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顔の見えないやりとり


「あぁぁ……分かんね」


 元々俺の地頭はそれほど良い方とは言えない。それでもどうにか中学時代は絵梨華のおかげもあってそこそこ以上に良い成績を保ち、高校受験で県内随一の進学校に入学もできたのである。

 しかしどうやら俺の頭はそこ止まりだったようで、絵梨華のバックアップも受けられなくなった俺の成績は、高校入学後からはサッパリ。それが絵梨華にフラれる原因の1つになったことはまあ疑う余地がない。


 そして、別に絵梨華にフラれたからといって、俺の成績が改善する見込みはない。というか自力でこれまでやってて成績がどん底だったのだから、これまでと同じことをやっていたとしても成績が上がる訳がない。まあそもそも人に頼って上がった成績を決して威張れはしないのだが。


「やっぱり塾行く方が手っ取り早いかねぇ……」


 そうボヤくものの、実際塾は試したことがあるのだが、近場の塾は俺とどうにも相性が良くなかったのだ。塾探しをしてもいいのだが、1月という時期はどうにも都合が悪い。これから中高大と受験シーズンに突入するのである。

 ともかく、俺は目の前のゴチャゴチャした単語の羅列と、サッパリ読めない文章を相手に呻いていた。この世の高校生の大半にとっての大敵、Englishである。


「あ”〜、どうすっかなぁ……」


 両親は双方英語に関してはからきしでダメである。我が父は俺が小学生の頃に家族で歩いていた時、英語で道を聞かれて全て身振り手振りとYes/Noで乗り切った猛者である。我が母は「機械翻訳があれば世界中誰とでも喋れる。AI万歳!」と豪語する人間である。どうせならもっと声を大にして英語の授業廃止にしてほしい。


「ん……?」


 ふとスマホにメールの着信があったので見てみると、単なるセールスメールだった。イライラしていたのもあって思わず舌打ちして消そうとしたが、そこでセールスメールの下にあった絵梨奈のメールに目がいった。

 そういえば絵梨奈は文系である。絵梨華が理系で文理違うから、大学でマシなところへ行こうとしていると聞いたので間違いない。ならば絵梨奈ならひょっとすると英語も分かるのでは?


「いやでもなぁ……」


 元々絵梨奈と知り合ったきっかけは絵梨華にフラれたからであり、未だにズルズルメールのやりとりが続いているのも、絵梨華と俺の間が中途半端な状態だからである。ただ、俺も絵梨奈もそうなのだが、果たして俺が絵梨華と縁を戻すべきか、それとも完全に破局させてしまうべきかは決めかねている。そんな状況だった。

 俺は絵梨華に対する積もり積もった不信感が影響しているが、絵梨奈は絵梨華の余りの物言いから謝りにきたこともあり、たとえ俺と絵梨華双方に復縁の意思があったとしても、俺との復縁が本当に望ましいことか相当な迷いがあるようだ。


 だが向こうから終わりにしようと言われたことを、俺が態々言い返しにいく意味は薄いし、どちらにせよ今こちらから出向いて下手なことをしてしまうと、出回っているデマの内容を認めることにも間接的になりかねない。学校が始まって数日経つが、何が正解か俺も手をこまねいていた。ちなみに学校では男子の多くから冷たい視線を浴びているが、直接怒鳴ってきた竹中と比べれば何もかもが矮小に見える。

 尤も、これで絵梨華の方が俺を完全に見限っているなら俺の1人相撲なのだが、絵梨華がひたすら俺に関するデマを広げていることからして、良くも悪くも絵梨華は俺への関心を失っていない。一方で家では俺のことを毛ほどにも触れないらしく、それはそれで不気味だった。


 とはいえ当然、絵梨奈が何でも協力すると言ってくれたからとて、それはあくまで絵梨華と俺との関係性に関することであって、俺のボロボロの勉強を見て欲しいとかはお門違いすぎる。


「というか、これ姉に勉強見てもらってダメだったから、妹に勉強見てもらうみたいな構図になってない?」


 そういう言い方をすると普通に最悪である。そもそも俺は絵梨華にも絵梨奈にも勉強を教えてもらうべく近づいた訳ではないとはいえ、何とも酷い構図である。

 俺は最新の絵梨奈からのメールを開く。そこには絵梨華が最近SNSでクラスメイトとやりとりしている時間が長いことと、絵梨奈本人の近況が書いてあった。


『……冬休みは夏休みほど長くありませんでしたが、それでも休み明けの英語の小テストでポツポツ抜けがありました。学期末へ向けて抜けているところは早く埋めておきたいです……』


 英語の小テストの文字。それに乗っかって、思わず返信にこう書いてみてしまった。


『……こっちも英語の小テストがあったよ。こちとら英語は苦手でサッパリ。『少なくない』とかなんて英語で表現すればいいのやら……』


 と、ありもしない英語の小テストをでっち上げて宿題の和文の一部を送り、あたかもテストに和文英訳で出たけど分からなかった風を装う始末。送ってしまった後に、何故こんなしょうもない嘘をついてまで自分の体面を守りたがるのか、自分で自分が嫌になった。

 そんな風に落ち込んでいると、返信が返ってくる。俺の近況への反応の中に、俺が書いた質問の答えが書いてあった。


『……『少なくない』ですと、「quite a few」が1番適した表現でしょうか。few単体ですと少ない、という意味ですが、littleとa littleの意味が違うように、a fewになるとどちらかと言えば肯定的な表現になります。そしてquiteが「かなり」を意味する単語です。つまり少なくない=かなり多くという風に置き換えて表現するのですね。面倒でしたら多いでmanyとかでも通じると思います……』


 はっきり言ってしまおう。絵梨奈の説明はうちのクラスの英語の先生と絵梨華を上回る、個人的には。しかもメールで送ってきてこの分かりやすさである。思わず俺は追加で絵梨奈にメールを送ってしまう。今度はもう素直にここが分からんと開き直って。

 するとポンポンと返信が続々返ってくる。教科書を読んでも分からなかったところが、アッサリ絵梨奈のたとえ話1つで理解できてしまった時は快感だった。


 気づくと俺は何十件とメールを送っていて、絵梨奈はそれに律儀に返事をしてくれていた。我に帰り、図々しいことをしてしまったと慌ててお礼と謝罪のメールを送る。すると返ってきた文面を見て俺は驚愕した。


『いえいえ、お役に立てましたら何よりです。お料理の片手間だったので、ちょっと詳しいところに抜けがあるかもしれないので、そこは申し訳無いのですが……』


 時間的にまさかの夕飯を作りながらのレスポンス。俺は改めて絵梨奈のスペックの高さを思い知った。と、同時に、絵梨奈のお母さんは既にこの世にいないことを思い出す。再婚もしていないだろうし、つまりは父親、絵梨華、絵梨奈のうちの誰か、あるいは複数人が家事を担っているはずで……


『料理中なのに邪魔しちゃってゴメン、ちょっと図々し過ぎた』


 そう打つと即座に返信が来る。


『図々しいだなんてそんなことはありませんよ! 私が分かる範囲でしたら、喜んでお手伝いいたします!』


 ……いやダメだ、落ち着け俺。こんな優しい言葉をかけられたからって、調子に乗るんじゃない。これは相手の罪悪感につけこんでいるだけだ恥を知れ。いやでも正直教えてもらえるのはありがたいし、分かりやすいし……そうスマホと睨めっこしながら無駄な葛藤を心の中で繰り広げていると、突如自室のドアがバーン! と開け放たれる。


「バカキン! アンタ何回言ったら分かるんだい! ポケットの中にティッシュ入れっぱなしで洗濯するんじゃないよ!」

「ウェェェェェ!? いきなりノックもなしにバーンはやめろって!?」

「じゃかぁしい! 新年最初の紙片落としをさっきまでやってたんだからねアタシぁ!」


 突然の母親襲来。確かにそれは俺が悪いが、だからってバーンは心臓に悪いからやめてほしい。


「しかも勉強してんのかと思えばスマホと睨めっこしてるし、何遊んでるんだい!」

「いや遊んでた訳じゃなくて、メールしてただけだから……」

「つまりメールにうつつ抜かしてたんだろ?」

「いやいや、絵梨奈さんに英語で分かんないところ教えてもらってたんだって!」


 ……アレ? 俺今、母親の説教の言い訳に、言わんでもいいことまで言わなかったか? そう思ったが吐いた唾は飲めない。母親の顔が一瞬で般若からニヤけ顔になる。


「ふ〜ん、そうかい。それは熱心なことで」

「何を勘違いしてるのか知らないけど、それ以上のことは無いからな」

「そうかい? それにしてはアンタ、スゴいニヤけてフニャフニャの顔してたよ。鏡でも見てみな」


 後、さっきの罰で明日のトイレ掃除強制。そう言いながら去っていく母親。俺はしばし母親が去っていった後のドアを眺めていたが、おもむろにスマホのカメラを起動し、インカメにして俺の顔を写す。

 そこには普段と変わらないように見える俺の顔。というよりニヤけたも何も、母親の襲来でビクついた俺の顔は寧ろ強張ってしまっている。俺は大げさにため息をつくとスマホを置き、出来上がった宿題を英語の教科書に挟んでカバンに詰めた。


 英語の宿題を挟む時、和訳問題の一部がチラと見えた。


「It was sad news for him, but when he heard the news, he involuntarily grinned like a Cheshire cat.」


(それは彼にとっては悲しい知らせであったが、しかし彼がその知らせを聞いた時、彼は思わずチェシャ猫のように訳もなく笑った)


現実世界恋愛、日間ランキング7位ですって……ハハハ、夢かな?(ほっぺたむにゅー)

いい夢を見させていただきましてホント感謝です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ガラケーってローマ字使えたっけ…? …覚えてないや。
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