表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/6

01

木剣と木剣のぶつかり合う甲高い音が鳴る。

円形闘技場のような場所も相俟って打ち付ける音が良く響く。

端から見れば一方的な果たし合いに見えるのかもしれない。

それ程までに攻守の差は歴然であった。

しかし、攻勢に回るはずのセラは焦っていた。


いくら一撃一撃に渾身の力を篭めても、その刃は掠りすらしないのだ。

闇雲に撃っている訳ではない、相手を撃ち倒さんと急所目掛けて寸分の狂い無く放っているはずなのに。

そのことごとくが嘲るように跳ね退けられる様子に、自身の技量に絶対的な自信を持つセラは苛立ちを隠せなかった。

防がれるのならば、防ぐことが出来ない程に速く振るえば良い、そう結論に至ったセラは余力など一切気にせずに木剣を振るい続ける。


「手数だけじゃ俺は倒せんぞ!」


対して防戦に回る男は振り下ろされる木剣による斬撃を片手でいなしながら、対峙したセラに余裕の笑みを浮かべる。

鍛え上げられた鋼のような筋肉を纏う屈強な身体、日に焼けた浅黒い肌。

黄褐色の髪は針金のように堅く、重力に反して立ち上がっている。


幾度となく繰り出される怒涛の斬撃を、最小限の動きでいなしながらジリジリと後退を繰り返していく。

その額には薄っすらと汗が浮かんでいた。


「ふふふ、そう言うわりには、どんどん壁際に追い詰められてるじゃないの!」


どこにそんな力が有るのかと疑問を感じる程に、セラの腕は細かった。

女性というよりは少女と表現したほうが相応しい容姿。

その細腕に似つかわしくない、重く鋭い剣閃は休みなく目の前の大男に浴びせられている。

訓練用の木剣とは言え、切っ先を捉えることが出来ぬほどの速さで。


「確かに速い。 だが、速いだけでは俺を倒す決定打には為り得ない」


壁を背にする寸での位置まで後退しても、男はセラに向けた余裕の表情を崩さない。

その言葉を裏付ける、自信のようなものさえ感じさせる薄ら笑いを浮かべながら。

事有るごとに向けられるこの表情が、セラは堪らなく気に食わなかった。

馬が合わないというのも有る、常に冷静沈着で動じないこの男の仮面を剥がすことが出来たらどれだけ清々するだろうか、日頃からセラはそんなふうに思っていた。


「防戦一方で格好つけたって、なんの説得力も無いんだからっ!」


棘の有る言葉を叩き込む攻撃と共に投げかけるセラ。

ボブカットに切り揃えられた撚金糸のような輝きを帯びた金色の髪。

片目を覆い隠すように長く伸ばされた前髪。

隠れていない側から覗く大きな瞳は若干垂れ目気味で、勝気な物言いとは対照的にその容姿は穏やかな印象を与えるものであった。


「これでも説得力が無い、……そう、言えるかな!」


防戦一辺倒だった大男は、ふいに少女の斬撃に合わせて木剣を振るう。

大股で踏み出すと同時に放たれた一撃は熾烈そのもので、木剣ごとセラの身体を弾き返した。

二人の対格差は大人と子供くらいには差が有った。

相手が普通の少女であれば、勝敗は誰が見ても一目瞭然だろう。


「相変わらず、とんでもない馬鹿力なんだからっ……」


並の反射神経であればそのまま地面に打ち据えられたことであろう。

体勢を崩され後ろに仰け反る姿勢になったセラは、そのままの勢いで後方へ飛び退き大男から距離を取る。

歯噛みしながら大男を睨みつけるセラ。

後退出来ない場所まで追い込めば、後は滅多打ちにするだけとたかをくくっていただけに、その思惑が外れたことで攻めあぐねているのだ。


「掛かってこないのか?」


「頭きたっ、煽ったこと後悔させてやるんだから。 見てなさいよっ!」


地団太を踏んでひとしきり悔しがると、セラは大きく深呼吸をする。

左手に何やら力を籠めると、携えた木剣の刀身を鍔から切っ先にかけてゆっくりと撫でた。


「あっ、きったねぇぞ、セラ! 属性付与を使うなんて!」


円形の闘技場を囲うようにして設けられた観客席から、二人の戦いを見ていた男がそう野次を飛ばす。

だだっ広い席に、ただ一人立つこの男は差し詰め立会人というところか。


「これは私とサイモンの勝負なのっ! ブリッツは黙ってなさい!」


向けられた野次を一喝すると同時に、木剣の刀身が光輝いたかと思うと突如、真紅の炎を纏った。



――属性付与(エンチャント)

相手を直接攻撃する魔法とは違い、武器に魔力を与えることで大幅に威力を強化することが可能な魔法である。

その威力が行使する者の魔力に依存する攻撃魔法と比較して、武器を用いることが前提となることから当人の技量に左右されるところが大きい。



「それが俺を打ち倒す決定打か?」


炎渦巻く刃を向けられて尚、サイモンと呼ばれた大男は顔色一つ変えず問い掛ける。

微塵も動じる素振りを見せないままで、その場から動こうともしない。


「そういうことよ、喰らいなさいっ!」


サイモンの浮かべる余裕の笑みもろとも焼き尽くさんと、セラは燃え盛る刃に有りったけの余力を籠めて撃ち付けた。


「……訓練用の木剣だということを忘れてないか?」


真正面から袈裟懸けに振り下ろされたセラの斬撃を受け止めると、サイモンは口元だけでニヤリと笑う。


「うそでしょっ! こんな短時間も耐えられないだなんて!」


その刃に纏った炎は、文字通り全てを焼き尽くしたのである。

……セラの振るう木剣を丸ごと。

幾らそれなりに堅くとも、木という材質は焔をその身に宿すには余りに脆過ぎた。

必殺必中の一撃とは言え、付与された武器が無くなればその体を為さない。


「自ら武器を捨てるだなんて、愚かな選択としか言いようがないな」


得物を燃え尽きた灰へと変えてしまい丸腰になったセラに対し、サイモンはそう苦言を呈した。

魔力も残りの体力も僅かとなったセラは膝に手を着き、肩で息をしている。


「くっ、勝ち誇った顔してくれちゃって……。 あんたなんてっ、フランベルジュだったら今頃とっくに真っ二つなんだから!」


愛用の武器であればどれだけ炎に曝され様が燃え尽きることなんて無いのにと、悔しさを滲ませるセラ。

だが悔やんだところで、丸腰である現状は変わらない。


「負け惜しみは終わったか? 与えられた武器で、考えうる最大限の効率を発揮する戦いをしてこそ一流の戦士だ。 今この場で武器を持たないお前に、俺を倒せる術はあるのか?」


「……あ、あんたなんて、……拳で充分よ」


正論を並べ立てられた反論の代わりに、セラは握り拳をサイモンに突き付け、強がってみせた。

拳一つではどうすることも出来ない相手であることは百も承知。

だが、セラは負けを認めるという選択だけはしたくなかったのである。


「有難く思え、これが戦場だったらお前は死んでる。 あと、訓練用の木剣も大切な備品だ。 報告書は消失させたお前が、意識が戻ったらちゃんと出すんだぞ」


言い終えるとサイモンは、木剣を逆手に持ち換え柄の部分をセラのみぞおちに捻じ込む。


遠退く意識の中で、セラは敗北を悟ると共に、事後処理についてまで言及するサイモンに更なる苛立ちを募らせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ