67.勇者ガルシア
1
明るい――洞窟の中を歩いているはずなのに、まるでコタツの中にいるかのように赤い光が俺たちを照らしている。
そして暑い――冬場のコタツは天国そのものだが、今は夏場にストーブを焚いているかのような地獄の暑さが俺たちを襲っている。
岩壁の通路を抜けた先にあったのは、幅7~8メートルほどの真っ直ぐな道だった。その両脇は切り立った崖のようになっていて、さらに下には灼熱のマグマが煮え滾っている。もちろん柵などありはしないし、もしもここから落ちたりすれば人間など一瞬で燃え尽きてしまうだろう。
「暑っぢぃ……なんだよここぉ? まるで真夏じゃねえか」
シルヴィが犬のようにだらしなく舌を出しながら愚痴をこぼす。ほとんどビキニ姿とはいえ、手足が毛皮になっている彼女にとってこの暑さは耐えがたいものがあるのだろう。
「俺だってたまんねえっつーの。はぁ……まるでサウナだなこりゃ」
「この明るさと熱気……マグマって凄いんだね。下まで20メートル以上はあるだろうに、これだけの熱が伝わってくるなんて」
「ああ、さっきの場所に上着置いてきたのは正解だな。俺は暑いの苦手だし、あんなもん着てたら魔王と戦う前にへばっちまうぜ」
マグマの海が広がっているのを目の当たりにした時点で、俺は革製の上着を脱いで近くの岩陰に置いてきた。魔王と戦うというのにあまり軽装なのも考えものだが、その前に脱水症状や熱中症を起こして倒れるよりはましだと思ったからだ。
今はTシャツの上から防具を身につけているだけなのに、それでもまだかなり暑い。亮のやつは六騎将だったときの甲冑姿にマントまで羽織っているが、よくもまあ我慢していられるものだと思う。
「ティナは大丈夫か? そのローブ、なんかもう見てるこっちが暑くなってくるんだが」
「ええ、実はこのローブ、風の精霊の加護を受けているおかげで暑さも寒さもほとんど感じないんです」
「ふぅん、空気の層を作り出して断熱してるのかな? そういやメリッサさんと一緒に教会の屋根にいたときも、俺がガチガチ震えてるのに彼女は平気な顔してたっけ」
「帽子の中も同じよ。ここにいれば雨が降ろうと雪が降ろうと、年中ずっと春の陽気なの」
俺がティナと話していると、リーリアが彼女の帽子を持ち上げてひょっこりと顔を出した。そういえばこいつ、最近室内以外で姿を見かけなかったな。
「それで外にいるときはおとなしくしてたのかよ。飼い主の懐に潜り込んだまま出てこない猫かお前は」
「ふふーん、妖精は人間と違ってデリケートなのよー」
リーリアが周囲の熱気を避けるように、またコソコソと帽子の中へ戻っていく。くそ、こういうときだけは小さい体が羨ましいな。
「それにしても暑いっスねぇ。魔王のいる場所へ辿り着くまでに水がなくならないといいんですけど」
「そういえば、チェルシーさんはどうしてついて来られたのですか? これから魔王と戦うというのに、危険ですわよ」
「そうだな、こんな洞窟の奥に珍しいものがあるとも思えないし、さっきの宇宙船のほうが興味深かったんじゃないですか?」
「いえいえ、魔王だって十分興味深いっすよ。上のほうはまた後でも調べられますし、むしろ魔王を倒した後なら壁や床をちょこっと削って持ち帰っても女神様は許してくれそうじゃないっスか」
「なんというか……たくましい方ですわね」
「だいじょーぶっスよ、なるべく離れた場所で見物するようにしますから。それにこんなこともあろうかと、師匠の部屋から色々と拝借してきたんです。いざとなったらそれを魔王に投げつければ、自分の身ぐらいは自分で守れるでしょう」
「……まさか、あの物騒なブーメランやらオーラの剣を持ってきたんですか?」
「~♪」
参ったな、この人シルヴィと同じぐらい無駄に行動力あるぞ。
さっきは女神様に任せとけみたいなこと言ったけど、さすがに相手が魔王ともなるとかなり激しい戦いになるだろう。『アウラの涙』がないと分かった以上、学者として同行してもらっただけの彼女にはさっきの場所で待ってて欲しかったんだが。
「やれやれ、本当に自重してくれればいいんだけどな」
「でもさ、もしかするとさっき倒した魔族の仲間が跡を尾けてきてるかもしれないよ。そうなると彼女1人をあそこに残しておくのも心配だし、近くで守るためにはこれで良かったんじゃないかな」
「それもそうか」
「と、トウマさん、あれを……!」
「ん?」
俺がチェルシーさんの無鉄砲ぶりに呆れていると、率先して前を歩いていたアルが前方を指差した。さっきまでは立ち昇る陽炎と意外な明るさのせいで分かりにくかったが、数百メートル先に何やら青く光る半球状のものが見える。
「行ってみよう、もしかするとあれがアルの親父さんが張った結界ってやつかもしれない」
現場に着いた時点で息切れしないよう走ったりはせず、あくまで一定の速度を保ったまま歩を進める。そうして進んでいくうちに、青い光の玉はどんどんその大きさを増していった。
2
「こ、これは……」
道の先にあったのは、直径が50メートルもありそうな円形の広場だった。そしてその場所をすっぽりと覆うように、青白い光のドームが張られている。なんだか漫画に出てくる気功波みたいだが、触れても大丈夫なのだろうか。
「ティナ、これが結界で間違いないか?」
「はい、この強大な魔力……それ以外に考えられません」
「この中に僕の父さんが……」
「しかし……よくこんな場所に5年も居続けられたもんだな。その間ずっと水も食事も摂れなかったはずなのに、一体どうやって生きてたんだろ?」
「おそらく、魔法で自分の時間を凍結したんだと思います」
「魔法ってそんなことまでできるのかよ」
「意識はあっても身動きが取れなくなりますから、日常生活においては意味のない魔法です。使うメリットがあるとすれば、長い思索や瞑想に入っている間も歳を取らずにいられることぐらいでしょうか」
「なるほど、じゃあこの中にいる勇者は5年前と同じ姿のままってわけか……。そういえばアル、お前の親父さんって何歳だったんだ?」
「えっと……僕が生まれたときには18歳だったらしいです。それで僕が8歳のときに魔王の討伐に出かけていったから……」
「まだ26ってことか。自分の父親が13歳しか違わないって、なんか妙な気持ちになりそうだな」
「トウマ、そんなことより早く行こうぜ。さっさと魔王をブッ飛ばしてこのクソ暑いとこからおさらばしてぇよ」
「そうだな、じゃあ中に入ってみるか。ティナ、これって手とか突っ込んでも大丈夫なんだよな?」
「ええ、私たち人間やシルヴィさんたち獣人のように、邪悪な魔力を持たない種族にはなんの影響もないはずです」
「それなら……」
俺は覚悟を決め、左手を前に突き出して光の壁に突っ込んでみた。暖かい、なんだか温いお湯を浴びているみたいだ。
腕を肩の近くまで入れ、さらに顔も突っ込んでみる。そして全身で光のシャワーを潜っていくと、結界の中には夕陽が沈んだ直後のような青一色の風景が広がっていた。
「おお……」
そこは外界と完全に隔絶された空間だった。すぐ後ろにいるはずの皆の姿が見えないのはもちろん、さっきまでの暑さも嘘のように感じない。だが不快な要素がほとんどないにせよ、こんなところで5年間もただじっとしているというのは精神的にかなりヤバそうだ。
「トウマさん、大丈夫ですか?」
アルたちも遅れて入ってくる。そして光のドームのちょうど中心部に目をやると、そこにはまだ20代半ばと思われる青年が座禅を組むような格好で座っていた。こんな場所に人間がいるとくれば、彼がアルの父親兼勇者で間違いないだろう。
「お父さんっ!」
アルが弾かれたように走り出し、精悍な顔立ちの青年に向かって声をかける。すると彼は体をびくりと震わせ、伏せていた顔を上げてこちらをじろりと睨みつけた。
「…………っ!」
騎士のフルプレートアーマーよりも若干守る面積の少ない、さっぱりしたデザインの鎧に身を包んだ青年が立ち上がる。
このままアルが青年に飛びついて、感動の親子再会シーンが展開される……その場にいた誰もがそう思っただろう。だが、俺は彼の目に異様なものを感じた。
「待てアルっ! なんか様子がおかしいぞ!」
「えっ?」
こちらを振り返り、わずかに走る速度を緩めたアルを猛ダッシュで追う。そして俺がアルの襟首に手をかけた瞬間、勇者と思われる青年は腰から下げた剣を抜きざまに横薙ぎの一閃を放ってきた。
「わぁっ!?」
「っとぉ!?」
襟を引っ張ると同時に後ろへ倒れ込んだおかげで、俺たち2人は辛うじてその攻撃をかわすことができた。だかもし俺がそうしなかったら、アルの薄い胸は真一文字に切り裂かれていたに違いない。
「な、何するんだあんた! 実の息子を殺す気かよ!」
「おのれ……またアルか。俺は一体何度、我が妻と子を斬ればいいんだ……!」
「――!」
彼の瞳には、深い悲しみと憤怒の炎が同時に燃えていた。俺は下らないプライドのために怒り狂う人間は今まで何度も見てきたが、ここまで複雑な憎悪に満ちた目は初めてだ。
「アル、下がれっ!」
「で、でも父さんが……」
「なんだかよく分からんが、どう考えてもおかしいだろ。初対面の俺はもちろんだけど、息子のお前にまで斬りかかってくる時点でこりゃ正気じゃないぞ」
「そ、そんな……」
「見慣れない顔だな……手を変え品を変え、ご苦労なことだ。だがどんな幻を見せられようと、俺は絶対にこの結界を解いたりはしない」
「なんだって?」
その言葉を聞いたとき、俺はさっき女神アウラに言われたことを思い出した。
魔王は人の脳からその人間の弱点となる記憶を読み取り、幻覚を見せて操ることが得意だという。ならば彼もまたその術中にはまり、敵と味方の区別がつかなくなっているのかもしれない。
封印された状態でも魔王が人の意識に干渉できるのは魔族たちを操っていることからも予想はしていたが、まさかそれが勇者にこんな影響を与えていたとは。
「ま、待てよ! 俺たちは幻なんかじゃ……」
「問答など無用だっ!」
「ちぃっ!?」
アルを思い切り後ろへ突き飛ばし、自分も剣を構えた勇者から一旦距離を取る。その間に亮やシルヴィたちが駆けつけて勇者を取り囲んだが、彼はそれに構わず正面の俺に向けて斬りかかってきた。
「でぇぇいっ!」
「うわっ!?」
―― ズズン……! ――
鍔の部分に立派な竜の装飾が入った剣が振り下ろされ、地面に大きな亀裂が走る。くそ、まさか魔王より先に勇者と戦う羽目になるとは思ってなかったぞ。
「はぁぁぁっ!」
腰の後ろに刺した2本の釵を抜き、戦闘体勢に入った俺に向かって再び勇者が剣を振りかぶる。
こうなったら戦いながら説得するか、彼を一度気絶させて動けなくするしかない。俺は勇者の斬撃をかわすため、全神経をその切っ先に集中させた。




