前編
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僕は、初めて血の色を綺麗だ、と思った。
左には黒コートに黒帽子、手には血塗れの金槌を持った怪人。
右には白衣にワカメヘアーの狂人。
すべてが燃え落ちる中で怪しい二人組が死闘をしている。
血塗れで、笑いながら。そのおぞましい夜を見て、僕はなぜか彼らを美しいと思ったのだ。
よりによって、このろくでもない奴らのどちらが勝つかでこの町の存亡がかかっているのに。
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はじめから話そう。
あれは夏の終わりのこと、片田舎のこの町を脅かす恐ろしい事件の始まり。
「だからさー、あれは駄目な色さー。見ればわかるさー。うおええええ……」
「また、始まるのかなあ。色災。それって鬼でしょ?青空」
「鬼じゃないさー。ヒマワリ。そんな生やさしいもんじゃなかったさー
こう、黒づくめで、帽子かぶってて……死と怨念しかないようなおぞましい、思い出したらまた吐きそう」
吐いてるのが青空、黒髪ロングの普段はおっとりしてる子。
背中をさすってるのがヒマワリ。明るい金髪でちょっとヤンキー入ってる女の子。
どっちも僕の幼なじみだ。
「テツはどう思うのよ」
「どっちにしろ、放ってはおけないだろう。そいつが鬼でなかったとしても、鬼よりひどい色をしたものだ。
ろくなことをするはずがない。まず会って……それが人じゃなかったら、封じるしかない」
重々しくうなずいたのは僕等のリーダー、テツだ。
「タケもそれでいいか?」
「ああうん、良いと思う。でも、勝てるかなあ」
「やるしかない。場合によっては大人の手を借りてでも」
「うん、そうだね」
いまやっとしゃべったのが僕。灰梅武次。グループで4番目にしゃべる……つまりは、そういう奴だ。
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なんとなくでもわかるだろう。僕等は、いやこの町の住民の何割かはオーラの色が見える。
感情や生命の輝き、時には死や悪意の暗い色。そういうのが見えるし、操れる。
そして、見えないものが見えるということは、見えない怪異もまた存在し、見える僕等は怪異と戦わなきゃいけない。
大人達は、老眼になるのと同じように色もまた見えにくくなると言っている。
だけど……僕はなにかそこに嘘ではないけど、隠し事があるような気がして仕方が無い。
わかるようで、わかりたくない何かがあるような気がする。
だけど、つっつくのも怖いから、僕はそれを見ないことにしている。
たまに怪異である色食いや鬼たちが集まって大暴れをする色災とよばれる災いが起るからそれを阻止して……何年もたった。
僕等は戦いになれた。一端の超能力者のつもりだった。
そんな日々がいつまでも続くと思っていたんだ。あの日までは。
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青空が恐ろしい色をした何かを見た翌日、テツが家族ごといなくなった。
家には旅行に行ってくると書いてあったが、そんな予定は誰も知らなかった。
次の日、ヒマワリも家族ごといなくなった。
怪異達もぞっとするほど減っていった。
何かが起っている。僕たちで対処できないほど、大きな恐ろしい何かが……
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大人達は集まって対策を練ることにした。当然のように僕等もよばれた。
今戦える能力者は僕等だけだから。
「一体何が……」
「わからないが、良くないことなのは確かだ」
「いや、明らかにこれは誘拐でしょ!?」
「なんのために?」
「色のことしかないだろう!何故かはわからんが……あの力を利用しようとする者がいるのかもしれん」
「誰が」
「この町の者じゃない……子供達が見たって言うよそもののせいだ」
「どうすればいいんだ」
「警察か……?」
「知り合いが巡査をやってるぞ」
「わしの友人は署長じゃよ」
「そっちから連絡を入れてくれ」
そんな流れの退屈な会議が延々と続いていた。もう3時間くらい。
「とにかく怪しい余所者を見たら足止めと連絡をしよう」
「その間に警察と……子供達を呼ぼう。必要なら俺たちも戦おう」
「いや、こんな時に大人がしっかりせんでどうする!戦いになればわしらが前にでて戦うんじゃ!
死ぬんはわしら老人でええ。色もまだ少しは使えるでの」
「僕、猟師免許もってます。いざとなったら、銃で……」
会議に使われてる寄り合い所が殺意の黒い嫌な色と勇気のオレンジ、熱狂の赤に混じり合う。
嫌な色だな、と僕は思った。
「余所者を見つけて、戦おう。わしらの街はわしらで守らんといかん」
おじいちゃんがしっかりとした目でつぶやいた。静かな鉄色。殺意と決意。戦いの色だった。
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とんとん、と玄関が叩かれた。
「誰ですか」
主婦のおばさんが鋭い目でにらみつけながらドアをわずかに開ける。
「失敬……お取り込み中だったかな?私はこう言う者です」
ワカメみたいなウェーブヘアと白いコートの陰気そうなおじさんが名刺を出した。
「平坂超常現象研究所?すいませんが、地域の大事な寄り合いですので……」
「一瀬家と五芝家失踪事件かね?私もあの事件を追っているのですよ。
あれはひどく邪悪な事件だ……黒い狩人、あれを排除せねばいけない。
どうかね?情報提供だけでも聞いてみては?」
どよどよとそれぞれが話し合う。黒い狩人。あの黒づくめの怪しい余所者。
平坂というおじさんはそれを知っているという。
「タケくん、あの人はどう見える?」
平坂さんのオーラは月のように優しい白い光を放っていた。珍しいくらいの善人、なんだろうけど……
ときおり見える藍色の深い知的探究心が気になる。
「白いです。怪しいけど……」
青空も同じ事を大人に聞かれた。
「白いさー。今時珍しい驚きの白ささー」
大人達も同じものが見えてる人もいるのか、何人かがうなずく。
「……どうぞ。知ってることがあるなら、お話ください」
「ありがとう。では、少々しゃべらせていただく」
そうして、平坂さんは僕等の寄り合い所に入ってきた。
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ホワイトボードの前に平坂さんが立つ。まるで何かの授業みたいだ。
「まず私が認識していることについて述べさせていただこう。若干の説明になるが、許して欲しい」
そう前置きするとしゃべりながら黒板に書き出していく。
「色と色鬼の存在は知っている。それを君たちが生命力の色と認識していることも。
我々はこれについて研究し、一つの成果を得た。
人間の脳が認識しておらぬが、人体に影響を与えうる大きさで存在する者は多くあるのだと。
しかしまれに認識できる脳の構造を持つ者が生まれる。君たちのことだ。
では、これら怪異が存在するにも関わらずあらゆる観測機器にも映らないのはなぜか。
単純だ。それらを観測するために研究された観測機器が存在しなかったからだ。
なぜ存在しなかったのか。研究するに値する論理と証拠が足りなかったからだ。
だが我々はあなた方という確実な証拠と手がかりを手にした。
故に作り上げることができた。「色」を観測する機器を!」
なんだか長いし、ただの自慢話じゃないかなこれ。と思いながらぼんやりと聞いていた。
最初は真剣に聞いていたがだんだん馬鹿らしくなったんだ。
「ほいで、色を見るカメラ?ができたちゅうて何がいいたいんですかの?」
おじいさんがめんどくさそうにたずねた。たしかにすごいと思うけど、この場に来て長々と自慢されても困る。
「ああ、ご静聴ありがとう。つまりだね、観測するなら操れる……そういうことだよ」
平坂さんがパチン、と指を鳴らすと一瞬で平坂さんの色が変わった。
それはおぞましい色だった。
深い探究心の藍色に血と死の真紅。おぞましいほどの熱狂の赤。
染みついた怨念が形をとったかのような吐き気をもよおす色だった。
「気をつけよ!色を偽っておるぞこやつ!こやつの本性はドス黒い悪じゃ!
青空がみた余所者は、おそらく……!」
おじいさんはそれ以上言えなかった。平坂さんが使った「黒」と「青」の能力で一瞬で吹き飛ばされた。
黒は死の色。相手に死を与える生命を減衰させる色だ。青は鎮静。
その混ざった色だから、おそらく相手を気絶させることに特化した色。
「ああ、それは違う。あの二つの家を襲ったのは我々だが、あれは我々を止めに来た狩人だよ。
君たちは敵と味方を間違えてしまっていたのだ。だが見よ狩人よ!何者も我々を止めることなどできんのだ!」
おじいさんが倒れながら絞り出すように叫んだ。
「皆、逃げよ……!!」
僕はとっさに体が動いていた。青空をひっつかんで入り口を目指す。いや遠い。
僕の灰色じゃ駄目だ。だから僕自身を黒に寄せる。そして色を広げるのではなく、凝縮して撃ち放つ!
黒灰の弾丸は窓ガラスを分解させることができた。その穴に踊りこむようにして震えて泣いている青空とともに逃げる。
「大人は残れ!子供は逃げろ!ここで足止めをするんだ!」
「警察に行きなさい。私たちの色が弱まったとしても、今の怒りなら私の赤も人を倒せる!」
大学生の兄ちゃんたちや、おばさんたちが弱まった色を使って立ち向かう。
戦いの音と色を背にして僕等は逃げた。情けなかった、悲しかった。
僕等しか戦える人がいないと思ってた。とんだ思い上がりだ。
何が色子だ!テツやヒマワリがいなきゃ僕等はただの臆病者だ……
僕等は夜を走る。行く先に何が待ち受けているかも知らずに。