偶像崇拝
興味を持っていただきありがとうございます。
読んでると気持ち悪くなるかと思いますので、あまり思いつめないでください。
できればミントのデザートをお口直しにされるとすっきりしていいかと思います。
さぁ、さぁ。皆様これよりお目にかかりますのは希少は希少、おそらく今まで見たことも聞いたことのないような生き物でございます。しかしながら聞いたことがあるのではないでしょうか?あまりに希少で誰も見たこともないがゆえに都市伝説を、はたまたそんな生き物はいない。夢、幻だと。
そんなこともあってこの生き物を見ることができれば幸せになれると言われたものですが、、、実際見てみるとあれですねぇ。見たところで幸せになれるような生き物はいないっちゃことですね。毎日顔を合わせて世話をしていますがこれといっていいことも悪いこともおこっちゃおりません。まぁ、強いて言わせていただくのであればこのような場所で催し物をするときに注目が集めやすくなるくれぇなもんですね。それはそれで私らにとっては幸せを呼ぶと言っても間違いじゃないですがね。
おっとっと、話がそれすぎちゃいやしたね。そこのお嬢さんは私の話しが面白くなさ過ぎて大きなあくびだ。ではでは、それでは、お目通りいたしましょう。この度皆様にこ用意したまっこと稀有な生き物は●●●●です。
目が覚めた。また今日も仕事だ、、、この何か月か休みもなく働き詰めだ。体が悲鳴を上げている。関節がギシギシなっている。それでもいかないと、、、みんなが待ってる。と思わないとできない。
仕事が好きかと言われれば好きだし、自分があこがれていた職業につけたのであるから幸せなのだろう、、、と思い込んでいる。
本当はこんな世界だとは思ってなかった。見た目の華やかさに惑わされた。甘い言葉もあったし、乗せられた。自分は特別だと思ってしまった。スポットライトも浴びたし、当然にちやほやされた。お金ももらえてこんなにもいい仕事があるのかと思うほどだった。でも、徐々に気づくことになった。そんなうまい話があるはずない。。。
あれから僕の生活は変わった。常に見られ続ける。プライベートなんてありえない。どこに行っても何をしても見られる。写真をとられる。ネットやニュースに上げられる。どんどんと追い詰めらるように見られる見られる見られる。。。
生きることに息苦しさを感じる。自分の境界線がわからなくなる。そして、自分がわからなくなる。自分ってなんなんだ?こんだけみられていろんな人の話題に上がって、見た目のイメージとか雰囲気とかで勝手な僕が作られて独り歩きしていく。そのイメージにたがわないように、そのイメージを壊しすぎないように生きなきゃならないって圧迫感がすごく強い。僕が○○(名前)じゃなくて○○(名前)の被り物をかぶっている僕が今いる。そんな味気ない生活がいつまで続くんだろうか、、、
さあさあ、皆様方、お楽しみいただけているでしょうか?この奇妙で希少な偶像崇拝を、、、
自分が何かの被り物をかぶって生きていることに苦痛を感じているなんて、なんて見世物的に面白いものなんでしょう、サービス精神旺盛なのでそれを期待されているとわかると脱ぎ捨てることもできない。。。なんて、哀れ哀れ。
それでも、自分をだまして偽って生きていく。たとえ息が詰まっても、味がしなくなっても、色がなくなったとしても。そんな姿はほんとに健気、健気。
偽りの仮面を剥がしても素顔が出るかはわからない。顔があるかすら怪しいなんて恐ろしいことですねぇ。
ねぇ、お客さん?ここらであなたもその仮面剥がしてみてはどうですかい?
お読みいただきありがとうございました。
偶像崇拝、いかがですか?それが目に見える形であっても、たとえ見えなくても人は何かにすがりたくなってしまうものですね。
一人では生きていけない。けど、最後は一人で終わっていく。そんな不安からなんでしょうか。
代り映えのしない毎日の支えが欲しいのでしょうか。
いろいろ考えると深みにはまりそうです。