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60.最後の旅へ


 1.


 1週間後――旅支度を整えた俺たちは王都の北門から出てすぐのところに集合していた。

 馬車の中には荷物の入ったたると防寒仕様の寝具、あとは約1ヵ月分の保存食が積まれている。こちらと違ってトライアンフの領内にはまだ雪が残っているかもしれないので、食料の現地調達は難しいだろうと考えてのことだ。


「よし、じゃあ行くか。まずはカマロさんたちの集落を目指して、そこで色々と補給させてもらってから西へ向かおう」


「そうですわね。もうすぐトライアンフ討伐軍も出陣するでしょうから、東側が騒がしくなる前に早く行ったほうがいいですわ」


 馬車を動かすために御者ぎょしゃ席へ乗り込もうとしていた俺の言葉にシャーロットが相槌を打つ。


「……なあ、本当にお前もついて来る気かよ?」


「当然でしょう、もしもあなたが『アウラの涙』を見つけられずにおめおめと帰ってきたら、私は今度こそあなたと結婚しなければならないんですから」


「な、なんだとぉ!?」


 シャーロットが俺との結婚という言葉を口にした瞬間、荷台の後方からシルヴィの叫び声が上がった。そういや彼女にはシャーロットとの関係をほとんど説明してなかったっけ。


「おいトウマ、どういうことだよ! なんであたしというものがありながら、こんな香水臭い女と結婚するなんて話になってんだこらぁ!」


 檻から放たれた猛獣のように飛び出してきたシルヴィが凄まじい力で俺の襟元を掴み、ガクガクと頭を揺すってくる。


「い、いや待てシルヴィ。それはただの偽装っつーか、ちょっ……首……首絞まってる……」


 モフモフの手をパンパンと叩いてギブアップの意思表示をするが、シルヴィは俺の首を絞める手を緩めようとしない。マズい、このままじゃマジで落ちる(※ 失神する)。


「ちょ、ちょっとお待ちなさい! あなた、私という婚約者がいながら他の女性ともそんな約束を?」


 今度は馬から飛び降りたシャーロットが駆け寄ってきて、俺の胸倉を掴んで無理やり自分のほうを向かせようとしてきた。おかげでシルヴィの手は少し緩んだが、2人がかりで首を締められる形になったので状況はむしろ悪化している。


「ち、違……誤解だって。シルヴィとの結婚は『もしも俺が元の世界に戻れなかったときは考えてやる』ってだけで、確定してるわけじゃ……。つーか、なんでお前がそんなに怒ってんだよ」


「う、うるさいですわね! よろしいですか、アルファード家の令嬢ともあろうものが婚約者に逃げられたなど、噂が立つことすら断じて許されないのです。あなたが元の世界に戻ってしまえば『旅の途中で横死おうしした』ということにして誤魔化ごまかせますが、この世界でのうのうと生きていられたらうちの家名に傷が付くことになりますのよ」


「し、知らねえよそんなこと。元はと言えばお前がついた嘘が発端だろうが」


「あなたがどう思おうと勝手ですが、あのお父様が私たちの仲を『実は嘘でした』でお許しになると思いますか? 実質これは嘘をつき通して私と結婚するか、この世界からあなたが消えるかの二択なのです。消える方法が死という形でもいいのでしたら、私は別に構いませんが?」


「ひっでぇ二択だなオイ?」


「私だってあなたのような男を婿にするなど嫌で嫌でしょうがないですわ。ええ、それはもう。けれど……ウフフ、この世界に残るというのならあなたが生きる道はそれしかありませんわよ」


「……なんで嫌だ嫌だって言いながら、最後のほうちょっと嬉しそうなんだよ」


「そ、そんなわけないでしょう!」


「んにゃぁぁーっ! あたしとこいつ、どっちを選ぶかはっきりしやがれぇっ!」


「ぐえぇっ?」


「お2人とも、ちょっと落ち着いてください。トウマさんグニャグニャになってるっスよ」


「「あ……」」


 事情をよく知らないチェルシーさんが止めてくれたおかげで辛うじて助かったが、もう少しで窒息するところだった。やれやれ、こうなったら自分の信念とか皆への義理とか抜きにして、なんとしても元の世界に戻らないと命が危ない。


「あー苦しかった。お前ら、頼むからこの旅が終わるまで喧嘩とかしないでくれよ」


 まだ真後ろで低いうなり声を上げているシルヴィをなんとかなだめ、御者ぎょしゃ席に座って手綱を握る。そして気を取り直して出発しようとしたとき――


「燈真っ!」


「――?」


 城門のほうから聞き慣れた声がした。振り返ってみると、そこにいたのは白い馬に乗った亮だった。


「なんだ亮、見送りに来てくれたのかよ」


 亮が黙って首を横に振り、ゆっくりとこちらに近づいてくる。その腰に剣がぶら下がっているのを見たとき、俺は亮が旅をするための格好をしていることに気がついた。


「燈真、やっぱり僕も一緒に行くよ」


「おいおい、今さらなんだよ? メリッサさんのそばにいてやれって言っただろ」


「そのメリッサに言われたのさ。君を助けに行きたいのなら、私のことなんか放っておいて自分の思うようにしなさいってね。もちろんヴェナルドさんやヴィアーノも賛成してくれたよ」


「その気持ちは嬉しいけどさ……。現実的な話、これ以上人数を増やすのは難しいんだよ。チェルシーさんも含めれば7人もいるし、全員が馬車の中で寝るにはこれでもギリギリなんだ」


「そんなの、あなたが外で寝ればいいだけの話でしょう」


 シャーロットがしれっとした顔でえげつないことを言う。


「ちょ……まだ寒いこの季節に外で寝ろとか、鬼かよお前は」


「はぁ? 私は仮にリョウさんが来なかったとしても、あなたには最初から外で寝てもらうつもりでしたわよ。アルさんならともかく、狭い馬車の中であなたのような野蛮人と同衾どうきんなんて、乙女の純潔が心配ですわ」


「お前なぁ……マジで俺をけだものかなんかだと思ってないか」


「あはは、温泉でのことを考えれば信用されないのもしょうがないよ燈真。僕も付き合うから、寝るときは男2人で毛布にくるまって我慢しよう」


「はぁ……分かったよ。だけどメリッサさんを悲しませないためにも、お前はまず自分の身をしっかり守れよ」


「もちろんさ。僕は必ず君を元の世界に送り返して、それからこの世界でメリッサと幸せに暮らすよ」


「ふふ、お前も俺に負けず劣らずのお節介だなぁ。じゃあ、今度こそ行くか」


 こうして、俺たちは結局8人という大所帯で魔王の城を目指すことになってしまった。


 2


 王都を出発してから約1ヵ月――カマロさんたちの集落で食料を補給した俺たちはドラゴンのいた谷を抜け、さらに西へと向かっていた。このあたりは火山地帯が近いせいで地熱が高いのか、雪が残っていないどころかむしろ少し暖かい。


「おっ、あんなところに町があるぞ」


 いい調子で馬車を走らせていると、俺たちの行く手に少し大きな町が見えてきた。周囲を頑丈そうな石の壁に囲まれていて、なんだか城塞都市といった感じだ。


「ああ、あれはきっとスペイドの町っスね。人間が住んでる場所としては魔王の城に一番近いらしいっスよ」


「それなら私も聞いたことがありますわ。なんでもあそこは勇者様を魔王の城へ送り出すための前線基地として、引退した冒険者や屈強な人々が集まって作られた町だとか」


「だからあんな城塞みたいな造りなのか……。まあ、そうでなきゃ人間が魔王城の近くなんかで暮らしていけないよな」


「歴代の勇者様も皆あそこに立ち寄って、最後の準備を整えてから魔王の城を目指したそうっスよ。今じゃ人間に友好的な魔族の人たちも一緒に暮らしてるなんて話も聞くっスけど……」


「じゃあ、父さんの行方を知ってる人もいるかもしれませんね」


「だけど魔族が住んでるとなると、下手に俺たちの目的を明かさないほうがいいよな。こんなところで『アウラの涙』を探しに来たなんて言ったら、それこそ魔王復活を企んでるっていう連中に筒抜けだろうし」


「ここはあくまで『勇者の息子が行方不明の父親を探しに来た』ってことにして、聞き込みをするならそっちの情報だけにしたほうがいいだろうね」


「よし、それじゃ俺たちも歴代の勇者様にならって行ってみるとしますか」


 そんなわけで俺たちはスペイドの町へと立ち寄ることにした。チェルシーさんによるとここから魔王の城まではあと2日ほどの距離らしいので、ここでしっかりと補給を済ませておこう。



「へぇ、魔王の城が近いってわりにそれほど陰気臭い感じはしないんだな」


 町の雰囲気は俺が思っていたのと違い、とても明るいものだった。魔王の膝元で暮らすだけあってゴツい風体のおっさんが多いものの、皆いい笑顔をした爽やかな人ばかりだ。店で買い物をする魔族らしき人も何度か見かけたが、人間のほうが彼らを差別しているといった雰囲気もまるでない。


「魔王が倒されてもう5年ですからね。魔王が死ぬと魔物の数が減りますから、自然と人の心にも余裕が生まれるんじゃないっスか?」


「そういや前から気になってたんですけど、魔王が倒されても魔物は完全に消えたりしないんですね」


「いえ、ゆっくり数を減らしていくというだけで、いつもは10年も経たないうちにいなくなるらしいっスよ。でも、今回はそのペースがちょっと遅すぎるって言う学者さんもいるみたいっス」


「ふぅん……アルの親父さんが帰ってこないことといい、なんかいつもとは違うんですかね?」


「さあ? 私は魔物の研究が専門じゃないんでよく分からないっスけど……」


「ま、とりあえず今日は宿で休みましょうか。明日は1日聞き込みや買い物をして、魔王の城へ出発するのは明後日にしましょう」


 そして俺たちは食料や他に必要なものを買い込み、魔王の城へ向かうための準備を整えた。


 3 


 次の日の夜、俺は宿の部屋にあるバルコニーに出て星空を眺めていた。

 特に寝苦しいというわけではないのだが、最近なぜか時間がもったいないような気がしてなかなか眠れないのだ。この世界や仲間たちとの別れを惜しんでいるのか、無意識のうちに体が眠るのを拒否しているのかもしれない。


「はぁ……いいなあ、この世界は。空気は美味いし飯も美味い。悪いやつを半殺しにしても捕まりゃしないし、魔物相手なら思う存分空手が使える。おまけに女の子は大体可愛いときたもんだ」


 こうして口に出してみると、科学文明が発達していないこと以外は本当に非の打ち所がない世界だ。亮がここに留まりたがる気持ちも分かるし、よく考えればどうして自分がわざわざ鬱陶うっとうしいことだらけの世界に戻ろうとしているのか分からなくなってくる。


「……ん?」


 そのとき、右のほほにふと風を感じた。それだけなら特に何も思わなかったのだが、そっちのほうからふんわりと甘いような、なんとも優しい匂いがする。

 風の吹いてきたほうを見てみると、隣の部屋のバルコニーに寝間着姿のティナが立っていた。彼女はさっきまでの俺と同じように星空を見上げ、なんだか物憂げな表情をしている。


「ティナも眠れないのか?」


「あっ……ト、トウマさん」


 俺が話しかけると、ティナは驚いたような表情でこちらを向いた。


「星を……見ていたんです。私もお祖母ばあちゃんに教わって少し占いができるので」


「はは、俺の行く末でも占ってくれてたのか? 無事に元の世界へ戻れるって結果が出てればいいんだけどな」


「異世界人であるトウマさんの星は元々この世界にはありません。ですから……あなたの運命は誰にも分からないんです」


「ああ、そういえばフレイアさんもそんなこと言ってたっけ。でもまあ……それが普通のことだしな。それに運命なんてのは、自分の意思と行動次第でいくらでも変えられるもんさ」


「――!」


 俺の言葉を聞いたティナが突然顔を上げ、何かを決意したような表情になった。


「あ、あの……トウマさん」


「ん?」


「大事なお話があるんです。聞いていただけますか?」


「う、うん?」


 ティナが自分のいるバルコニーの端ギリギリまでこちらに近づき、胸の前でぎゅっと右手を握り締める。何か思いつめたような彼女の雰囲気に、俺も思わず真剣な表情でうなずいた。

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