クリスマス・イブの悲恋
※この物語はフィクションです、登場する人物・団体・地名その他は全て架空のものであり、また実在する人物・団体・地名等とは一切の関わりを持ちません。
「アンタなんかもう顔も見たくないわ! 2度とそんなシケた面を私の前に出さないでよね!」
そう最後に俺を全力で怒鳴りつけ、肩を怒らせながらズンズン早歩きで去っていく。その背中を呆然と見送りながら、俺は悲しいはずなのに、何故かどこかでホッとしている自分がいることに、気づかないふりをしていた。
高1のクリスマス・イブ、俺は中学から通して2年数ヶ月付き合ってきた彼女にこっ酷くフラれた。
俺、時任欽二と俺の彼女の、もとい彼女だった金子絵梨華は、中学校で初めて知り合った。県内でもそこそこの進学校、俺は入学前後の成績を鑑みれば恐らくギリギリでの合格。一方絵梨華は首席合格者兼新入生総代で、美しい黒髪を長く垂らしたまさしく美少女であった。
同じクラスだったとはいえ、俺みたいな成績中の下、スポーツも人並みの奴には、当然高嶺の花以上の相手ではなかった。なので中1の1年間はクラスメイト以上の存在では双方共にまるでなかったし、話す機会も殆どなかった。周りの連中はどうにか美人で成績優秀な絵梨華にお近づきになろうとして、まあ物の見事にそのキツい視線に睨まれて散っていった。
それが急転直下の展開を見せたのは中2の4月。偶然俺が絵梨華の落し物である財布を拾ったのがキッカケだった。放課後に気づいたものの、既に絵梨華は帰路についた後。だが中に定期券が入っている以上、届けてあげないとかわいそうな事態になるだろう。
そう思った俺は、定期券に書いてあった学校の最寄駅に走っていった。駅に着くと、絵梨華はまだ駅に着いたばかりだったようで、無くした財布を必死にカバンの中から探しているようだった。
俺が声をかけると最初は不審そうな目で見てきたが、財布を手渡そうとすると顔色が変わり、即座に財布をひったくられた。そして何故俺がこれを持っているのかと詰問された。
俺は素直に落ちていたのを拾ったと答えた。そう答えてもまだ納得していない様子の絵梨華だったが、一応硬い表情のまま、財布の中身を改めつつお礼を言ってきた。まあほぼ没交渉だし致し方ないかなぁ……と思いつつ、俺はじゃ、と声をかけるとそのまま歩いて帰宅した。俺の家は中学校から徒歩3分だったからだ。
次の日の朝、男子に必要最低限以外話しかけることがまるで無かった絵梨華が、俺に微笑みながら改めてお礼を言いにきた。今まで常に学校では喜怒哀楽を余り示してこなかった絵梨華の、見た事のない柔らかな微笑みに、正直心動かされなかったと言うと嘘になってしまう。その段階で俺の負けだったのだろう。
そこから俺に対して比較的柔らかな態度を示し続ける絵梨華に、俺の方が心惹かれていくのにそう時間はかからなかった。夏に入る前に俺の方から告白し、カップルが成立した。クラスの男子に相当色々言われたが、後悔は何も無かった。
いざ付き合い始めてみると、元々絵梨華の素は硬い表情で口数の少ない学校での姿でも、俺に見せていた柔和な表情の姿でもなく、かなり高飛車で自分の思う通りに事が進むことを至上とするような性格であった。
絵梨華の機嫌を取るのは大変だったが、それでも中学の間は上手くいっていたと思う。絵梨華が俺の酷い成績を見かねて勉強を渋々といった体で見てくれたのもあり、俺の成績も中の下から上の下くらいには向上が見られた。まあそれでも絵梨華は成績の上がり方に納得行かなかったらしく、首席が私なんだから2番になりなさいよとグチグチ言っていたが、まあそれくらいはネタの範疇で収まっていた。
だが絵梨華と同じく県内1の進学校と名高い高校に進んだ辺りから、段々雲行きが怪しくなってきた。絵梨華は流石に常に首席をキープという訳には行かなくなっていたが、それでも上位5番以内から成績が落ちることはなく、成績上位陣と常に接戦を繰り広げていた。
一方の俺は絵梨華に当たり前のように同じ高校に行くことを決められ、別に俺もそれを当然のように受け止めていた。だがいざ入ってみると、俺の学力では高校の授業に追いつけなくなってきたのだ。中学卒業時点では学年200人のうち上位50番までには入っていたのだが、高校では学年でビリから数えて手足の指が全部いらないレベルまで落ち込んでしまった。
絵梨華もこの落ち込みようには怒り、俺を叱咤激励するものの、絵梨華の方も成績上位陣と1点差を争っている状況で、そこまで俺の勉強を見ることに注力できなくなっていた。結果俺の成績はまるで上がらず、次第に絵梨華の態度は変わっていった。
デートでもやれあれがなっていないこれがなっていないと、俺の言動への非難が爆増した。その都度俺が直そうとはするものの、結局不機嫌なまま終わるという状態が続くようになった。俺の方も段々絵梨華との時間がしんどくなり始めていた。
どうにか夏は乗り切ったものの、その後の秋の文化祭シーズンで忙しい間に、絵梨華の方はすっかり俺に見切りをつけたらしい。まあ2学期期末の俺の過去最低の成績がトドメだったのだろうが。そして遂にクリスマス・イブのデートで……
『……もうウンザリよ、アンタみたいなダメ人間と付き合ったのが間違いだったのよ』
『な、何を言って……』
『私が行きたかったのはこの映画だって前から仄めかしてたのに、アンタが今日の行き先に選んだのは水族館。しかもレストランでは私がいるってのに女性店員に愛想よくして、おまけにプレゼントが安物のイヤリング!? こんなので私が満足するとでも本気で思ってたの!?』
『そんな! 水族館だって行きたいってこの前言ってたじゃないか。愛想良くったってああいう場で仏頂面してる方が失礼だし、余計な雑談は何もしてない。それに……』
『もう結構! アンタなんかもう顔も見たくないわ!2度とそんなシケた面を私の前に出さないでよね!』
見事街中によくある巨大ツリーの下、公衆の面前で堂々とフラれた訳だ。
「……絵梨華」
俺の呟きは、冬の凍えるような風に吹かれて、どこかへ飛んでいった。