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58.考古学者はメガネっ娘


 1


 俺の目の前に現れたのは、まさに全身(ほこり)まみれのシンデレラ(灰被り姫)だった。ぼさぼさの長髪にまん丸眼鏡、さらには小汚い白衣という格好で野暮ったいことこの上ないが、顔自体はもの凄い美人なのでそんなふうに見える。

 さっきは舞い上がったほこりのせいで年下かとも思ったが、よく見れば彼女は俺より2つか3つほど年上のお姉さんらしい。胸こそ少し小ぶりなものの、背はそこそこ高くて手足もすらりと細いモデル体型だ。


「こりゃチェルシー! まったくお前というやつは……お客の前で恥ずかしいところを見せるでない」


「え、お客さん? こ、これはどうも失礼いたしましたっス!」


 チェルシーと呼ばれた女性が慌てて居住まいを正し、両手を腰の前で重ねてぺこりと頭を下げる。整った容姿と育ちの良さそうな物腰、なのに口調だけは妙に体育会系っぽくて、なんだか色々とちぐはぐな印象の女性だな。


「あの、師匠せんせい……こちらの方は?」


「ああ、自分は神代燈真といいます。今日は所長にちょっとお話を聞きに来ました」


「ええっ! あなたがあの有名な異世界人さんですか? お、お会いできて光栄っス。自分はハスラー師匠せんせいの弟子でチェルシー・ショコラティエと申します」


「あの、俺ってそんなに有名人なんですか? なんか噂に変な尾ヒレが付いてなきゃいいんだけど……」


「ええ、それはもう貴族さんたちの間で有名っスよ。王様の前で騎士団の人たちと戦って全員病院送りにしたとか、北のトライアンフで大暴れして6人の将軍のうち2人を惨殺、1人を捕虜にして半壊滅に追い込んだとか……」


「やっぱ尾ヒレ付きまくってる! 違いますから! 騎士団長にはギリギリで負けたし、トライアンフの将軍2人も殺してませんから! っていうか惨殺って!」


「そうなんスか?」


「しかも話の最後に出てきた1人は元々俺の友達で、戦争に加担しないよう説得して連れ戻してきただけですよ。ったく、どこのどいつだそんな噂を広めてんのは」


「うーん、確かに想像してた人とは全然雰囲気が違いますね。もっと怖いっていうか、オーガ族とゴリラのハーフみたいな人かと思ってましたよ」


「これ、いい加減にせんか。お客さんに対して失礼な」


「あ……す、すいません。自分はどうも誰にでも馴れ馴れしいっていうか、口が悪いってよく言われるんっス」


「この爺さんの弟子ってことは、あなたも魔道具の開発を?」


「ええ、不本意ながら……」


 チェルシーさんはそう言うと、苦虫を噛み潰したような表情でエリオット爺さんを睨みつけた。


「え? 不本意って……自分から志願して弟子になったんじゃないんですか?」


「とんでもない! 自分が弟子入りしたのは考古学者としてのエリオット・ハスラー師匠せんせいであって、こんな役に立たない道具の開発にばかり夢中になってる爺さんじゃないっすよ。それなのにいつの間にやら私までガラクタ作りを手伝わされるようになって……正直いい加減にして欲しいっス」


「ガラクタ作りとはなんじゃ! 国家のための大事な仕事に対してバチ当たりな……!」


「事実そうじゃないっスか! 私がここに来てから3年も経つのに、今まで1つでもまともに使える道具を作れたことがありましたか? 国家のためを思うなら、こんな研究所は閉鎖しちゃったほうが予算の無駄が省けるってもんです」


「わ、ワシはただ人々のために役立つものを世に送り出したいと……」


「いくら志が立派でも、成果が上げられなきゃただの『下手の横好き』っスよ」


「うぐっ……」


師匠せんせいがこの無駄な仕事に費やしてきた時間を本来の研究にてていたら、そっちのほうがどれほど世の中にとって有意義だったことか。いいえ、これはむしろ損失ですね。はっきり言ってマイナスっす」


「…………」


「もうやめたげて! 爺さん泣いてるから! すでにこの人のメンタルライフは0だから!」


 俺は思わずチェルシーさんの前に立ちはだかり、無意味な戦いを止めようとする乙女のようにかぶりを振った。なるほど、確かに自分で言うだけあって彼女はなかなかの毒舌家みたいだが、いい歳した老人が体育座りの姿勢でふるふる震えている姿など哀れすぎて見ていられない。


「でも実際のところ、師匠せんせいの能力は考古学のほうでこそ発揮されるんっすよ? 昔は女神アウラに関する研究の第一人者だったのに、ほんと何をどう間違ってこんな道に進んじゃったんだか」


「まあ、俺たちも元々はそっちの話を聞かせてもらいたくてここに来たんですけどね」


「考古学に興味があるんスか?」


「いえ、俺が知りたいのは『アウラの涙』についてなんです。そのを探し出すために、女神アウラ自身についても色々と調べていたところなんですよ」


「なんだ、それなら私が代わりに話を聞かせてあげるっすよ。師匠せんせいの学説は全部頭に入ってますし、解説ならお手のものっス。ああ、でもせっかくならこんなガラクタだらけの部屋よりも、ちゃんとした資料のあるところでやりましょうか。いいっすよね、師匠せんせい?」


「……好きにせい。っていうかしばらく1人にしといて……」


「了解っす♪」


 チェルシーさんがまるでアイドルの決めポーズみたいに横ピースを作り、エリオット爺さんに向かってウインクしてみせる。

 爺さんには気の毒だが、用件を引き継いでくれるのならこちらとしてもありがたい。俺たちは体育座りのまま床に8の字を書き続けている彼を尻目に、チェルシーさんとともに再び1階の図書館へと戻っていった。


 2


「さて、まずは何が聞きたいっスか?」


 何冊かの本や資料を長机の上に広げ、俺たちと向かい合うように座ったチェルシーさんが満面の笑みで質問を促す。なんだかさっきよりもすごく楽しそうで、彼女がどれだけ考古学を好きなのかはこの表情を見ているだけで十分に伝わってきた。


「そうだな……まずは俺が一番気になってたことなんですけど、なんでアウラの『涙』なんでしょうね。見た目がティアドロップ(涙の滴)型の宝石だったりするのかな?」


「形状についてはまるで分からないっスね。なんせ見たことあるという人が1人も生き残ってないですし、一度使っちゃうと消えてしまって、また何十年か経たないとこの世に現れないなんて話もあります」


「やっぱりそうか……。けど誰も見たことがないのに、どうしてそんなものがこの世に存在して、しかもどんな願いも叶えてくれるなんてことが分かるんでしょう?」


「そこが面白いところなんですよね。けど、ウチの師匠せんせいはそれに関して面白いアプローチをしてたっスよ」


「面白いって、どんな?」


「順を追って説明しますけど、トウマさんは『アウラの涙』って本当に今まで一度も発見されてないと思いますか?」


「一度も……ってことはないでしょうね。存在を知られている以上は必ず最初に見つけた人間がいるはずですし、どんな願いも叶うというなら少なくとも二度は試さないとそうは言えませんから。まあ、どっちも『アウラの涙』の存在自体がホラ話じゃないってのが前提ですけど」


「そうっすね、トウマさんのおっしゃるとおりっス。実は『アウラの涙』に関する記述って2000年以上も前からあって、常に『ある出来事』が起こるのとほぼ同じタイミングで歴史の中に現れてるんですよ」


「ある出来事って?」


「勇者に倒された魔王の復活っス。そこで師匠せんせいは『アウラの涙』に関する噂が広まる時期と魔王が復活した時期とを比べて、その2つには密接な関係があるんじゃないかという仮説を立てられました」


「復活!? この世界の魔王って、何度も倒されたり復活したりを繰り返してるんですか?」


「ええ、長いときで100年から150年、短ければ十数年ぐらいで復活したこともあるそうっスね。そして『アウラの涙』の噂がちまたに流れ始めるのは、いつも決まって魔王が復活する直前らしいっス」


「そんな符合があったのか……。確かにそう言われてみると何か関係がありそうに思えてきますね。いや、むしろ『アウラの涙』が魔王復活のために使われてると考えたほうが自然か」


「もしそうだとしたら、それが誰の手に渡っているのか……もうお分かりっスよね?」


「魔王が復活して喜ぶ人間なんてそうはいないだろうし、人間以外でそんなことを望むとしたら……魔族とか?」


「ピンポーン! 大正解ッス♪」


 チェルシーさんが派手なリアクションでクイズに正解した俺を祝福してくれる。

 なんかこの人、見た目は大人っぽいのに中身が子供みたいで可愛いな。おまけにちょっと落ち着きがない感じで、こういうのもいわゆる残念美人というのだろうか?


「とはいえ、そんなこと可能なんですかね? 仮に『アウラの涙』が定期的にこの世界に現れてるんだとしても、それを毎回魔族が手に入れるなんて……」


「考えられる可能性としては2つですね。『アウラの涙』は魔族が見つけやすい場所に現れるか、もしくは魔族が最初からその出現場所を知っているか……」


「魔族が見つけやすい場所って、そんなのがあるんですか?」


「うーん、例えば魔王の城とか」


「ええっ!? いくらなんでもそれはないでしょ。女神の涙なんだから、普通は女神アウラのほうにゆかりのある場所だと思いますけど」


「実を言うと、魔王の城こそが女神アウラに一番(ゆかり)のある場所なんスよ。魔王城はトライアンフの西にある火山地帯――かつて女神アウラが初めてこの世界に降臨したと言い伝えられる場所に建ってるんです」


 トライアンフの西……か。王様が集めてくれた情報では『アウラの涙』はこの国の北にあるという話だったけど、そこも一応トライアンフの領内なんだから位置としては間違ってないな。


「しかもその地下深くにはアウラ自身が封印されていて、そのせいで勇者が魔王を退治しなきゃいけないんだって説もあるぐらいっすからね。それが本当だとすれば、『アウラの涙』が魔王の城に現れる可能性も低くはないと思うっスよ」


「だけど、それじゃ世間に『アウラの涙』の噂が流れる理由が分からなくないですか? もしも魔族がすぐに入手できる場所に出現するのなら、わざわざその存在を他所よそへ漏らすとも思えませんし」


「いえいえ、ちゃんと意味はあるっすよ。さっきも言いましたけど魔王城の地下には女神アウラが封印されてるって話もありますし、今はその力を押さえつける魔王もいませんから、聖なる力で城が魔族の侵入を拒むようになってるのかもしれないっス」


「じゃあ魔族たちは人間をそこへ誘導するために、わざとそんな噂を流していると?」


「ええ、どうしていつも魔王が復活する直前に『アウラの涙』探しが始まるのかと考えたら、魔族が意図的にその噂を流しているとしか思えないっスからね。師匠せんせいおっしゃってましたけど、仮にそれを手に入れた冒険者が彼らに消されているんだとしたら、『誰も見たことのない秘宝』という矛盾の説明がつくと思わないっスか?」


「なるほど、場所は分かってるけど自分たちには入れないから取ってきてもらおうってわけか……。でも、それなら俺の旅がもっと順調でもよかったんじゃないかな? 魔王の城へ誘導したいなら、むしろ『アウラの涙はここにあります』って看板でも立てときゃいいのに」


「あまり大勢で来られたら奪うのが大変ですし、どこかの王様が軍隊を送り込んできても困るでしょうからね。あくまで数人単位の一行に気付いてもらえるぐらいの、それこそ噂しか流さないんでしょう。それに最近は冒険者さんたちも『アウラの涙』なんて半分与太話としか思ってないみたいっスから、探す人が少ない分だけ情報の流れもとどこおってただけかもしれませんよ」


「もしくはまだ『アウラの涙』が出現してないって可能性もありますね。だとしたらお手上げだけど……いや、この国の王様が集めてくれた情報も魔族が流したものだとしたら……あるのか?」


「まだ捜索ブームが起きてないだけで、噂そのものは出回り始めてるみたいっスからね」


「うーん……そうかぁ……」


「どうしたんスか、難しい顔して。今までの話、参考になりませんでした?」


「いえいえ、むしろほぼ正解なんじゃないかって気がしますよ。だけどここまでの仮説が全部当たってるとすれば、もう1つ嫌な可能性も浮上してきますよね。ほんと考えたくもない話ではあるけど……」


「なんでしょう?」


「肝心の『アウラの涙』がどんな願いも叶える秘宝じゃなくて、ただ魔王を復活させるためだけの道具かもしれないってことですよ。だとすれば俺にはなんの価値もない代物ってことになるし、いずれにせよ自分から罠に飛び込まないと手に入らないわけでしょう? 前者なら魔族に奪われる前に自分が使っちゃえば問題ないけど、後者だとしたら一方的にリスクを背負うだけですからね」


「じゃあ『アウラの涙』を探すのは諦めちゃうの?」


 今まで黙って俺たちの話を聞いていたリーリアが少し寂しそうな顔で問いかけてくる。確かにここで諦めてしまえばこれまでの旅が無駄だったことになるし、今まで俺を支えてくれた仲間たちの気持ちも裏切ってしまうような気がしてならない。


「……いや、だからって立ち止まるほど俺は諦めのいい人間じゃねえよ。ここまで人の世話になったかにはもう俺1人の問題でもないし、駄目なら駄目で真相だけははっきりさせておかないとな」


「ふふぅん? いいですねぇ、その目標ヘ向かって一直線な感じ。太古のロマンに生きる自分も思わず応援したくなるっスよ」


「そりゃどーも。けどそうなると、やっぱり魔王の城ってやつに行ってみるしかないか」


「ああ、それなら私も一緒に行ってあげましょうか? 魔王の城なんてそれこそ研究対象の宝庫みたいなところでしょうし、一度行ってみたかったんすよ」


「あの……遊びじゃないんですけど。それに師匠せんせいのほうは放っておいていいんですか? 研究所の危機で色々と大変でしょうに」


「いいんスよ、あんな不毛な研究。トウマさんと一緒に行けば『アウラの涙』の正体を知れるかもしれないし、そっちのほうがはるかに世界を揺るがす大発見ですからね。私、ちょっと師匠せんせいに許可もらってくるっス」


「あ、ちょっと!」


 チェルシーさんは俺がまだ同行の許可を出していないにもかからわず、まるでスキップするかのような軽い足取りで研究所のほうへ戻っていった。やれやれ、本当に魔族とやらが『アウラの涙』を見つけた人間を狙うというのなら、自分だって危険に巻き込まれるかもしれないのに。


「ねえトウマ、本当に魔王の城に行くの?」


「ああ、今のところそれしか有力な手がかりはないからな。それに魔王が倒された場所ともなれば、行方不明になってるアルの親父さんの手がかりも何か見つかるかもしれないだろ」


「トウマってば、アルくんがお父さんを捜してるの忘れてなかったのね」


「当たり前だ。それに女神アウラが地下に封印されてるっていうなら、その封印を解いちまうって手もあるぞ。なんせどんな願いも叶う秘宝を生み出す本人だし、俺は元の世界に帰してもらえればそれでいいんだからな。魔族に狙われてる秘宝なんか探すよりも女神様と直接交渉したほうが手っ取り早いかもしれん」


 他の情報はあまりにも曖昧なうえ、これまでに聞かされた彼女の話にはそれなりの説得力がある。俺は2つの問題が一気に解決できることも期待して、次の目的地を魔王の城へと定めることにした。

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