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クリスマスの出会い


 12月25日、日本人は現金なもので、生誕祭当日にはもうお祭りムードは完全に吹き飛んでいる。ケーキは酷い捨て値で売られ、さあ年末だ年始だと言わんばかりのムードがそこかしこから漂っている。

 そんなムードの中、俺は昨日の夜の辛い出来事を忘れようと部屋の大掃除に精を出していた。腑抜けているくらいだったら年始に備えて部屋の掃除でもして、達成感と共にスッキリしな! という母親のありがたいお言葉に従った結果である。


 要らないと判断したものを片っ端からゴミ袋に放り込んでいく。部屋のものがドンドン消えていくと、普段とは違う妙な爽快感が俺の心を満たしていく。

 そんな風に部屋をひっくり返していると、ふとタンスの中から見つけたのは、1足の手袋。灰色のどこにでも売っていそうな手袋は、俺の中2の誕生日に初めて絵梨華から貰った誕生日プレゼントだった。


『ほら……誕生日だっていうから、何も無いのは悪いかなと思って……』


 そう微妙に顔を赤くしながら渡してくれた絵梨華。あの頃はまだどちらにも遠慮が多少残っていて、俺も絵梨華のことが純粋に好きだった。


「……どこで間違ったんだろうなぁ……」


 今年の誕生日にはプレゼントのプの字も存在しなかった。改めてフラれたという事実を認識し、イケイケで片付けていた俺の手が止まる。


「ちょっとキン! アンタにお客さんだよ!」

「へ?」


 そんな感傷に浸っていたが、母親の大声で我に返る。俺に客? こんな年末にか? 自慢じゃ無いが、この年末に俺の家を訪ねてくるほど親しい間柄の男友達なんて俺にいたか?


「誰? ガタイのいい奴? それとも丸メガネかけた背の低い奴?」

「何言ってんだい、女の子だよ!」

「女の子!? まさか絵梨華……」

「それだったらもっとコッソリ呼ぶよ。あの子とはまるで顔形違うから呼んだんじゃないか。とにかく玄関行きな!」


 2階の自室から降りて来て母親に誰が来たのか聞くも、母親の言葉にますます訳が分からなくなった。じゃあ誰なんだ? 疑問符が頭の中を縦列行進していく。


「はい、どちら様……」

「あの、すみません。突然お邪魔してしまって……」


 家の玄関に立っていたのは、確かに絵梨華ではなかった。茶髪をポニーで括り、白いコートに身を包んでいる女の子だった。背も170cmの俺と同じくらいの絵梨華と比べると20cmは低いだろう。

 何より、その目は吊り上がった絵梨華の瞳とは対照的に垂れ下がり、顔全体から柔和な雰囲気が醸し出されている。絵梨華とはタイプが違うが、やはり美少女と呼んで差し支えないだろう。しかし俺はこんな子には会った覚えがない。


 そこまで考えて、未だに女子を絵梨華基準で考えている自分に多少嫌気がさす。目の前の女の子はそんな俺の心中を知ることもなく、おずおずといった風にこちらに話しかけてくる。


「えっと、初めまして。時任欽二さん……ですよね」

「ああ、やっぱり初めましてですよね。確かに俺が時任欽二ですけど……」

「お初にお目にかかります、私は金子絵梨奈と言います。その……金子絵梨華の双子の妹、です……」

「!?」


 知らなかった。絵梨華にこんなタイプの違う妹がいただなんて。しかも双子だという。勝気で高飛車でプライドの高い絵梨華とは何もかも逆に見える。だけどそれはいいとして……


「その……絵梨華の妹さんが、どうして俺の家に?」

「あ、あの……その、謝罪したくて……」

「謝罪?」


 初対面なのに謝罪される覚えはまるでない。まさか姉のやらかしたことの尻拭いに態々やってきたのだろうか。それはそれで健気すぎやしないだろうか。

 ふとそんなことを考えていると、彼女の脚が少し震えていることに気づく。そういえば今日は昨日に引き続き寒波でまるで気温が上がらない日だった。この家は駅からそこそこ歩くし、ひょっとすると家の前で逡巡していたのかもしれない。


「んー……ちょっと込み入った話になりそうですし、上がりますか? 勿論嫌だったら構いませんけれど、寒い玄関先でズッと話しているのもなんですし、家には母もいますから……」

「よろしいんですか?」

「ちょっと散らかってますけれど、それでもよければ……」

「す、すみません。実は寒いのは苦手で……」


 よく観察してみると唇の色も悪い。こりゃ早く室内に通した方がいいなと、母親に声をかけつつ案内する。真面目な話になりそうだったので、母親にはおちょくらないでくれよと耳打ちで釘を刺しておく。


「初めまして、欽二の母です……あら本当に顔色悪いわね。ちょっと早くこっちに来て電気ストーブに当たりなさいな。今あったかいもの用意してあげるからね」

「すみません、本当にありがとうございます……」

「いいのよ、玄関先で寒さに震える女の子を放置しておく方が大問題ですからね」


 そう言いながら台所に引っ込む母親。彼女、絵梨奈はトテトテとストーブの方に寄っていくと手をかざし、ほっと一息ついた表情をする。


「あったかい……」


 その自然なほんわかした笑顔に、思わず胸がざわめく。雑念を振り払うように頭を振り、俺も台所に入る。


「で、誰なんだい?」

「絵梨華の妹さん……らしい。なんか謝罪に来たとかなんとか……」

「へぇ〜、そりゃまた全然印象が違う姉妹だね。アンタ大丈夫?」

「正直、妹って言われても、全然外見も声も似てないから……」


 多分俺の家を俺のフルネーム込みでピンポイントで訪ねてこなければ、普通に素性を疑ったと思う。


「ま、見た感じいい子そうだし大丈夫かね。アタシは奥に引っ込んで掃除してるから、込み入った話をするならしておいで」

「ありがとう、母さん」


 母親はほら持っていきな! と、俺にホットココアの入ったマグカップ2つの乗ったお盆を押し付けて、そのまま寝室の方へ引っ込んでいった。

 お盆を持ってリビングに戻ると、大分顔色が良くなった絵梨奈が柔らかな表情でストーブを見つめていた。俺は近寄って、彼女にマグカップを差し出す。


「はい、ホットココアです。熱いから気をつけてください」

「あっ、何から何まで……本当にありがとうございます」


 パッと花の咲くような笑顔を見せ、ココアを受け取る絵梨奈。ふぅふぅと冷ましながらゆっくりとココアを飲む絵梨奈を見ていると、どことなく荒んでいた心のトゲトゲが溶けていくような、そんな心持ちになった。

 俺も少し間を空けて絵梨奈の横に座り込み、ホットココアを啜る。絵梨奈に自分で言っておきながら、ちょっと火傷したのはここだけの話だ。


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