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我がままに


「……今回は本当に申し訳ないことをしたと思っている」

「いえ、あの、欽二さん……?」

「このような言動不一致は許されることではないし、君の優しさに付け込んだ俺の不徳の致すところだ。だができるならば君に許しを乞いたいと思っている……」

「わかりました、わかりましたから、とりあえず顔をあげてください……」


 また俺と絵梨奈の構図が逆転している。場所は件の喫茶店ではなく、隣の県にある巨大な動物園の最寄駅。見つかると面倒なので最早住んでいる県でない方が良いのではと、俺が見つけて提案した場所である。

 その近くの喫茶店で、俺は絵梨奈に頭を下げていた。絵梨奈ほどに取り乱しはしていないが、寧ろ全力で謝罪の意を込めて沈痛な声で頭を下げる。俺が取り乱すと絵梨奈がパニックでより迷惑をかけてしまうと思い、低い声でゆっくり謝罪を行う。


 絵梨奈も俺の神妙な謝罪にとりあえず応えてくれる。顔を上げると、絵梨奈は目をゆっくり左右に動かし、唇はその目の動きに合わせて開いたり噤まれたりしていた。やがてその形の良い唇が開かれたままとなり、音が漏れ出す。


「その……幼馴染の方に街を案内して差し上げただけなのですよね? 別に久しぶりに会われた方と思い出を語らったことを、その、浮気だなどとは……」

「いや、絵梨奈との仲を大っぴらにしていないのに、周囲に勘違いさせるような行動をとったことは明らかに俺の落ち度だ。絵梨奈がいいと言ったことを贖宥状にすべきではなかった」


 俺が更に謝り続けると、絵梨奈の目の泳ぎが次第に早くなっていくのが分かる。困らせてしまっていることに追加で罪悪感が積み重なり、俺は一旦謝罪を止めて絵梨奈の反応を待つ。


「でしたら、私がお許ししますから、もうこの件はおしまいで大丈夫ですよ。折角こうして2人でまたお会いできているのですから……」

「だが、俺は絵梨奈に独占的な態度をとったのに……」


 絵梨奈の言葉に反射的に反応して、はたと気づいた。俺は絵梨奈に許してほしいのでも、罰を与えて欲しいのでもなく、嫉妬して欲しかったのでは? 絵梨華に「替えの効く相手」だと思われていたから、今度こそ「替えの効かない」相手であることにこだわろうとしたのではないか?

 そう考えると、この一連の騒動が全て自分の浅はかな自尊心に基づいているようで、暖かい陽気なのに酷く寒気がした。俺は自分が絵梨華に近づいているようで、その瞬間えも言われぬ恐怖に襲われた。


「あの、どうなさいました……?」

「あぁ、いや、うん……なんだか俺、このところどうにも我儘が過ぎると思って……君を縛り付けたり、その癖幼馴染と練り歩いたり、かと思えば謝罪の名目で絵梨奈を困らせてばかりで……」


 言葉の端がへにゃりと萎んでいく。頭が下がり肩が下がり、気分も下がり、あらゆるものが落ちていくようだった。そんな俺を引き上げるかのように、絵梨奈はそっと俺の手をとった。


「でしたら、私も我儘を言えば、トントンですかね?」


 その黒い瞳は先ほどのように泳いでなどおらず、まっすぐ俺を見据えていた。俺が言葉に詰まると、絵梨奈は緩く微笑んで、俺を手を引いて立ち上がった。


「私、今日も楽しみだったのですよ? お話も楽しいですが、折角来たんですから、早く動物園に行きませんか?」


 それは我儘どころか正当な主張で、でも基本的に余り自分の非を認めようとする以外にハッキリとした主張をしない絵梨奈にとっては、珍しいほどに断固とした口調であった。

 俺はそんな絵梨奈に一瞬茫然とし、しかし勿論と応えて立ち上がった。絵梨奈の笑顔はあの日みた笑顔そのままで、決してくすみも陰りも見せていなかった。







 動物園にいる間、絵梨奈は右手に俺の手をとったまま、左手で器用に地図を操りあちこちへと歩き回った。絵梨奈は特にフクロウとシマウマがお気に入りで、まどろむフクロウの姿を長いこと眺めていた。だが俺が個人的なお気に入りであるアムールトラのスペースの前で話をしている時は、俺の話をしっかり聞いてくれた。


「シロクマはやっぱり大きいですね……」

「近づいてみると大きさがよく分かるな。比べちゃダメなんだろうけど、ツキノワやヒグマと比べると迫力がスゴいな」

「でも、ツキノワグマでも山の中で出会ったりしたら怖いですよね……」

「なんで死んだふりをしろとかいう話がいつまでも消えないんだろうなぁ……ハチと同じでゆっくり後ずさりすればいいのに」

「えっ!? 死んだふりってダメなんですか!?」

「おっとぉ?」


 そんな一幕もあったが、俺たちは1日かけて動物園をじっくり見て回った。俺は手を引かれながらも右手でスマホを持ち、動物達を撮影しながらちょいちょい絵梨奈を画角に入れて写真を撮っていた。

 特にフクロウを眺める絵梨奈の横顔は、どうせなら美術部である絵梨奈自身に描いてもらいたいくらいであった。尤も絵梨奈がそんな自画像を請け負ってくれるとは思いづらいが……


 園内にウサギやヒヨコなどと触れ合えるブースもあり、絵梨奈は実際にウサギに触れられると珍しく喜色を表に出していた。


「家では姉が動物嫌いなので、動物を飼うことができないんです。昔から犬を飼ってみたいと思っているのですが……」

「別にマンションじゃなくて一軒家だったよね? 飼おうと思えば飼えるの?」

「そのはずです。動物自体に余り触れる機会がなくて、すごく楽しみです!」


 ところが実際に触ろうとすると突然絵梨奈のくしゃみが止まらなくなり、恐らくアレルギーだろうと言われてしまった。

 これまでそうした動物系に余り触れてこなかったので、絵梨奈も分からなかったらしいのだが、絵梨奈は目に見えてショックを受けていた。そのポニーテールは普段以上に重力に負けているように見え、黒い瞳はアレルギーのせいか悲しみのせいか、ウサギの目のように赤くなっていた。


 俺はウサギを触るので離していた手を、再び絵梨奈と繋ぎ直した。そしてちらりと目で訴える。すると絵梨奈も赤くなった瞳を俺に向けて微笑み、また次の展示の方へ俺を無言で引っ張っていった。次のスペースはカピバラで、我関せず焉とばかりに水の中から俺たちを見ていた。







「今日も楽しかったです、ありがとうございました! 最後にお土産まで買っていただいて……」

「こっちも楽しかったよ、どうにか日が暮れる前に全部見終わったね」


 俺たちは夕日に照らされる動物園の入口前で話していた。最後にショップに寄った時、絵梨奈がズッと見ていたフクロウのキーホルダーを見つけて、どうせならとお土産に買ってあげたのだ。


「それで……どうでした? 今日はちょっと、その、私の好きなように、欽二さんを振り回してしまったのですけれど……これでトントンにはなりませんか?」


 すると、楽しんでいた笑顔から一転、おずおずと俺の様子を伺うように尋ねてくる絵梨奈。俺は絵梨奈にそこまで気を遣わせてしまったという罪悪感もあったが、それより絵梨奈の健気さと、偶然なってしまったのだろう上目遣いに息を呑みつつ少し仰け反る。


「うん……トントンというか、寧ろ借りが大きくなった気がする……」

「えっ!? そ、それはどういう……」

「だって絵梨奈の我儘で、俺完全に楽しんじゃってたし……」


 俺の我儘は、正直絵梨奈にとって感情論を差し引いても中々に不実な方向のものだ。一方絵梨奈の我儘はそれに比べれば文字通り可愛いものだし、何より俺を引っ張る絵梨奈という構図と、あちこちで見せてくれた絵梨奈の笑顔のせいで、俺の方に得しかない。


「だから、借りを返す為にも、もっと我儘を言って欲しいかな」

「あ……そ、そうですか。なら、もっと我儘を言わないといけませんね!」


 何だか可笑しなセリフですねと笑う絵梨奈の顔を見て、俺はおもむろにスマホを取り出した。


「なら、もっと我儘を言えるように借りを増やしておこう。最後に、一緒に写真を撮ってもいいかい?」

「勿論です! というより、それで貸しにはならないと思いますよ?」

「いいんだよ、こういうのはその場の気分さ」


 俺はスマホのカメラを起動しながらサッと絵梨奈の横に回り、肩を近づける。あの夜のように肩が触れ合い、スマホの画面には俺と絵梨奈の顔。自撮りをしたこともないらしい絵梨奈は、少々戸惑った様子を見せたが、俺がスマホの画面を示すと、そこにパチパチと瞬きしながら顔を向ける。


「いくよ、はい、チーズ」


 そして、俺のスマホのアルバムに1枚のツーショット写真が追加された。俺自身が自撮りに慣れていなかったせいか、俺の顔は斜めっており、絵梨奈は満面の笑みというより軽く微笑んでいる程度だ。でも、俺たちにとっては景色として形に残る最初の記録だった。


 俺はその写真を、帰宅後即座にパソコンに保存して消えないようにし、それ以外の動物園での写真も整理してドンドン保存していった。

 ブレている写真を消している時、色鮮やかな銀杏羽の鳥が写っていたような気がした。だがそれを確認する前に、俺の手は削除ボタンを押していた。一瞬手が止まったが絵梨奈の顔も写っていなかったので、俺はさほど気にもとめずに作業を続けていった。


ちなみに私も犬猫アレルギーで、ペット飼育経験事実上ゼロの民です。

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― 新着の感想 ―
[一言] アレルギー無縁のペットに金魚がありますよー 普通に30cmぐらいになって可愛い
[一言] 犬・猫・鳥・魚・昆虫は飼ったな。 爬虫類は未入門。
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