65.女神アウラと魔王の正体(前編)
「あっちゃぁ……駄目だこりゃ」
回路がショートしたのか、扉を開けるためのコンソールは完全に壊れてしまっていた。それまでモニターに表示されていたカーソルも消え、いくらボタンを押しても全く反応しなくなっている。
「ご、ごめんねトウマくん。真上に刃物があったら危ないし、邪魔だろうと思って」
「まあ、壊れちゃったものはしょうがないですよ。けど……どうしたもんかなこれ?」
「この扉、金属製よね。爆炎魔法とかで吹っ飛ばせればいいんだけど」
「トウマさん、それなら私が試してみましょうか?」
「いや、それは最後の手段にしとこう。無茶なことして扉が歪んだら開くものも開かなくなる」
「燈真、同じ場所にもう一度剣を刺してみたらどうかな? さっきまでは剣が刺さったままでも回路が生きてたわけだし、これが上手くケーブル代わりになればコンソールに電気が流れるかもしれないよ」
亮が自分の腰に下げた剣の柄をこちらに向けながら提案してくる。
「いやぁ……駄目だろ。多分ショートした時点で色々と焼き切れちゃってるよ」
「いーじゃん、やるだけやってみよーぜ」
「あっ、こら!」
俺が止める間もなく、シルヴィが亮の剣をひょいと引ったくって壁の亀裂に突き刺した。まったく、こいつの考え無しな行動はどうにかならんのか。
―― バヂンッ! ――
壁に埋め込まれたケーブルの断線した部分に剣が挟まり、火花が飛ぶ。そのとき一瞬だけモニターの表示が復活したようにも見えたが、またすぐに消えてしまった。
「んー、やっぱ駄目かぁ」
「だから下手に触んなって。この通路を照らしてる明かりまで消えたりしたらどうすんだよ」
「にゃっはは、悪い悪い……って、んん?」
「どうしたシルヴィ?」
「なんか足元がムズムズするような……?」
―― ムゥィィィィィィン ――
シルヴィが尻尾の毛をぞわぞわと逆立てて身震いしたかと思ったら、SF映画でよく聞くような機械音とともに後ろの扉がすい――と開いた。どうやら彼女が無造作に剣を突っ込んだところにたまたま電気が流れ、上手い具合に扉を開くための仕掛けが作動したらしい。
「おおっ、やった!」
「ほーら、あたしのおかげで開いたじゃん。感謝しろよなっ」
「結果的に上手くいっただけだろ。そんなんでドヤ顔するんじゃありません」
「んみゃっ?」
シルヴィの頭にツッコミ代わりの軽いチョップを入れつつ、開いた扉の向こうを覗いてみる。その先はここまでの未来的な造りとはうって変わって、自然のままの岩肌が切り立つ谷間のようになっていた。
「なんかこことはえらく雰囲気が違うな……けどまあ、これで先に進めるか」
そうして皆で扉の奥へ歩を進めようとしたとき――
―― ズゴゴゴゴゴゴゴ………… ――
「おわっ?」
突然足元の地面が小刻みに震え、それと同時に左側の壁――その奥にある電脳空間のような部分が大きな音を立てて動き始めた。おそらくシルヴィがケーブルをスパークさせたとき、別の回路にも電気が流れたのだろう。彼女が感じたムズムズとやらも扉が開く前兆ではなく、きっとこちらの仕掛けが作動したときの振動だったに違いない。
透明な壁を挟んだ向こう側で、床から何か巨大なものがゆっくりとせり上がってくる。それは、幅7メートルはあろうかという水槽だった。
「うわぁっ!?」
「こ、これは……」
アルが驚いて床に尻餅をつき、チェルシーさんをはじめとした皆が驚愕の表情で固まる。
かくいう俺も無言のままその場で硬直していた。なにせ目の前の水槽に入っていたのは、見たこともない異形の生物だったからだ。
「…………!」
体長4メートル近くもある“それ”はホルマリン漬けの標本のように、こちらを向いたまま横倒しになった格好で透明な液体の中に浮いていた。しかしその液体には流動性がまるで感じられず、よく見ると接着剤で固められているようでもある。
“それ”の顔や体の造形は人間とほぼ同じだが、胸のあたりが膨らんでいるのを見る限りどうも女性らしい。肩に届きそうなほど長い耳の先端はエルフや魔族と同じく尖っていて、頭には太さが人間の指ほどもある触手のような髪が生えていた。
「なんなんだよこいつは……」
一見すると不気味とも思える風貌ではあるが、その姿は不思議にも醜さを感じさせなかった。全身がガラスと見紛うほどに透き通っていて、それが妙に神聖な雰囲気を醸し出しているのだ。おまけにうっすらと見開かれた両の瞳には白目というものがなく、全体が黒曜石のようにキラキラと輝いている。
「トウマさん、これはもしかすると……」
チェルシーさんが眼鏡の真ん中を指で持ち上げながら静かに呟く。
「まさか、こいつが女神アウラだなんて言うんじゃないでしょうね」
「いえ、その通りっス。言い伝えや文献にある記述と特徴が似ていますし、場所からいってもそれ以外には考えられないかと」
「マジかよ……」
俺も場所柄とシチュエーションから薄々そう思ってはいたものの、女神に関して様々な知識を持つ彼女の目から見ても間違いないらしい。あまりにも意外すぎる容姿にかなり驚かされたが、これでは亮が言った『他の星からやって来た宇宙人』という説もあながち間違いではないのかもしれない。
―― 〔…………ニン……ゲン…………〕 ――
「うぉっ?」
俺たちが目の前の生物を呆然と眺めていると、いきなり頭の中に声が響いてきた。
〔ああ……なんということでしょう。ここを訪れる者がいるということは、魔族がまた暗躍しているのですね……〕
女神アウラ(と思われる存在)は唇すら動かさないまま、テレパシーのような能力で俺たちの脳内に直接話しかけているようだった。その証拠にパーティの全員が顔を見合わせ、お互いに「今の、聞こえたよね?」という表情をしている。
〔人間たちよ……悪いことは言いません、今すぐここから立ち去りなさい。おそらくあなたたちはどんな願いも叶うという秘宝の噂を聞きつけてここへ来たのでしょうが、そんなものは存在しないのです〕
「ええっ!? そ、それって一体どういうことだよ!」
捜し求めていたはずの女神から突然告げられた言葉に、俺は思わず感情的になって叫んでいた。そりゃそうだ、1年近くもかけてようやくここまで辿り着いたというのに、秘宝などないから帰れと言われて「はい、そうですか」と引き下がれるものか。
〔……どうやらあなたは異世界から来た人間のようですね〕
「一目見ただけでそんなことが分かるのか?」
〔この世界の人間は私が遺伝情報を書き換えて進化させたもの……ですが、あなたとそちらのもう1人にはその名残がありません。きっと別の世界の法則に遵って進化した種族なのでしょう〕
「なるほど……それじゃあんたが女神アウラで間違いないんだな?」
〔ええ、この世界の人間たちからはそう呼ばれていました〕
やはりこのゲル状生命体みたいなのが女神アウラか。想像していた見た目とは随分と違ったが、その名を冠する本人に聞けばきっと『アウラの涙』について詳しいことが分かるはずだ。
「あんたは今『秘宝なんて存在しない』って言ったけど、俺は元の世界に戻るためにどうしてもそれが必要なんだ。ここにはないってだけの話なら、どこにあるのか教えて欲しい」
〔…………〕
「頼むよ。そもそも『アウラの涙』っていうぐらいなんだから、あんたの力で作り出せるものじゃないのか?」
〔あなたたちがそう呼んでいるのは、魂だけとなった魔王が私から無理やり引き出した魔力の結晶体……つまり勇者に滅ぼされた肉体を再構築するためのものにすぎません。確かに物理法則を歪めるだけの膨大な魔力を秘めてはいますが、人間1人を別の――それも思い通りの世界に送り返すのは難しいと思います〕
「なっ……! じゃあ仮に『アウラの涙』があっても、俺は元の世界に戻れないってのかよ!」
〔あなた自身にその魔力を扱えるほどの優れた素質があれば可能だったかもしれませんが……もしもあなたが初歩的な魔法さえ使えないというのなら、おそらく何十年と修行を重ねても無理でしょう。下手をすれば次元の挟間に飲み込まれ、二度と出てこられなくなります〕
「なんてこった……」
俺は思わず天を仰いで頭を抱えた。彼女の言葉はこれまでの旅が徒労に終わったという宣告そのものに他ならないからだ。
〔希望を奪うようなことを言って申し訳ありません。ですが、本当のことを知ったほうがあなたも諦めがつくと思ったのです〕
「……さっすが女神様、慈悲深いことで」
〔本当にごめんなさい……あなたたち2人をここへ呼んだのもきっとアンリの仕業でしょうに〕
「アンリ? アンリって誰だよ。そいつのせいで俺たちはこの世界に召喚されたってのか?」
〔アンリはあなたたちが魔王と呼ぶ存在……私の双子の妹です〕
「なん……だと……」
ずっと探し求めていた『アウラの涙』が役に立たないという話だけでも十分にショックだったが、今の言葉はそれ以上に衝撃的だった。この世界の創造主である女神様と、その仇敵であるはずの魔王がなんと双子の姉妹だというのだ。しかもそいつが俺と亮をこの世界に呼び寄せた張本人だなんて、色々と予想外なことが多すぎて頭がついていかない。
「どういうことなんだよ!? 魔王があんたの妹で、おまけに俺や亮がそいつに呼ばれただなんて……!」
〔順を追って話しましょう。なぜアンリがあなたたち人間から魔王と呼ばれるようになったのか、そしてなぜあなたたち異世界人をここへ呼び寄せたのか……〕
「ああ、ぜひ聞かせてもらいたいね。ことによっちゃあんたの妹ブッ飛ばすぞ」
〔本来なら無関係のあなたたちをこれ以上巻き込みたくはなかったのですが……そう言ってもらえるのならむしろ望むところです。あなたがもしアンリの力に耐えられる心の強さを持つ者ならば、戦いに敗れた私に代わってあの娘を止めてください〕
なんだか思った以上に事情は複雑なようだが、こうなってはその魔王とやらを1発ブン殴ってやらないと気が済まない。俺は大きく深呼吸してムカつく気持ちを抑えながら、とりあえず女神アウラの話を聞いてみることにした。




