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験担ぎというものは


 あの日以来、絵梨華がこちらの教室にやってくる事は無くなった。しかし俺に対する噂が止むことは当然なく、絵梨華は俺に関する根も葉もない噂を流そうとしているらしかった。だが……


「……尾鰭が凄すぎん?」

「それは僕も思う。ちょっとスケールや方向性がおかしいし、これでは逆効果になる可能性もある。まるでアジをベースにシャチを作ろうとしているような歪さだよ」

「最早それ、生物分類からして違くね? シャチって確か哺乳類だろ?」

「じゃあエイをベースにサメを作ろうとしてる?」

「何故そうなったし」

「エイとサメって同じ軟骨魚類の板鰓亜綱に分類されるんだよね。ジュール・ヴェルヌの海底二万里でもネタで扱われてるよ」

「嘘だぁ!?」


 悠人と智が訝しげな顔でそんな話をしている。それもそのはずで、俺に関して流れてくる噂は、俺が実は3股かけていたとか、外では水の1杯さえケチるような吝嗇家でそれを強制してくるとか、そんな根も葉もないどころか茎や花さえ消失しているようなものばかり。


「そもそもどうしてここまで金子は、そんな奴と2年以上も付き合っていたんだ? そして金子は、どうして今になってそれを暴露したんだ?」

「嘘には真実を混ぜ込むのが常道だけど、ここまで嘘の純度100%だと寧ろ清々しいよね」


 この噂を受けて、クラスの雰囲気は水と油の如く分離した。女子の殆どを含むうちのクラスの大半は、その流れてくる噂にどちらかというと冷淡な態度を取っていて、俺にも普段通り接してくる。一方で男子の一部はそれを信じているかいないかは置いておいて、俺に突っかかってくるままだった。

 だが絵梨華との決別以来変わったのは、竹中が俺を非難するグループから多少距離を置き始めたように見えることだった。俺へ向ける視線は厳しいままだが、年明け初日のようなことはもう無くなっていた。


「絵梨華って女子に嫌われでもしてるのか?」

「嫌われている、とまで行くかはわからないけど、そもそも金子自体が中学の頃から女子の集まりに余り参加しないらしいね。だからそもそも金子が親しい女子は数人単位で、女子グループの中に馴染んでいる感じじゃなさそうだよ」


 そう考えると、安藤なんかは例外なのだろうか。そもそも彼女はどうして絵梨華と親しくなったのだろう。隣のクラスでこの騒動が起こるまで存在を認知していなかったし、絵梨華は自分の友達でも俺に女子を近づけようとしなかっただろうからな……


「でも、やっぱお前スゲェよ。その金子を成績で見返してやろうってんだから、大した根性だぜ全く」

「やるからには学年1位を目指すよ。そうすればカンニングのしようがないから、妙な噂も払拭できるだろうしね。幾ら何でも教員室から答案盗んできたなんてバカなことは言い出さないだろうし……言い出したらそれはそれでバカ丸出しだけど。後悠人、君もどうせなら学年2位くらい狙ったらどうだい?」

「お前が2位じゃねぇのかよ智」

「僕は一次試験に必要な分以上に文系科目を勉強したくないから……僕はE=mc2と添い遂げるつもりだからね」


 悠人の言葉ににべもなく返す智。智は勉強面では良くも悪くも合理主義者なので、こういう場面では足並みを揃えてはこない。だが逆に「テストでの点数の取り方」に関しては俺の周囲で1番よく知っている。苦手科目なら理解していないので問題の先送りでしかないが、そうでもない理系科目ならその方が手っ取り早い。

 全く良き友を持ったものだと俺は2人に感謝し、智の方に向き直って決意を口にする。


「……おうとも、勿論1位を狙うのは当たり前だろう? どうせなら悠人も2位になれば……」

「金子の3位以下は確定か! ハハ、そりゃあいい! 俺のことをただの脳筋だと見くびってもらっちゃ困るぜ」


 ここまでの話から分かる通り、俺は智に理系科目の教えを乞うていた。智は物理や数学で絵梨華とタイマンできるほどの成績を誇る。絵梨奈には苦手な英語や世界史なんかを教えてもらうつもりだったが、全教科見てもらうのは流石に絵梨奈の負担的にも時間的な側面からも厳しい。

 なら学校にいる間に理系科目はどうにかしてしまおうと、テスト対策のスペシャリストである智に頼み込んだのだ。期待通り智はどこから問題が出やすいか、どういう風に解いていけばいいかをテキパキ教えてくれる。


「加法定理の中でも、tanθの加法定理を使って2直線のなす角を求める問題は、どの先生でも1問は出してくるはず。定理の証明はまあまず求められないと思うからスルー。で、多分出てくるならこの辺りの問題が……」


 如何せん学年総合1位ともなると、1問の取りこぼしが運命を分ける。現代文、古典、英語文法、英語文章、数学Ⅰ、数学A、物理、化学、生物、世界史、地理、現代社会。全12教科1,200点満点。そして2学期の期末試験で1位だった生徒の点数は1,154点。

 つまり1教科辺り落としてもいいのは3点まで、精々4点が限度というシビアさだ。これを2学期期末で総合成績700点に届かなかった俺が目指すのである。数字にされるとその厳しさが否応無しに突きつけられる。


 だが男に二言はない、というと語弊があるが、ともあれやると言ったからにはもう人事を尽くして天命を待つしかない。俺は自分の選択が正しかったことを証明する為に、休み時間もひたすらに勉強した。


「おい時任、ちょっと話が……」

「見て分かれよ、お取り込み中だろ? 後にしろ後で」

「後でっつったって、お前それ何回目だよ!」

「じゃあ俺が用件聞いといてやるからさ、ほら用件はなんだ?」

「チッ……直接じゃなきゃ意味ねぇんだよ……」


 明らかに絵梨華狙いの様子の男子が来ることもあったが、そこは悠人が見分けてブロックしてくれていた。竹中に匹敵する体格の悠人は、非常に優秀なディフェンダーだった。まあ特定のメンツしか来ないから見分けも何も無かったけど。







『……そこのonceは「1回」ではなくて「かつて」の方ですね。onceにはこの2つの意味が主に存在するのですが……』


 そして家に帰れば、絵梨奈とメールでやりとりしながら苦手科目の勉強である。とはいえ基本的には文法と文章の2科目が存在する英語をやっていることが殆どなのだが。

 しかし、絵梨奈に言わせると俺の現状はそう悪いものではないらしい。俺の成績は中学時代はまずまず以上の成績だったので、中学でやった文法事項を1から総ざらいとかいう、絶望的なまでに時間を食うことをやらずに済んでいるのが大きいそうだ。


 ……でもそれは絵梨華が俺に教えてくれていたからで、それを考えると素直に喜べない自分がどこかにいることも確かだった。

 だが結局絵梨華は俺を見限った。ならば俺が決して沈んだままの奴でないことを見せつけるのが、俺にできる最大限のことだった。切り捨てられた果実は腐っていたのではなく、熟して食べ頃だったのだと見せつける為に。


「アンタがテストの3週間も前から勉強してるなんて、一体どういう風の吹き回しかしらね」

「別に普段からサボってた訳じゃないだろ」


 確かにここまで根を詰めたことは無かったのも確かだが。意味のないノックと同時に部屋に入ってくる母親に、俺は問題集から目を離さず答える。そんな俺の鼻腔をくすぐる甘い匂い。


「ホラ、糖分が頭に入らないと、ちゃんと働かないだろう?」

「お、まさかのドーナツ……なんか細長いの混じってない?」


 そういうと、母親は皿の上にドーナツを2つ横に詰めて並べ、そして妙な細長いドーナツ生地でできた何かをその横に並べる。


「……100?」

「久しぶりに自力で作ってみたけど、中途半端に生地が余っちゃってさ。どうせならって」


 100という数字を食えば、100点取れるだろうという、カツ以上の安直な姿勢。だけど、俺はそういう母親の安直な考え方が決して嫌いじゃ無かった。


「ちゃんと細長い方から食べるんだよ! 001とか悲惨な数字にするんじゃないよ!」

「せめてそれなら007じゃい!」


 そう言い返すと、ケタケタ笑いながらドーナツとココアを残して去って行く母親。俺は一旦勉強の手を止め、細長いドーナツもどきを手に取る。それを端から食べていってると、ふとその向こうに絵梨奈の顔が……


「いやこんなぶっといやつでポッキーゲームやらんでしょ。折れるかもしれないドキドキはどこにすっ飛んでるねん」


 思わず誰もいないのに口に出してセルフツッコミをしてしまい、自分で恥ずかしくなる。そのままガジガジとリスのごとくかじって食べ、ココアで流し込む。

 ココアの味は甘ったるくて、でもあの日ストーブの前で見た絵梨奈の横顔が自然と思い浮かんだ。別に折れなくてもよくね? というバカ正直な思いを胸の中にしまいこんで、俺はドーナツを食べ終わると再び英語に向き合った。あの日降った雪の花は、道の片隅でひっそりドライフラワーになっていた。


ちなみに作者の私は文系なので、数学なんてからっきしできません。文系のくせに英語もできません。その癖数学や英語を教える構図を書こうとか、おこがましいとは思わんかね? はい思います……(自問自答)


なおエイとサメの件はマジです。


投稿開始から4日でブクマ500件に達せんばかりの勢い、ありがたくも私の作品をお読みいただいております皆様方に厚く御礼申し上げる次第であります。現在手持ちの感謝の表現が尽きることを真剣に心配しております。頑張れ日本語、もっと感謝の気持ちを伝えるんだ!(日本語を激励してどうする作者、頑張るのはお前だろ作者、手持ちの語彙の少なさを言語そのものに転嫁するんじゃない作者、作者がゲシュタルト崩壊してきたぞ作者)


追記:遂にブクマ500件到達いたしまして、感謝の念に堪えません、ありがとうございます


追記2:ご指摘がありまして、よく考えれば発言で勘違いされそうだなと気づきました。主人公は現在高1の3学期です。なので文理がまだ分かれていませんが、既に登場人物の文理選択は固まっているので文系理系と平気で発言が飛び交っております。そこの所ご了承ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 他の方にもあるようにやっぱ科目に違和感。 点数も、進学校は期末テストの平均点50点とか平気でやります(簡単だと進学校では意味がないから)。 なので1154/1200はかなり無理がある数字と感…
[気になる点] 果たしてエリカの狙いは……? [一言] チョウザメ(硬骨魚類)はサメ(軟骨魚類)の仲間ではありません(対抗心) 物理って今は1年で習うのか…… 2年から理数系の授業一切なくなった自分…
[一言] テスト科目にジェネレーションギャップを感じてしまう(泣) 期末テストって今は美術や保健体育やらないの?
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