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6次の隔たり


 さて、俺は剣道部の練習でも放課後の時間を費やしているが、それ以外にバイトでも放課後の時間を消費している。高校入学時、学校と俺の家との間にあって条件の良いバイト先を探して片っ端から申し込み、結果的に学校から1駅隣のところにあるコンビニでバイトをしていた。

 ここのオーナーは優しいし、結構シフトも融通が利くので、俺は結構このバイト先が気に入っていた。剣道をやっているから体力もそこそこの俺には合った職場だった。定期が使える上に交通費別途支給で実質トクでもあった。


「いらっしゃいませ〜!」


 いつものようにレジに立ち、会計をする。最近になってポイントカードと共にレジ袋の有無を聞かなきゃいけなくなったのが面倒だが、別にルーティンに組み込んでしまえば後は頭より手と口が先に動く


「ありがとうございましたぁ〜!」


 こうして俺は週2日ほどバイトをして、自分の自由に使える金を確保しているのである。その金の大半は、これまで絵梨華とのデートや絵梨華へのプレゼント、つまり交際費に消えていっていた。

 クリスマス・イブの時にプレゼントしたイヤリングだって、結構いい値段がした奴である。勿論値段が全てを決するなんてことは無いが、安物のイヤリングなどと罵声を浴びせられるような代物ではなかったはずなのだ。


 そう考えて思わず顔が歪んでしまうのを自覚していると、入店音が鳴り響く。慌てて顔を取り繕い、いつものように声を出す。


「いらっしゃいませ〜!」

「……えっ?」

「え?」


 声をかけながら入口の方を見ると、そこには紺色を基調とした制服に身を包んだ、コンビニの目と鼻の先にある女子校の生徒の姿。それ自体は学校の存在は知っていたし、今日もこれまでに何人も同じ制服の生徒が来ていたので、いつものことでしかない。

 だが問題はそこではない。その制服を着て立ち尽くしているのが、他ならぬ絵梨奈であるということだった。絵梨奈は目を丸くして俺の方を見ていたが、しかしそのまま入口に立っていては邪魔だと思ったのか、慌てた様子で店内に入ってきて店の奥へ行ってしまう。


 どの道俺はレジにいるので、会計をするならいずれこちらに来るだろうと思い、そのまま努めて冷静に振舞おうとする。すると、横のレジに立っていたバイトの先輩が、レジに客がいないのをいいことに小声で話しかけて来る。


「なんだ? あの子お前の知り合いか?」

「まあ、そんなところですね」

「なんだよお前も隅におけねぇなぁ」

「いや、そんな関係性じゃなくて、ただの知り合いですからね?」

「またまたぁ〜」


 そうからかってくるが、下手に横からちょっかいをかけられても絵梨奈が大迷惑だろうからと、キッパリ言い切る。


「いやホントに違うんで、間違っても横から変なこと言わないでくださいね。失礼ですから」

「へいへいわかったよ。お邪魔虫の俺は黙っときますか」


 絶対分かっていない風に先輩はおどけて前を向く。俺もため息をつきながら前を向いた。でも、ホントに違うと口調を強めて言った時、胸の奥が軋むような感じがしたのは、気のせいだと思いたかった。


「えっと、すみませんお願いします……」


 そう俺が思っていると、絵梨奈が俺のレジのところへやってきた。どちらのレジも空いていて、俺のレジの方が絵梨奈が歩いて来た方に近かったから偶然なのだろうが、それでもチラと横を見ると先輩がニヤニヤ笑いを堪えているような表情をしている。

 それを見なかったことにしつつ、絵梨奈が持ってきた品物をレジに通す。といっても一般的な清涼飲料水が1本だけだが。


「驚きました、時任さんはここでバイトをしていらしたのですね。普段余りコンビニには寄らないので知りませんでした……」

「もうそろそろ上がりだけどね。こっちも驚いたよ、あそこの高校に通ってるんだ」


 双方純粋な驚き。俺が働いているのは高校の下校時間帯だから、コンビニに入らないと出くわしはしない。絵梨奈にとっても予想外の遭遇だったことは想像に難くない。知り合いとはいえ勤務態度としてはよろしくないのを承知で、いつもの喋り方をする。どうせ店内には隣の先輩を含めた3人しかいないし、笑いを堪えている先輩のことを気にする必要はない。


「えっと、あ〜、ポイントカードは……」

「あ、持ってません。レジ袋も大丈夫ですよ」

「承知しました、お会計130円です」


 シールを貼り、いつもの文句を言うだけでも、知っている人間相手だと妙な緊張感が生まれる。ここで働いていて知り合いに出くわすことは滅多にないせいもあるだろうか。しかも相手がクラスメイトならともかく、まさかここで会うとは思っていなかった絵梨奈である。

 絵梨奈がカバンから財布を取り出し、中から小銭を出して数え、俺に手渡し……手渡し!?


「……え〜、ありがとうございます。130円ちょうどお預かりいたします……レシートとお品物です」


 手渡された時に絵梨奈の手が触れる。初詣の時は俺は素手だったが、絵梨奈は手袋。今の絵梨奈は小銭を探す時に手袋を外している。その感触に自分でも思った以上に動揺してしまい、そのことに気づいて動揺が加速する。

 咄嗟に小銭を数えることに集中し、絵梨奈から視線を逸らして動揺が外に漏れないようにする。そしてレシートを手渡す時には、思わずレシートの端ギリギリを持って手渡してしまった。それをいつもの笑顔で受け取る絵梨奈。


「ありがとうございました!」

「ありがとうございました。お仕事頑張ってくださいね」


 そう言って絵梨奈は俺と、横の先輩にも会釈してコンビニを出て行く。思わず息が漏れる。すると先輩が今度こそニヤニヤ顔を隠さずに俺に話しかけてくる。


「いい子じゃんよ、俺にも挨拶してくれたぞ。お前こんな優良株逃したら絶対人生通して損だって!」

「いや、ですからそういう関係性ではないのですが……」

「いいじゃんか、少なくとも俺が見た限り、脈がまるでない感じではないぞ!」


 俺はバイト先で彼女だった絵梨華の話をしていない。当然彼女がいたということを話していない以上、フラれたことも話していないのだが、そのせいもあって何も事情を知らない先輩の押しは強い。からかい半分であることは間違いないが。


「お前後30分もしないで上がりだろ? どうせなら早退(はやび)けしちまって追いかけろよ」

「何言ってるんですか。大体まだ次の人来てないじゃ……」

「お疲れ様〜、ちょっと今日は次のシフトの子が急に休みになったから、急遽私が入ることになったのでよろしく〜」


 流石に早退けは問題外だと先輩の言葉を否定しようとすると、そこに若干間延びした声をかけつつ入ってきた中年の男性。このコンビニの店長さんだ。


「お、店長! ちょうどいいところに。時任がちょっと約束があるらしくて、できれば早めに抜けたいらしいんですけど、大丈夫です?」

「いや何言ってるんですか先輩!?」

「お、そうなの? まあもうすぐ交代の時間だし、多少早くても問題ないよ」

「いや店長もホイホイ承諾しないでください! ちゃんと時間いっぱい働きますから大丈夫ですって!」


 いいからいいからと、バックヤードに連れて行かれる俺。まあ店長さんともそこそこ仲良くしてたとはいえ、普通ダメだと思うんだけど世間の常識ってこれでいいの?

 そんな疑問をよそにあっさり店を追い出されてしまった俺。まあどうせ後10分もシフト時間無いし、今更戻ったところでしょうがないので、渋い顔でコンビニの表に回る。


「あ、お疲れ様です。本当にもうすぐだったんですね」


 すると何故かコンビニの入口近くに立っていた絵梨奈が俺に声をかけてくる。俺に話しかけてくるその口からは白い息が漏れる。もう日もとっぷり暮れてかなり寒い。驚くと同時に、まさか入口の方にいた先輩は絵梨奈の姿が見えていたのかと、妙に俺を早退けさせたがっていたことに納得する。


「態々待っていてくれなくても……寒かっただろうに」

「いえ、本当に数分も待っていませんでしたから、全然大丈夫ですよ」


 そうは言っても、最初に家に来た時の様子を考えると、余りその言葉を真には受けられない。制服だし、着込むのにも限界があるだろう。思わず自分がしていたマフラーをとり、絵梨奈に巻いてあげる。この前絵梨奈が選んでくれたものだ。巻き始めてから余りに大胆な行為に何をやっているのかと自分で自分を疑ったが、他に貸せるものもないし、俺のせいで風邪を引かれるよりマシと正当化する。


「ほら、風邪でも引かれたら寝覚めが悪いよ」

「そんな、大丈夫ですって……でもありがとうございます、これ私が選んだものですよね」

「そりゃ態々選んでもらったんだし、ちゃんと使うさ。そっちだって」


 絵梨奈が自分が選んだマフラーであることに気づき微笑む。それで俺も絵梨奈がしているのが俺の選んだシュシュであることに気づいた。寒さのせいか多少赤くなっている絵梨奈の顔と、その茶色い髪がコントラストになっていた。

 絵梨奈と自然に並んで冬の夜道を駅へ向かってゆっくり歩く。初対面の時に駅へ向かって歩いた時と比べると、並んで歩く俺と絵梨奈との間は多少物理的に縮まった気がする。本当に縮まっているのか、それとも思い込みかは分からないが。


「それにしてもどうしてまたコンビニに? 普段は寄らないんでしょ?」

「ええ、普段は真っ直ぐ帰宅するんですけれど、たまに気分が落ち込んだ時の気分転換や、逆にテストが良かった時のご褒美などでこれを買うんです。これお気に入りなんですけれど、あのコンビニの系列でしか売ってないんですよ」


 そう言ってカバンから取り出したのは、さっき買っていた飲み物。いわゆるミックスジュースの類で、確かにうちのコンビニ以外ではそう目にしない飲み物だ。


「つまり今日はいいことか悪いことか何かあったと」

「今日はいいことですね。私美術部に入っているんですけれど、描き上がった絵を先輩に褒めていただきまして。大したことではないんですけれどね」

「へぇ、美術部なんだ。でも先輩に褒められるって結構スゴくない?」

「いえ、まだまだ絵を始めてから間がないですし、個人的にはまだまだです……でもやっぱりちょっと嬉しくて」


 そういってはにかむ絵梨奈は、謙遜と照れと純粋な喜びが混じった横顔を見せる。俺と会う時には結構な割合で申し訳ない顔をしている絵梨奈が、そういう純粋な顔を俺の前で見せてくれるのは、俺にとっても嬉しかった。なんだか俺のせいで絵梨奈の顔を曇らせているという感じも強かったからだ。


「時任さんはズッとこちらでバイトを?」

「ここでバイトを始めたのは高校になってからかな、月木であそこのお店に入ってるんだけど。ひょっとするとこれまでにすれ違ってた可能性も否定はできないかも。まあだからってどうってこともないけどね」

「でも面白いですね。こんなに私と時任さんって近くにいたんですね」

「ああ、全くだな」


 世界が狭いとはこういうことを言うのだろう。まあ尤も絵梨華が俺と同じ学校に通っている以上、絵梨華の妹である絵梨奈とも生活圏が被る可能性があるのは当然なのだろうが、でも予期せぬ出会いは運命性を感じさせることは間違いなかった。


「そうだ、この間の英語教えてくれたのに改めてお礼を言いたかったんだ。それと、料理の邪魔しちゃったお詫びも」

「いえ、そんな気にしないでください。単に鍋で煮込んでいる間の空いた時間だったので、そんな包丁片手にメールしていた訳じゃありませんし……」

「いや、やっぱり分からないところを聞いてばっかりじゃダメだと思うし……でもスゴい分かりやすかったから正直助かったよ」

「そういっていただけてありがたいです」


 そんな風に話していると、別にコンビニと駅が遠く離れている訳ではないので、すぐに駅についてしまう。俺と絵梨奈の家は電車で逆方向なので、同じ電車に乗っては帰れない。


「態々待ってくれてありがとう。気をつけてね」

「いえ、私が好きでしたことですから……あ、マフラーお返ししますね」


 絵梨奈はマフラーを外してそのまま背伸びして俺の首にかけようとする。突然の行動に一瞬面食らったが、我に返って急いで体勢を低くする。丁寧な手つきでマフラーを巻いてくれた絵梨奈は、そのまま固まっている俺に微笑む。そしてでは失礼します、と告げると振り返りながらホームへ歩いていく。

 俺は多分鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしながら、どうにか手を動かして絵梨奈に手を振る。自分が先ほどした行為をそのまま返され、自分自身をぶん殴りたくなりつつも、とりあえず突っ立っているわけにはいかないと俺もホームへ向かって足を無理やり動かす。


 さっきまで絵梨奈がしていたマフラーは、温もりがまだ残ってて、思わずそのマフラーを右手で優しく握りしめた。ホームを通り抜ける北風は、いつものように俺を凍えさせることはなかった。1番星は俺に微笑むように瞬いていた。


ちなみに作者の私は、マフラーを巻くと首が蒸れて擦れて痒くなるので、マフラーはしません……


追記:うっははぁ、明日の朝の予約投稿が日付間違えて今日されてるぅ……orz

すみません、明日は1話でもよかですか……?

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