表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/33

2人で1つ


 さて、俺は遂にこっぴどくフラれた絵梨華に対して成績で雪辱を果たし、そのまま絵梨奈に告白して結ばれることができた。なお母親には浮かれすぎてアッサリバレて、全力でからかわれたのは余談にもならない話である。

 終業式も終わり、春休みに入った。まだ絵梨奈と付き合い始めたことは家族以外には話していない。本来は絵梨華と別れて絵梨奈と付き合っていると公言したところで構わないはずである。だってこれは2股でも裏切りでもないのだ。


 しかし問題なのは、絵梨華が癇癪を起こして俺に未だ執着している様子であることと、どうしても血縁の関係上、絵梨華と絵梨奈が姉妹の為、下種の勘繰りをされる危険性があるということである。

 というか自分からフったせいもあってか、絵梨華はどうしても自分から復縁したいとは言い出したくないらしい。その証拠に別れてこの方、俺と絵梨華との間のSNSはまるで稼働しておらず、一覧の下の方に沈んでしまっている。勿論新たな居場所を見つけた俺から連絡することはもうない。


 悠人や智には伝えても構わないだろうが、そもそも絵梨奈とは学校も違うし、絵梨華は妹の存在を公にしていないようだ。クラスメイトに態々絵梨奈の存在を広めると、試験終わりの時に智が言っていたように俺にとって不利になる可能性が高い。

 噂を流し続けている絵梨華の方が、現状不利なままなのだ。学年が変わりクラス替えもあることなので、今暴露するのは得策ではないだろう。新しいクラスでも絵梨華の評判が落ちてからするべきだ。


 という訳で、しばらくの間は絵梨華にバレないように気をつけることは変わらない。でも折角恋人同士になることができて、初めての休みなのである。何もしないだなんて勿体ないことはしたくない。


「欽二さん! すみませんお待たせしてしまって……」

「いやいや、10分前でお待たせも何もない……これ悪循環だな、どっちも向こうより早く着こうとして地獄になるパターンだ。うん、俺の方がいつも早いし、俺の方が控えるか……」

「確かに、このままだと集合時間が無意味になりそうですね……」


 そう2人で顔を見合わせ苦笑い。絵梨奈の髪を止めているのは、俺が選んだ白いシュシュ。俺と会うとき、絵梨奈はいつもそのシュシュをしてきてくれている。

 もう3月も後半だ。手袋もマフラーも使わなくなってきている。少し寂しいと思った俺は、どこかで何かお揃いのものでも買えないかとも考えていた。


「じゃあ行こうか、ところで絵梨奈って映画館で映画見る時ポップコーン食べる派?」

「私は映画の内容に集中しちゃうので、買っても食べずに残しそうで買いませんね……」

「なるほど……俺も食べないかな。中学時代に1回うっかり手を滑らせてぶちまけたことがあって……あれは悲惨だったわ」

「それは……大変でしたね」


 会話の内容からお察しだろうが、今日は2人で映画を見にきている。この間公開された新作映画を絵梨奈が見たいということだったので、俺がそれに便乗してデートということにしてしまったのだ。

 しかしここのところ近場の映画館の廃業が多く、県庁所在地まで出向かないと映画館が無くなってしまった。なのでどうせこの辺りで1番大きい街に行くのだからと、午前中に映画を見て、そのまま昼食を取り、午後は買い物をしようということになった。


 現在時刻9時20分。10時開場の回なので9時半に映画館集合だったのだが、どちらも気を遣って早く来過ぎてしまった。これは良くないと俺が是正勧告を行い、絵梨奈も応じたという訳である。

 2人連れ立って映画館の中に入る。自前でスマホもパソコンも持っていない絵梨奈の為に、俺がスマホで2人分の席を事前予約済みである。そして俺が2人分予約してしまえば、都合の良いことに支払いは2人分俺のところに来るので、奢る奢らないでカウンターで揉めることがない。


 何しろ初デートである。俺が奢らないという選択肢は俺の中には存在しない。そのくらいはカッコつけたいものだ。しかも聞けば絵梨奈はバイトをしていないらしい。となればバイトをしている俺が絵梨奈の分も持つのは当然である、俺の中では。


「やっぱり自分の分は自分で払いますから……私が見たいと言った映画ですし……」

「いいのいいの。もしどうしても気になるなら、パンフレット1部お願いできる?」

「そうおっしゃるのでしたら……」


 とりあえずこの場はそれで収めて会場へ。今話題の映画だが、運良く残っていた真ん中のかなり良い席を連番で確保できたので、そこに2並んで座る。上映開始までの間、絵梨奈に買って来てもらったパンフレットを広げる。

 態々1部で頼んだのは、2部だとお金がかかるのと、俺がパンフレットを買わない派であること。そして、こうして顔を突き合わせて2人でパンフレットを見る為である。


「この女優の人、こういうクールな役やるの初めてじゃない?」

「そうですね、試写会の際も新境地とおっしゃってましたし」


 出演する俳優や映画の前評判の話をしながら、俺は近くにある絵梨奈の横顔に思わず見とれてしまう。こんなことを自分で企んでしまうのは、多分お互いに気持ちを伝え合って、好意を表現することに遠慮しなくて良くなったからに違いない。

 何しろここまで双方罪悪感の余り遠慮がちで、特に絵梨奈は元々の性格も相まって今でも遠慮が残る部分がある。それでも、俺が絵梨奈の笑顔が好きだと言ったこともあるのかもしれないが、今日の絵梨奈は笑顔が多いと感じる。


「? どうしました欽二さん? 何か私の顔に付いていますか?」

「いや、絵梨奈が笑ってくれてるから嬉しくてね。しかもこんな近くだから」

「そ、それは……だって、欽二さんとこうして、恋人として一緒にいることができているんです。嬉しくない訳がないじゃないですか……」


 そう言って、なんと俺の前で初めて絵梨奈が拗ねたような顔を見せた。その愛らしい拗ね顔に、本当は謝らなければいけないのだろうに、思わず笑いがこぼれてしまう。


「ど、どうして笑うんですか……」

「いや、ゴメンゴメン……拗ね顔もいいなってつい思っちゃって……」

「もう、欽二さんったら……」


 膨れっ面をする絵梨奈だったが、でも俺の笑いにつられてすぐに笑顔に戻る。それを見て、やっぱり絵梨奈には笑顔が1番だと俺は心から思った。

 そんなことをしているといつの間にか上映時間になり、照明が落ちる。流石に映画を見に来たのに、絵梨奈の顔ばかり見ていたら映画館に来た意味がまるでない。おとなしく映画鑑賞に移る。


 映画は絵梨奈がよく見ているというテレビドラマシリーズの劇場版で、俺も人気のテレビドラマだったから多少見たことがあり、設定や毎話毎の構成などもなんとなく知っていた。いわゆる推理ものの類で、シリアスとコミカルの塩梅がちょうど良いということで人気だと聞いていた。

 劇場版なのでシリアスが多めではあったが、ドラマの方を殆ど見ていなくても普通に楽しんで見られた。クライマックスになるとちょっと犯人絡みで泣けるシーンがあり、ふと横を見ると、絵梨奈は口を右手で押さえて涙を流している様子だった。やがてエンドロールが終わり、場内が明るくなる。


「すみません、お見苦しいところを……」

「とんでもない、感動するシーンだったからね」


 やっぱり絵梨奈は映画で泣くタイプだったんだなとは思ったけれども。どうにも俺は感動しても映画とかドラマとかで泣くことができない。純粋に感動して涙を拭っている絵梨奈の様子を見ながら、俺はその様子を愛おしさと羨ましさを込めて見つめていた。







 映画を観終わった後は、駅の中に入っているイタリアレストランで昼食である。映画の感想を語り合いながら、食事を楽しむ。これまでの交流の中で絵梨奈が聞き上手であることは分かっていたが、実は話し上手でもあることにも、勉強を教えてもらうことを通じて気づき始めていた。

 今も俺がよく知らないドラマに関して俺に説明してくれているが、決して一方的に話過ぎることなく、それでいて的確に設定をかいつまんで教えてくれる。話していてとても気持ちが良い。


「なるほど……これ以降は自分で見て、ってことかな?」

「そうですね、できればお話をご覧になられることをお勧めします。恐らくレンタルショップで前のシーズンのものは借りられると思いますよ」


 絵梨奈は食べ方も上品だった。絵梨華が時折父親のことを話していることがあったが、確か父親は大手食品会社の重役だったはずである。テーブルマナーは一通り学んだのだろう。絵梨華もテーブルマナーはキチンとしていたのを覚えている。

 まあ絵梨華は俺のテーブルマナーを手厳しく指摘してくることが多かったのだが。だがそのおかげで、2年以上付き合ってきた間に俺も大分テーブルマナーを覚えてしまった。なんだかんだ、絵梨華から受けた影響は大きいのだと思う。


 ……但し、絵梨華はあやふやなマナーに関しては自己流を押し通すきらいがあったので、そういう時には俺も対処に困った。それこそ今食べているスパゲッティも、絵梨華はスプーンを使うのはマナー違反だと強弁する方で、おかげで初めてイタリアンに行った時に酷い目にあった。

 しかし、今目の前の絵梨奈は普通についてきたスプーンを使って食べている。変な癖がついている部分もあるし、やはりどう転んでも絵梨華の我が強いのが足を引っ張り続けているのを感じる。


「欽二さん、大丈夫ですか? なんだか食べづらそうですけれど……」

「絵梨華に下手にスプーンを使わないように強制された名残でね……ひょっとして別にマナー違反じゃなかったりする?」

「そうですね、イタリアでは使わないのでマナー違反とみなす方もいらっしゃいますが、スプーンがこうしてついてきている時には、使ってもマナー違反にはならないと思います。でも、1番は美味しく食べることですよ」


 だから肩肘張らずに、リラックスしてください。その絵梨奈の言葉と笑顔に、俺も自然と肩の力を抜く。


「そうだよね、やっぱり料理は味わってこそだよね」

「そうですよ、私の笑顔がいいって言ってくださったんですから、欽二さんも笑ってください」


 そう言われると立つ瀬がない。2人して笑みをこぼす。絵梨奈と一緒にいると、俺も自然体になれる。それを実感しながら絵梨奈と食事を楽しんだのである。好きな人と一緒の食事なのだから、味は言うまでもないだろう。







 そして午後は駅前の百貨店でそのままショッピングである。絵梨奈の絵の具や俺の新学期から使う文房具などを買っていく。


「絵の具ってあんなに種類があるんだな……流石に油彩水彩は知ってたけど、あの数の中から選ぶの?」

「プロの方はそうみたいですね。私は全然初心者もいいところですから、基本的なものしか買わないですけれど」


 ただ、絵梨奈はネットを使えないので、当然通販も不可だ。なので絵の具もこうして直接店に買いに来るのだそう。本当によくこの世の中でネットなしで過ごせるなと、俺は絵梨奈に妙な感心をいつも覚えてしまう。

 そもそもSNSも使えないのでは、学校のクラスメイトとの連絡にも一苦労だろう。絵梨奈がガラケーの操作に熟達している様子なのもあるし、メールでのやりとりを俺は気に入っているので、態々スマホに変えないのかとは聞かないが。


 話しながら歩いていて、アクセサリーショップの前を通りかかった時、ふと俺は店の棚に並んでいるブレスレットが目に入った。ブレスレットなら、男の俺でもそう違和感なくつけられるし、何よりペアでつけやすそうだ。

 俺はちょいちょいと絵梨奈を引っ張って止める。不思議そうな顔をする絵梨奈を連れて、目についたブレスレットを手にとってみせる。


「絵梨奈、こういうブレスレットだったら、どれが似合うと思う?」

「そうですね……やはりシルバーですと、欽二さんの普段の服装を考えますと目立ちすぎると思うので、黒い方が良いかもしれませんね」

「そっか、じゃあ黒白かな」


 絵梨奈にちょっと待っていてもらい、俺は絵梨奈が指したものとペアになるものを手に取り、レジへ持っていく。そして、会計をすませるとすぐに絵梨奈のところに戻り、白いブレスレットを差し出す。


「1月に絵梨奈に選んでもらったものは、冬物ばかりだったし、どうせなら絵梨奈に選んでもらって、その、お揃いにしたいなって思ってな」


 そう少し照れながら告げると、絵梨奈は満面の笑みを浮かべて恐る恐る俺の手からブレスレットを受け取り、すぐに手首にはめる。


「ありがとうございます……! 初めてのお揃い、ですね!」


 その笑顔に充足感を感じながら、俺もブレスレットをはめる。2人で同じものを身につけているという事実が、より俺と絵梨奈が近しい関係になったことを目に見えて証明しているようで、俺は絵梨奈の言葉に大きく頷いた。


 買い物も終わり、名残惜しさを切々と感じながら改札口で絵梨奈と別れる。


「今日は本当にありがとう。楽しい、素敵な1日だったよ」

「こちらこそ、初めてのデート、楽しかったです! その……また、しましょうね!」

「ああ、勿論。じゃあ気をつけてね」

「はい、欽二さんもお気をつけて!」


 そう言って2人で手を振って笑顔で別れる。絵梨奈が振っている手の手首には、白いブレスレット。俺が振る手の手首には、黒いブレスレット。空中で揺れる2つのペアブレスレットは、物理的な別れの後でも、俺たちの気持ちが決して離れないことを保証してくれているようだった。


第2章突入となります。とりあえず空気を甘くしとけば万事解決するという、頭の悪い書き方。


追記:日間1位とかご冗談でしょう!?

これもひとえに皆さまのおかげでございます。皆さまのご厚情に深謝する次第であります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] こんだけ元カノと違いを実感したら性格が悪い女とまともな女の子の違いがはっきりわかって妹が本命になると思う。
[一言] 父親は、姉妹への対応で絵梨奈を差別しているのかね? それとも、単に絵梨奈がわがままを言わない(言えない)性格なだけなのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ