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63.ハサミ男との戦い方


 ノッポの男が「ちょっと待ってくれ」とでも言わんばかりに両手をこちらに向け、その前でチビの男がハサミを大きく広げている――それがやつらの構えだった。

 戦いの基本を踏まえればチビのほうが攻撃担当の前衛とみるべきだが、やつらが魔族である以上ノッポのほうにも油断はできない。魔族は精霊の力を借りずに魔法を使えるのだから、ノッポのほうが先に魔力の弾などを撃ち出してくるかもしれないのだ。

 そう考えると、あのてのひらの射線上にいるのは非常に危険といえる。俺以外の3人もそれは感じているのか、やつの手が自分のほうを向くたびにそこから身を逸らすようにしていた。


「クキキキ♪ なんだい、かかって来ないのかい?」


 前にいるチビが大バサミをジョキジョキと鳴らす。

 こいつも一見棒立ちのように見えるが、自分はもちろん後ろのノッポに近づこうとする者をバッサリいってやろうという殺気がひしひしと感じられて、どちらを攻撃しようにもなかなか隙がない。


「……なら、こっちから行くヨ!」


「――!」


 まずは後衛のノッポが遠距離攻撃を仕掛け、前衛のチビがそれに近づこうとする者を迎撃する作戦かと思ったら、意外なことにやつらのほうからフォーメーションを崩してくれた。広げたハサミを目の前に掲げたチビが、いきなり俺のほうへ飛びかかってきたのだ。


 ―― ジャキン! ――


 ハサミが閉じられる前に上半身を大きく左に倒し、首への攻撃を紙一重でかわす。

 サイドステップで攻撃をさばくのを得意とする俺にとって、こんなふうに左右から挟み込んでくる武器は少々やり辛い。真っ直ぐなダッキングでは攻撃をかわした後に敵の姿が見えにくくなるうえ、タイミングが少しでも遅れれば自分から大バサミの刃に突っ込むことになるからだ。かといって後方へのスウェーでは避け損ねたときに鼻を削がれかねないし、フェイントで腹のほうを狙われたらそれこそ臓物をぶちまける羽目になる。


「キキッ♪」


 俺とすれ違うように着地したハサミ男が、こちら向いてにたりと笑った。

 この野郎、4人の中で俺が一番弱いと判断しやがったな。確かに間違っちゃいないが、今の笑いはちょっとムカついたぞ。


「シェェェァ!」


めんなっ!」


 再び飛びかかってきたハサミ男の二撃目をさっきと同じようにかわしつつ、俺はまだ宙にいるやつのあごをカチ上げようと左のアッパーをくり出した。だが――


「ケケェッ!」


「なっ!?」


 そのとき、俺は信じられないものを目にした。なんとハサミ男は空中でバック転し、俺のアッパーを見事にかわしてのけたのだ。地面はおろか足場になるものは何もなかったはずなのに、まさに宙を蹴ったとしか言いようがない。

 あまりにも意表を突かれたせいでこちらの思考が一瞬停止する。そのわずかな隙を狙って、空中反転したやつのハサミが俺の左手首を切り落とそうと伸びてきた。


「危ねぇトウマっ!」


 ―― シャキンッ! ――


 シルヴィが後ろから袖を引っ張ってくれたおかげで、俺は危ういところで手首から先を失わずに済んだ。会心の反撃が失敗に終わったハサミ男は一瞬だけ忌々しそうな顔をしたが、間合いの外へ逃げると同時にまたも嫌な笑みを浮かべている。


「うぉぉ……あっぶねぇ。助かったぜシルヴィ」


「おいトウマ、今の見たか? あのチビ、宙を蹴って体勢を変えやがったぞ」


「ああ。ちくしょう、なんだあの重力を無視した動きは。ハリウッド映画の下手糞なワイヤーアクションかよ」


「燈真、大丈夫っ?」


 少し離れた場所にいた亮が俺のピンチを察して声をかけてくる。


「心配すんな亮、お前はそっちのノッポに集中しろ!」


 俺がハサミ男の攻撃をかわしている間、亮とフリージアさんもノッポの男が放つ奇妙な魔法の攻撃に晒されていた。やつがてのひらで円を描くとそこに光の――天使の頭の上にあるような光輪が出現し、それが掌打とともに放たれるのだ。


 ―― バシュゥ! ――


「くぅっ?」


 亮が飛び退いた場所に光輪が炸裂し、透明な床にすすけたような焦げあとを残す。ここの床が熱に強いのか弱いのかは知らないが、どちらにせよ人間があれを食らえば大火傷は間違いないだろう。

 円を描く手の動きで攻撃範囲は事前に分かるようなものだが、だからといって隙が大きいわけでもない。手の動きそのものが空手の『まわし受け』のような防御になっているし、光輪もまた武器だけでなく盾にもなるからだ。


「シャァァッ!」


「うぉっ!?」


 俺がわずかに亮たちのほうへ注意を向けた瞬間、ハサミ男がまたも襲い掛かってきた。


 ―― ジャキン! じゃきん! ジョギン! しきぃん! ――


 ハサミ男がウサギのように跳ね回りながら斬撃をくり出してくる。ほとんどの攻撃が首を狙ってくるおかげでなんとか避けられているが、早くこのハサミを止めないといずれ本当に首を落とされてしまう。


「シルヴィ、俺がなんとかやつの動きを止める。その瞬間にお前がえげつないのを1発ブチ込んでやれっ!」


「分かったぜ!」


 俺は少し重心を後ろに乗せつつ、軽く両腕を下げて車のハンドルを握るような構えをとった。教習所では8時20分(※ 時計の4と8の角度)のところを握れと教えられるそうだが、そうすると格闘技の構えとしては胸から上がガラ空きになる。


「なんだ、もう観念したのかい? それなら遠慮なく仕留めさせてもらうヨッ!」


 ハサミ男が低い姿勢で間合いを詰め、そこから伸び上がって俺の首を狙ってきた。こちらがそろそろボディへの攻撃が来るんじゃないかと警戒する構えなので、下とみせかけて上を狙うというフェイントをかけたつもりなのだろう。だが、俺はこの動きを完全に読んでいた。


(よしっ、狙いどおり!)


 俺が首をガラ空きにしたのはもちろんわざとだが、元々これは顔面への攻撃を誘い、それをかいくぐってタックルを決めるために編み出された『ブラジリアン柔術』の構えだ。

 この構えに対して低い姿勢でタックルを仕掛けた場合、ちょうど顔の高さにある拳で迎撃されることになる。それゆえ相手から先に攻撃させて自分のタックルを後出しするのが肝となるのだが、やつは見事にそのための『作られた隙』に引っかかった。


ったァ!」


 ―― ガッ! ――


 そのとき、やつには明確な勝利のビジョンが見えていたのだろう。だがそれを裏切るかのように、ハサミの刃は俺の首に触れる寸前で止まっていた。俺がクロスさせた自分の両手でやつの両手を掴み、ハサミを閉じるのを妨害したのだ。石のような2つの拳が手元の部分に挟まっているため、やつが少々力を込めたところでハサミはそれ以上閉まらない。


「な、何ィっ!?」


 中二病を患ったことのある健全な男子中学生ならば、誰でも一度は学校に進入してきたテロリストやゾンビと戦う妄想をしたことがあるだろう。俺もその延長で様々な武器や凶器との戦い方をシミュレートしたものだが、意外と誰も想定しないのが『枝切りバサミ』との戦いだ。

 この『枝切りバサミ』というやつ、実は意外と恐ろしい武器になる。植木屋が使うような柄の長いものだと閉じた状態でも槍のように使えるし、指や手首を切られるのが怖くて下手に防御もできない。

 そこで対抗策として俺が思いついたのが、ハサミという道具の構造を利用したこの防ぎ方である。ハサミは手元を閉じなければ先端も閉じないのだから、動きの支点となる中心部の近くに手足や首より太いものを挟んでやればいいのだ。

 しかも相手は持ち手の部分をしっかりと掴まれているので、よほど力の差がなければ再びハサミを広げて振りほどいたり、そのまま前進してこちらの首に刃を当てることもできない。俺のほうも自由なのは足だけなので反撃手段は少ないが、今は――自分の代わりに敵を攻撃してくれる仲間がいる。


「今だシルヴィ!」


「応っ!!」


 ―― ずぱぁん! ――


「ブギェ……!」


 俺に動きを封じられたハサミ男の顔面に、シルヴィの掌打がもの凄いうなりを上げて炸裂した。虎の爪攻撃というよりは、ヒグマが人間の顔をえぐるかのような一撃だ。

 床に叩きつけられたやつの顔は、きっと弾けたザクロのようになっているに違いない。そう思って恐る恐る見てみると……顔がグチャグチャどころか、首がフクロウみたいに真後ろを向いていた。


「うぉぉい! えげつないのを食らわせろとは言ったけど、ちょっとやりすぎだろ! ひでぇ……こりゃ即死だな」


「ええっ!? あ、あたしはそんなに力入れてないぞ!」


「といってもなあ……お前、獣人なんだから元々馬鹿力じゃん。けどやっちまったもんはしょうがねえ。とにかく、今はもう1人を倒すのに集中するぞ」


 シルヴィの雑な力加減に呆れながら、やつが手放した大バサミを遠くへ投げ捨てる。そして亮たちに加勢するためにノッポのほうへ向き直ろうとしたそのとき――


「トウマさんっ!」


 背後からティナの叫び声が聞こえた。


「――っっ!?」


 咄嗟とっさに振り向きながら大きくステップしてその場を離れると、そこで倒れていたはずのチビがむくりと起き上がっていた。チビは頭が前後逆になったまま、よたよたとノッポのほうと戻っていく。


「フン、使えん傀儡くぐつめ。やはり5年も使っているとあちこちにガタがくるか」


「な……!」


 ノッポの男が目の前に手をかざす構えを解き、両手の指先同士を強く擦り合わせるような動作をする。するとチビの体が一瞬びくりと震え、グラグラだった首がもげて床に転がった。


「おいおい、そいつはお前の操り人形だったのかよ」


「ふふ、5年前に勇者に敗れた負け犬よ。首を落とされて無様に転がっていたところに、俺が新たな命を吹き込んでやったのだ。この不可視にして触れることもあたわぬ魔力の糸でな」


 そう言いながらノッポが宙を掴むように手を持ち上げる。確かに何も見えないが、その指先からは魔力の糸とやらが垂れ下がっているのだろう。

 さっきハサミ男が宙を蹴って空中反転した離れわざも、きっとやつがその糸で引っ張ったのに違いない。だがこちらには干渉することができないというあたり、ラジコンのような無線式の操作だと考えるべきか。


「なーんだ、首は元々取れてたのかよ。あたしがブン殴ったせいかと思って焦ったぜ」


「まさか死体を操ってたとはな。それにしては表情が豊かすぎて、気付くどころか考えもしなかったよ」


「あれは俺の表情がそのまま伝わっていただけだ。なにせ操っている間はこちらの意識まで傀儡くぐつのほうに流れ込むのでな」


 なるほど、やつが覆面で顔を隠していたのは自分と死体の表情がリンクしているのを悟られないためか。どうやら先ほどまでの構えも光輪を撃ち出すのが本来の目的ではなく、死体を遠隔操作する動きをカモフラージュしていたのかもしれない。


「見事なもんだよ、亮たち2人と戦いながら同時にこっちの相手もしてたんだからな。さっきあんたが言ってた『4対1でも構わない』ってのも、あながちハッタリじゃなかったってわけだ」


「本来は大勢を同時に相手取るための術ではなく、死体だと思わせておいて背後から不意をつくための術だがな。しかし……武器を失ってはこいつももう役に立たんか」


 ノッポの男がチビの死体を無造作に蹴り飛ばし、頭のほうも一緒に壁際へと転がっていく。

 仮にも同属の死体をあんなふうに扱うあたり、どうもこいつは俺の嫌いなタイプのようだ。


「ふん、そいつの声もあんたの腹話術だったんだろ? 随分楽しそうに演じてたくせに、えらく酷い扱いをするじゃねえか」


「クキキ♪ こっちのほうが好みかネ?」


 死体使いが顔を隠していた覆面を脱ぎ捨て、さっきまでのハサミ男と同じ声でにたりと笑う。決して嫉妬するほどのイケメンでもなかったが、俺はそのつらをボコボコにしてやりたい衝動に駆られていた。

 今回は昔の植木職人が使っていたような枝切りバサミを想定し、それよりもさらに刃渡りの長い大バサミとの戦いを描きました。

 戦うときに気をつけるべきことや対策はすでに本文中で説明済みですので、ここからはハサミ男の不用意な一撃を誘ったブラジリアン柔術の構えについて解説します。


 まずどんな武術にも言えることですが、格闘技には必ずコンセプトというものがあります。分かりやすく言いますと、それぞれの格闘技が『喧嘩(または殺し合い)にどうすれば勝てると考えているか』ということですね。

 例えば作者が得意とするサイドステップでのさばきですが、これは『相手の横、または後ろに回り込んだ者が勝つ(横や後ろをとられたら人間は何もできない)』というコンセプトに基づいています。

 これがブラジリアン柔術という格闘技では『マウントポジション』をとった者――すなわち『相手に馬乗りになった者が勝つ』というのがコンセプトになり、全ての技術はそこへ辿り着くための布石ということになります。

 マウントポジションをとるためにはまず相手を寝かせなければならず、そのための基本がタックルであり、相手からカウンターをもらわずにそのタックルを決めるためには……ということを突き詰めていった結果、あの構えが生まれたわけです。

 作中でも書いたように、あの構えからタックルを決めるには相手の顔面パンチをかいくぐり、後出しで動くのが理想型です。実際には前蹴りでフェイントをかけたり、膝でのカウンターなども警戒するのでそこまで単純な図式でもありませんが……。


 ちなみにノッポ男がやっていた手の動きを空手の『まわし受け』のようだと表現しましたが、実は一般的に言われる『まわし受け』には『回し受け』と『まわし受け』の2種類が存在します。

 今まで何度か登場した『け受け』のような手刀での受けを上段と中~下段で同時に行うのが『回し受け』で、こちらは漫画『刃牙』シリーズで有名になったものです。

 もう1つは前方に突き出した手で小さな円をぐるぐると描き、相手の攻撃を自分の外側へと受け流していくもので、こちらのほうは『まわし受け』と表記します。伝統派空手の中でも有名な『上地流』が得意とするらしいですが、最近では某武装少女が戦うアニメでラスボスだったキャラが使っていましたね。

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