62.魔王城の謎
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俺たちを誘い込むかのように開いた扉の奥には、漆黒の闇が広がって……いるかと思ったら、意外にも城の中は明るかった。
縦横100メートルほどもある広いホールの壁には等間隔で明かりがついていたが、俺たちが来る前からずっとこの状態だったというわけではなさそうだ。その証拠に、まだ暗い奥のほうへも次々と明かりが灯っていくのが見える。
「門が開くと同時に自動で明かりがつく仕掛けみたいっスね。あれは燭台に火が灯ってるんじゃなくて、魔法の光かな?」
「人間の城と似た造りですが、荘厳さという点ではこちらのほうが勝っていますわね。さすがは魔王の城といったところでしょうか」
「うーん、これを荘厳と言っていいのかな? ホールも広いし天井も無駄に高いけど、どうも住んでるやつがデカいからそうする必要があっただけ……って感じなんだが」
そう言いつつ、俺は自分の周囲に広がっている空間を見渡してみた。
外から見ていたときはどれだけ複雑なダンジョンが広がっているかと覚悟していたのだが、予想に反して城内の構造はかなりスカスカだった。まだ1階しか見ていないのでなんとも言えないが、もし上の階層もこの調子なのだとすれば、ここは普通の城をただスケールアップしただけとも言える。
「トレントやゴーレム、他にも大きな魔物はたくさんいますから、それに合わせた広さなのかもしれませんね」」
「う、うん」
ティナの言葉に答えるときだけなぜか声がうわずってしまう。必要以上に意識しないようにとは思っているのだが、どうしても一昨日のことが思い出されてしまうのだ。
「文献によると、魔王の体格も入口の前にあった像と同じぐらいの大きさらしいっスよ。大体人間の2倍強ってとこですかね」
発掘作業用なのか、野暮ったい砂色のローブを纏ったチェルシーさんがそう呟く。
彼女はさっきから老朽化して欠け落ちたと思われる壁や柱などの破片を拾い集め、ハンカチのような布でそれらを大事そうに包んでいた。あれを調べればこの城がいつから建っているのかが分かったりするのだろうか?
「まあ、ゲームや漫画とは違うってことなんだろうね。いつ来るか分からない勇者に備えて迷路を作ったり罠を仕掛けたりするよりも、自分たちが日常で使う利便性のほうを優先したんじゃないかな」
「常識的に考えて……か。拍子抜けっちゃあ拍子抜けだけど、現実はそんなものってことかね」
「今もまだ魔物の生き残りが住み着いてたりするんですかね? だとしたら、父さんの手がかりなんて残ってるんでしょうか……」
「ティナ、何か邪悪な気配とかは感じないか?」
「はい、この場所や上のほうからは特に……。ただ、地面の下から大きな力を感じます」
「下から? それって前にチェルシーさんが言ってた、地下に封印されてるっていう女神アウラなのかな?」
「その可能性はあるっスよ。『アウラの涙』があるとしたらきっとその近くでしょうし、上よりも地下に続く階段を探したほうがいいと思うっス」
「――どっちにせよ、上に行くのは無理みたいよ」
少し離れた場所からフリージアさんの声がした。
彼女は正面玄関から見て右の壁際にある大きな柱の陰にいたのだが、どうやらその柱を回り込んだ先に上へと続く階段があるらしい。だが彼女の傍まで近寄って柱の裏側を見てみると、人間が10人は並べそうな広い階段は途中で派手に崩れてしまっていた。
「あちゃぁ……確かにこれじゃ上には行けませんね。けど困ったな、魔王ってぐらいだから一番上の階にいたんだろうし、アルの親父さんの手がかりがあるとすればきっとそこだと思ってたんだけど……」
「……んん?」
チェルシーさんが階段の崩れた部分ギリギリまで近づいて、何やらその断面をじっと見ている。
「チェルシーさん、あんまり近づいたら危ないですよ」
「トウマさん、多分上の階に勇者様の手がかりはないと思うっスよ。それにティナさんの仰るとおり、魔族や魔物なんかもいないと思うっス」
「え、どうしてそんなことが?」
「この階段、風化具合からみて5年や10年前に崩れたものじゃありませんよ。さっき壁や柱も調べましたけど、この城は何十年も前から手入れもされないまま放置されてるみたいっス。私たち人間が乗っても崩れそうなぐらい傷んじゃってますから……」
「それよりデカい魔物が徘徊できるわけがない……ってことか」
「きっと建物がここまでボロボロになる前に、とっくに別の場所へ移っちゃったんでしょうね」
「じゃあ、5年前にここを訪れたアルの親父さんはどこで魔王と戦ったんですかね?」
「考えられるとしたら全く別の場所か……もしくはこの城そのものがただの飾りで、魔王の本拠地は地下だったという可能性もあるっス」
「なるほど。でもそうなると、いずれにせよ地下への階段は探さないといけないな」
「おいトウマ、こっちだ! こっちに下りられる階段があるぞぉ!」
正面玄関から見て左側の壁際、フリージアさんが上り階段を見つけたのとは真逆のほうにいたシルヴィが大声で叫ぶ。彼女の傍に立っていた柱の裏側には、右の階段と対になるような形で地下へと続く階段があった。
「おおっ、探さなきゃと言った矢先に『あったよ階段が!』と見つけてくるこのタイミングの良さ。思わず『でかした!』と褒めてやりたくなるな」
「やめんか、彼女はただ上り階段の逆側を探してみただけなんじゃ」
「あいつは干し肉が大好物なんだよ! なのに俺は今、携帯食料の食べ残ししか持ってないからちくしょう!」
俺と亮がこの世界の住人には決して分からないであろうネタで盛り上がる。このまま俺だけ元の世界に帰ってしまったら、もうこいつとこんなやり取りができないのかと思うと少し寂しくなってくるな。
「よし、それじゃ魔王の城の地下見物に行ってみますか」
地下へと続く階段の底からは、何やらぼんやりと明るい光が漏れている。俺はほんの少し不安を感じつつも、それ以上の好奇心に駆られながら階段を下っていった。
2
「こ、これは……」
「…………!」
階段を下りた先の扉を開いたところで、俺たちは驚くべきものを目の当たりにした。パーティの中でも特に俺と亮の2人が一番驚いただろうと思う。
「こんなの……この世界の文明レベルじゃ有り得ないよね」
「ああ、それどころか俺たちの世界よりも進んでるんじゃないか?」
そこに広がっていたのは、科学文明の発達した世界から来た俺たちですら見たことのないような光景だった。地下鉄の通路を3倍ぐらい広くしたようなその廊下は、壁も床も天井も――全てが分厚いアクリル板のような素材で作られていたのである。
しかも透明な壁や床の向こうからは淡いブルーの光が放たれ、まるでSF系のアニメに出てくる電脳空間のようだ。もしくは何かの研究所か、悪の組織の秘密基地というべきか。
「んのぉぉぉぉっ!!!! な、なんスかこれはぁぁぁっ!?」
チェルシーさんがもの凄いテンションで叫び声を上げる。そりゃ古い城の地下に自分たちよりもはるかに進んだ文明の遺構があったりしたら、考古学者として驚くのは当然だろう。
「亮、どういうことだと思う? 俺より漫画やアニメを多く見てるお前の意見が聞きたいんだが」
「例えば……女神アウラは他の星からやって来た宇宙人だとか?」
「おいおい、それこそ漫画にしたって超展開すぎるだろ。しかも魔王の城なのに、どうしてそこで女神が出てくるんだ?」
「ここは女神アウラが最初に降臨した場所でもあるって話だけど、それって不時着した宇宙船が壊れて帰れなくなったというパターンだとは考えられないかな。そしてここがまさにその宇宙船の中だとしたら……この壁や床の感じとか、なんかそれっぽくない?」
「ああ、そういうことか。だけど、それにしてもなぁ……」
言われてみれば有り得ない話でもないとは思うが、さすがに宇宙人というのは突拍子もなさすぎる気がする。いや、しかし……可能性はあるか?
確かに俺の世界でも猿から人類への進化は宇宙人が促したとか、その恩恵を受けた古代文明があったという説はある。そしてこの世界には亜人や獣人などという種族までいるのだから、猿がそんなふうに進化するよう手を加えた宇宙人がいたと考えられなくもない。
「…………っ」
「どうしたティナ、気分でも悪いのか?」
「い、いえ……なんだか変なんです。ここに漂っている魔力はむしろ神聖なもののように思えるのに、なぜかそこに黒い意思が混ざりこんでいるような……。上手く言えないんですけど、悪意のない邪悪さみたいなものを感じて」
「悪意がないのに邪悪って……昆虫を殺すのが悪いことだと思わない子供みたいなものか?」
「そんな感じかもしれません」
「一体この先に何があるってんだ……」
淡く光る通路の先はまたもつづら折りの階段になっている。俺たちは魔物や魔族が現れないかと前後に気を配りながら、慎重に下層へと下りていった。
3
「ん?」
建物ならばおそらく数十階分、100メートル近くは下りてきただろうか? ようやく現れた平坦な通路を歩いていくと、突き当たりにある透明ではない壁の前に何者かがいた。2メートル以上もある長身の男かと思ったら、よく見ると俺と同じぐらいの背丈のやつが、わずか60センチほどしかないチビを肩車している。
「人間……か? 珍しいネ」
ノッポの肩に乗っているチビがオウムじみた甲高い声で呟く。
尖った耳にぼっちゃん刈りの銀髪、そして目の下に刻まれた紋様――おそらくこいつも魔族なのだろうが、黒目が異常に小さくてまるで別種の生き物というか、むしろ魔物のようだ。その手の中には、刃渡りだけでそいつの身長とほぼ同じぐらい大きなハサミが握られていた。
「魔王様が亡き今、わざわざこんなところまでやって来たということは……勇者を連れ戻しに来たか」
今度は下にいるノッポのほうがドスの効いた低い声で呟いた。こいつは忍者のように頭巾を巻いて顔を隠しているが、わずかに覗く耳と銀髪でやはり魔族だと分かる。
「だが、ここから先へは誰も通すわけにはいかん。魔王様の復活を邪魔させぬためにも、勇者の封印は断じて解かせはせんぞ」
「勇者を封印だって? どういうことか、説明してもらおうか」
「なんだ、たまたま入り込んできただけの冒険者かい? だけど事情を知ろうと知るまいと、ここまで立ち入った時点で君タチを生かして帰すわけにはいかないネ。ウケケケケケケケッ♪」
一見子供のような顔をした銀髪のチビが操り人形のような動きで笑う。くそ、気味悪いなこいつ。
しかしこいつらの口ぶりからすると、どうやらこの先にアルの親父さんがいるらしいな。生身の人間がどうして5年間もこんな場所にいられたのかは知らないが、ともかくこいつらを倒して先に進めば分かるだろう。
「亮はフリージアさんと一緒に下のデカいほうを頼む。シルヴィ、俺と一緒に上のチビをやるぞ!」
「分かった」
「ええ、いいわよ」
「んにゃぁっ、任せろ!」
俺たち4人が戦闘モードに入ったと見るや、チビのほうもノッポの上からぴょんと飛び降りて巨大なハサミを頭上に掲げた。今の動きを見ただけでも、やつがかなり素早いことは容易に想像できる。
「アル、シャーロット、お前らはティナとチェルシーさんを頼む」
「はいっ!」
「ちょ、ちょっと、私も戦いますわよ。女性だからって、男に守られているばかりだなんて思わないでください」
「別にお前を戦力外だなんて思ってねえよ。あの身軽なチビがいつそっちに飛びかかるか分からないんだ。チェルシーさんは戦えないんだから、お前がしっかり守ってやってくれ」
「……わ、分かりましたわ」
「さて、4対2なわけだが……まさか卑怯だなんて言わないよな?」
「ふふ、別に4対1でも構わんぞ」
ノッポのほうが分厚い手袋をした両手を持ち上げ、漫画やアニメでよく見る拳法のようにゆらゆらと円を描き始める。俺たち前衛組はその得体の知れない動きに対し、それぞれの武器を構えて迎撃体勢をとった。




