執着
互いに執着する二人というのはどのような結末を迎えるものか俺は想像もしていなかったが、それは意外なほど早くあっさりとやって来た。
家に帰ると夏葉が死んでいた。
特に何事もなく年が明けた。
正月は二人で夏葉の作ったお節とお雑煮を食べ炬燵に入り蜜柑を食べたり年末に買いこんだどら焼きやきんつばやらの甘いものを食べながらテレビを見ていた。
夏葉はいつも通りゲームをしていた。
二月になると夏葉の妊娠がわかった。
夏葉は嬉しいのもそうだがホッとしたようで目に見えて明るく朗らかで快活になり口数も増えた。
来週は結婚記念日だねというと、ご馳走作るから食べたいものたまには言ってと言い、ケーキも焼くと言っていた。
控えめだが輝くような笑顔を見せて。
死の兆候は何処にもなかった。
ただいまと言ってもお帰りの声がなかった。
こんなことは初めてだった。
仕方がないから自分で鍵を開けて入った。
家の中は静まり返っていた。
台所に入ると夏葉が倒れていた。
死んでいるとすぐにわかった。
首元の傷口から死因はゾンビによるものだとすぐにわかった。
人間ではこんな殺し方はできない。
俺は不思議な話だが夏葉を殺したのがゾンビで良かったと思った。
人間に殺されていたら俺はどうしただろう。
幼少期から特殊部隊にいた俺は数え切れないほどのゾンビを殺してきたが、未だその生態も謎のままで唯見た目の印象から世界的にゾンビと名付けられた未知の生命体の方が人間よりも近しいものを感じていた。
これは俺の生まれのせいかもしれない。
俺は家族を知らなかった。
近親者の死という人間なら誰もが恐れるであろう現実が俺には一度もなかった。
失うものがなかった。
だからだろうか。
夏葉に迫る死と言う影に俺が今日まで恐怖せずに来れたのは味わったこともなく想像することができなかったからだ。
こればっかりは他者への共感や追体験ではどうにもならないものだろう。
特に俺は想像の世界にいたことがなかった。
そう言った意味では夏葉の方がずっと怖かったのかもしれない。
夏葉は両親を無残な形で亡くしている。
そしてそれに俺は関わっている。
夏葉がいつも朝が来ると俺を思い出した様に怒っていてのは暗闇の中で何も見えない状態じゃないからだ。
全てが見えていると夏葉は俺を他者だと認識しすぎていて同じ色だと思えなかったのだろう。
夏葉はいつも失うことを恐れていた。
それは失ったことがあるからだ。
俺は今失ったはずだがこの期に及んでもなお俺は失った気がしなかった。
俺は夏葉を抱きかかえた。
台所の床があまりに冷たそうだったからだ。