早かった
居間のソファに夏葉を抱き抱えたまま腰を下ろした。
白いタートルネックのセーターは赤く染まり白い頬にも血が付いている。
これなら即死だっただろうな。
それなら良かった。
「出てきたらどうだ。何か話したいことがあるんだろう」
黒いフードを目深に被った人影が現れる。
顔は見えないが瞳だけは煌々と光っている。
「十一年前の借りを返しに来ただけだ」
声は聞こえたが男なのか女なのかわからない。
だが話し合う余地はあるようだ。
「借りって何のことだ?」
黒いフードの足元を見るが何も見えない。
「その女は十一年前に両親と一緒にゾンビに殺されるはずだった。お前が早く来すぎたせいで死にぞこなっただけだ」
そうか。
俺は遅かったと思っていただが早かったのか。
「何で今更?」
「上から数が足りないと言われた。俺があげていなければならない数は現在丁度千体いっているはずなのに足りないと言われたので思い出して取りに来た」
「気まぐれか?」
「まあ、そうだな。予定にある人間なら誰でも良かった。数合わせだから」
どんな死もそんなもんだろうな。
自分で決められることじゃない以上そうなるのは仕方がない。
「お前は死神っていうのでいいのか?」
「ああ、そんなところだ」
「そうか、なあ、死神。数合わせなら誰でもいいわけだな?」
「まあ、そうだな。実際は予定になくてもいい。数さえあったらそれでいい。帳尻合わせだ」
帳尻合わせの死か。
まあ他人の死なんてそんなものだからそうだろうな。
俺は初めて死を感じたけど実際はよくわからない。
でも夏葉がいないならもう俺が生きている必要は何処にもない。
「なあ、死神。取引しないか?」
「取引?」
「夏葉を連れて行かないでくれ。その代り俺が死ぬ」
「お前は予定にない」
「予定になくてもいいだろ。単なる人数合わせなんだから」
「それはそうだが」
「それに夏葉のお腹には子供がいるんだ。十一年前の夏葉は夏葉一人きりだったが今は違う。余分に一人連れてっていいものか?」
「余りよろしくはないな」
「俺なら一人で済むぞ」
死神は考え込んでいるようだ。
思ったより子供だし、どうやら下っ端の様だ。
これはいける。
「そこまでして死にたいのか?」
「死にたいわけじゃないが夏葉が死ぬよりはいいというだけだ」
「この女が生き残ったところであんたはもういない」
「子供がいる」
「一人で育てるのか?酷じゃないか?このまま死なせてやれ。その方がこの女のためだ」
「夏葉は生きるよ。俺が生きていたんだから生きるよ」
「よくわからない」
「そうか。でもこれ以上に俺にとっていい方法が思いつかない」
「考え直した方がいい。親切で忠告してやっているんだ。あんたは若いし容貌もいい。再婚したらいだろう。生きている限り何だってできる」
死神のくせに俗なことを言う。
でもあとちょっとだ。
「夏葉のいなくなった後を生きるのがつらい。死なせてくれ」
「予定にない」
「誰でもいいんだろ。じゃあ、俺でいいはずだ」
「それはそうだが・・・」
「頼む」
夏葉の重みが心地いい。
こんな生活は長く続くはずはなかったのだと痛感する。
失う恐怖がどれだけのものかわからないが、俺はそれを味わわない為なら死すら厭わないし、平気で嘘もつくだろう。
俺は夏葉以外には嘘つきなんだ。