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恋のキューピッドの涙


「それで……謝罪したいっていうのは、絵梨華のことで?」


 しばらくして、しっかりあったまった絵梨奈にリビングの長ソファに座ってもらい、自分は左斜め前の1人がけソファに座る。絵梨華の双子の妹で同い年だからと、タメ口で構わないということになった。なお絵梨奈の少しばかり丁寧な口調は素なので、遠慮している訳ではないらしい。


「えっと、はい……そうです。こんなことになってしまって、時任さんに謝らなければと……」

「いやいや、俺が絵梨華にフラれたのは俺自身の問題だから……100歩譲っても俺と絵梨華の問題だし、君が態々謝るようなことは何も……」

「いえ、そうではなくて……実は、時任さんと姉を恋人同士にしてしまったのは、私なんです」

「へ?」


 聞いただけではサッパリな物言いに思わず物理的に首を傾げてしまう。すると絵梨奈は突然超特大の爆弾を放り込んだ。


「……中学1年の3月に、姉にこう相談されたのです。『自分のことを外見や成績で判断しない特別な男子がいる。どうにか彼と自然にお近づきになりたい』と……」

「なっ……!?」


 俺が絵梨華の財布を拾って絵梨華との距離が縮まったのは中2の4月。つまりこの相談は「俺が財布を拾ってあげた後」ではなく、「俺が財布を拾う前」の相談ということだ。


「私は姉に好きな人ができたことに純粋に驚きました。姉は小学時代から美人かつ成績優秀ということでモテましたが、小学男子特有の嫌がらせやら何やらですっかり同年代以下の男性が嫌いになってしまい、子どもっぽい相手を好きになるだなんてありえないと公言していたからです」

「あぁ……確かに絵梨華なら言いそうだ」


 そしてそうなった経緯もさもありなんと言ったところだろう。つまり外面だけで寄ってくる男にウンザリしていたということか。


「でも一体いつ俺のことを……」

「2月頃に、教室での会話を偶然盗み聞きした際、時任さんが『外見や成績だけであからさまにすり寄っていったら、そりゃ向こうも嫌がるだろうよ』とおっしゃったのが耳に残ったと……それで多少気になって時任さんを観察していて気に入った、という話でした」

「そんな話してたっけ? まるで覚えがないわ」


 とはいえ、当時の俺なら言いそうな気がする。余りに無謀な突撃玉砕を繰り返す男子が多すぎて、半ば呆れながら見ていたからだ。

 尤も賢者は美人を早々に倍率が高すぎると諦めるが、愚者は猛アタックで美人を仕留める可能性があるとかいう話もあるから、無駄に見えるアタックも案外意味があるかもしれないとは思っていた。今の話を聞く限りどう考えても逆効果だった訳だが。


「それで、私がさりげなく近づきつつ、なおかつ間近で人間性を確認できて、そのまま近しい関係性になるに不自然の無いシチュエーションというのを考えまして……」

「それが『定期券を表に見せた財布を落とし、俺に拾ってもらって追いかけさせる』だった訳か……」


 いや普通にスゴくない? 俺まるで偶然を疑わなかったからね? それとも俺が間抜けなだけだったのだろうか……いやまあ、これを絵梨奈に聞いても困らせるだけだから何も言わないが。


「……私が言うのもなんですが、私の計画通りに動いて時任さんと付き合うことになった姉は、中学生の間は度々時任さんの話を私にもしていました。愚痴は正直多かったですが、努力して相応の結果を出す時任さんの姿は決して嫌いではないと……この時の私はそれを単なる照れ隠しだと思っていました」

「そんな風に俺のことを言ってたのか……」


 絵梨華は俺の家に何度か来たことがある。だが俺は絵梨華の家に一度も行ったことがない。絵梨奈の存在を知らなかったように、絵梨華の家族構成さえ把握していなかった。絵梨華の口から出てくる家族の存在は、絵梨華がべた褒めする父親だけだった。


「ですが、高校に上がってから姉は変わりました。常日頃からイライラし始め、私に対する暴言も増えました。それに比例するように時任さんのことに関して次第に口数が減っていき、遂にはゼロになってしまったのです。私が聞いても梨の礫でした」

「確かに高校に上がってから、何と言うか余裕が無くなっているようには感じていたけれど、家でもだったのか」

「そして、昨日久しぶりに時任さんに関する話題が出たと思ったら、『あんな奴と付き合っていたら恥だから縁を切ってやった』と耳を疑う言葉が飛び出して……」


 話しながら、次第に声が震え始める絵梨奈。自責の念に耐えかねているのだろうか。それでも、何とか前を向いて話続ける。


「どういうことかと問い質すと、『中学時代にも自分が梃入れしてあげたにもかかわらず、成績は私に追いつくレベルに達しなかった。それが高校になったらどん底で見ていられない。デートの時の態度も自分に対する配慮が欠ける。自分の恋人だという自覚がなさすぎるし、そろそろ彼氏ヅラがウザくなってきたから切った』なんて言ったのですよ……!?」

「絵梨奈さん、もういいよ。そんな乱暴なことを君の口から言わないでくれ……」


 絵梨奈は声どころか身体まで震わせ、両方の腕で震えを抑え込もうとする。目には涙が浮かび、とても見ていられない。思わず止めに入るも、自分の罪から目を逸らすわけにはいかないとばかりに、声を大きくしながら言葉を紡ぐ絵梨奈。


「私は言葉がありませんでした……自分が外見や成績みたいな数字で見られるのが嫌で、だからこそ中身を見てくれると思った時任さんを恋人に選んだはずだったのに……それを時任さんが自分の横に立つにふさわしくないから切るだなんて、余りに身勝手です! これほどまでに姉の存在を恥じたことはありませんでした……!」


 そうどうにか言い切ると、絵梨奈は遂にワッと顔を覆って泣き伏していまい、俺に対してひたすら謝り始めた。

 俺は諸々の暴露で大分ショックがデカかった。いや、それは決して絵梨奈によって絵梨華との出会いが仕組まれていたからでも、絵梨華からの暴言に傷ついたからでもない。「俺が、他の男子より多少マシなだけの妥協相手」としか認識されていなかったことが心底辛かった。しかもその絵梨華の本音に何も気づかず、能天気に彼女の反応に一喜一憂していたことにも。


 だが俺のショックは後回しだった。今はとにかく絵梨奈を泣き止ませないといけない。彼女に非は全くないのだ。俺は努めて優しく声をかける。


「絵梨奈さん、君が俺と絵梨華との間を間接的に取り持ったことで、責任を感じていることはよく分かった。絵梨華の言動を申し訳なく思っていることも。でも、俺は君に何の恨みもないよ」

「ううっ……うぅ……でも……!」

「いくら君が絵梨華の妹だったとしても、誤解を招くかもしれないけれど君と絵梨華は全くの別人だ。どうして今日初対面の君に、そんな恨みつらみを俺がぶつけられる?」


 それは本心だった。仮に俺が仕組まれた出会いに関して恨みがあったとしても、目の前で泣き伏す初対面の女子を怒鳴りつけることは、恐らくできなかっただろう。


「それに、君が俺と絵梨華をくっつけたのだとしても、その絵梨華に惚れてしまったのは俺で、絵梨華の本心に気づけなかったのも俺だ。告白したのも俺だしな。だからこれは俺の責任だ」

「そ”んな……そんなことは……」

「いや、恋ってのはそういうもんだからな。だから泣き止んでくれないか」


 そう言って、思わずソファから立ち上がり、絵梨奈の側にしゃがみこむ。すると絵梨奈は顔をあげ、近くにあった俺の顔に少し驚きつつも、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま俺に尋ねた。


「ほ、本当に……私を許してくれるんですか……?」

「許すも何も、何を許すんだ? ほらティッシュ」


 側にあったティッシュの箱を差し出すと、すみません、とティッシュで涙をぬぐい、鼻をかむ絵梨奈。そして多少落ち着きを取り戻した絵梨奈は、それでも申し訳なさそうな表情を変えないままに俺に謝罪する。


「すみません、お見苦しいところを……」

「いいさ、泣き止んでくれたからな。そのまま泣かれてたら母親に何を勘違いされるか怖くて……」


 そう言うと、クスリとようやく微笑みながら、それは申し訳ありませんと多少鼻声で応える。そんな絵梨奈の笑顔に、絵梨華の得意げな笑顔が被る。あの笑顔も本心からじゃなかったのだろうかと思うと、心が締め付けられ、同時に目の前の笑顔に締め付けから解放されるような感触を覚えたのだった。


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