魔王様、前線へ
4話まで戦闘シーンはないかなぁ……つまらん、と思った皆様、誠に申し訳ございません。
誰もいなくなった会議室を一望し、王は「はぁ〜〜…… 」と長めのため息をついた。
「出来れば行きたくないんだがなぁ…… 」
王が愚痴を終えると同時に会議室の扉が開き、王と同じく燕尾服に身を固めた老紳士が部屋に入ってきた。白手袋をはめていることからして恐らくは王の侍従であろう。銀色の顎髭と自然体に切り揃えた白髪が、老紳士の生きてきた時の長さを示していた。
「出撃ですか? ミリアルド陛下」
「あぁ、それで士気が上がるようならな」
老紳士は机の掛け布を取り去りながら再び椅子に腰を降ろした王に話しかける。本名で呼ばれた王はひじ掛けに頬杖をついて天井を上目で見上げた。
「まぁ、一発撃ち込んですぐに帰るさ」
「しかし侍従の立場として言わせてもらいますと、そうであっても側近を連れずに前線へは行かせられませんな。せめて私だけでも連れて行っては下さらぬか? 」
老紳士の申し出にミリアルドは目が点になった。しかしそれ以上の反応を見せることなくミリアルドは目線を老紳士の方へと戻す。
「お前には留守を任せようと思ってたんだがな…… ならリーフィアも連れて行くか、あれはあれでなぜか軍の基地が居心地が良いらしい」
5代目国王ミリアルド=レイヴァは、自分の妻が戦場を嫌うことを知っていた。しかしお転婆な自分の一人娘、リーフィアはそうではない。
「承りました。このナハト=クラウディア、侍従長の名に恥じぬよう任を務めさせてもらいます」
……と、ここまでは国王と侍従長の会話であるが、この形式的な会話が終わったと同時にミリアルドは燕尾服の上着を颯爽と脱ぎ、ぶん投げた。
「あぁーーーー!! やっぱり国王なんて柄じゃないわ〜、爺が代わりにやった方がよっぽど貫禄出る」
「馬鹿なことを言いますな。しかしそんな事を言い出すとは、若も本当に父上そっくりじゃな」
ナハトは顎髭を撫でながら、ミリアルドに先代王の面影を重ねて満面の笑みを浮かべた。
実はこの侍従長、先代王が存命の時には陸軍総司令や軍務大臣を歴任したかなりの猛者である。幼い頃のミリアルドの世話人も担当しており、ミリアルドは親しみを込めて彼を『爺』と呼んでいる。
テーブルクロスを畳み終えると、ナハトは上着のポケットから懐中時計を取り出してミリアルドの方を向く。
「既に他の侍従が若の荷物をまとめにかかっている頃でしょう。若も早めに王女様を連れて駅へと向かわれては? 」
「そういう爺こそ用意は終わってるのか? 」
「私は侍従長、王の全ての要求に応えねばなりませんから」
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ミリアルドたちが王宮を出てからきっかり二時間後、一行を載せた王族専用機関車は午前中には動きだし、あっという間に王都を後にしていた。
「リーフィア、あまりはしゃぐなよ。今回はいつもと違って視察じゃないんだから」
ミリアルドの向かいの席を占拠してはしゃぎ回るのは、まだ幼さが抜けきらない少女である。
「は〜〜い」
絹のような髪に、笑うだけで花が咲くような麗しい顔立ちは、リーフィアの王女としての気品が現れていると言ってもよい。
田園風景に飽きたリーフィアは静かに座り直し、ミリアルドを見つめはじめた。
「しかし父上、こんな機関車が魔法なしで走るようになるとは本当に凄いですね。一応中等学校で仕組みだけは習いましたけど」
「まぁ、工業省が主体となって馬に代わる足を作るよう動いたからな。産業の発展こそ国力の要だからな」
ミリアルドは王位を受け継いで以来、父の頃から構想が立っていた『蒸気機関車』の開発に着手し、これに成功した。運搬力の向上は即座に工業技術を発展させ、経済的には建国して以来最大の成長を遂げている。
「更なる発展のためにも、今は戦争に人は使いたくないんだがな」
今度はミリアルドが列車の外の景色に目を向けた。線路沿いの農場で作業する民が御用列車の存在に気づき手を振ると、ミリアルドは窓から身を乗り出して同じように手を振った。
「若、危ないですからお控え下さい」
ミリアルドの返礼はナハトが諫めるまで続いた。ひとしきり手を振り終えてミリアルドが座席に座ると、リーフィアは父の膝の上にちょこんと座った。
「本当に父上は皆から愛されていますね」
「お前もいつか王になるのだから今のうちにしかと学を積んでおけよ。といっても、お前は既に大学を卒業しているがな」
「はい! 」
リーフィアが元気よく応えると、ミリアルドは静かにリーフィアの頭に手を乗せた。
「では陛下、私は奥の厨房車にて昼食を用意させてもらいますので」
「おう、何かあれば知らせろよ? 」
「かしこまりました」
ナハトは二人を残して、静かに厨房車へと移っていった。
用語解説:レイヴァ魔導王国
オーウェンハイム=レイヴァが建国した王国、現国王は5代目のミリアルド=レイヴァ。建国時に掲げた『全種族平等宣言』を基に憲法が作られ、800年たった今も存続する大国。
魔術と科学が並行的に進歩し、現在の主な動力は蒸気機関である。軍隊も近代的に整備されており、回りの人類国家とは比較にならない国力を誇る。
今まで一度も圧政がしかれたことはなく、実力主義による社会が形成されている。ゆえにどんな種族にも自由が保証されており、王の支持率は9割を超えている。