真剣に好きな貴方に…
息が詰まる。言葉が出て来ない。視界は揺らぎ。思考は定まらない。
お世辞にも僕は産まれが良いとは決して言えない。物心付く前から孤児院で暮らしていたし、両親なんて分からない。それでも幸せには暮らしていた。院長達には良い子として振る舞い、兄弟達とは常に笑顔でいた。喧嘩をすれば直ぐに仲直りする。
だけどやはり孤児という事実は重くてそのせいで上手くいかない事だってあった。
だから言おう。僕は自分が好かれるとは微塵も考えた事は無かった。就職して、自分と同じ様な孤児の娘と結婚するんだろうなと漠然とした未来しか思えなかった。
だから、だから、だから…。
目の前で顔を赤くして此方を見ている彼女に何を言えば良いのか分からない…。
今までで一番頭を使っているんじゃないかと思う程に言葉を探すけど浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。
「……な、何で僕?」
漸く出た言葉は返事じゃなく質問。これじゃないと分かっていてもこれしか出て来なかった。
「理由は…その……入学式の日の新入生代表のスピーチ、私はとても緊張していたの……でも皆んなは私なら当然だとか為になる話を期待しているとか言うじゃない?もう気持ち悪くなるぐらい胃が痛くなってしまったの…。持参した胃薬を飲もうと席を立った時に貴方の席を通ったら斗真くんは「……胃が痛くなりそう…大丈夫?」って言ってくれたわ。心配されたのは久しぶりで、凄く…嬉しかったの。その前にも、その後にも色々あったけど…好きと理解したのはその時から…。」
言われてその時を思い出す。
確かに僕は入学式の日に同じ女子校仲間らしき人達に応援されている彼女を見た。そしてもし自分だったら胃が痛くなるなと思い、近くを通った彼女にそう言った。そう言ったけど…言った本人の僕自身忘れていた事だ。そんな事で好きになるとか思えない。
思えない……のに……。
目の前の彼女は真剣だ。そんな事でも好きになったと、僕にとってはそんな事でも彼女にとっては違うと理解させられる。
「……返事を…聞かせてもらってもいいかしら?」
答えなきゃいけない。少なくとも彼女の想いは真っ直ぐで、真剣で、しっかりと伝えて来たのだから。だから答えなきゃいけない。
「……ごめん。この世界で生きて行けるか分からない……から…いや、違う 。…僕は、春風さんをそういう風に見た事無いから綺麗だとか、魅力的だとか、そうは思っても、想った事が無いから…。」
最初に出た謝罪は本音だけど、次に出たのは建前。だけどそれは違うと、それは逃げだと分かるから、言い直す。
春風さんは綺麗だ。学校でも一、二を争う程に人気だし生徒会長やイケメン達に言い寄られていると噂もある。
それでも、僕は彼女をそういう目で見た事はない。
「だ、だから……お、おおおおお友達からお願いします。」
右手を差し出して頭を90度下げて言う。結局の事、初めての告白にテンパっているのだと後で理解した。
「……ふ、ふふふ、ええ、お友達から始めましょう?」
そんな僕の、結局逃げと変わらない行為春風さんは優しく握り応えてくれた。
顔を上げて彼女の微笑みを間近で見て何となく申し訳ない感覚になったので早く寝ようと思って「も、もう寝よう?明日はダンジョンで大変だし…。」と提案しながら彼女の後ろの扉に向かい…。
「あ、斗真くん、肩にゴミが付いてるわよ?」
彼女の横を通ろうとしてた僕は何処と聞こうと振り返った。
唇に柔らかい感触と、目の前に目を閉じた春風さんのズームな顔と、思わず吸った息は甘くて…。
「……ふふ………友達だけで済まさないから。」
離れた彼女は大人びた感じは消えて、年相応以上に甘い雰囲気で微笑んだ。
そのまま彼女は踵を返すと扉から廊下に出て行き「おやすみなさい。」とまた微笑みを見せて消えた。
すとんと腰が落ちた僕は奪われた唇よりもその後の彼女の表情が忘れられない。
もしかしたら僕は自分で理解していないだけでとっくに彼女の事を好いていたのかもしれない。
少なくとも、想いはしたのだから………。