王女様、電車旅を楽しむ
なんだかんだ4話も戦闘はありません…… 本っ当にすみません。
トトル平原はレイヴァ魔導王国の東南部に位置する大平原で、王都からの直線距離は約200コルド【1コルド=1km】とかなり遠い。途中駅を全て通過しても半日かかる距離である。
なので昼食は必然的に電車の中で取ることとなる。食事の献立はナハトが作ったチキンカツサンドである。
「「「頂きます」」」
リーフィアは相当腹が減っていたらしく、瞬く間にサンドイッチを平らげた。
「ナハト、おかわり」
「かしこまりました」
元々御用列車には王の荷物を積む貨物車、侍従たちが食事を整える厨房車、そして寝台車まで完備されたまさしく『王のための』列車なのである。食べ盛りのリーフィアの腹を満たす量の食事を提供することなど造作でもない。
「しかし王女様はよくお食べになる」
「だな、むしろ食い意地が張ってあまりよろしくないくらいにな」
ひたすら無言でサンドイッチを頬張るリーフィアを眺めながらミリアルドとナハトはしみじみと呟いた。
「ほーひえはひひふへ」
「こらリーフィア、ちゃんと飲み込んでから喋らんか。誰もいないからといってだらしない振る舞いをするでない」
「はーい…… そういえば父上、トトル平原は穀倉地帯ですよね? この収穫期の真っ只中に戦争してしまっては作物や民に被害が出ませんか? 」
秋の陽光を浴びて黄金色に輝く小麦畑を見ながらリーフィアが質問する。ミリアルドは「中等学校レベルの基礎知識だろ? 」とぼやきながらも答える。
「品種改良の成果だよ。ここら一帯の小麦だけは早い段階で収穫が終わるようになっているのさ」
「あー、あれって寒波が早く来てしまう北の地方のためではなかったのですね」
「教科書にはそこまで載ってないが、ほぼ同時期に完了したのだ。」
「へぇー」
リーフィアは再びサンドイッチを頬張り始めた。
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「……と、まぁ昔は陛下もやんちゃだったのです」
「へぇー、父上も案外…… 」
「ナハト! あれほどその話はするなと…… 」
一行が談笑を展開する間にも列車の外の景色は変わっていく。麦畑はみるみる減っていき、そびえ立つような山の影が現れ始めた。
「おぉ! ナハト、あれがセム鉱山ですか」
「そうです王女様、既に操業自体は止まっておりますが、記念史跡として内部は当時のままでございます」
セム鉱山の麓には、この国の鉱業の歴史を展示する『鉱業振興会館』がある。国民の誰もが学校行事で一度は訪れる有名な史跡であるのだが、リーフィアは王女としての用事のために参加できずセム鉱山を見るのは初めてであったのだ。
「やはり写真よりも迫力がありますね、父上」
「まぁそうだろう。もう少し国が落ち着けば振興会館にも連れて行ってあげよう」
「やったーー!! 」
リーフィアが両手を掲げて大喜びする。ミリアルドもナハトも、そんな王女の姿を眺めていた。
「さて陛下、あと二時間ほどでトトル平原の手前の駅に着きます。打ち合わせの方を…… 」
ナハトが立ち上がり、ミリアルドを隣の車両に促す。ミリアルドもこれに続くかたちで立ち上がった。
「わかった。リーフィア、大人しくしてるんだぞ? 」
ミリアルドはリーフィアの頭を撫でながら念を押した。リーフィアはそれを合図に座を正してかしこまる。
「分かってます。私、一応大学出てるのよ? 」
「そうだったな」
ミリアルドの目から先程までの優しさが消えた。車両後方のハンガーから上着を取り、ミリアルドとナハトはリーフィアのいる車両を後にした。
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トトル平原の15コルド手前の終着駅、マンテスにミリアルドたちが到着すると、既に駅は歓迎の人々で賑わっていた。ミリアルドがナハトとリーフィアを連れて駅のホームに降り立つと、人々は一斉に両手を挙げた。
「「「「「国王陛下ばんざーい!! 」」」」
「「「「我らが国王に栄光を!! 」」」」
人々は口々に王を讃え、拍手喝采で迎える。ミリアルドはこれに対して手を振って応えつつ、隣を歩くナハトに耳打ちした。
「もう夕方だというのにえらく賑わっているな」
「念話鏡を使えば二時間ほどで伝わってしまいますからな」
この世界で魔法を使うために必要な魔素には電磁波のような性質があるため、古来よりこれを用いた念話が1つの通信技術として存在していた。
『念話鏡』はこの念話をより高度に行うための補助道具であり、通信半径は10コルドに及ぶ。これによってレイヴァ魔導王国の情報伝達速度は異常なほどに速くなったのだ。
「ささ、早めに前線に参りましょう」
民衆の大歓声を背に、ミリアルドとリーフィアはナハトの誘導に従って駅舎の外に用意された馬車に乗り込んだ。
人物紹介:ミリアルド=レイヴァ
レイヴァ魔導王国5代目国王。産業と軍事の近代化を成功させ、国民からの支持も厚い名君
王国最難関の国立大学の建国記念大学と、陸軍大学を同時に入学→留年なく両方とも首席卒業を成し遂げる天才。エネルギー産業にも注目し蒸気機関の開発にも貢献した
身長189cm、体重87kg、髪の色は黒、碧眼。しかし鬼族や龍人には2m超えの者も多く体格的には平凡
好きなものは家族、嫌いなものは無知