友帰る
あれから俺はマナと思い出話に花を咲かせ続けた。そのうちに智もやってきて、俺は智に幼馴染であるとマナを紹介した。
「へぇ、欽二にも幼馴染がいたんだねぇ! 全然そういう話は聞かなかったんだけどね」
「まあマナとは小4の時に突然転校していってから、すぐに連絡取れなくなっちゃったからなぁ……」
「いやぁ、ウチあの転校の半年後に、また父ちゃんの仕事の都合で住所が変わってしもうたんよ。だから手紙が届かなくなったんやろうなぁ……その後も3回は引っ越してるし……」
「そんなに引っ越してたのか……」
どうやらマナの父親は相当な転勤族のようだ。しかし、それだとまた転勤することにならないのだろうか。
「いや、今度こそ本社に戻るらしいねん。だから当分は動かないと思うわ。正直やっと落ち着けるわぁ……」
俺の質問にそう答え、おどけた様子で伸びをするマナだが、その声には実感が籠っていた。7年で4回以上の引っ越しはかなり多い。環境の変化に大分疲れていたのだろう。
「そりゃ大変だったね……僕は林智、欽二とは中学以来4年間同級生で、今年で5年目になるんだ。是非よろしくお願いするよ」
「ウチは瀬川愛美、これからよろしゅうな! あ、ウチこんな喋り方やけど、勉強した結果やから多分あちこち間違ってるし、そこは気にせんといてな。中途半端に慣れてしもうてるし、戻す気もあんま無いんやけど」
そうは言うが、俺には違いが分からないので気にはしないだろう。ちゃんと通じているのに、英語と米語の違いを指摘するようなことをしても何の意味もないと思うし。
「まあ今更高校生にもなって口調でとやかく言われはしないと思うけどな」
「それは甘いよ欽二、どうして言葉の違いだけで戦争が起こるのかを考えた方が良い。でもまあ、瀬川さんなら何とかなりそうだけどね。何かあったら相談には乗るよ」
「智はそういうことに関してはトンデモなく頭回るからな、マナも遠慮なく頼って構わんぞ」
「そうなん? じゃあ何かあったら頼らせてもらうわ」
そう話している間、ふと俺は絵梨華はどんな感じだろうと、チラと教室の後ろを伺ってみた。すると、絵梨華は教室の廊下側後方にある自分の席におらず、探してみると廊下側の1番前の席で誰かと話していた。椅子に足を組みながら座る姿に、遠くからでもよく目立つ金髪。
まさかの安藤も同じクラスであることに俺は今気付いた。まあ安藤の文理なんて俺は知らなかったから、理系選択の可能性も十分にあったのは間違いない。だがもしやとすぐ後ろを振り返ると、なんとマナの1つ後ろの席はよりによって竹中の席だった。
ここまで俺のクラスに固まっていると、どうにも作為的なものを感じてしまう。安藤は何を考えているのか読み取れないし、竹中は竹中で一本気すぎて逆に対処に困るかもしれない。幸いなのは竹中の俺に対する敵意が日増しに弱まっていることだろうか。
すると竹中が俺の存在に気づいて俺の方に寄ってきた。何を言われるのかと一瞬身構えたが、竹中の顔は何やら笑顔だ。
「おぉ、時任も同じクラスか! そういえばこの間の学年末で学年1位だったそうではないか、おめでとう!」
「あ、あぁ、ありがとう竹中。これからまた1年よろしく頼む」
「うむ、これほどの結果を残せるとは、やはりお前がズルをしてここに入ったなどという話は嘘だったのだな! 全く、お前に関する話は何を信じればいいのか分からん!」
やはり絵梨華は試験に合わせて俺の酷い成績をダシにしようとしていたらしい。だが俺が学年1位を取ってその企みを正面から完全粉砕した訳だが。
しかし、正月明けには俺の言うことに耳を貸さなかった竹中なのだが、どうにもここ最近俺の噂を信じなくなっている。一体何があったのか俺にはサッパリだった。
竹中と話しながら安藤の席の方を窺うと、既に絵梨華は帰っていて安藤がこちらを見ていた。その視線は俺と竹中の方に向いていたが、俺が見ていることに気づくと不自然に顔を逸らした。その顔はキツく澄ましたな顔であったが、その目は対照的に迫力がなかった。
鐘が鳴り、正担任の先生がやってきて始業式の為に体育館に移動する。今年の正担任は去年数1の担当だった数学の先生で、俺の顔を見つけると学年末は頑張ったな! と声をかけてきた。数Aは1問落としたが、数1は満点だったのである。こうして先生に声をかけられるのは久しぶりで、素直に嬉しかった。
バラバラと体育館に向かって歩いていると、智が俺の横に近づいてきて何やら小声で話しかけて来る。
「……欽二、彼女のことを渾名で呼んでいたけど、もしかして昔そう呼んでたの?」
「あぁ、そうだな。向こうが昔の渾名で話しかけてきたから、ついこっちもそのまま」
「それ、確実に噂されるよ。金子がいなくてもね。突然現れた女子に最初から渾名で話しかける男子だなんて目立ってしょうがない。この後の行動に気をつけないと、周囲の支持を失う可能性もあるよ」
そう言われて確かにそうだと気付いた。女子は分からないが、男子は俺とマナが幼馴染であるという説明で納得してくれるか分からないし、何もなくてもからかいの対象になってしまうだろう。それが絵梨華の件まで付いてきているのだから余計だ。
「しまったな……でも流石にあそこでマナを邪険に扱うなんてできなかったからな。どうしたらいいか……」
「勿論ここで下手に明日から余所余所しくしたり、からかいに過剰反応するのは逆効果だね。こうなったら開き直るしかない。次のデカいイベントは5月の運動会だから、そこでしっかり「ただの幼馴染」として振舞うのがベターかな」
「運動会でそんな男女の接触する場面があるか?」
「運動会は学年が上がって初めての大規模イベントだから、そこで下手に馴れ馴れしかったり逆に避けていたりすると目をつけられやすいし……それに忘れた? うちの高校、高2はムカデがあるって」
その競技名で俺は頭痛がするのを抑えられなかった。ムカデ競走! うちの学校にはよりによってそういう競技も存在するのである。そこで同じ組に分けようとして来るってことか……
「絵梨華と同じ組に追いやられるよりはマシかもしれないけど……」
「いや多分それは無いかな。君と金子の不和で最下位にでもなったらそっちの方が問題あるし。それより君と瀬川さんを組ませて反応を見る方が面白いって判断されるだろうね」
どうやら俺はマナを非常に面倒なことに巻き込んでしまったらしい。絵梨奈に関しては絵梨奈の方から俺のところに飛び込んできたが、今度は言い逃れのできないほど俺側に責任がある。俺は焦りを抑えられず智に助言をせっつく。
「マナにはどう話しておくべきだろう? というか普通にマナに申し訳が立たないんだが……」
「多分瀬川さんは軽く事情説明するだけで分かってくれるとは思うけどね。彼女結構人間関係で揉まれてきたみたいだし、その辺りの機微には聡そうだ。何なら女子を味方につけるのに一役買ってくれるかもよ?」
「人を利用するのは嫌なんだけどなぁ……」
絵梨華は俺に対して敵対的で、かつ向こうが勝手に自爆してくれているからノーカンだ。だが元々人を都合よく操ったり、弱みに付け込んだり、はたまた一方的に甘えたりするのは、俺にとって結構罪悪感が生まれる行為だった。
だから俺は巻き込んでしまったマナに仕事をさせるなんてことはしたくなかった。すると智が多少真面目な顔で俺に伝えてくる。
「欽二のそういうところはいいところでもあるけど、逆に当事者なのに何もしなくていいと縛り付けられるのも酷なものさ。それに向こうも承知の上なら、利用したことにはならないしね」
でも、できれば君のそういうところは、終生変わって欲しくないけど、それは僕のエゴだからねぇ……と語る智。よく考えれば、俺自身も逆の状態なら何か手伝えないかと声をかけるかもしれない。その時とにかく何もしなくていいからと言われると、それはそれでもどかしい気分にさせられるだろう。
「だから君が頼み込むかは別として、向こうが自発的にやっていることを、無理に罪悪感から否定することはないさ。ほら、よく言うだろう? すみませんよりありがとうって」
「そうだな、ありがとう智。お前にはホントいつも助けられてばかりだ」
「気にすることはないさ、君がそう言ってくれる人間だから、僕は君の隣にいるんだからね」
あぁ、でも学年1位になったんだし、折角なら僕に英語を教えてくれよ、と言ってニヤリと笑いかけてくる智。全く、どうしてこうも頭も冴えて性格も良いやつの周りに人が余りいないのかと、たまに思うことがある。
でも智が群れるのを好まず静かに過ごしたいと思っていて、だからこそ1人黙々と山に登るような人間であることを知っている俺は、その智が示してくれる友情を素直に嬉しく思ったのであった。
「お前の家、校門の目の前なのかよ!?」
「せやでぇ〜、鐘が聞こえてから出ても、全然間に合う距離やねん」
なんと、マナの今度の自宅は高校の正門の目の前に建っているマンションの一室だったのである。そりゃここの編入試験受けるわなと、俺は非常に納得した。それでアッサリ通るのもどうかと思うが。
「寧ろこれで寝坊です、は結構深刻じゃね?」
「まあそれはそれでネタになるやん?」
圧倒的ポジティブシンキングな答えに思わず吹き出してしまう。かつてより良い方向に思い切りが良くなっているような気がする。
「トッキーの家は、昔と場所変わってへんの?」
「そうだな、今でも同じ場所に住んでるぞ」
「それはええな、今度どこが変わったか案内してや」
そう頼んでくるマナに勿論と快諾する。恐らく引越しの繰り返しで、こっちの方の友人とは関係が途切れてしまったのだろう。偶然とはいえ俺と出会えたのは結構運が良かったのだと思う。何しろ俺自身高校で小学校時代の知り合いとは誰にも会えていない。
「せやけどそうかぁ、トッキーも恋人ができるような年頃になったんやねぇ……既に別れとったけど」
「お前も同い年だろうが、何を年長ぶってるんだ……まあ、その関係でちょっと迷惑かけるかもしれないけど……」
「気にせんでええって。しかしモテる男は辛いなぁ」
「冗談、本当にモテる男は別れた後にこんな始末にはなってないよ」
そう憮然とした表情で漏らすと、マナはそれもそうやなぁとカラカラ笑った。悠人や智にからかわれるのとはまた違った、妙な居心地の良さと悪さが同居していた。それからマナはさっぱりとした笑顔をこちらに向け、ピッと軽く手を上げた。
「ほなウチはこっちやから、改めてまたこれからよろしゅうな」
「あぁ、よろしく」
そう言って手を振ると、マナはニヤッと微笑むとさっさとマンションの入口を通り抜け、オートロックの向こうへ消えていった。その後ろ姿を見送り、俺も駅の方へポテポテ歩き出す。始業式しかなかったので、まだ昼前だ。どこかで腹ごしらえでもしようかどうするかと、とりとめもないことを考えながらフラフラと歩いていると、突然上から言葉の矢で不意打ちされた。
「お〜い! こっちやこっち、また明日なぁ〜!」
慌てて周囲を見回し振り返ると、マンションの突き出した非常階段の踊り場から、マナが身を乗り出して大きく手を振っていた。その顔はかつて俺を自作の落とし穴に落とした時の顔とソックリであった。見えてもいないのに、その琥珀色の瞳が細まってまるで猫のようであるのが何となく知れた。
俺はこんなことをよりによって校門の目の前でしているマナを、けれども決して迷惑だとは思えなかった。寧ろ今この時、彼女が戻ってきたのだと感じた。人をあちこち振り回し、とにかくやんちゃで、でも決して一線を超えず周囲から可愛がられていたマナが。
俺は態と大げさにため息をつくフリをして、それからマナに手を振り返した。マナはそれに満足げに頷くと、サッとやはり猫のように姿をくらました。帰ったら昔のアルバムでも出そうかなと思いながら、俺は再び歩き出した。太陽は俺の真上から、年々短くなる春の陽気で俺を照らしていた。
ちなみに、家が下手に近い人間ほど、遅刻率は高いそうな
この第2部ですが、予定では第1部と同じくらいか多少長いくらいの分量になるはずです……予定は未定ですが




