64.飛び道具との戦い方
正体を表した死体使いがオーケストラ指揮者のように両腕を持ち上げ、再び両手を目の前にかざすように構えた。もはや操るべき死体はないので、あの手からまた光輪を撃ち出してくるつもりだろうか?
「ふんっ!」
―― ボフゥッ! ――
死体使いの男が手を突き出すと同時に、その掌から何かが放たれた。飛んできたのは光の輪ではなく、球状の光弾だ。
「のわっと!?」
ハンドボール大の光弾が顔の真横を通り過ぎる。構えを見て警戒していたのでそれほど驚きはしなかったが、さっきまでのように輪を描くモーションがない分だけ技の出が速い。
「それそれ、それぃっ!」
―― ボウ! ボウ! ボボゥッ! ――
死体使いが続けて光弾を連射してきた。弾の速さ自体はアンダーハンドで打ったバレーボール程度なので避けるのは難しくないが、通路の幅が7~8メートルしかないことを考えるとそれほど楽観視もできない。
「くそっ、昔の野球漫画でやってた火の玉ノックじゃねえんだぞ」
「にゃっはは、結構面白いなこれ。よっ、ほっ、おぉっと?」
「馬鹿、楽しんでる場合か! おいアル、シャーロット、そっちは無事か? 流れ弾に注意しろよ!」
「大丈夫です! これだけ離れていれば十分に避けられます!」
「チェルシーさんは私たちが守りますから、あなたは早くその魔族を倒しておしまいなさい!」
「ははは、俺を倒すだと? 今でさえ避けるのが精一杯の貴様たちに、そんな芸当ができるのか?」
調子に乗った死体使いが実にムカつく顔でニヤリと笑う。
やつの魔力にどれだけ持久性があるかは知らないが、このままだといずれこちらの体力が先に尽きてしまうだろう。そうなる前に間合いを詰めてやつを倒したいのだが、光弾の数が多すぎて4人がかりでもなかなか前に出られない。
「ちぃっ、せめて1発でも弾き返せればやつの手を止められるのに。フリージアさん、これって剣で打ち返したりはできないんですか?」
「無理よぉ、さっきの光る輪っかも何度か刀身で受けてるけど、その時点で弾けて消えちゃうの。刃で斬ったとしても2つに別れてそのまま飛んでいくかもしれないし、そうなったら後ろにいるアルくんたちが危険だわ」
くそ、やっぱり駄目か。間合いに入りさえすればやつの腕をブッ壊してどうにかできるんだが。
「ほんの数秒でいいんだ。やつに近づくための隙があれば……」
「……トウマくん、要はあいつを防御に回らせたいのよね? それなら1つ方法があるわよ」
「えっ、本当ですか?」
「ええ、だけどそれをやると私が無防備になっちゃうから、あとは3人でなんとかできる?」
「もちろん、っていうか俺と亮の2人で十分ですよ」
「燈真、どうする気なの?」
「亮、至近距離で銃や刃物を向けられたときの技はいくつか教えたよな? あれの『4』を使うんだ。2人で左右から同時に仕掛けるぞ」
「――そうか、あの技だね。じゃあ僕が右側、あいつの左腕をやるよ」
「2人とも準備はいい? “せーの”でいくわよ」
「ふん、何をする気かは知らんが、近付く隙など与えると思うか!」
死体使いの放つ光弾がさらに激しさを増していく。
さっきまで一度に飛んでくるのはせいぜい2発だったが、今は1つをかわしている間にさらに3発の光弾が視認できる。いくら1発ごとの速度が大したことないとはいえ、これ以上増えたらさすがにスペースが狭すぎて避けられない。勝負を決めるなら今だ。
「フリージアさん、お願いします!」
「じゃあ行くわよっ! せぇーのっ……!」
フリージアさんは掛け声とともに、刃渡り1メートル以上もある大剣をまるで野球のバッティングのようにスイングした。ただ野球と違うのは、彼女がやつに向かってそれを放り投げたということだ。
―― ブンブンブンブンブンブンブンブン……! ――
「ぬぉっ!?」
フリージアさんの投げた大剣が重苦しい唸りを上げ、死体使いに向かって飛んでいく。やつはそれが自分の首を狙って飛んできたことに気付くと、さすがに驚いたような顔で身を竦めた。
「今だ亮!」
「ああ!」
身を屈めて頭部を庇ったことで、死体使いの攻撃がわずかに途切れる。ほんの3秒足らずのことだったが、やつの腕を掴める距離まで近付くには十分だ。
「ちぃいっ!」
飛んできた剣をやり過ごした死体使いが再び両手をかざし、目の前の俺たちに向けて光弾を放とうとする。だがそのときすでに俺はやつの右、亮は左へと回り込み、その手首を掛け受けの要領で捕らえていた。
「せいぃっ!」
「はぁっ!」
俺は右手でやつの右手首を掴みつつ、空いているほうの手でやつの肘に上から手刀を叩き落とした。そうすることで伸びていた肘が強制的に曲げられ、やつの腕が『く』の字に曲がる。さらにそのまま左手で自分の右腕を掴み、数字の『4』を描くようにやつの腕を極めれば、文字通り『4の字アームロック』の完成だ。
亮のほうもやつの左腕を捕らえると同時に、俺と鏡映しのような形でやつにアームロックを極めていた。
「――!?」
この技は立った状態で仕掛けてもあまり効果はないが、ここから下へ押さえ込むように力を加えれば相手を無理やり寝かせることができる。技をかけられたほうは自分の耳を塞いだときのような格好で手首を後ろへ押されるため、さらに後ろから足を払われるとあっさり捻じ伏せられてしまうのだ。
1人で仕掛けるときはもちろん片方の腕しか極められないので、空いているほうの手で殴られたり背中に抱きつかれるという欠点もある。だが今は2人がかりで両方の腕を極めているため、やつはもう後ろに倒れるしかない。
このまま仰向けに寝かせたところで胸のあたりを踏みつけ、さらに捻りを加えてやれば肩の関節が外れる。さすがに両肩を外されたらやつも光弾が撃ち出せなくなるだろうから、あとはロープで縛り上げてやればいい。そう思っていたのだが――
―― ボボンッ! ――
「うわっ!?」
「なっ!?」
俺がやつの足を後ろから刈ってやろうとした瞬間、すぐ目の前で小さな爆発が起きた。
「ぐわぁぁぁぁぁっ!!?」
少し遅れて凄まじい悲鳴が上がる。やつの髪や服の襟元に火がつき、頭部が炎に包まれたのだ。俺たち2人も危うくダメージを受けるところだったが、すぐさま技を解いて飛び退いたおかげでなんとか無傷で済んだ。
「こ、この馬鹿……焦って魔法を暴発させやがったな?」
「いや、僕たちが技を仕掛けたときにはすでに発射寸前だったのかも。いずれにせよタイミングが悪かったんだろう」
俺たちが今使った『4の字アームロック』という技は、目の前に拳銃を突きつけられたときなどにも有効である。銃の射線上から身をかわすと同時に素早く技を極めてしまえば、逆に銃口を相手のこめかみに向けることができるからだ。
だがそうなったとき、たまに自分で自分の頭を撃ち抜いてしまうやつがいる。いきなり反撃されたことでパニックを起こしたり、地面に捻り倒されるときの衝撃で思わず引鉄を引いてしまうのだ。こいつもまた思わぬ反撃に驚き、魔法の制御を誤ってしまったに違いない。
「かはっ…………か……が…………がはっ…………!」
炎のせいで息が吸えないのか、死体使いが乾いた笑いのような声を上げてのたうち回る。こちらとしては命まで奪う気などなかったのだが、これではもう助かるまい。
せめて水筒の水をぶっかけて火を消してやろうと思ったが、俺がそうする前にやつは動かなくなった。髪と上着の一部が燃え尽きたところで炎は消えたが、呼吸のほうが続かずに窒息したのだろう。
「うわ……こりゃひでぇな。火傷どころか上半身丸コゲだ」
「自分の魔法で自爆か……ちょっと気の毒な最期だったね」
「しょうがねえよ、こりゃ事故みたいなもんだ」
「とにかく、これで邪魔者はいなくなったわね。早く先に進んで勇者様を探しましょう」
「ですね。って……ああっ!?」
「ど、どうしたの?」
「フリージアさんの剣、扉の横に思いっきり突き刺さってますよ!」
「あらー……ちょっと力を入れすぎちゃったかしら」
通路の先の壁には天井まで届く巨大な扉があり、そのすぐ傍には大きな電卓のようなものが埋め込まれていた。しかしその機械のすぐ真上にフリージアさんの大剣が刺さっていて、亀裂が入った壁の隙間からバチバチと電気がスパークしている。
「これ、もしかして配線が切れて開かないってパターンじゃないよな?」
「とにかく見てみようよ」
全員で扉の前に近づいてみると、傍にあった機械には小さな液晶画面がついていた。さらにその下には12個のボタンが並び、この世界の文字で0から9までの数字と記号が書かれている。画面にはアンダーバーのようなカーソルが点滅しているので、どうやら壊れてはいないらしい。
「燈真、これって多分テンキーだよね。一番下の3つはゼロとエンターキーだとして……もう1つはデリートキーかな? 3桁の数字を入力するみたいだ」
「おいおい、オートロック式のマンションかよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。お2人にはこれがなんだか分かるんですか?」
俺と亮がドアの開け方について話していると、チェルシーさんが慌てた様子で会話に割り込んできた。そうか、俺たち2人には当たり前のものであっても、この世界の住人にとっちゃ初めて見るものだよな。
「えっと……俺たちの世界にあったのと同じようなものだと思います。多分ここに書いてある10個の数字を組み合わせて、決まった番号のボタンを押すと扉が開く仕掛けなんですよ」
「だとすると、その番号が分からないとこれ以上進めないってことっスよね」
「いえ、3桁の数字なら000から999までですから、総当りで1000回試せば開くでしょう。1回に3秒かけたとしても50分だけど……多分999ってこともないでしょうから、そんなに時間はかからないと思いますよ」
「……燈真って普段は気が短いくせに、こういうときだけ妙に根気あるよね」
「しゃあねえだろ。さっきのやつが番号を知ってりゃ締め上げて吐かせたんだけど、あれじゃあな……」
そう言いながら後ろを振り返ってみる。
上半身が黒コゲになった死体使いは、さっきまでと変わらぬ姿でそこに倒れていた。完全に死亡を確認したわけではないが、あれでは奇跡的に生きていたとしてもまともに喋れるとは思えないし、番号を知っていたところで聞き出すのは不可能だろう。
「ま、気長にやるさ。皆はこのドアが開くまでちょっと休憩しててくれ」
「じゃあ、先にこれ抜いちゃうわね」
そう言いつつ、フリージアさんが壁に突き刺さった剣を抜こうとする。
「あ、待ってフリージアさん!」
「えっ?」
もしも剣が刺さったままの状態でも通電しているなら、下手に抜くとそれが断たれてしまうおそれがある。そうならないようドアが開くまで剣はそのままにしておくつもりだったのだが……声をかけるのが遅すぎた。
―― バヂヂィッ! ――
彼女が剣を抜いた途端、壁の亀裂から漏れた電気が再び激しくスパークする。そして俺が番号入力を試そうとしていたコンソールとモニターは、それと同時に煙を上げて沈黙した。
今回登場させた技は通常のアームロックを変形させた『4の字アームロック』です。
孤独のグルメでゴローさんが使うことで有名なのが通常のアームロックですが、これは逆に相手の腕を上に向けて後ろへ捻るタイプのものになります。
これ、文字で説明するのがもの凄く難しいんですよね……。もう一度手順を説明しますと、
1.まず相手の右手首を自分の右手で掴みます(自分の親指が相手の肘側、小指が相手の手首側になるようにします)
2.相手の肘に上から手刀を落として腕を曲げさせます(手刀といっても手ではなく、前腕そのものを叩きつける感じです)
3.曲がった相手の肘に自分の左腕を挟んだまま、左手で自分の右肘を掴んでガッチリとロックします(この時点で相手の腕が横と斜めの棒、自分の右腕が縦の棒になる形で『4』の字が完成します)
4.後ろから絡めた自分の左腕を支点にして、相手の手首を掴んだ右手を前に倒します。さらに下へ体重をかけることで、本文中で説明したように相手を組み伏せることができます。
一見ややこしい技ですが、手首を取ってしまえば技に入るまで2秒もかかりません。さらに組み伏せてからもう片方の腕を踏みつけて動きを封じるなど、武器を持った相手の制圧にも役立つ便利な技ですよ。




