70.魔王との決戦(前編)
70.魔王との決戦(前編)
「しぃぃぃっ!」
―― がきん! ごきん! ガギィン! ――
再び魔王のすぐ傍まで接近した俺は、他の3人とともに何度もやつの脚に攻撃を加えてみた。だがやつの体はやはり頑丈で、トンファーで殴りつけてもわずかなヒビしか入れられない。
そして驚くべきことに、やつの体はそのヒビを一瞬にして修復する能力まで具えていた。
鉱物のような体をスライムのようにゲル状化させて傷を塞いでいるのか、それとも元々柔らかい体を必要に応じて硬化させているだけなのかは分からない。いずれにせよ割れた粘土細工を補修するように、ヒビの入った部分が元に戻ってしまうのだ。
防御と回復を瞬時に切り替えられるのはもちろん、体の硬い部分と関節などの柔らかい部分を使い分けているのもこの能力によるものらしい。
「ああもう、本当に硬いわね。全然斬れないじゃない」
得意の爪攻撃が通じないシルヴィだけでなく、フリージアさんもかなりイラ立っているようだった。さすがに彼女の怪力なら硬い部分でも深さ数センチは斬り込めるのだが、その傷さえもあっという間に再生してしまうのできりがない。
くそ、このままではいずれこっちが体力負けしてしまう。手足を斬り落として周囲のマグマに投げ込んでしまえばさすがに再生しないだろうが、あまり大きなダメージを与えて肉体だけ殺してしまうわけにもいかないのが厄介だ。
〔あっはははは、どうやらあなたたちは勇者よりも弱いようね。いくら4人がかりとはいえ、そんな腕で創造主であるこの私を倒せると思って?〕
自分を不死身と自覚しているがゆえの余裕なのか、魔王がニヤニヤと笑いながら俺たちを見下ろしてくる。
(……いや、今までの勇者がこいつを倒せたのなら俺たちにもできないはずがない。たとえ全身を硬化させていようと、体型が人間と同じならどこかに脆い部分があるはずだ)
先ほどから燃え上がっている感情とは裏腹に、俺の頭は芯の部分でしっかりと冷えていた。
よく「俺はキレたら何するか分からない」とか「頭の中が真っ白になって、気がついたら相手が……」などと嘯くやつがいるが、俺に言わせればそんなのは獣と同じ――いや、獣ですら持っている狡さや判断力を失っているという点では、獣にすら劣るただの馬鹿だ。
頭を使って戦う――それこそが人間の強さに他ならない。そう、空手の試割りにも力学的なコツがあるように、よく観察すれば俺の力でもやつの体を砕ける場所が必ずある。
〔無駄なことはおよしなさい。あなたたちはただ、私の腕の中で安らかに眠ればいいのよ〕
「ふん、お前こそ地獄の底で永遠に寝てろ!」
俺は右手に持っていたトンファーと入れ替えるようにして釵を抜くと、それを魔王の右足親指と人差し指の間に突き立てた。さらに左手に持ったトンファーを大きく振りかぶり、渾身の力を込めて釵の柄尻をぶっ叩く。すると――
―― びきぃっ! ――
指の間から稲妻のように亀裂が走り、よく磨き上げられた水晶のような魔王の足に20センチ近いヒビが入った。
〔ぎゃぁっ!?〕
あまりにも痛かったのか、それまで悠然と俺たちを見下ろしていた魔王が悲鳴を上げながら尻餅をつく。
やはり薄い部分に尖った武器で一点集中の力を加えれば、思ったとおり俺の力でも大きく割ることができるようだ。体が石のように硬いというのなら、まさに石を鑿で割るようにしてやればいい。
「ふふん、今のは効いたみたいだな。いくら多少のダメージは再生できるといっても、さすがに痛みそのものは感じるか」
空手には足の甲にあるツボを踏みつけて激痛で相手の動きを封じる技があるが、今のはそれと同じ効果を狙ったものである。
こいつの体に人間と同じツボがあるとは思えなかったが、少なくとも知能の高い生物であれば手足の末端には触覚を鋭敏にするための神経が集中しているものだ。やつにとって今の攻撃は、人間でいえば足の小指をタンスの角にぶつけたようなものだろう。
〔くぅっ! こ、この……〕
「まだまだぁっ!」
―― ごぎんっ! ――
続いて尻餅をついたままの魔王の膝に飛び乗り、そこからトンファーでやつの顎を水平に打ち抜く。
もしもこいつの脳にあたる器官が人間と同じ場所にあるなら、首を支点に頭を揺さぶられれば脳震盪を起こすに違いない。
〔……っが……!〕
白目の存在しない魔王の視線が一瞬泳ぎ、目を開けたままウトウトしている人間のようにどこを向いているのか分からなくなった。
効いている。やはりこいつの脳や中枢神経は人間と同じく頭部にあるんだ。それなら――
「もう一丁ぉっ!」
―― がぎんっ! ――
トンファーによる一撃の次は釵の柄尻――石突きと呼ばれる部分を拳から突き出し、その先端で鼻と口の間を思い切りブン殴ってやった。
ここは人中といって、ときには突かれた相手が死ぬこともあるほど危険な人体屈指の急所である。もちろんこいつにそんな急所は存在しないにせよ、裏がすぐに前歯というだけでもそこが薄いのは人間と同じだ。
〔うぐぐ……〕
口元を押さえた魔王の手から何が光るものがパラパラと落ちてきた。どうやら割れた部分の破片がほんの少し顔から脱落してしまったらしい。
〔あああぁっ!〕
上唇の裂けた魔王が苦し紛れに左腕を降り、手で地面を薙ぎ払う。その攻撃自体は素早く飛び退いてかわしたが、小さな岩の欠片が無数に飛んできた。
「痛ててっ! ちぃっ、デカいってだけでこのパワーかよ」
〔こ、この子……なんて酷いことをするの? 信じられない……!〕
「命の取り合いで何を抜かしてやがる、空手のえげつなさはこんなもんじゃねえぞ」
そう、確かに釵での人中突きは人間相手なら殺すつもりとしか考えられない殺人技だが、その前に使った技などはまだまだ序の口だ。
空手には伸びきった敵の肘や膝をブッ叩いて関節を壊す技もあれば、頚椎や背骨といった神経の集中する部分を壊して相手を半身不随にしたり、耳や鼻を削ぎ落とす技だってある。相手の体を外部から『破壊する』ということにおいて、空手ほど残虐な技を持つ格闘技もそうそうないのだ。
そんな技は本来なら試合で使えないのはもちろん、危なすぎて喧嘩でさえほとんど使ったことはない。ましてや宇宙人とはいえ、女に向けるなど普段なら考えもしないのだが……今回ばかりは俺をキレさせたこいつが悪い。
「フリージアさん、あいつの体は砕いた破片を本体から離しちまえば簡単にはくっ付かないみたいです。さっき負わせた唇の傷自体はもう塞がってるけど、落ちた欠片のほうはまだ地面に転がってますよ」
「なるほど、じゃあ頑張って手足を切り落としちゃえば戦闘不能にはできるってことね」
「減った質量の分だけ体を小さくして再生……なんてこともできるかもしれませんけど、そうなりゃ少なくともパワーはガタ落ちになると思います」
「それじゃ、少し気合入れていきましょうかっ!」
「よし、シャーロットはやつが動いてるときに柔らかくなる関節の裏側から攻撃するんだ。シルヴィは横から虎パンチで顎を打ち抜いてやれっ!」
「人間でいう腱の部分を狙えばいいんですわね、分かりましたわ」
「うにゃっ、任せろっ!」
自分が試してみた技から効果のありそうな攻撃方法を提案し、3人に指示を出す。
そうして、まるでスズメバチの群れが人間を襲うかのような攻撃が始まった。
足の甲にアキレス腱、頬や唇、腋の下、さらには肘や膝の裏など、人体に肉の薄い部分は無数にある。そして肉体を硬化できる魔王にとっても、そういった部分が脆いのは同じだった。しかもそういう場所に限って神経が無数に通っているので、そこを攻撃される痛みは他の部分を斬りつけられたときの比ではない。
〔い、いやぁぁぁっ!?〕
「どうだ、これが人間様の力だ! お前なんかもうお呼びじゃねえんだよ。子離れできないババァはとっととこの世から消え失せやがれ!」
肉体に耐え難い痛みを与えつつ、お前の存在など不要だと罵倒することで精神的にも追い詰めていく。
まるで弱い者をイジメて自殺に追い込んでいるようでこちらも嫌な気分になるが、本来なら肉体的にも能力的にも向こうが圧倒的に上位の存在なので遠慮はしない。このままこいつの身も心もバキバキにへし折って、この世界から完全に消滅させてやる。
〔くっ……こんなものが人間の力ですって? フフフ……お笑い種だわ〕
体育座りのような格好で身を屈め、両腕で頭を庇っていた魔王が突然冷めた声で呟いた。
〔笑わせないでちょうだい。私はあなたたちよりもあなたたちのことを知っているのよ。人間がどれほど弱く、精神的に脆い存在か……〕
「いかん、離れろ!」
ガルシアさんの叫びに反応し、全員がその場から大きく飛び退く。すると次の瞬間、なんと魔王の髪がいきなり5倍以上もの長さに伸び、俺たちのいた場所を貫いた。
「危ねぇっ!」
―― ズドドッ! ――
無数の髪の毛がまるで銃弾のように地面に穴を穿つ。イカの触手みたいな感じかと思っていたが、どうやらやつの髪は硬軟どころか伸縮まで自在らしい。
〔あっはははははは!〕
―― ズドンッ! ズドッ! ドドドッ! ――
「うおぉっ!?」
まるで素人がピアノの鍵盤を滅茶苦茶に叩くかのように触手状の髪が振り下ろされる。
俺たちは前後左右に動き続けることでなんとかそれをかわしていたが、そのうち4人の中で一番スタミナのないシャーロットの動きが鈍くなりだした。今はヒール履きをやめてブーツに替えているとはいえ、元々彼女はそれほど動きが素早いほうではないのだ。
「あっ!?」
そして、ついにシャーロットがバランスを崩して転びそうになった。彼女のすぐ上には鞭のようにしなる髪の束が迫っていて、このままでは頭を砕かれてしまうかもしれない。
「シャーロットっ!」
俺は右手を伸ばしてシャーロットの手を掴み、思い切り引っ張ることで彼女と自分の位置を入れ替えた。俺の都合でここまで付き合わせた仲間を、断じてこんなやつに殺させるわけにはいかない。
「トウマっ?」
―― バシィン! ――
「ぐぁっ!?」
頭が粉々になったかと思ったが、意外なことに俺は意識を保ったままだった。大したダメージを受けたわけでもなく、せいぜい重めのパンチを1発もらった程度だ。
だが、視界のほうは妙なフィルターがかかったようにぼんやりしていた。目をやられたのかとも思ったが、顔に手を当てようとしてもグニャグニャしたものがあって触れない。これは……やつの髪が俺の頭に巻きついているのか?
〔ウフフフフ……異世界人の人生というのは随分と辛いのねぇ。これではこの世界の奴隷と大して変わらないんじゃないかしら〕
「し、しまっ……!」
なんてことだ、ガルシアさんが頭に注意しろと言ってくれたのに、まさか手じゃなくて髪で頭を掴んでくるとは。いや、あの派手な攻撃は最初からこれを狙っていたのか。
〔そんなに人間が強いというのなら試してあげましょう。あなたが思いつく限りの悲惨な人生……生き地獄というものを見せてあげるわ〕
魔王が限りなく優しい声でそう呟く。そして――
「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーっ!!!!」
俺の意識の中に、目の前にあるのとは全く別の光景が流れ込んできた。
今回がおそらく最後の技解説になると思います。
まず最初に使った足の甲への攻撃、これは古流空手の先生なんかが昔よくTVの取材で見せていた技です。
敵の足を自分の足の指先で突いたり、踵でグリっと踏みつけることで相手を戦意喪失、もしくは激痛で立っていられなくするための技ですが……これは正確な急所の位置を知らなくても、人差し指の付け根あたりを適当に踏むだけで結構効きます。
顎への攻撃で脳震盪が起きるのは、本来は耳の手前にある下顎骨のジョイント部分から脳に衝撃が伝わることによるものです。(顎を横からゴツゴツと叩いてみれば、その音が逆側の耳に響くのが分かると思います)
なのでもし魔王が骨無しで動いている生物だったらそれほど効かないはずなのですが、今回は首を支点に頭部そのものを揺さぶったことで脳震盪を誘発したということにしました。
上記の()内で試す方法を紹介しましたが、強くやったり何度も繰り返すとパンチドランカーになる可能性もあるので、できればお控えください。
さらに最後の人中突きは、空手の中でもまさに究極の殺し技というべきでしょう。人に向けて使うと危険なんてレベルじゃありませんので、“絶対に”真似しないようお願いします。
まあ動く相手の人中を突くのはそう簡単なことではありませんし、この技を使うのに適した一本拳(※ 普通に拳を握った状態から中指だけを立て、第二関節の尖った部分で殴る技)も相当握力を鍛えていないと逆に自分が怪我をするので、やれる人自体が限られると思いますが……。




