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56.王立図書館の出会い


 1


 温泉でしばしの休息を楽しんでから数ヶ月――俺は王様からもらった屋敷と図書館を往復する日々を送っていた。『アウラの涙』のに直接関係がありそうなものはもちろん、女神アウラ自身に関する伝承や神話などが記された本を漁っているのだ。

 とはいえ、日がな1日中図書館に篭もっていても体がなまってしまう。そうならないよう午前中は屋敷の庭に出て、アルや亮を相手に空手の稽古をするのが最近の日課だった。


「シシッ! シッ! しぇぁ!」


「ととっ、と……うわっと?」


 軽い左右の突きから左のローキック、さらに肩を突き飛ばすような左から右のローを入れる。

 こうして常に対角線上を攻撃し、相手の意識を散らすことによって防御の隙を生み出すコンビネーションは、格闘技王国オランダのキックボクシングに伝わるものだ。しかしアルは今の連撃に見事に反応し、1つ1つの技に対して的確な防御をしてみせた。


「ふふん、このコンビネーションにも慣れてきたみたいだな。なら……こんなのはどうだっ!」


 左足を踏み込みながらの右フック――アルが1歩後ろに下がってそれをかわす。

 右フックの勢いを利用し、そのまま右足を踏み込んで反時計回りに回転しながらの左バックブロー(裏拳)――これも1歩下がってかわされる。

 さらにその回転を維持しつつ、右足でのハイキック――これは入った。


「あ痛」


 アルは片目を閉じて首をすくめたが、こつんと当てただけなので口で言うほど痛くはなかっただろう。

 今の蹴りに限らず、俺はアルとの稽古ではいつも攻撃をほぼ寸止めに近いライトコンタクトにしていた。こいつの女みたいな顔を見ていると、なぜか本気で攻撃を当てる気になれないのだ。

 別に俺はフェミニストでもなんでもなく、むしろ相手が悪党なら老若男女問わずに全力パンチをぶち込むタイプである。だが人間にせよ動物にせよ、どうも可愛いものに対しては少し甘くなるらしい。


「どうだ? 回転の勢いを利用して打ち込む右の3連コンボだ。最初の2発をギリギリでかわすとその距離感が体に染み付いて、同じ感覚で下がろうとすると3発目のハイキックが当たる。もちろん全部当たれば言うことないけどな」


 そう言いながら上げたままの右足首をアルの首に巻きつける。こうやって足首を曲げた蹴りはフランスの格闘技『サバット』によく見られるが、相手の首に巻きつくようなこのハイキックは、かつてキックボクシングで『ミスター・パーフェクト』と呼ばれた偉大なチャンプが得意としたものだ。


「何度も言っただろ、連続攻撃に対して退がりっぱなしになるな。真っ直ぐ退がり続けると今みたいなコンビネーションを食らうし、最後がこんなふうに後ろから巻きついてくるキックだったら一撃で意識を持ってかれるぞ」


「は、はいっ」


「ふふ、燈真ってほんとアルくんのことが可愛くて仕方ないんだね」


 さっきから俺たちの稽古をシルヴィと一緒に見ていた亮が微笑みながらそうつぶやく。


「なんだよ、そりゃこいつと出会ってから弟ができたみたいで嬉しいとは思ってるけどさ」


「だって教え方が凄く丁寧というか、なんか優しいんだもん。初めて僕に空手を教えたときは、『喧嘩に勝つにはまず痛みに慣れることだ!』とか言ってボコボコにしたくせに」


「まあ……お前の場合はまず暴力への恐怖ってもんを取り除いたほうがいいと思ったからな。そもそも俺がこいつにやらせてるのは、喧嘩に勝つための訓練じゃなくて強い男になるための訓練だし」


「それって何か違うんですか?」


「同じようでいて厳密には違うというべきかなぁ。喧嘩に勝つだけならもっと効率のいい……言っちまえばド汚い技を教えるさ。けど、お前がなりたいのは親父さんみたいに立派な勇者だろ? それならやっぱり王道の技ってやつで強くならないとな」


「そんなことまで考えてるあたり、やっぱりもの凄く気にかけてるじゃん」


「うるさいな、いいだろ別に」


「そういえばトウマさん、そろそろお昼ですけど今日は図書館に行かないんですか?」


「ああ、もうそんな時間か。よし、今日はこれぐらいにしとこう。アルはあと3本ぐらい組手を続けときな」


「はい、相手はリョウさんにお願いすればいいですか?」


「そうだな……シルヴィ、お前暇ならアルの相手してやってくれよ」


「おっ、いいぞ。あたしも見てるだけじゃ退屈だったし、続きはあたしとやろーぜアル」


「ええっ!? し、シルヴィさんとですか? うう……ちょっと怖いなあ」


「言っとくがちゃんと手加減はしてやれよシルヴィ。お前、俺の相手をするときにも食らったらヤバそうなのをたまに入れてくるだろ」


「だいじょーぶだいじょーぶ、分かってるってぇ」


「空手の稽古相手なら僕のほうが色々と心得てるのに、あえて彼女と戦わせるのか……。これ、前言撤回したほうがいいのかな?」


「ま、怖い相手と戦う勇気を身につけるのも大事ってことさ。じゃあ行ってくる」


「行ってらっしゃい。今日の夕飯はヴェナルドさんと一緒に美味しいシチューを作りますから、楽しみにしててくださいね」


「……シルヴィ、絶対にアルを気絶するほど痛めつけんなよ? フリじゃないぞ、絶対だぞ」


「お、おう」


 仲間になるときに自らアピールしていたとおり、アルの料理は俺が思っていた以上に絶品だった。それに元料理人だったというヴェナルドのおっさんも顔に似合わずかなりの腕前なので、その2人が協力して作る『美味いシチュー』と聞いては期待せずにいられない。

 俺はシルヴィにアルを痛めつけすぎないようしっかりと念押ししてから、リーリアを連れて図書館へと向かった。


 2


 クライスラー王立図書館――ここはクルーガー城のすぐそばにある石造りの大きな建物である。

 図書館とは銘打っているものの、本が所蔵されているのは3階建てのうち1階だけで、2階と3階は魔法や魔道具に関する研究所になっている。要は国家が運営する研究機関なので、館内にいるのは基本的に学者か宮廷魔導師、あとは読書好きの貴族ぐらいだった。


「ねえトウマ、あなたそろそろ自分で本を読めるようになってよ。毎日毎日細かい字ばかり読んで、目が疲れちゃうわ」


 長机に置かれた本と俺の間に立ったリーリアがうんざりした表情で訴えてくる。ここ数日は1日4時間ぐらい付き合わせているので、さすがに嫌になってきたらしい。

 俺は調べ物をするにあたってまずティナから文字の読み方を教わったのだが、そもそもどう発音するかが分かったところで、単語の意味や文法もまるで違うのであまり意味がなかった。なんとか本の背表紙に書かれているタイトルぐらいは理解できるようになったものの、まだ長い本文となるとさっぱりなので、こうしてリーリアに内容を読み聞かせてもらっているのだ。


「見た目子供のくせに婆さんみたいなこと言うなよ。大体ティナやメリッサさんじゃ隣に座って読んでもらうのもちょっと恥ずかしいし、本と俺の間に立てるお前のサイズがちょうどいいんだ」


「そうは言うけど、こっちも結構大変なのよ。大きな本だと机に置いて広げたときに飛ばなきゃ読みにくいし、かといって立てられても上のほうを読むのに首が疲れるんだから」


「悪いな、けどさすがに3ヶ月や4ヶ月で全く知らなかった言語を理解しろってほうが無理だろ。俺の世界じゃ学校で別の国の言葉を教えるのに6年以上もかけて、それでやっとカタコトってやつも多いんだぞ」


「……それ、教え方のほうがおかしいと思う人は誰もいないの?」


「そう思ってる人間も言ってる人間も相当数いるはずなんだが、いつまで経ってもなぜかほとんど改まらないって感じだな。俺の世界……いや、俺の国の悪いところか」


「ハァ……しょうがないわねぇ。で、次はどの本が読みたいのよ」


「うーん、次はこれにしようか。『女神アウラと魔王の関係性』……なんかいかにも学術書って感じのタイトルだな」


「ほう……その本を選ぶとは、なかなかいい目の付け所をしておるのう」


「うわっ!?」


 背後からいきなり話しかけられ、思わず大きな声を出してしまった。なにせリーリアに本を朗読してもらわないといけないので、俺たちは他の利用者の迷惑にならないよう、館内のかなり奥まった場所にこっそりと陣取っていたのだ。まさかこんなところまでやってきて、突然後ろから声をかけてくる者がいるなんて思いもしなかった。


「だ、誰だ?」


 振り返ると、そこにいたのは50代から60代と思われる背の低い爺さんだった。つるつるに禿げ上がった頭の両サイドにだけマリモみたいなモジャモジャの白髪が生えていて、まるで漫画に出てくる博士キャラといった感じの風貌だ。


「ふふふ、ワシかね? ワシの名はエリオット・ハスラー。君が持っている指輪を作った宮廷魔導師じゃよ、カミシロ・トウマくん」


「なんで俺の名前を……」


「君は貴族たちの間ではそこそこ有名人じゃからな。君が最近ここによく出入りしているという噂を聞いたので、一言礼を言わせてもらおうと思って探しておったのじゃ」


「礼? 一体なんの礼だよ。俺、あんたとは初対面のはずなんだけど」


「言ったろう、ワシは君とアルファード家のご令嬢が持っておる指輪を作った者じゃと。君たちがあれを使って国家の危機を救ったというのでな、ワシが所長を務める魔道具研究所に支給されておる研究費が今年から少しばかり増額されることになったのじゃ。そのお礼じゃよ」


 そうか、この人があの便利な指輪を作った人か。

 確かに俺はあれを有効活用してこの国の危機を知らせたけど、その製作者まで王様のお褒めにあずかっているとは知らなかったな。


「ときに、君は『アウラの涙』を探しておると聞いたが……」


「ああ、それでこの図書館で色々と調べてるんだよ。まずは『アウラの涙』ってのがどんな物なのか、形も分からないんじゃ目の前にあっても気付かないかもしれないからな。それに誰も見たことのない幻の宝がどうして伝承に残っているんだとか、なぜ『涙』なんて呼ばれているんだとか、そういった根本的なところから調べていったほうがの予想がつくかと思ってさ」


「ふむふむ、なるほど。やはり君は凡人とは目の付け所が違うようじゃのう」


「いや、そんなもん誰だって思いつくことでしょ」


「なんのなんの、今まで『アウラの涙』を探す者は無数にいたが、そのようなアプローチをしようという者には初めてお目にかかったわい。どいつもこいつも欲に目がくらんでか、ありきたりのお宝を探すのと同じように考える者ばかりじゃったからのう」


「なんか褒められすぎて逆に怪しいんだが……。あんたのその口ぶりだと、今まで他にもそういうやつを何人も見てきたって感じだな」


「ははは、実はワシも女神アウラについて色々と調べていたことがあるのじゃよ。若い頃は冒険者たちと一緒に『アウラの涙』を探す旅をしたりのう。何を隠そう、君が今読もうとしていた本を書いたのはワシじゃ♪」


「なんだ、えらく持ち上げてくると思ったら著者本人かよ。ちょうどいいや、見てのとおり俺はこの世界の言語がまだいまいち分かってなくてさ、この妖精に朗読してもらわないといけないぐらいなんだ。もしよかったら直接話を聞かせてもらえないかな? そのほうが手っ取り早そうだし」


「なんじゃ、せっかくワシ渾身の名著を読んでもらえると思ったのに……。まあいいわい、ワシも君には訊ねてみたいことがあったからのう」


「訊ねたいこと?」


「ヘンリーどのに言われるがまま作ってみたが、あの指輪がまさか国家のために役立つなどとは思ってもみなかったからな。他にもワシが作った魔道具に本来の用途とは違った使い道がないか、異世界人の視点から色々とアドバイスしてもらいたいと思っていたのじゃ」


「へえ、そりゃ面白そうだ」


「興味があるかね? ではここの2階にある研究所に来るといい。女神アウラや『アウラの涙』に関するワシの所見も聞かせてあげよう」


「どちらにとっても有意義な意見交換ってわけだ。よし、乗ったよ爺さん」


「ふふ、ならばついて来なさい」


 リーリアに朗読してもらっていては1冊の本を読むにもかなりの時間がかかるし、ちょうどその手の話に詳しい人からも意見を聞きたいと思っていたところだ。俺はこの出会いを渡りに舟と捉え、この少し怪しげな爺さんに付き合ってみることにした。


 今回は図書館での話のみにするつもりでしたが、会話劇だけではつまらないと思ったので急遽稽古シーンを追加しました。

 というわけでいつもの技解説です。


 まずは『対角線上のコンビネーション』についてですが、原理はすでに作中で解説してあるので、この技術をオランダのキック界に広めた元祖はどこか――という話をしましょう。

 何十年も前から格闘技王国として知られるオランダですが、実はフルコンタクト空手の元祖である極真会館で初の海外支部ができた国でもあります。そこに初代の支部長として渡ったのが黒崎健時という方なのですが、この先生は日本でも有名なキックボクシング選手を数多く育てた名コーチとしても知られており、彼が後に極真から独立して『目白ジム』というキックボクシングのジムを立ち上げ、そこからこの技術が広まったという説があります。

 K-1という大会が始まってからは有名なピーター・アーツを輩出した『チャクリキジム』や、ライバルであるアーネスト・ホーストを輩出した『ヨハン・ボス・ジム』などの有名ジムに押されていたようですが、それより前に活躍していた『帝王』ロブ・カーマンやアンドレ・マナートといった有名選手は皆『目白ジム』の所属であり、その多くがこの技術を身につけていたようですね。

 ちなみに作中で書いた首に巻きつくようなハイキックも、当時日本では無名だったアーネスト・ホースト選手が第1回のK-1で見せたものです。あれで往年の名チャンピオンだったモーリス・スミス選手が白目を剥いてぶっ倒されたときの衝撃を作者は今でも忘れません。


 右フックを起点として左バックブローから右ハイキックという回転3連撃は、かつて『真島クンすっとばす!』という漫画で『竜巻撃』という名前で使われていた技を改変したものです。

 漫画の中では右ハイキックからバックブロー、最後に右フックというコンビネーションだったのですが、これは遠距離技→中距離技→近距離技という流れなので、読んだ当時から「あれ? これって一撃目が遠距離だし、相手が退がったら二撃目以降当てるの難しくない?」と思っていたので、自分が稽古などで使うときは順番を逆にしていました。こうすると作中で主人公が言ったように、真っ直ぐ退がって逃げようとする相手に上手く当たります。

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