合いつつ、絵梨奈の返信の速さに逆に心配になってきていた。前のように夕飯の支度中とかそういうことがないよう、時間は見計らってメールを送っているとはいえ、絵梨奈の私生活を浸食阻害していないかという危惧がジワリと心に染み出していた。
メールだからSNSのように既読通知も存在しないのだし、俺はそこまでせっかち屋ではない。というより絵梨華がその辺りは煩かったので、反動でそういう既読無視を喧しく責め立てる相手が好きではない。
絵梨奈にそう返信を急がなくても良いとメールを打とうとして、ふと今日の深水先輩の言葉が頭をよぎった。スマホの上の指の動きにブレーキがかかり、そのままそれまでの文面を抹殺して新しく文章をゆっくり打っていく。
『じゃあそこにしようか。集合場所とか時間は後で決めよう。正直運動会とかサッサと終わらせて、早く絵梨奈と会いたいよ。おやすみ』
『はい、わかりました。私もその日が待ち遠しいです! でも運動会もがんばってくださいね。おやすみなさい』
絵梨奈からの最後の返信を読みながら椅子の背もたれに身を預ける。勿論無理をしていなければという前提の話だが、返信が遅いことを気にしないのなら、早いこともそこまで気にする必要もないのではないか、そう思ったのだ。
待ち合わせ時間がドンドン前倒しになっていくのもそうだったが、気を遣いすぎるというのもさることながら、相手が好きでやっていることを否定することもないし、それに無理に合わせる必要もない。
当然待ち合わせ時間に遅れたり、返信しようしようと思いながら忘れ去ったりするのは論外だが、下手な暗黙のルールは関係を壊しかねないだろう。絵梨奈が早く返信するならそれを俺は無理に否定しないし、俺も絵梨奈に無理くり合わせて即返信する必然性もない。
でも、できれば絵梨奈の返信が早いのは、俺とのメールが楽しいからという理由であってほしい。そう思うのは思い上がりすぎだろうか。そんなことを思いながら、目の前で光り輝く電気スタンドを焦点をぼやかしながら見つめる。
「キン、ちょっといいかい?」
「何さ? 後、頼むから何も言わずにスッとドア開けるのやめてくんない?」
すると部屋のドアを無予告で開けた母親が顔を覗かせて、俺に話しかけてくる。ホントにマジでノックくらいしない?
「いや、アンタ運動会終わった後暇?」
「残念、今まさに暇じゃなくなった。どうしたの?」
「父さんが突然、『そうだ温泉行こう』って言い出してさ。無理だと思ったんだけどまだ空いてる宿があるらしいんだよ」
「マジかぁ……でも今言ったように暇じゃなくなったんで」
そう言うと、母親はソイツは残念と言いながら、で? とスゴく曖昧で宙に浮いた疑問符を俺に投げかけてくる。大体何を聞きたいのかは分かっているので、肩を竦めながら答えてやる。
「絵梨奈とデートだよ、言わせんな恥ずかしい」
「ま、運動会の打ち上げかどっちかだとは思ってたけどね。しかし、学校が違うと会うにも一苦労だねぇ……」
「そりゃ同じ大学の同期だった親父と母さんと比べたらなぁ……」
「無闇矢鱈と会えないんだから、デート1回1回を大切にしな?」
折角いい子をとっ捕まえたのに、自然消滅なんて悔いしか残らないよ。そう縁起でもないことを平気でのたまわりながら顔を引っ込ませる母親。俺はそんなことは起こらないと誰にでもなく主張するかの如く、無意味にもう1度肩を竦める。
それから俺は背もたれから体を起こして多少猫背になり、机の上に広げたままの英語の問題集に取り掛かり始めた。何しろ次の中間で絵梨華に負けるようなことがあれば、俺の努力が完全に藻屑である。
成績の維持は正直成績を上げることより難しい気がするが、ここまで来ると日々復習していれば前回レベルに本気を出さなくてもいけるはずである。というより試験毎にあれだけのやる気を出し続けるのはかなり厳しい。
そう智に話したところ、まあそれが理想だからねと何でもないように言いつつ、こうも漏らしていた。
『だけど欽二、恋とか愛だってそうだよ。記念日とか誕生日とかクリスマスとか、そういう時だけ頑張るより、日々愛の言葉を積み重ねた方がいいはずさ。勿論そういう特別な日に頑張るのは効果は高いし、機械的に言ってるくらいだったら言わない方がマシだろうけどね』
さっき言われたように、俺と絵梨奈は諸々の事情でそう頻繁に会えない。でもそれこそ電電公社のお得意様にならなくとも、簡単にメッセージを伝えられる時代なのだ。
だから俺は毎日のように絵梨奈にメールを送っているし、絵梨奈に対して気恥ずかしい言葉を使うことも余り躊躇わない。言わずに気持ちが伝わることが無いと身に染みて知っているし、別に何か言うことで損をすることも無い。
そんなことを思いながら俺は復習を続けていった。机の上には例のペアブレスレットが置いてあり、まるでお守りのように英語の問題を解く俺を見守っていた。
君の名は、なんて言って、佐田啓二と岸惠子を思い浮かべる人間は、もう少ないのでしょうねぇ……




