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59.それぞれの目指す場所


「んまーい♪」


「ほんと美味しい。やっぱり冬のシチューって最高よねぇ」


 屋敷の食堂で皆とテーブルを囲み、ヴェナルドのおっさんたちが作ったシチューに舌鼓を打つ。アルが「楽しみにしててください」と言っていただけあって、その味はまさに絶品だった。


「冬といえば……豆腐があれば揚げ出し豆腐や麻婆マーボーも食べたいところなんだけどなぁ。さすがに『にがり』がないとこの世界じゃ作れないか」


 食事中に別の食べ物の話をするのは行儀が悪いとも思ったが、欲望が思わず口をついて出てしまった。この世界に来て9ヶ月は経っているので、さすがに元の世界の料理も恋しくなってきたのだ。


「そういえば、燈真は豆腐料理が大好きだったもんね」


「タンパク源としても良質すぎるからな。やっぱり筋肉つけるにゃ豆よ豆」


「じゃあ、明日は私が豆を使ったスープでも作りましょうか?」


「あー、あれも美味いんだよなあ。ティナも料理の腕ではアルに負けてないと思うよ」


「トウマってば、結局美味しければなんでもいいんじゃない」


「でも分かるぞぉ、ティナの料理もほんとに美味いもんなー」


「シルヴィ、お前はただ他人ひとを褒めるだけじゃなくて見習うってことを覚えろよ。お前が作れるのって『~の丸焼き』だけじゃねえか」


「んなっ? そんなのトウマだって一緒じゃん!」


「俺のはいわゆる『男料理』だからいいの」


「むぅーっ、納得いかねえぞぉ!」


 そんなふうにわいわいと騒ぎながら、俺たちはしばらく楽しい食事の時間を過ごした。

 本当は残ったシチューをもう半日寝かせ、さらに具がトロトロになったのも食べたかったのだが……皆がおかわりしたせいで寸胴ずんどうがあっという間に空になってしまったのが残念だ。


「うーん、ほんと美味かったな。客に出して金取っていいレベルだぞ。なあヴェナルドのおっさん、俺が元の世界に帰ったらパーティは解散して屋敷も広くなるだろうし、ここ改装して店にしちゃってもいいんじゃないか?」


「リョウの旦那が許可してくれるならそうしてもいいけどよ、屋台ならともかく店を1人で回すのはさすがに難しいぜ。アル坊がずっとここにいてくれりゃいいんだがな」


「あはは、駄目ですよヴェナルドさん。僕には父さんの後を継いで立派な勇者になるって夢があるんですから」


「そうなると……やっぱお前に頑張ってもらわないとなぁヴィアーノ?」


「ええっ? ぼ、僕ですかぁ?」


「なんだよお前、他にやりたいことでもあるってのか?」


「僕はどっちかというと、料理よりもお菓子作りのほうが好きなんですよね。だからいつかプロになって自分の店を持てればいいな……なんて」


「ああ、それならおっさんの料理の後にデザートとしてお菓子を出したらいいんじゃないか? 俺の世界じゃパティシエっていうんだけど、料理店でお菓子を作る専門の職人がいるんだぜ」


「そ、そんな職業があるんですか?」


 ヴィアーノくんだけでなく、亮を除く全員が少し驚いたような顔をする。ああそうか、この世界にある料理屋というのはほとんどが『食堂』の域を出ないもので、『レストラン』と呼べるほど洒落しゃれた店はこの王都にもなかったっけ。


「んーと、酒場と一緒になってるような食堂じゃなくてさ、もうちょっと高級な感じの店にはそういうのがあるんだよ。貴族や金持ちが予約を入れてから来店して、高いワインを飲みながら食事を楽しんだ後、最後にデザート食って帰っていくのさ」


「……いいなそれ」


 ヴェナルドのおっさんがまるで少年のように目を輝かせながらつぶやいた。


「いいじゃねえかそれ! ガラの悪い酔っ払いじゃなく、上品な貴族様相手に俺の料理を振舞ふるまう……うーん、考えただけでワクワクしてくるぜ」


 ヴェナルドのおっさんはすっかりその気になったようで、興奮気味な表情をしながらどこか遠いところを見ている。おいおい、ガラの悪い酔っ払いって、俺と初めて出会ったときのあんた自身のことじゃねえか。


「なあヴィアーノ、今こいつが言ったような店……俺と一緒にやらねえか? この町なら貴族も金持ちも大勢いるんだし、きっといい商売になるぜ」


「ぼ、僕がお菓子作り専門の料理人に……」


 ヴィアーノくんも意外な将来の展望が拓けたといった感じで、おっさんと同じように目をキラキラさせていた。自分が夢を叶えたときの姿でも想像しているのか、彼もまんざらではなさそうだ。


「なあ亮、この2人のためにここを改装するって話、真剣に考えてやってもいいんじゃないか? どうせ4人で住むにはちょっと広すぎるだろこの屋敷」


「うん、2人がそうしたいっていうなら喜んで協力させてもらうよ。それに、僕もちょうどこの世界でやりたいことが見つかったからね」


「やりたいことって……自分の国を作るんじゃなかったのか? 俺はてっきりこの国でまた出世して、どこかの領主でも目指すのかと思ってたんだけど」


「それも考えたんだけど……世の中を良くしたいのなら、そんな方法よりもっといいやり方があるって気付いたんだ。今日の君とアルくんを見てたときにね」


「今日の俺とアルって、稽古してたときか? そんなもん見て何に気付いたってんだよ」


「うん、つまりね……空手の道場を開こうと思うんだ」


「――!」


「最近、燈真が図書館に行ってる間にアルくんから色々と聞かせてもらったんだ。君がこの世界でしてきたこと……かつて僕にそうしてくれたように、シャーロットさんの弟にも空手を教えてあげたこととかね。前に君は『本当に世の中を平和にしたいなら強い心を持った人間を増やさないといけない』って言ってたけど、本当にそれを実践してたんだね」


「ああ、確かにそんなこと言ったな。だけど空手を広めるといっても、入門者のほうにあてはあるのか? ウチの家がそうだったけど、道場経営ってかなり厳しいぞ」


「知ってるかい? この辺に住んでる子供たちが君とアルくんの稽古をたまに覗きに来てて、自分たちもやりたそうな目で柵越しに見てるんだよ。それで僕は思ったんだ。まずはあの子たちに空手を教えてあげるところから始めて、いつかこの世界中に空手の――『押忍オスの心』を広められればいいなって」


「政治家じゃなくて教育者になろうってことか……。いいじゃないか、悪いやつは皆殺しの独裁国家なんか作るよりもよっぽど建設的だよ」


「それに、この屋敷は庭もかなり広いからね。母屋をレストランに改装してもまだ十分なスペースがあるし、なんなら庭のほうに新しく道場を建てて、そっちを僕たちの住む場所にしてもいいさ」


 亮がおっさんとヴィアーノくんのほうを見てにっこりと微笑む。


「リョウ様、私もヴェナルドさんたちの店で働いてあなたを支えます」


「メリッサ……うん、君のためにも頑張るよ」


「そうか……お前も進むべき道を見つけたんだな。なんか自分のことみたいに嬉しいよ」


「ありがとう燈真」


「おっさんたちも、商売が上手くいくといいな」


「へへっ、俺もお前にはちょっと感謝してるんだぜ。あのままトライアンフにいてもうだつの上がらない一兵卒のままだったろうし、この国を攻め滅ぼしたところで今みたいな楽しい暮らしが待ってたとは思えねぇしな」


「はは、あんたたちがそうやって目標を見つけられたっていうなら、俺も安心して元の世界に戻れるってもんだ」


「トウマくん、それじゃ次の目的地が決まったの?」


「あー……それについてはちょっと言いにくいんですけどね……」


「そんなに危険な場所なんですか?」


「場所そのものは今はそれほど危険じゃないらしいけど、仮にそこで『アウラの涙』が見つかった場合、帰り道が危険になるっていうか……」


「なんだよトウマ、はっきり言えよぅ」


「じゃあはっきり言わせてもらうわ。次の目的地、魔王の城にしようと思うんだ」


「――!」


 つい今しがたまで流れていた暖かい空気が一瞬にして凍りついたように、その場にいた皆の間に緊張が走る。


「ま、魔王の城って……」


「図書館で出会った考古学者さんに話を聞かせてもらった結果、一番可能性が高そうなのはそこだって結論になったんだ。さらに色々と物騒な話も聞かされたけどな」


 俺は魔族が『アウラの涙』を狙っているという話や、その情報自体が彼らの罠かもしれないということも包み隠さず皆に伝えた。もし俺が『アウラの涙』を使って元の世界に戻れたとしても、残された皆が帰りの道中で魔族に襲われる可能性があるからだ。


「正直かなりリスクが高いと思う。今も言ったとおり、俺がいなくなった後で皆が魔族に襲われるかもしれないからな。だから今回は……」


「まさか、自分1人で行くなんて言い出すんじゃねえだろうなぁ?」


 シルヴィが俺の言葉を遮り、低いうなり声を上げながらギロリとこちらを睨む。いつもは俺にベタベタと甘えてくる彼女だが、今は少し怒っているようだ。


「いや、行きたいやつだけの自由参加ってことさ。怖いなら無理に来なくてもいい。俺には皆に命まで張ってくれなんて言う権利はないからな」


「それが馬鹿にしてんのかって言ってんだよ! あたしが魔族ごときにビビるとでも思ってんのか? それに、あたし以外の皆だってお前のこと大事な仲間だと思ってるはずだぞ!」


「シルヴィ、気持ちは嬉しいけどそれは言うなって。それを口にしちまったら、本当は行きたくなくてもそう言い辛くなるだろ? 俺はそんな善意に甘えて、お前らを無理やり危険に巻き込んでまで元の世界に戻りたいわけじゃねえよ」


「んぐ……」


 俺がそう言いながら頭をでてやると、シルヴィは顔を赤くしたまま黙ってしまった。

 実際のところ、仲間の中でもこいつだけは俺に戻って欲しくないと思っているはずだ。それなのにこんなことを言ってくれる彼女のことが無性に可愛くなってきて、俺はシルヴィの頭をでる手を止められなかった。


「僕は……行きます」


 しばらく重苦しい空気が流れた後、最初に沈黙を破ったのはアルだった。その瞳と声には、彼が精一杯搾り出したであろう強い決意が篭められている。


「魔王の城には『アウラの涙』だけじゃなく、父さんの手がかりがあるかもしれないんでしょう? だったら当事者の僕が……勇者の息子である僕が行かないなんて有り得ませんよ」


「私も行きますよ。私はそのために……トウマさんのお役に立つために旅に出たんですから」


「それなら私も行くわよ。ティナちゃんやアルくんが行くっていうのに、お姉さんがそれを放っておくなんてできないもんね。安心しなさい、トウマくんがいなくなった後も彼女たちは私がちゃんと守ってあげるから」


 アルの言葉を皮切りに、皆が次々と参加を表明していく。


「もちろんあたしも行くぞ。トウマが帰っちゃうのは嫌だけど、仲間に死なれるのはもっとだからな」


「皆……ありがとうな。はは、なんかもうありがたすぎて、逆に元の世界に戻るのが惜しくなってくるよ」


 結局、パーティの仲間たちは全員俺に付き合ってくれることになった。こうなったからには意地でも『アウラの涙』を手に入れなければ、ここまでしてくれる皆に申し訳ない。


「よし、じゃあ出発は1週間後にしようか。図書館のチェルシーさんにも都合を聞かないといけないし、今度はシャーロットのやつにもちゃんと知らせてやらないとな」


「燈真、それなら僕も行くよ」


「いや、せっかくいい目標が見つかったんだから亮はここに残れよ。大体この前9人乗りしたときも馬車の中で全員寝られなかったし、今回は考古学者さんも同行するんだからあまり人数が増えても困る」


「でも……僕も君のために何かしたいんだよ」


「だーめ、お前は大人しくここでメリッサさんを幸せにしてあげなさい」


「…………」


 正直なところ、皆が一緒に来てくれるというだけで俺はもう十分に嬉しかった。亮にはここでメリッサさんやおっさんたちと幸せに暮らして欲しいので、できれば危険な旅には連れて行きたくない。


「よし、じゃあこうしよう。俺も魔族が襲ってくるかもしれないのに皆を残していくのは気がかりだし、もし『アウラの涙』が手に入ったら一度ここに戻ってくるよ。それでちゃんと皆にお別れを言って、それから元の世界に帰る。これは『約束』だ」


「――! …………うん、分かったよ」


 約束――という言葉を聞いて、亮は渋々ながらもうなずいた。俺がそう口にした以上、それを破るようなことはないと分かっているのだ。

 俺自身もこいつと約束したからには、絶対に魔族なんて連中に殺されてやるわけにはいかない。必ずここに戻ってくる――俺は誓いの意味を込めて、いつものように亮と拳を合わせた。

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