75.明日に向かって逃げろ!
1
魔族の集団はぞろぞろと横に広がり、俺たちの行く手を阻むように立ちはだかっていた。
この時点で彼らが友好的な人々でないことは容易に想像できるが、そうでなくても仲間の死体を見られてしまったからにはタダでは済みそうもない。
「この男をやったのは貴様らか?」
先頭の小柄な老人がしわがれた声で問いかけてくる。
「まあ、戦った末の結果であることは否定しないよ。けど、殺らなきゃこっちが殺られる状況だったからな。後から来たあんたらに文句を言われる筋合いはないぜ」
「ふん、そのことについては別に構わん。元々こやつは魔王様復活の犠牲となるため、勇者を救いに来る人間がここを訪れるまで待機するようワシが命じておいたのだ」
「じゃあ、あんたらが魔王を復活させるために暗躍してた過激派の魔族ってやつか」
「ふふ、そのとおりよ。さて……お主の後ろにいるのは勇者ガルシアじゃな? ということは封印は解け、魔王様も復活されたということか」
「ああ、一応な」
「一応?」
「もう倒しちまったってことさ。今ごろマグマの中で、よく煮込んだシチューのニンジンみたいになってるだろうぜ」
「むぅっ……!」
魔族たちの間にどよめきが起こる。
別に煽るつもりはないのだが、どう考えても平和的な解決が図れそうな雰囲気ではない。ならば少々高圧的な態度で臨み、ビビらせてお引取り願おうという作戦だ。
「ならば、また魔王様に『アウラの涙』を作っていただかねばならんな。これだけ人間がおるならばちょうどいい、この場ですぐに復活の儀式を執り行なってもらうとしよう」
老齢の魔族がそう言いつつ手を上げると、後ろにいた若い連中がガシャガシャと武器を構え始めた。どうやら俺たちをここに監禁し、無理やり魔王復活の儀式をさせるつもりらしい。
「へへ、残念だったな。その魔王様はもう魂まで消滅しちまって復活できないってよ」
「何……? ふん、助かりたいがための出まかせか。そのような戯言、誰が信じるものか!」
「お前らが信じようが信じまいが事実は変わらねえよ。なんだったらその儀式とやらに協力してやろうか? まあ肉体だけ復活させても入る魂がないんだから、それこそ『仏作って魂入れず』……と言ってもお前らには分からないか」
「な……!」
魔族の連中は自分の隣にいる相手と互いに顔を見合わせ、ざわざわと何かを囁き合っている。そりゃ自分たちのアイデンティティにも関わる話だろうし、にわかに信じ難いのも分からなくはないが……。
「納得いったかい? じゃあそろそろこっちも帰りたいし、そこを通してもらってもいいかな?」
「むぅぅ、そんなことは断じて認められぬ! 我々の悲願である魔王様の復活がもはや叶わぬなどと……!」
「いや、あいつ自身がそれを諦めたからこうなったんだって」
「ならば、せめて魔王様の仇である貴様らをここで葬ってくれる! 皆の者、我らが母の弔い合戦じゃ!」
「「おぉう!」」
「ちぃっ、結局こうなるのかよ!」
くそ、なんて分からず屋どもだ。もう戦う必要はないってのに、引っ込みがつかなくなったからって俺たちに当たるなってんだ。
というか、今の状況でこれだけの人数を相手にするのはかなりヤバい。こっちは皆疲れきっているうえ、ましてや俺なんかはプール授業で着替え中の小学生みたいな格好なのだ。しかも武器や防具も全部マグマの中に落としてしまったので、まさに文字どおりの丸腰ときている。
〔……どうやら、私が最後の後始末をしなければならないようですね〕
俺たちが一触即発の睨み合いをしていると、それまで黙って俺たちのやり取りを見ていた女神アウラが、ぽつりと呟くように口を開いた。
―― ヴィィィィィィン ――
「「――!?」」
そのとき、突然天井から分厚いガラスのような板が下りてきて、俺たちと魔族の連中とを分断した。しかも奥にある階段への入口も閉じてしまったため、やつらだけでなく俺たちもここへ閉じ込められてしまったことになる。
「お、おい、どういうつもりだよ!」
〔カミシロ・トウマ……あなたにはアンリのせいで色々と迷惑をかけてしまいましたね。今こそその借りを返しましょう〕
「借りを返すって……一体何をする気なんだ?」
〔今、この船の自爆装置を作動させました。私はアンリが残した負の遺産である彼らとともに、彼女の元へ逝ってあげようと思います〕
「なっ……あんたがそこまでする必要はねえだろ! こっちはあんたを死なせないために必死こいて戦ったんだぞ!」
〔ありがとう……でも、これでいいのです。あなたたち人間はアンリの心を変えるほどに成長した……もう、この世界に私たちのような神など必要ありません〕
「だからってなにも死ななくても……!」
〔すでに自爆装置は作動しているのです。爆発まであと5分……巻き込まれる前に早くここから脱出しなさい〕
アウラがそう言うと同時に、彼女の向かいにあった壁が開いて通路が現れた。どうやらこっちは緊急用の非常口らしい。
「ちくしょう……礼は言うけど納得はしねえからな!」
この通路が上層のどこに通じているかは分からないが、ここへ下りてくるまでにかかった時間を考えれば5分では到底足りない。そう考えるとこの先にエレベーターか何かがあるのを期待するしかないが、仮にあったとしても時間的な余裕はほとんどないはずだ。
状況は迷っている時間もないほど切羽詰まっている。俺たちはうろたえている魔族の連中や優しく微笑む女神アウラを尻目に、目の前の通路から一目散に逃げ出した。
2
女神様が開けてくれた通路の先には、俺の予想したとおり円筒形のエレベーターがあった。9人全員が乗れるか不安だったが、重量的にも問題はなかったのでひとまず安心だ。
そしてあっという間に地上まで上昇したエレベーターのドアが開いた先は、なんと入口にあった巨大な像の台座だった。これならすぐにでも馬車に乗り込み、この場から逃げることができる。
「よしっ、全速力でここから離れるぞ。地下が爆発したら上の建物だって無事じゃ済まないはずだ」
そうして俺たちは数百メートル離れた場所まで退避し、小高い丘の上から魔王城の最期を見届けることにした。
―― ズズン! ズズズゥゥゥゥン…………! ――
ちょうど俺たちが馬車を停めたところで地鳴りと爆発音が響き、後方から埃っぽい風が吹いてきた。振り返って見てみると、魔王の城が土煙を上げながら下層から崩れてゆく。
元々古い建物だったので、地下の部分が崩落すればああなるのも当然だろう。俺は馬車の中で替えのパンツとズボンに穿き替えながら、その光景をなんとも言えない気分で眺めていた。
「ああ~……貴重な古代の遺構がぁぁ……」
荷台の縁に寄りかかるようにして、チェルシーさんががっくりと肩を落とす。後でゆっくりあの宇宙船を調べたがっていただけに、その機会が失われてしまったことが悔やまれてならないといった感じだ。
「まあ、埋もれちまったもんはしょうがないですよ。あの姉妹、このままあそこで静かに眠らせてやりましょう」
「女神様が犠牲になってくださったおかげで、過激派の魔族たちも一網打尽にできましたわね。これで本当に平和な世の中になればいいのですが」
「うーん、魔物が完全にいなくなると冒険者の仕事も減りそうで困るんだけどねぇ。もしも魔王を倒したせいでそうなっちゃったら、この先どうやって生きていこうかしら?」
「仮に魔物が1匹もいなくなったところで、人間同士の争いはなくなりゃしませんよ。魔王のやつには認めてもらったけど、心が強いのと賢いかどうかはまた別の話ですからね。それにフリージアさんの腕前なら、剣術の道場でも開けば弟子はいくらでも集まるんじゃないですか?」
「そうねぇ、もしギルドの仕事が駄目になりそうならそれもいいかも」
「これで世の中は勇者を必要としなくなるだろうし、アルもやっと親父さんと一緒に暮らせるな」
「はい……トウマさん、本当にありがとうございました」
「俺からも礼を言わせてくれ。アルセリアに再会することができたのは君のおかげだ」
「いえいえ、俺も皆が幸せになれるハッピーエンドが大好きですからね。あのまま戦ってどちらかが傷ついたり、それで後悔するような結果にならなくて本当に良かったですよ」
「よーし、それじゃあそろそろさっきの続きを聞かせてもらおうか」
「ん? なんだっけ?」
「とぼけんな! 皆を幸せにしたいっていうなら、あたしもきっちり幸せにしてもらおうじゃねえか。ああん?」
「そうですわね、このあたりで私とシルヴィさんのどちらを選ぶかはっきりさせてもらいましょうか」
「うっ……やっぱり覚えてたか」
「当たり前ですわよ! まあ、私を選ばなければどうなるかはよく心得ていると思いますが……」
「ちっ、しゃあねえなあ。ならば俺が誰を選ぶか、今ここで発表してやろう!」
「おう、はっきりしやがれ!」
「それでは…………デレレレレレレレレレレレレレレレ…………」
口でドラムロールを奏でながらシャーロットとシルヴィを交互に指差す。しかし俺はいきなり体をくるりと半転させると、2人とは全く違った方向にいたティナをぴたりと指差した。
「デデーン! はい、栄えある『俺が嫁にしたい女性ナンバー1』に選ばれたのは、こちらにいらっしゃるティナさんです!」
「はぁっ!?」
「な、なんでそこでティナが出てくるんだよ!?」
「ククク……覚えていないのか? 俺はお前との結婚を『考えてやる』と言っただけで、必ず嫁にするとは一言も口にしていない……。シャーロットにいたっては元々親父さんを騙すために婚約者を装っていただけで、お互いに愛などあるまい? つまり、俺にはお前たち以外の第三者を選ぶ自由もあるということ……!」
「なんだそりゃぁーっ!」
「燈真……キャラクターの鼻と顎が不自然にとんがった漫画っぽく言っても、それ普通にド屑発言だと思うよ」
「なんでだよっ! なんだかんだとお茶を濁した挙句、あわよくばハーレムを作ろうなんてやつより余程ましだろうが! 俺はこう見えてどこぞの世紀末救世主なみに一途な男だぞ? 男なら生涯に愛する女はただ1人だっ!」
「ふぅん……遺言はそれだけで構いませんの?」
「ぐるるるるる……」
精一杯格好をつけて高らかに宣言してみたが、シャーロットとシルヴィの背後からはさっきまで戦っていた魔王なんかよりもよほど禍々しいオーラが立ち上っていた。ヤバい、このままここにいたら命が危ない空気になってきたぞ。
「ティナ、こんな状況であのときの返事をすることになっちゃったけど、俺と一緒に来てくれるか?」
「は……はいっ!」
ティナの意思を確認し、彼女の体をお姫様抱っこで持ち上げる。うお、めっちゃ軽いな。
「お、お待ちなさい! まさかあなた、逃げるつもりですの?」
「亮、お前の馬を借りるぞっ!」
「えっ、ちょ、ちょっと燈真?」
「フリージアさん、今まで本当にお世話になりました! アル、亮、親父さんやメリッサさんと仲良くな! チェルシーさんも、あんまりエリオット爺さんをイジメちゃ駄目っすよ!」
俺はティナを抱えたまま亮の馬に飛び乗ると、仲間たちに向かって一方的に別れを告げた。こんなふうに慌ただしく去るのは不本意だが、あの2人の怒りが収まるまではどこかに身を隠したほうがいい。
「と、トウマさん、このままお別れなんですか? 僕、もっとトウマさんに色々と教えてもらいたいことがあるのに……」
「アル、お前はもう勇者を目指す必要もなければ男のふりをする必要もないんだぞ。これからは普通の女の子として生きるのも、男より強い女の子として生きるのもお前の自由だ。そして男なら、自分の道は自分で選ぶもんだぜ!」
「――――は、はいっ!」
「じゃあな皆、生きてたらまた会おうぜっ!」
「待てコラァ! あたしから逃げられるとでも思ってんのかぁーっ!」
「この私を袖にするなんていい度胸ですわ……それなら地の果てまでも追いかけて、絶対にブチ殺してやりますわよーっ!」
「はぁ……まったく、敵を作るのが上手い男ねぇ」
リーリアがティナの帽子から顔を出してため息をつく。そういやティナと一緒に逃げるなら、こいつともまた長い付き合いになるかもしれないな。
「トウマさん、本当にいいんですか? 私を選んでくださったのは凄く嬉しいんですけど、それでトウマさんがシャーロットさんたちに追われることになるなんて……」
「いいのいいの。自分の弱さに負けてただ楽なほうへ逃げるのは駄目だけど、最終的に幸せになるための逃走は『転進』ってやつだ。それに、ティナと一緒にいられるなら世界中を敵に回す羽目になってもいいさ」
「…………っっ」
俺の言葉を聞いた途端、ティナは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。ああもう、本当にこの娘は一挙手一投足が可愛いなあ。
背後からはシルヴィと馬に乗ったシャーロットが鬼の形相で追いかけてくる。俺は2人に追いつかれないよう必死で馬に鞭を入れ、ティナとの明るい明日に向かって逃げ続けた。
今回で冒険の旅はお仕舞い、次回はエピローグになります。
さて、作者はこの物語で主人公に何度も『逃げちゃ駄目だ』と説教させてきましたが、最後の台詞を読んでいただければ分かるとおり、これは『(人生の袋小路に向かって)逃げちゃ駄目だ』という意味です。
酷いイジメに遭い、自殺したいほど辛いと思ったときに学校を休むのはいいんです。転校するのもいいんです。それは死なないための転進であって、本質的には逃げじゃありません。
働いている大人でも同じことです。このままじゃ過労で死ぬかもしれないと思ったら、会社なんて堂々と辞めちゃえばいいんです。そこで根性論を持ち出すのはブラック企業側の欺瞞であり、それに従っても社会の腐敗を助長するだけです。
負け犬と呼ばれようが犯罪者と呼ばれようが、自分が殺されるよりはよほどましでしょう。それこそ『命は尊い』という綺麗事を抜かすなら、上記のように遠回しな『合法を装った殺人』に対してどんな手段で抗ったとしても、それは正当防衛だということを否定できないはず。
ただ、学校や会社を辞めた後に社会と向き合うのを完全に止める……これだけはいけません。
引きこもりやニートになって一時的に心を癒す期間を置くのはいいかもしれませんが、それも長く続ければ続けるほどジリ貧です。
第61話でも引用した『山椒魚』の話のように、いつの間にか自分の体が大きくなって(職歴の空白期間や年齢がネックになって)そこから抜け出せなくなってしまうんですよ。
昔ながらの生活を営む人々や一部のエコロジストみたいにお金や物を一切持たずに生きていくならそれでもいいのですが、それにしたって自分の寝床と食料を確保するための原始的な戦いからは逃れられませんので。
結局何が言いたいかといえば、人間は何かと戦わないと生きていけないってことなんですよね。
それでもやり方次第で弱い人間でも勝者になれる、君でも勝てるよ――というのを伝えるためにこの物語を、そして『単なる根性論や努力だけではなく(もちろんそれもやったうえで)、あらゆる技を使って本来勝てないはずの相手にも勝つ』という主人公を描きました。
※ この主人公は物語の中で戦ったどの相手(雑魚魔物除く)にも9割方負けるはずなのですが、10回中1回の勝利を作中の勝負で引き寄せていただけです。
また説教臭い話になりましたが、ここまで読んでくださった読者の皆様にそれが少しでも伝わっていれば幸いです。




