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02

天へと伸びる世界樹『イルミンズール』、そして地へと続く『地獄の門』この二つが突如として地上界に現れたのも、もはや随分と昔の話である。

天界と魔界に通ずる二つの入り口が開いた意味、それは戦乱の世の訪れを知らせるものであった。

天界からは『天使』と呼ばれる存在が、魔界からは『悪魔』と呼ばれる存在がそれぞれ地上界へと送られ両者は激しくぶつかり合う。

地上界全土を戦禍の渦に巻き込みながら。


天使は『精霊』を、悪魔は『魔物』をそれぞれ戦う駒としてぶつけ合った。

戦闘による地上界の荒廃ぶりは凄まじいもので、会戦と同時に多くの命が争いに巻き込まれ失われた。

天使も悪魔も人智を超越した強大な力を誇っており、黙っていても争いに巻き込まれて死ぬだけである。

戦火に晒された地上界の民達も戦争の早期終結のためには、どちらかの軍勢に加担する他無かった。

これにはどちらかの軍勢に加わることにより、その庇護下に入るという名目もあったのだ。


無差別に殺戮を行う悪魔や魔物と違い、天使や精霊には幾らか分別があった。

自ずと地上界の民は大多数が天界に味方することとなり、天使や精霊と共にいつ終わるとも知れぬ戦の日々にその身を投じることになったのだ。


悠久に続くかに思えた戦も、燎火の炎が消え入るようにいつしかは終わりを迎える。

その天界と魔界が繰り広げる戦争の末期、既に神も魔王も争いに飽き、勝敗なぞに興味の無くなった折の話である。

広げた風呂敷を畳めずに互いに落としどころを探りながら、小競り合いを繰り返す日々。


もっとも、人間達にとってはそんなことは関係無い。

魔物の順応力は凄まじく、すぐに地上界の至る場所に生息地を拡大し本能の赴くままに蹂躙、跋扈して人々を恐怖に陥れた。



――此処は、そんな魔物の脅威に立ち向かうべく組織された『守護者(ガーディアン)』の本拠地。

世界樹イルミンズールから程近い場所に位置する国、アウルノーシュの外れに位置する守護者の宿舎。


「……あら、ブリッツ。 あなたが、……ここまで運んでくれたの?」


セラは目を覚ました場所が医務室であるということを瞬時に理解する。

みぞおち辺りに鈍い痛みを感じることから、先程のサイモンの一撃がなかなかに容赦の無いものであったことが窺い知れた。


「へへっ、そういうことになるな。 ったく、これで何度目だよ、全くよぉ」


赤髪の長髪をした頭を掻きながら、飄々とした態度でブリッツが言う。

優男然とした見た目ではあるが、彼も守護者の中では相当な手練れである。


「ほんっとに、とんだじゃじゃ馬剣姫様だよなぁ。 で、今回はどんなお気に召さないことがあったの?」


そう、今までも事有るごとにサイモンとは衝突を繰り返してきた。

もっとも、いつも一方的にセラから喧嘩を吹っ掛ける形だ。

今回も例に漏れず嗾けた挙句、組み賦されたわけだが。

普段は純粋な剣技のみでの勝負、属性付与まで使用しての闘いは今回が初めてだった。

それほどまでに、今回だけはサイモンに負けたく無いとそうセラは思ったのだ。


「運んでくれたことには感謝するわ。 でも、その剣姫様ってのは止めてくれる?」


剣姫様という言葉に、セラは眉をしかめてあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべる。

属性付与という珍しい魔法を使えることと、その剣技から『剣姫』と称されているのだが、当のセラ本人はその呼び方は余り気に入っていない。

ベッドから上半身を起こしながら、その呼称について不満の言葉を口にするセラ。


「えぇ、どうしてさ? セラってさ、黙ってればお姫様みたいなんだし、ピッタリだと思うよ、オレは」


セラは自分の容姿が嫌いだった。

剣を扱うには低すぎる身長と華奢な体躯、とても凛としているとは言い難く気の弱く見られがちな顔。

そしてなにより、その容姿について他人にとやかく言われるのはもっと嫌いだった。


「ふふふ、ブリッツ。 ……あんまり茶化すとその舌、斬り落とすわよ?」


セラは痛むみぞおちを抑えながらも、自信のコンプレックスに対して言及したブリッツにそう凄んでみせる。

凄みはしたものの、今のセラにはブリッツと渡り合える程の体力も残っていなかったのだが。


「へへっ、……おっかねぇ、おっかねぇ。 まぁ、私闘の理由は聞かないでおいてやるさ」


睨みを利かせるセラに対してブリッツは、身震いする大袈裟な演技を交えながらおどけて返す。


「私闘じゃないわよ、訓練よ訓練っ!」


「へいへい、そうかい。 それは良いけどよぉ、汗くらい流してくるこった。 こう言っちゃなんだが、とてもお姫様って匂いじゃないぜ」


ブリッツは右手で鼻を摘まんで、左手をパタパタさせ臭いと主張する。

女性に向かって余りにデリカシーに欠けた行動に内心怒りを覚えつつも、自身の放つ匂いが気になったのか鼻を鳴らすセラ。


「うわ、……最低。 言うにしても、もっとやんわりと言いなさいよ!」


ブリッツの指摘が正当なものであったことが解り、恥ずかしいという感情と腹立たしいという感情から、傍に有った枕を投げつける。

ボフっと良い音を立てて、枕がブリッツの顔面に命中。

枕を枕たるものにすべく詰められた大量の羽毛が、衝突の衝撃に耐え切れず辺り一面に飛び散る。


「へへっ、生憎と育ちが良くないもんでね。 まぁ、言葉より先に手が動く剣姫様も似たようなもんだけどな」


顔中に張り付いた羽毛を手で払い除けながら、再度おどけてみせるブリッツ。


「あなたが変なこと言ったのが悪いんだからねっ! 責任持って、ちゃんと掃除しといてよね」


ヒラヒラと舞う羽毛が全て床に落ちるよりも前に、セラはベッドから起き上がると医務室を後にする。

残されたブリッツはやれやれといった面持ちで、舞い落ちる純白の羽根を眺め続けた。

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