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68.親子再会

 戦いが始まってもう10分は経っただろうか? 俺たちは5人がかりで勇者の攻撃をさばきながら、必死に彼の説得を試みていた。

 さすがは勇者というべきか、彼の剣技は凄まじいものだった。おまけに呪文詠唱を破棄した簡易版の魔法まで使ってくるので、攻守ともに全く隙がない。

 俺や亮のような未熟者やシャーロットはともかく、パワーとスピードを兼ね備えたシルヴィやフリージアさんまでが押されているから驚きだ。実際この2人が彼の攻撃を上手く引きつけていてくれなかったら、俺たちはこれまでに何度斬られたことか。


「もうおやめになってください勇者様! 人間同士で争うなんて、それこそ魔王の思うつぼですわ!」


「お願いです、僕たちの話を聞いてください!」


「黙れ! 幻影の言葉など、聞く耳を持たん!」


「くそっ、この分からずやめ!」


 俺たち3人はシルヴィとフリージアさんの足手まといにならないよう、中距離から勇者に声をかけるのがメインになっている。だが懸命な説得も空しく、彼はかたくなに俺たちの言葉に耳を貸そうとはしなかった。


「燈真、どうする? このままじゃいずれどっちかが大怪我するよ。いや、それはきっと僕たちの中の誰かだ」


「分かってるよ、けど向こうが話を聞こうともしないんじゃどうしようもねえだろ」


 ここまでの戦いの中で、彼の反応を見ているうちに俺には1つだけ分かったことがあった。それは彼が魔王に洗脳されているわけでも操られているわけでもなく、その意識自体ははっきりしているということだ。

 これはむしろ洗脳されているよりも性質たちが悪い。いくら俺たちがあなたを救うために来た者だと訴えても、彼自身にはそれが甘い言葉で自分を誘惑し、魔王の封印を解かせようとしている幻だとしか思えないのだ。

 こうして戦っている時点で己の時間を凍結する魔法は解除されているはずなのだから、それで今の状況が現実だと見破れないのかと思わなくもない。だが彼は5年間も幻との戦いを続けてきたせいで、きっと現実と幻夢の境界線が曖昧になっているのだろう。


「父さん……どうしてこんなことに……」


 アルはティナやチェルシーさんに魔法の流れ弾が行かないよう、少し離れた場所で剣を構えていた。しかしその表情はいまにも泣き出しそうで、とてもじゃないが戦いに参加できる心理状態ではない。

 亮の言うとおり、このままでは俺たちが押し切られるのも時間の問題だ。さっきは彼を気絶させればいいなどと気軽に考えたが、仮にも勇者と呼ばれる人間の実力に対する俺の読みは完全に甘かった。


(ええい、なんか方法はないのか? 俺たちが魔王の作り出した幻じゃないって証明する方法は……)


 さっきから必死で頭を働かせているが、俺には彼の疑心暗鬼を解く方法がどうしても思い浮かばなかった。普通こういうときはお互いだけが共有している記憶や合言葉などで味方かどうかを判断するものだが、魔王の作り出す幻覚は彼自身の記憶から生み出されるらしいので、今回のような場合はそれが説得力を持たないのだ。


「いい加減にしろおっさん! いくら幻だと思ってるにせよ、なんの躊躇ちゅうちょもなく自分の息子を斬ろうとする親がいるかってんだ!」


「息子だと? ふふ、やはり貴様らは魔王が作り出した幻影のようだな」


 俺が苦し紛れに放った一言に、勇者が『それ見たことか』と言わんばかりの顔でにやりと笑う。


「――? 何がおかしいんだよ」


「確かに俺には故郷に残してきた妻と子がいる。だがアルセリアは俺の息子などではない……娘だ!」


「な、なんだとぉ!?」


 こんな土壇場の状況で、とんでもない事実が発覚した。今まで男だと思っていたアルが、なんと女の子だったというのだ。

 俺自身もそうじゃないかと思ったことは何度かある。だがアルベルトなどという男性そのものの名前を聞いた時点で思考はそこで停止し、それ自体が偽名だという可能性は全く考えていなかった。

 それに何より、いくらまだ13歳とはいえアルの胸はぺったんこすぎる。1年近くも一緒に旅をしてきたが、俺の世界なら中学2年にもなる女の子の胸が男と見間違うほどのまな板なんてことがあり得るだろうか?


「あ、アル……お前、本当に女なのか?」


「は、はい。ごめんなさい……今まで騙していて」


 勇者から距離をとってアル自身に直接問いただしてみたが、やはり間違いないらしい。参ったな、本当に女だったのか。


「なんでまたそんな嘘を……」


「僕はずっと父さんのような立派な勇者になりたくて、一生懸命に剣の修行をしてきました。でも僕が女の子だと分かると、それだけで馬鹿にする人が大勢います。ですから僕は……」


「ずっと男のふりをして、周りからめられないようにしてたってわけか」


 アルが無言でこくりとうなずく。

 なんてことだ、それじゃ俺が今までこいつにしてきたことは結構なセクハラになるじゃないか。今まで男だと思い込んでたから弟みたいな感覚で気軽にボディタッチしてたけど、女だと分かったら急に恥ずかしくなってきたぞ。

 いや待てよ、これはもしかすると――


「……そうだ、それだよ!」


「一体何をゴチャゴチャと……!」


「あんた今、俺がアルの性別を間違えたから偽物だって言ったよな? 逆だよ、魔王があんたの頭の中を覗いて幻を作り出してるっていうなら、あんたしか知らない情報を元に生まれる幻影がそんな勘違いをしてるわけがないだろ」


「――!」


「それに今まであんたが見てきた幻はおそらく昔のままのアルか、もしくはあんたが想像した13歳の姿だったはずだ。男装してるって時点で今までの幻とはかなり容姿が違ってるだろう?」


「む……」


「っていうか、すいませんお父さん! 俺は以前こいつが風呂に入ってたとき、上半身だけですけど思いっきり裸を見ちゃいました! 娘さんは立派に成長してますが、胸のほうはまださっぱり膨らんでませんよ!」


「と、トウマさん! 今そんなこと言わなくていいですから!」


「どうだ、こんな馬鹿馬鹿しい話、あんたの記憶から生まれた幻が言うと思うか? この5年間、さすがにここまで手の込んだかたりはなかっただろ!」


「…………確かに君の言うとおり、そこにいる子供は俺が思い描いていたアルセリアの成長した姿とは少し違う。だが本当に……本当にその子がアルだというのか?」


「そ、そうだよお父さん。僕……アルセリアだよ」


 やった、勇者がこっちの話に食いついてくれたぞ。アルが女だったなんて俺にとっても驚きだが、その認識のズレが意外なところで役に立ってくれた。


「なあ、とりあえず落ち着いてこっちの話を聞いてくれよ。俺たちがあんたを助けるためにこの結界を解除しに来たってのはそのとおりだけど、そうするかどうかはあんた自身の判断に任せるからさ。何はともあれ、まずは父親としてこいつのことを抱き締めてやってくれ」


「…………っっ!」


 勇者が構えていた剣を下ろし、戦闘体勢を解く。そして次の瞬間、彼の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「アル……アルっ!」


「お父さんっ……!」


 勇者が大きく両手を広げ、アルがその胸に飛び込む。


「やれやれ、ようやく親子の再会だな。一時はどうなることかと思ったぜ」


「そうですわね。やはり家族というものは一緒にいられるのが一番です」


 皆が微笑み、ティナやシャーロットは感動の涙を流していた。この光景を見られただけでも、ここまでの旅が無駄にならずに済んで本当に良かったと思える。


「それにしても……君たちは一体何者なんだ。アルセリアをここまで連れてきてくれたのには感謝するが、魔王の封印を解いて一体何をしようとしている?」


「自分は神代燈真って名前で、異世界から飛ばされてきた人間です。元の世界に戻るために『アウラの涙』を探してたんですけど……」


「『アウラの涙』は肉体を失った魔王を復活させるためのものだ。やつが封印されている今、新たに作り出されることはない」


「ええ、それはさっき女神様から聞きました」


「トウマさんは僕に武術の技を教えてくれた師匠みたいな人で、自分が『アウラの涙』を探すついでに僕の旅を手伝ってくれたんだよ」


「そうか……トウマくん、今までアルセリアが世話になったようだね。俺はガルシア・スティングレー、この子の父親として礼を言わせてもらうよ」


「いえいえ、誤解も解けたみたいで良かったですよ」


「それはそれとして……」


「――?」


 ―― ドボォ! ――


「ぐぇっほ!?」


 ガルシアさんがにこやかな顔で近づいてきたと思ったら、いきなり俺のどてっ腹にボディブローをかましてきた。その表情とは裏腹に、腰の入った凄まじく重いパンチだ。


「うごぉぉぉ……」


「と、父さん、何するの?」


「娘の裸を見たという件についてはこれで許そう。だが君に『お義父とうさん』などと呼ばれる筋合いはないぞ」


「……は、はい……すいませんでしたガルシアさん(『義』はつけてねえよ『義』は!)」


 地面にうずくまりながらなんとかそれだけを口にする。

 彼にこちらの話を信用させるために少々馬鹿馬鹿しいエピソードも暴露したが、どうやらそれがマズかったようだ。俺には娘を持つ父親の気持ちなんて分からないが、気付かないうちに地雷を踏んでしまったらしい。


「さて……もう一度聞くが、君たちはどうして魔王の封印を解こうとしているんだ? 女神アウラに会ったのなら、やつを倒しても根本的な解決にならないということも聞いたはずだ」


「そうは言いますけどね、ガルシアさん1人が犠牲になるのも根本的な解決にはなってないんじゃないですか? しかもさっきまでの様子を見る限り、あんたもう精神的にかなりギリギリたったように思えましたけど」


「それは否定しないが……しかし、他に方法などないんだ。魔王を殺せばまたいずれ復活し、人々が魔族や魔物の脅威に晒されてしまう。ならば勇者と呼ばれる者として、己の身と引き換えにしてでもやつを封印し続けるしかないだろう」


「確かにそれは勇者の使命ってやつかもしれません。だけど、俺はそんなの認めたくないです。あなたのことを何も知らない赤の他人だったらならともかく、大事な仲間であるアルの親父さんなんですから」


「…………」


「そもそも自分を犠牲にして世界を救おうなんて、妻子持ちがやることじゃないですよ。そういうのは俺みたいな独り身のやつが――」


「トウマさん」


 そばで聞いていたティナが静かに、だけど力強い口調で俺の名前を呼ぶ。そうだ、彼女が俺のことを好きだと言ってくれた以上、俺もそんな軽率なことを口にしていい身分じゃなかった。


「……悪い。でも、やっぱり俺とあなたの考える勇者像はちょっと違います。俺の知ってるヒーローってやつは悪と心中したり、自分だけが犠牲になることで世界の平和を守ったりしません。ヒーローは仮に悪を道連れに死んだと思っても、必ず仲間のところへ戻ってくるんですよ。それも朝日とともに、カッコよく笑いながらね」


「ふふ、燈真ならそう言うと思ったよ。すいませんガルシアさん、この男はこういうやつなんです」


「贅沢と言われようが我侭わがままと言われようが、それこそ皆が望む幸せの形ってやつでしょ? 自分も含めて全員を救えない勇者なんて、はっきり言って二流ですよ二流」


「そこまで言うからには、君には何か策があるのかい?」


「策ってほどのもんじゃありませんよ。魔王のやつをボコボコにして、その心をへし折ってやろうと思ってるだけです」


「……やはり君は魔王の恐ろしさを分かっていない。俺はやつと戦ってからというもの、その力を嫌というほど思い知らされた」


「魔王の使う術って、そんなにえげつないものなんですか?」


「ああ、まさに悪夢……それを操るヤツは悪魔そのものと言うべきだろう。やつの幻はアルセリアや妻のアリシアに姿を変え、ときに俺のことを責め、ときには幸せだった日々に戻ろうと誘惑してきた。そしてそれを断ち切るため、俺は何度も何度も愛する者たちを斬り続けてきたんだ」


 ふむ、話を聞く限りでは悪魔というより仏教で説かれる『マーラ』に近い感じだな。

 俺が小さい頃に世話になった寺の和尚が言ってたが、魔というやつは狙った相手の最も逆らいがたい者の姿となり、その人間の一番弱い部分を巧みに突いて間違った生き方へと誘引するという。

 だが、これで女神アウラが『勇者と呼ばれる者でなければ魔王を倒せない』と言っていた意味が分かった。やつの能力にかかってしまえば、根性無しや甘ったれはすぐに心を壊されて勝負にもならないというわけだ。ならば――


「ふぅん……そう聞いたらますますってみたくなりましたよ」


「馬鹿な!」


「ガルシアさんだってその責め苦を5年も耐え続けたんでしょう? だったら俺も魔王の幻術と自分の精神力……どっちが強いか勝負してみたい。やつがこっちの記憶から嫌な部分をほじくり返してくるっていうなら、むしろそれは自分との戦いってことですからね」


「君は……愛する者や仲間を失うのが恐ろしくはないのか? 俺は恐ろしい……。正直な話、この5年間で俺の心はもう限界寸前だった」


「確かに恋人もできたことない俺にはその怖さがいまいち分かりませんけど、そんな恐怖と5年も向き合ってきたというだけであなたは十分に立派な勇者ですよ。お願いです、一度だけ俺にやらせてみてください。もしも俺がやられて心をブッ壊されても、そのときはもう一度結界を張ってやつを封印しちゃえばいいだけの話でしょう?」


「そんな馬鹿馬鹿しい挑戦のために、世界を危険に晒せというのか」


「そんな馬鹿馬鹿しい賭けで世界を救える可能性があるなら、試してみりゃいいんですよ。言っちゃ悪いがあんたが今こんな状況に陥ったのは、仲間を頼ろうと――他の人間を信じようとしなかったからだ」


「むぅ……」


 ガルシアさんは難しい顔をしながら黙り込んでしまった。俺の言った可能性に賭けてみるべきかどうか、真剣に悩んでいるのだろう。

 こちらとしても彼に結界を解いてもらわないことには魔王と戦うことができない。俺もまた真剣そのものの眼差しを送りながら、彼が決断を下すのを待ち続けた。


 今回はアルの性別を明かすかどうか、かなり悩みました。

 彼が本当は女の子だったという設定はプロットの段階から考えていたのですが、実のところ最後までそれを明かす気はありませんでした。

 それは昨今の男のブームや男装少女の人気を天秤にかけた結果、読者様の判断に任せるというシュレディンガー形式が一番いいと判断したのもあるのですが……話の上で必要性がないなら特に明かすこともないと思っていたからです。

 ですが、今回の話で勇者の疑心暗鬼を解くための鍵として『認識のズレ』を切り札にした結果、その必要性が生じたために公開する流れとなりました。賛否は様々だと思いますが、温かい目で見守っていただければ幸いです。

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