69.魔王への挑戦状
ガルシアさんは地面に突き立てた剣に手をかけたまま、俺たちの申し出を受けるかどうか長い間逡巡していた。言下に否定してこない時点で迷うだけの可能性はあるのだろうが、かといって手放しで受け入れるにはリスクが大きすぎると考えているのだろう。
「どうです、俺たちに魔王退治を任せてもらえませんか?」
「……そうだな、どのみち俺もこれ以上やつを封印し続けるのは難しいと思っていたところだ。それなら若い君たちが持つ可能性というものに賭けてみるのもありかもしれない」
「そうこなくっちゃ! なら今すぐにでもこの結界を解除してください。こっちはもう準備万端、やる気満々なんですから」
「まあ待ちなさい。君たちが敗れそうになったときのことも考えて、魔王を封印する手順についても話しておこう。さっき戦ってみて感じたが、君たち個々人の実力は俺にさえ遠く及ばないようだからね」
「う……それを言われると……」
「いいかい、魔王を封印するといってもやつが万全の状態では不可能だ。やつの体力を消耗させ、封印魔法を別の魔法で相殺させないよう隙を作る必要がある」
「なるほど、それなりにダメージを与えないと駄目なんですね」
「魔法で結界内の時間を止めていたから体力は以前のまま回復していないだろうが、それはこちらも同じだ。もしも君らがやつに苦戦していても、俺の助けは期待できないと思えよ」
「ガルシアさんはいつでも封印魔法が発動できるよう、後方で待機ってことですね。じゃあアル、お前も一緒に後ろへ下がって、親父さんの呪文詠唱が邪魔されないように守るんだ。できるよな?」
「は、はい!」
「よし、ついでにチェルシーさんのことも頼むぞ。ティナはいつもみたいに敵の攻撃が届かない距離から魔法で援護してくれ」
「分かりました」
「あとはさっきと同じように、5人で適宜攻撃ってことでいいだろ。ただしあくまで魔王に致命傷は与えずに、地味だけど痛い攻撃をネチネチ続けるんだ」
「なんていうか……そこだけ聞くとあんまり正義の味方っぽくないね」
「一寸法師の鬼退治と一緒だよ。針でチクチクやって降参させるだけなんだから、実は外国人だったって説もある鬼をバサバサ斬りまくった桃太郎よりは優しいだろ」
「俺にはよく分からん例えだが……とにかく、作戦はそれでいいのかい? それなら次は結界を解除する方法を教えよう」
「あ、はい。お願いします」
「では、この広場の縁に刺してある5本の短剣を抜いてくるといい。そうすれば結界が解け、地面の下に封印された魔王が出てくるだろう」
「5本の短剣……あれか」
周囲をよく見回してみると、確かに円形になった広場の縁にはキラリと光る短剣が等間隔に刺さっていた。配置からみて、どうやら星型の魔法陣を描いているらしい。
「剣を抜いたらすぐ同じ所にもう一度刺しておくんだ。そうすれば俺が魔法を発動させるだけでまた結界が張られ、再び魔王を封印することができる」
「分かりました。じゃあ皆で一斉に剣を抜いて、結界が消えたらここに再結集ってことでいいな」
「ええ、いいわよ」
「よーし、腕が鳴るぜぇ!」
「魔王の強さがどれほどのものか知りませんが、私たちがここで長年にわたる人間との因縁を終わらせてあげますわ」
そうして俺と前衛の4人は5ヶ所に別れ、それぞれ結界の要となる短剣を抜きにいった。
「これだな……いいか皆、タイミングを合わせて引き抜くぞ!」
「いいぞーっ!」
「こっちもOKだ!」
「せぇーのっ!」
全員で呼吸を合わせ、5ヶ所に刺さった短剣を一気に引き抜く。すると今まで周囲を覆っていた青い光の壁が地面に吸い込まれるように消えてゆき、辺りが再びマグマの熱気に包まれた。
「よし、後は魔王が復活するのを待つだけだな」
俺たちは抜いた短剣を再び同じ場所に刺し直すと、広場の中央付近まで駆け足で戻ってきた。魔王がいつどういった形で出てくるか分からないので、早めに合流したほうがいいと思ったからだ。すると――
―― ズズ……ズズン…………ズズズゴゴゴゴゴ…………! ――
「おおっと?」
俺たちがちょうど元の場所に戻ったところで、広場全体がグラグラと揺れ始めた。さらに先ほどガルシアさんが地面に剣を振り下ろしたときの亀裂がビシビシと広がり始め、蜘蛛の巣のように放射状に広がっていく。
〔フフ…………ウフフ…………ウフフフフフ……………………〕
亀裂の底から女神アウラによく似た笑い声が響いてくる。そして次の瞬間、割れた岩盤を押しのけて何者かが地面の中から這い出してきた。
「出やがったな……これが魔王ってやつかよ」
「おおっ、結構でけぇぞ!」
〔あっははははは! ついに、ついにこの忌々しい結界から出られたわ。ありがとう異世界からの来訪者たち、お礼を言わせてもらいますよ〕
俺たちの目の前に現れたのは、全長4メートル近い透明な体を持つ宇宙人だった。
体型は女性的でスリムだが、足で地面を踏んだときの音からして体重200キロ以上はあるだろうか? 双子だと聞かされた時点で予想はしていたが、やはり女神アウラと瓜二つの姿をしている。
〔さあ、再び救済を始めましょう。脆弱な肉体と魂を持つ可哀想な我が子たち……母である私がすぐに悲しみから解放してあげますからね〕
「大きなお世話だクソババァ! 今からてめぇに反抗期の子供の面倒臭さってやつを思い知らせてやるぜ!」
俺はすっかり手に馴染んだ片刃の短剣を突きつけ、魔王に向かって高らかに宣戦布告した。いよいよこれが最後の決戦というやつだ。
「行くぞ皆っ!」
ガニ股気味に脚を開き、両手を地面に着けて四つん這いになっている魔王に向かって猛然とダッシュする。基本的に喧嘩というものは先手必勝、相手に何かする隙など与えず、一気に畳み込むのが鉄則だ。
「どりゃあっ!」
俺は魔王の左膝に助走をつけて駆け上がり、その太ももに思い切り右のローキックを振り下ろした。足場がやつ自身の膝の上という不安定な場所だが、まずは足元から崩さないと身長差のせいで攻撃が腰より上まで届かないからだ。しかし――
―― ごきんっ! ――
「なっ!?」
金属製のレガースが弾かれる感触、そして備長炭を叩いたときのような音に俺は思わず驚きの声を上げた。しなやかに動いているからてっきり柔軟性のある筋肉なのかと思ったら、やつの体はまるで大理石の柱かと思うほど硬かったのだ。
さっきアウラの姿を見たときは柔らかそうな印象を受けたのだが、どうやらあれは妙な液体漬けになっていたせいでそう見えただけらしい。実際に攻撃を加えてみた感触は、むしろ宝石のような鉱物に近いものだった。
くそ、少なくとも肉の体だったら素手の技でも攻撃が通ると思ったのに。これでは本当に岩でも砕くつもりでトンファーを叩き込むか、相当強い力で斬りつけないと剣でさえダメージを与えられないかもしれない。
「頭に触れられないよう気をつけろ! やつはその一瞬でこちらの記憶を読み取り、幻術をかけてくるぞっ!」
後方からガルシアさんのアドバイスが飛んでくる。そうか、頭に直接触れない限りやつはこちらの弱点を知ることができないんだな。
「了解っ!」
俺は叫ぶと同時に魔王の膝の上から飛び下り、鉈のように重みのある短剣でやつの脛を何度も斬りつけてみた。ざっくりと斬れなくてもヒビぐらいは入るかもしれないと考えての攻撃である。
だが、やつの脚にはヒビどころかわずかな引っ掻き傷がついただけだった。さすがにこの巨体を支えているだけあって、本当に石柱なみの強度があるらしい。
〔ウッフフフ、無駄なことを。一流の剣士ですら斬れない私の体を、あなたのような子供が斬れるものですか〕
「な、なんだこの体? 石みたいに硬いのに筋肉みたいに動くって、一体どういう物質で出来てんだよ!」
「ちっくしょう、あたしの爪も通らねえぞ!」
魔王の奇妙な体を目の当たりにして、俺は黄金都市エルグランドで戦ったメッキ人間のことを思い出していた。あいつらも叩くと金属音がするくせに、手足の関節や表情なんかはまるでゴムのように滑らかな動きをしていたが……。そうか、あれと同じものだと考えれば――
「ティナ、こいつに氷結魔法を食らわせてくれ! 凍ったところをブッ叩いて手足をバラバラに砕いてやるっ!」
「は、はいっ!」
ティナが氷結魔法を使うため、杖を構えて呪文の詠唱に入る。そして俺を含めた前衛の5人は無防備な彼女を攻撃させないため、魔王に向かって一斉攻撃を仕掛けようとした。だが――
「いかん!」
「――!?」
後ろのほうからガルシアさんの叫び声が聞こえ、何事かと警戒する。しかし俺たちが何かをする暇もなく、魔王の口から人間の頭ほどもある火の玉が飛び出し、ティナのほうへと向かっていった。
先ほど倒した死体使いがそうだったように、こいつも発動のトリガーとなる名前や呪文を口にせずとも魔法を使うことができるのだ。むしろこいつこそ魔法という力を生み出した元祖なのだから、当然同じことができる可能性を考えるべきだった。
「危ないティナっ!」
「――きゃぁっ!?」
ティナの足元に火球が炸裂し、弾けて飛び散った火が彼女のローブの裾を焦がす。幸い俺が声をかけたおかげで直撃はしなかったが、避けるのが一瞬でも遅かったら彼女は火だるまにされていたかもしれない。
「こ、こんのクソアマぁ……よくもティナを狙いやがったな!」
〔あら……あなたは私が召喚した異世界人の片割れね。先ほどから何をそんなにイライラしているの? この世界に来られたおかげであなたは幸せな時間を過ごせたでしょうに〕
「あぁ!?」
〔知っているのよ、あなたたちの世界の人間は誰もが異世界に憧れているのでしょう? 何も成せず、何も得られず、何も残せない惨めな人生に絶望している者……あらゆることに対して不満ばかり抱き、ここではない別の世界に行けば幸せになれると思っている者……思念を飛ばして見たそちらの世界はそんな人間ばかりだったもの〕
「なん……だと……?」
〔だから私はあなたたちの世界から人を呼ぶことにしたの。異世界での冒険に憧れ、そこで英雄になることを望む人間ならば、きっと勇者を救い出そうとすると思っていたわ。そして私の思惑どおり、あなたたちは結界を解いてくれた……本当に感謝しているのよ。だけどあなたたちの夢を叶えてあげたんだから、そちらにも私を恨む筋合いなどないはずでしょう?〕
「……っっ!!」
その言葉を聞いたとき、俺の中で何かが『切れた』気がした。これほどの怒りを感じるのは2年近く前、暴漢に桜井仄が襲われている現場を目撃したとき以来だ。
「…………もういい、もう黙れ。お前は潰す……体だけじゃなく精神が粉々になるまでドツき倒してやる」
「ど、どうしたんだ燈真。何をそんなに怒ってるんだよ?」
「これがキレずにいられるかっ! このクソ魔王は俺やお前を現実から逃げたがってるタマ無し野郎……異世界に転移させられて喜ぶようなヘタレ扱いしやがったってことだぞ! 人を嘗めくさるにも程があるってんだ!」
他のやつには理解できないかもしれないが、これは俺にとって最大級の侮辱だ。
確かに俺の世界では神様からチート能力を授かって異世界で無双、ハーレムを築いて大成功の人生を送るという話が流行している。だがそれを「こんな世界を望んでいたんでしょう? ここに来れて嬉しいでしょう?」とでも言わんばかりの上から目線で与えられるなんて、俺にしてみれば甘ったれのガキ扱い、弱虫と言われているにも等しい。
ティナに告白されたとき、どうしてこの世界に留まることにいまいち気が乗らなかったのか。俺にはこの世界での幸せが自分で手を伸ばして勝ち取ったものじゃなく、どこか誰かの思惑で与えられたもののような感じがしていたが、その違和感の正体が今ようやく分かった――こいつだ。
「ここまで俺を……『男』ってもんを虚仮にしやがったのは断じて許せねぇ。この勘違いクソババァには、俺をこの世界に呼んだことを死ぬほど後悔させてやるっ!」
「……分かった、僕はもう何も言わない。ティナさんは僕が守っておくから、君は思いっきり暴れてきなよ」
「おうよ!」
さすがに俺の性格をよく分かっているのか、亮は笑って俺を送り出してくれた。自分もこの世界に来られたことを一度は喜んでしまっただけに、こいつも魔王に虚仮にされたような悔しさを少しは感じたのかもしれない。
〔私は別にあなたたち2人を特に選んだわけではないのだけれど……お気に召さなかったようで残念だわ。それならそれで我が子たちと同じように、より優れた存在へと生まれ変わらせてあげましょう〕
「うるっせぇぇぇ!」
今の台詞を聞いて、俺はもはやこいつと話し合いの余地など皆無であることを悟った。
こいつの言葉は全てが神の目線から人間を見下してのものだ。人として、また男として、こんなやつの存在を絶対に認められるものか。
俺は普段なら絶対に使わない『殺し技』の封印も解く覚悟を決め、魔王に向かって再び襲い掛かった。
今回もまた異世界チーレムものを全否定するような話で申し訳ありません。ただ、これは『そういう作品が好きな人』を否定する意図で書いているわけではないのです。
作者も中学生の頃には異世界ものの作品に憧れ、本当にその作品世界に行くことができたなら……と夢想していた人間です。
ただ1つ普通の人と違うところがあるとすれば、私は『作中のキャラに愛されたかったら、それに相応しい人間にならないといけない』『その作品に登場するキャラたちの仲間やパートナーとして生きていきたいなら、自分もその世界のキャラになりきれるぐらい強くならないといけない』と本気で考えていたということでしょうか。
ありもしない力があるかのように振舞う邪気眼中二病ではなく、実際に身につけた格闘技でファンタジー世界の魔物と戦えるようになるつもりで体を鍛えていたのです。
そんなガチの中二病時代を送ってきた自分からしてみれば、至れり尽くせりの異世界生活を送る最近の作品は逆に馬鹿にされている気がするといいますか、出版社やラノベ作家たちに「お前らはこんなのが好きなんでしょ?」とか「こんなふうに自分を甘やかしてくれる世界でないと生きていけないんでしょ?」と言われているかのように感じます。
漫画『中間管理録トネガワ』でも『下手糞な接待、行き過ぎたサービスは幼児扱いにも等しい』という話がありましたが、そう考えると昨今の異世界チーレム作品はまさに読者の望むものを提供しつつ、裏では読者を見下しているような気がしてこないでしょうか。
それに対して読者の皆様に「ここまで弱虫扱いされて悔しくないのかよ?」と問いかけたかったのと、業界に「あんまり男ってものを嘗めんな!」と言いたかったのがこの作品を書いたきっかけであり、この作品を通じて訴えたかったことの全てです。
むしろこれを書くことができ、ここまで読んでいただけた時点で何も思い残すことはありません。
ここから先はそうやって男、そして人間を見下した魔王を主人公がブッ飛ばす話になります。
今回の話やあとがきを読まれたうえでお怒りになっていない、もしくは呆れていない読者様がおられましたらなにとぞ最後までお付き合いください。




