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03

ブリッツは医務室に一人佇んで、なにやら意味ありげな笑みを浮かべていた。

先程までセラが横になっていたベッドの上を眺めながら。


「おい、ナルディ! 居るんだろ?」


医務室は数基のベッドが一つ一つ、間に仕切りを挟んで並んでいた。

仕切られたカーテンの向こうに対してブリッツは呼び掛ける。


「旦那も人が悪いっすよ。 潜伏まで使わせて待機させるだなんて」


糸目で背の低い男がブリッツの呼び掛けに応じて、ぬっと姿を現した。

猫背のせいか、尚のこと男は小さく見える。



――潜伏(ハイド )

認識阻害とも言える魔法の一種。

別の魔法により看破されない限り、使用者の存在を限りなく目立たなくする効果を持つ。

あくまで目立たなくするだけであり、無にするわけではないので、魔法による看破以外でも勘の鋭い者が感覚を研ぎ澄ましさえすれば発見可能な程度の効力である。



「へへっ、そういうお前だって乗り気だったじゃねぇか。 その証拠に、潜伏まで使って待っててくれたんだろ?」


お互いに顔を見合わせてにやけるブリッツとナルディ。

何か善からぬ企みを企てている、そんな空気を醸し出す二人。


「……こんな時間に入浴だなんてたった今、汗を流しに行った剣姫様以外、……誰も居やしねぇだろう」


医務室にはこの二人以外は誰も居ないのだが、ブリッツは芝居がかったようにわざわざ小声でナルディにそう耳打ちする。


「だとすれば……、覗かないほうが失礼ってもんじゃないか?」


「だからって、あっしまで共謀者にするなんて、旦那一人で覗きに行きゃあ良いじゃないですか」


ナルディを道連れにしようとブリッツは、そう支離滅裂な理論を展開してみせた。

渋ってみせるナルディではあったが本心では吝かではないといった様子である。


「へへっ、馬鹿言っちゃいけねぇぜ。 お前の潜伏が無きゃ剣姫様に真っ二つにされておしまいだぜ」


この潜伏という魔法、自分以外にも他者を対象として使用することが可能という特徴があるのだ。

つまり、その潜伏を使用して入浴中のセラの姿を盗み見よう、というのがブリッツの企てである。


「それ、バレたら旦那と一緒に、あっしも真っ二つにされるじゃないですか」


「バレなきゃ問題無いってことよ。 俺とお前は運命共同体、……良いな?」


「……旦那も剣姫様相手に恐ろしいこと思いつくもんだ。 良いっすよ、お供しますとも」


二人は堅い握手を交わすと、おもむろに立ち上がり医務室の出口へと向かった。


「善は急げだ。 医務室から大浴場まで突っ走るぜ!」


「善には同意出来ませんが、急ぎやしょう!」


開いた扉を閉めもせず、廊下に踏み出した途端、全速力で駆け抜けて行く。


「クソっ、なんて速さだ……」


ほぼ同時に医務室から出たというのに、ブリッツを置き去りにする程の俊足ぶりを見せる。


ここはダンジョンでも敵地でも無い、はぐれたりする危険性は無い。

二人の行き先は同じなのだ。

医務室から真っ直ぐ続く廊下をひた走り、曲がり角に差し掛かる頃には豆粒程度には見えていたナルディの背中は完全に消えていた。



「はぁ……、っ。 お前、身体強化まで使いやがったな?」


ブリッツが目的地に辿り着くのを、ナルディは床にあぐらをかいて待っていた。

ご丁寧にも、脱衣所に隣接する休憩室の扉の前で待ち構えるようにして。

決してブリッツが体力に恵まれていないわけでも、特段足が遅いというわけでもない。


「へっ、これでも一応暗殺者なもんでね。 身体強化は得意中の得意でさぁ」


ナルディは音も無く立ち上がると、ぜえぜえと息を切らすブリッツを涼しい顔で出迎える。


暗殺者と口にはしたが決して彼が暗殺を生業としているわけではない。

クラスの一種としての『暗殺者』であり、身体強化は暗殺者固有の能力。

身体の一部に意識を集中させ、微量な魔力を使用して自己に暗示をかけることで限界までその能力を高める、これが『身体強化』の仕組みである。

ナルディが見せた俊足は身体強化により、敏捷性を限りなく高めた結果によるものだ。


「全く、ナリはどう見ても盗賊のくせに何言ってやがんだ。 俺達は運命共同体、そう言っただろ? ペースくらい合わせてくれても良いじゃねぇか」


「善は急げって言ったのは旦那のほうですぜ。 それに、何をするにも全力ってのがあっしのモットーなもんでしてね」


「まぁ良いさ。 で剣姫様は、……中か?」


呼吸を整え終わるとブリッツは、親指で脱衣所をクイっと指差しながら尋ねる。


「バッチリ中から音がするのは確認済みですとも」


両手で耳をそばだてるジェスチャーをしながら、ナルディは糸目を更に細めてニヤっと笑う。

これも身体強化で掌握済みということだろう。


「へへっ、そいじゃあ早速ご観覧といこうじゃねぇか。 ナルディ、俺に潜伏を掛けてくれ」


「わかってますぜ、旦那。 くれぐれも物音には注意してくだせぇよ」


ひとしきり互いに下卑た笑いを浮かべ合うと、ブリッツは物音を立てぬよう細心の注意を払いながら脱衣所の扉に手を掛けた。

至極ゆっくりとスローモーション再生の如く扉を開き、二人は楽園への入場口をくぐる。

足を踏み入れた脱衣所の中は、浴室からの湿気が流れてくるのか入ってすぐの場所に設けられた姿見が曇っていた。

ブリッツは姿見を一瞥してから、すぐに脱衣所内を隈なく見渡す。

他に人影が無いか警戒しているのだろう。


部屋の中央には脱ぎ去った衣服と手荷物を置く棚が有り、無造作に立て掛けられたツーハンデッドソード。


「あいつ、わざわざ自室に取りに戻ったのか……」


ふいに感想を漏らしたブリッツに、口の前に人差し指を立てる仕草で喋るなと釘を刺すナルディ。

立て掛けられた長大な剣がそこに有るということは、持ち主は浴室内に居るということである。


女性が振るうには余りに長大な両手剣、そのすぐ傍に畳まれた衣服にそろりと手を伸ばす姿。


「……っ?」


手をわきわきとさせながら鼻の穴を拡げるナルディが次に何を行うか、ブリッツは容易に予測出来た。

それを阻止せんとブリッツは声を押し殺したまま、ナルディの首に腕を回すとそのまま脱衣所の外へと引っ張っていく。


「ちょっと旦那……、何するんですかい?」


折角中に潜入したというのに、脱衣所の外に引っ張り出されたことに不服そうな顔でナルディはブリッツに抗議する。


「俺は覗きには行くと言ったが、下着を拝借しに行くと言った覚えは無いぞ?」


ナルディの首に回した腕に力を籠め、ギリギリと絞めながら言い聞かせるように言うブリッツ。


「だ、旦那、……痛いですって。 ほんの出来心でさぁ」


「良いか、下着泥棒はダメだ。 それは俺の正義に反する」


「今から剣姫様の裸を覗こうってのに、正義もクソも無いと思うんですがね……」


「馬鹿野郎っ、覗きはロマンだ。 でも、直接手を出したらそれにはもう正義は無い」


有無を言わせぬ勢いでブリッツは再び持論を展開すると、首を締め付ける腕の力を緩める。

そして、一度は足を踏み入れた脱衣所に舞い戻らんと踵を返す。


「行くぞ、目的の遂行だけを考えろ。 他の物は捨て置け、良いな?」


「へいへい、旦那は変なとこで頑固者なんだから……」


ぼやきながらも、ナルディは遅れまいと足早に扉をくぐる。

二人肩を並べ、今当に浴室への扉にブリッツが手を掛けんとした刹那。

浴室側に浮かぶ人影。

ブリッツが開けるよりも早く、その人影は引き戸を開く。


「――っっ!」


絶体絶命の事態に、二人は口をあんぐりと大きく開け見つめ合う。

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