66.女神アウラと魔王の正体(後編)
女神アウラと邂逅した俺たちは、先に進むのをひとまず中止して彼女の話に耳を傾けることにした。このやり取りで様々な謎が明らかになるだけでなく、この先に封印されているというアルの親父さんを助ける方法も分かればいいのだが。
〔さて……何から話しましょうか〕
「そうだな、まずはあんたら姉妹が何者かってとこから頼むよ。あんたの妹がどうして人間を滅ぼそうとしてるのかも気になるけど、この先でやり合う可能性があるならその特徴なんかも知っておきたいしな」
〔分かりました、それでは私たちがこの地に降り立ったときのことから……〕
女神アウラがそう言いつつ、水槽の中で眠りについたかのように目を閉じる。すると彼女の声とは別に、見たこともない星の海が目の前に浮かんできた。
「な、なんだこりゃ?」
〔私の記憶をあなたたちの脳に直接送り込んでいます。こうしたほうが言葉だけで伝えるよりも理解しやすいでしょう〕
なるほど、シアター形式で見せてくれるってわけか。この女神様、意外と親切だな。
〔……私たち姉妹ははるか太古の昔、別の星からこの地へとやって来ました。予定にはないことでしたが、この船が壊れて不時着せざるを得なかったのです〕
言葉とともに彼女のイメージが脳内に流れ込んできて、アラートの鳴り響く宇宙船が地球とよく似た星に降下していく映像が目の前に映し出される。
ああ、やっぱり彼女は宇宙人で、ここは地中に埋まった宇宙船の中だったのか。姿を見た時点で薄々そう思ってはいたけど、まさか本当に亮の予想が当たっていたとは。
「じゃあ、あなたがこの世界を創った神様だというのは嘘なんスか?」
〔私が自ら神を騙ったわけではありませんが、後の人間たちがそう思い込んだのでしょうね。とはいえ、あなたたち人類の創造主であることは間違いありません。この世界そのものは私たちが訪れる以前から存在していましたが、そこに我々と意思の疎通ができる知的生命体はいなかったのです〕
「まだ僕たちの世界でいう中生代だったんですね」
今度は周囲の風景がジュラ紀のような古代風の世界に変貌し、俺たちが前に戦ったドラゴンのような恐竜と哺乳類らしき動物が同時に闊歩している様子が映し出された。この光景……こちらの世界には氷河期というものがなかったのだろうか?
〔私たちは仲間のいない寂しさを紛らわせるため、自分と同等の知能を持った種を創ろうと考えました。それがこの世界の人間……あなたたちです〕
「そんな真似ができるなら神様だと勘違いされるのも納得だけど、実際のところどうやったんだ? さっきは遺伝情報を書き換えたとか言ってたよな」
〔私たちは己の意思、すなわちイメージを具現化する力を持った種族なのです。私とアンリは生物に関する知識が豊富だったので、元々知能が高く、姿も我々に近い生物の遺伝子を書き換えるのは難しいことではありませんでした〕
それって多分、猿をベースにしたってことなんだろうな。
要は俺たちの世界で起こったのと同じ――本来は何万年もかけて起こるはずだった進化の流れを速めたってことか。そう考えると、ドラゴンなどという巨大爬虫類と人間が同時期に存在しているのも妙に納得できる。
「でもさ、そんな力があるなら宇宙船を修理することはできなかったのかよ。自分たちの星に戻りたいとは思わなかったのか?」
〔今も言ったように、私たちの持つ力はあくまでイメージを具現化するものにすぎません。機械工学の知識がない私たちには、この船の『万全な状態』というものがイメージできなかったのです〕
「あー、ただ闇雲に物理法則を捻じ曲げてるわけじゃないってことか。そういや魔法も色々と制約が多いっつーか、なんでもできるわけじゃないもんな」
〔そのとおりです。ちなみにあなたたち人間が魔法を使えるのも、私とアンリが自分の力を精霊という存在として具現化し、この世界の大地や大気中にまで宿らせたからですよ〕
「それで異世界人の僕でも魔法が身につけられたのか……」
〔魔道具の普及によって今では魔女や一部の冒険者しか学ぼうとしませんが、昔は魔法を使える者がもっと多かったのです。おかげで人々の暮らしはいっそう豊かになり、人間たちはこの地上に溢れました〕
「今のところ不穏な話になりそうな要素は全くないな。そこからどこで歯車が狂ったのか、次はそれを聞かせてもらえないか?」
〔私たちはそうやって人類を進化させた後、母なる存在としてその発展を見守っていました。ですが……生来の優しすぎる性格が悪いほうへ働いてしまったのか、妹のアンリは少しずつおかしくなっていったのです。彼女は人類が歴史を刻んでいくうちに、あなたたち人間を可哀想な存在だと憐れむようになりました〕
「可哀想な存在だって?」
〔あなたたち人間の多くは苦しみの多い人生を歩み、お互いを傷つけ合うことで多くの悲しみを生みます。人の生がそんなにも苦しみや悲しみに満ちているのは、その肉体や魂が脆弱だから……アンリはそう考えたのでしょう〕
ふむ……多少偏った考え方だとも思うが、あくまで一側面として見るなら間違ってはいないか。
実際のところ、人間の不幸の根本的な原因はそいつ自身の弱さにある。それは肉体であったり精神であったり、または立場の問題や金銭面であったりと様々だろう。しかしどんな事態が起ころうと、要はそれを捻じ伏せるだけの強さ――つまりは力や金があれば解決できるのだ。
また心の強い人間は余裕があるから他者と争うこともないし、そもそも勝ち負けで幸・不幸を量らない。老いや病気、さらには死の恐怖であろうと、本人にそれを笑い飛ばせるだけの精神力があれば不幸は不幸たり得ない。
〔そしてアンリは弱い存在である人間をさらに優れた種へと進化させ、その苦しみから救おうとしました。それが魔族であり、獣人やエルフといった亜人たち……。もしも老いず、病まない頑強な肉体を持ち、自分たちと同じように魔力を操ることができれば、人はもっと幸せに生きられるはずだと思ったのでしょうね〕
「その考え自体に異論を挟むつもりはないけど……それがどうして人類を滅ぼそうなんて発想に繋がるんだ?」
〔アンリは人間を憐れむあまり、一度人間を滅ぼさねばならないという考えに至ってしまったのです。優れた種族に生まれ変わるためは、今の肉体を捨てねばならないと……〕
「ああ、そういうことか。だけどそりゃ随分と勝手というか、大きなお世話ってやつだな。そもそも生まれ変わりなんてものがあるかどうか信じられない人間にとっちゃ、ただ死ねって言われてるようなもんだ」
「だよね……それにもう1人の女神様がそれを否定したのなら、その話が正義の女神と悪の魔王という図式で人間たちに広まったとしても不思議じゃないよ」
「子供に聞かせるお伽噺でも魔王は邪悪な存在だって言われてるけど、それにはこんな事情があったのねぇ」
〔私もアンリの考えはエゴにすぎないと思いました。そんなふうに考えられるのは、魂だけの存在になっても生き続けられる私たちだからこそ……ゆえに私はあの娘の間違いを正すために戦いを挑んだのですが……〕
「返り討ちに遭った挙句、こんなところに閉じ込められたと」
〔ええ、歪んだ愛情から生まれたものにせよ、純粋な心を持つ分だけ彼女の意思の力は強かったのです〕
「じゃあ、女神様はそれからずっとここに? それなら人類はどうして今も生き残って……いえ、人間のほうが亜人や獣人たちよりも栄えているのかしら?」
〔あの娘が思っていた以上に人類という種族は強かった、というべきでしょうね。私がいなくなった後も人間たちは彼女の送り込んだ魔族や魔物を相手に必死の抵抗を続け、さらに魔族以外の亜人たちも彼らに協力するようになりました。そしてついに勇者という存在が生まれ、彼女を打ち倒したのです〕
「創造主である女神様と同じ力を持つはずの魔王に、人間が勝ったんですね!」
アルがまるで英雄譚に憧れる子供のように目を輝かせる。勇者の血を引くこいつにとって、父親や他の勇者が魔王に勝ったという事実は他の人間が思う以上に誇らしいことなのだろう。
〔私やアンリの肉体的な強さはあなたたち人間とそう変わりません。大事なのは心……意思の強さなのです。だからこそ、勇者と呼ばれる者でなければあの娘を倒せないというべきでしょうか〕
「うん、そこまでは分かったよ。で、俺たち2人がこの世界に呼ばれたのとその話にどう関係が?」
〔さっきも言ったように、私たちの種族は肉体が滅んでもその意識は消滅せず、精神体となって残ります。そして膨大な魔力を使って肉体を再構築すれば、それに乗り移ることで復活できるのです〕
「それで『アウラの涙』か……」
〔あなたたちがそう呼んでいるのは、精神体となったアンリが私から無理やり魔力を抽出して作り出すものです。あの娘はそのために私の肉体を滅ぼさず、魔力のリザーブタンクとしてこの場所に封じ込めたのでしょう〕
「じゃあそれを使って肉体を復活させるまでの過程に、俺たち人間が関わらなきゃいけない何かがあるのか?」
〔そこまで難しい話でもありません。私の魔力を集めた結晶を使って肉体を再構築するためには、魂だけの存在である自分に代わってその儀式を行う者が必要になるというだけのことです〕
「そんなの、手下である魔族を使えばいいだけの話ではありませんの?」
〔魔力とは使う者の意思そのもの……その心が曇ってしまえば、魔力もまた邪なものになるのです。歪んだ愛情ゆえに暴走したアンリの魔力は私のものと反発し合うようになり、彼女を信奉する魔族もまた同種の魔力を持つ存在となりました。ゆえに彼らは私から吸い上げた魔力の結晶に触れることができません〕
「だから人間をおびき寄せて代わりに使わせるってわけか……。でも、それなら別に俺たちみたいな異世界人でなくてもいいだろ」
〔前回までは魔族が暗躍して秘宝の噂を人々の間に広めていたようですが、ここ100年ほどの間にそれを探す冒険者も少なくなったようです。きっと噂の魅力よりも疑いのほうが強くなり、人を集められなくなってきたのでしょう〕
「なるほど、それでその話を珍しがる異世界人を召喚か。しかも俺みたいに元の世界へ戻ろうとする人間にとっちゃ、どんな願いも叶うという触れ込み自体がそれを探す理由になるってわけだな」
〔ええ、ですが今回の場合は少し事情が違います〕
「――? どう違うってんだよ。確かにまだ『アウラの涙』を手に入れてないのに魔族が襲ってきたあたり、なんかおかしいとは思ってたけどさ」
〔実を言うと、アンリの肉体はまだ滅んでいません〕
「なんだって!?」
〔以前ここを訪れた勇者ガルシアも私の存在に気付き、今のあなたたちと同じように真実を知りました。そして彼は二度とアンリが復活しないよう、彼女を倒すのではなく封印することにしたのです〕
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そこに転がってる魔族は魔王のほうが勇者を封印してるって言ってたぞ。話があべこべになってないか?」
〔それはあの娘を復活させるための嘘だと思います。勇者が張った結界もまた聖なる魔力に覆われていますから、そこへ立ち入れない自分たちの代わりに人間を行かせるつもりだったのでしょうね〕
「そのためにわざわざ自分の命まで犠牲にしたと?」
〔人間は真実を隠されればそれを暴こうとするし、邪魔をされればその先に何かがあると思うもの……。勇者が魔王に囚われているということにすれば、きっとその封印を解くだろうと考えたのでしょう〕
「じゃああんたの存在に気付かずそのまま進んでたら、俺たちはまんまと魔王を解き放っちまってたわけか」
「トウマさん、僕はどうすればいいんでしょうか……」
アルが悲壮な表情でうな垂れ、俺が羽織っているジャケットの袖をぎゅっと握り締めてくる。こいつにしてみれば父親の安否と世界の平和が天秤にかかっているようなものだし、そりゃ心苦しいだろう。
「うーん、アルの親父さんを救うにはどっちにせよ結界を解かなきゃいけないんだよなぁ。けど魔王をブッ殺したところで、いつかまた姉貴の魔力を使って復活しちまう……か。マジでどうすりゃいいんだこれ?」
〔……私が……死ねばいいのです〕
「――!」
〔私が自ら命を断った後にこの肉体を焼いてしまえば、アンリも精神体となったまま二度と復活することはできないでしょう。全ては私が引き起こしてしまったこと……本来ならばもっと早くにそうすべきだったのです〕
「いやいや待てって、そう早まんなよ。なんか他に方法はないのか? つーかあんたら肉体が滅んでも魂だけになって生き続けるって、どうやったらその魂まで消滅するんだ」
〔それは……自ら死を受け入れることです。己の生涯に満足し、この世への執着を断ち切ったとき、初めて私たちは真の死を迎えます〕
「ふーん……それって逆に言えば、本人に『もう生きてんの嫌だ』って思わせてもいいわけだよな?」
〔え、ええ。理屈ではそうなりますが……〕
「燈真、何かいい方法があるの?」
「いや、いい方法ってほどでもないんだけど……ほら、昔のプロレスラーがインタビューで答えてた『心を折る!』ってやつだよ。魔王のほうがもう勘弁してくださいって言うまでボッコボコにして、人間の怖さってやつを体に教え込んでやればいいんじゃないのか? そうすりゃ仮にとどめを刺せなくても、人間を滅ぼそうなんて馬鹿な考えを捨てさせることはできるかもしれないだろ」
「そんな無茶苦茶な……」
「いや、俺だってそんな拷問じみた真似したかないけどさ。この姉さんのほうを殺さずに妹のほうだけブッ殺すにはそれしかないと思うぞ」
〔それはおそらく無理でしょう。人間の精神を壊すのはむしろアンリが得意とすること……あの娘は私のように自分のイメージを他者に見せるだけでなく、他者の記憶にあるイメージを増幅して心の傷を抉るといったこともできますから〕
「うわぁ……なんだその嫌な能力」
〔逆に幸せな夢や幻を見せたり、そうすることで人の心を操るのも自在といっていいでしょう。アンリはその力で魔物を操り、魔族を自らの手足として暗躍させてきたのです。ましてやあの娘の意思を人間が挫くことなど……〕
「あんたの妹は意思が固いとか強いというより、ただ頑迷なだけだと思うけどな。いーよ、アルの親父さんだって助けなきゃいけないんだから、できる限りのことをしてみるさ。自殺するなら俺たちが失敗した後でも遅くはないって」
〔…………〕
「もうね、こっちはこの世界に来てから魔物だのドラゴンだのもう慣れっこよ。しかもあんたの妹ちゃんは精神攻撃がえげつないってだけで、身体的な能力は俺たち人間とそう大差ないんだろ? だったら十分勝機はあるでしょ」
〔……分かりました。勇者を救うのもアンリを止めるのも、全てあなた方にお任せします〕
「あんたに言われるまでもないさ。行くぞアル、最初から俺たちに勇者を解放させるつもりだったんなら、封印なんて簡単に解けるだろ」
「は、はいっ!」
「皆も行こう。こんなところまで付き合わせて無駄足だったのは申し訳ないけど、こうなったら『俺たちのこの怒りは魔王にぶつけよう』ってやつだぜ」
「燈真に八つ当たりされるなんて魔王も気の毒に……僕はむしろ彼女のほうに同情するよ」
「うふふ、トウマくんらしいわね。分かったわ、付き合うわよ」
「くれぐれも無理はしないでくださいね」
「まあ……仕方ないから私も最後まで付き合ってあげますわ」
「よっしゃあーっ! さっさと魔王をブッ飛ばして、あたしと結婚しようぜトウマっ!」
元の世界に帰れないと分かった以上、俺はこれからもここで生きていくしかない。
こうなっては腹を括ろう。だが先のことを考える前に、まずは魔王とやらに俺と亮を勝手に呼び寄せやがったツケをきっちり払わせてやる。
「よぉし、最後の大暴れだぁっ!」
そうして俺たちは魔王を張り倒してやるため、そしてアルの親父さんを解放するため、宇宙船を出て岩壁のそそり立つ奥のほうへと足を踏み出した。
さて、次回からいよいよ最終決戦の始まりですが、その前にちょっと設定について補足。
作中で女神アウラが『リザーブタンク』という言葉を使っていたり、これまでにもキャラが何度か英語を使っている場面がありました。ですがこれはあくまで『主人公の耳にはそう聞こえている』というだけで、実際に作中世界の住人たちがそういう言葉を使っているわけではありません。
第4話でティナに魔法をかけられたことで、主人公には異世界の言葉が自動翻訳されて伝わっています。これは主人公の耳から脳内に入り込んだ精霊の働きによるものですが、この精霊は相手が使った言葉のニュアンスを正確に把握するだけでなく、彼自身の知識の中から最もそれに近い単語を選び出して伝えているのです。
逆にこの魔法をかけられた人間がお馬鹿だった場合、相手がどれほど立派な美辞麗句を並べていても単純な言葉でしか伝わりません。いくら話し手や翻訳者が優秀でも、聞くほうが馬鹿だとそれに合わせなければいけないので意味がないというわけですね。
ちなみに作中の『心を折る!』はエンセン井上氏の名言です。
作者の中ではなぜか天山の『10倍だぞ10倍!』発言よりも心に残っている不思議な台詞だったりします。




