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55.覗き大作戦(後編)


 1


 ―― どぼん! ――


 大きな波を立てながら岩風呂に飛び込み、空いた右手と足の指を岩の隙間に突っ込んで底に張り付く。そして女湯のほうへゴーグル代わりの牛乳瓶を向ければ、そこには美女たちの裸体という名の楽園エデンが広がっている……はずだった。


(……? な、なんだとぉ!?)


 だが、そこにもはや楽園は存在しなかった。ついさっきまで5人とも岩風呂に浸かっていたはずなのに、このわずかな間に全員が姿を消してしまっていたのだ。

 なんということだ、あのヴィーナスたちの共演をまだ左目に拝ませてやっていないというのに。せっかくの楽園がこんな中途半端な形で終了なんて、悔やんでも悔やみきれないぞ。


「ごぶぁっ!」


 あまりのことに動揺し、危うくお湯を飲んでしまいそうになりながら顔を上げる。


「くそっ、さっきのやり取りで無駄な時間を使いすぎた。皆もう風呂から上がるつもりなんだ」


「残念だったね燈真。だけどいい潮時じゃないか、きっと神様がもうやめとけって言ってるんだよ」


「まだだ、まだ手はあるっ! そんな無慈悲な神がいやがるとしたら、俺がその小せぇケツの穴を半田ゴテで溶接してやるよ……!」


「そんな下らない理由で神に牙を剥く人間は君ぐらいだよ……。大体『まだ手はある』って、どうするつもりなの?」


「そんなもん、下が駄目なら上から覗くに決まってんだろ。亮、肩車だっ!」


「ええっ!? や、だよ! 裸の男を肩車するとか冗談じゃない!」


 亮がもの凄い剣幕で俺の提案を拒否する。それもそうか、いくら腰にタオルを巻いたとしても、男の股間が後頭部に当たるなんて俺でもお断りだ。


「ちっ、ならあの方法しかないか……」


「あの方法って?」


「これだよこれ」


 この別荘は大勢の来客を想定しているのか、体を洗うときに座るための椅子などもかなりの数が用意されている。俺は洗い場の隅に積んであった無数の風呂桶を拾ってくると、男湯と女湯を隔てている仕切りの前にそれらを積み上げ始めた。


「この仕切りの高さは多分2メートル30センチってとこだろう。桶の高さが大体15センチぐらいだから、6つも積み上げれば俺の身長で十分に上から覗けるはずだ。これぞ名付けて『天国への階段』っ!」


 そう言いつつ、寿司を作るときに使うような木製の桶を階段状に積んでいく。


「天国への階段って……そんなものに上るなんて危ないよ。頭から落ちて本当に天国行きにでもなったらどうするのさ」


「楽園を覗こうってのに多少の危険なんぞ気にしていられるか! そんなことより早くしないと、皆が風呂場から出ちまう……!」


「よくやるよまったく……」


 亮はすでに呆れてモノも言えないといった感じだが、さっきの光景を見てしまった以上俺はもう止まれない。いや、中途半端に見てしまったからこそもっとはっきり見たいのだ。


「よし、これで……!」


 2つの桶を貝のように合わせて2、4、6段と計12個積み上げ、即席の階段が完成する。俺はそれを崩さないよう慎重に、フラミンゴも真っ青な足運びで上っていった。


(もう少し……もう少しだ。おっぱい、尻、そして○○○っっ!)


 あと1歩、あと1段で天国への扉が開く。俺は思わず『甘寧一番乗り!』と叫びたくなる衝動を抑えながら、男湯と女湯を隔てる仕切りの上から顔を覗かせた。だが――


「な……!」


 そこにいたのは胸の前で両腕を組み、仁王立ちになったシャーロットただ1人だった。しかも彼女はバスタオルを巻いて胸まで隠していたので、大事なところは一切見えない。


「あなた……そんなところで何をしてらっしゃるのかしら?」


「え、えーっと……」


 シャーロットはいつもの睨みつけるような目ではなく、弟のアンディに見せるような満面の笑顔をこちらに向けている。しかし今の表情のほうがいつもより何倍も怖いと感じるのは、きっと気のせいではないだろう。


「んなぁーっ! いいじゃんか裸ぐらい見せてやっても。別に減るもんじゃないだろぉ?」


「駄目ですシルヴィさん! ほら、早く体を拭いてください」


 脱衣所のほうからシルヴィやティナの声が聞こえる。どうやら俺が覗いていたことはすでにバレていたらしく、彼女たちはさらに上から覗かれる前にいち早く風呂場から出て行ったのだ。


「ど、どうして気付かれたんだ?」


「あれだけ大声で叫んでれば誰でも気付きますわよっ! さっきから男湯がギャアギャアと騒がしいから何事かと思えば、なんて破廉恥はれんちな真似を……!」


「し、しまった、ついテンションが上がって騒ぎすぎちまったか。くっそぉぉ……この神代燈真、一生の不覚っ!」


「何を後悔していますのっ! まったく……乙女の入浴を覗くだなんて許せませんわ!」


「いやぁ、美女の入浴シーンというのはもう一幅いっぷくの名画というか、芸術みたいなものですし。ましてや貴女あなたのような超美人の裸体ともなれば、一生に一度は見ておかないと死んでも死にきれないと思いまして」


「そんなお世辞で誤魔化ごまかされるとでも思っているのですか! だったら今すぐ死になさいこのドスケベ男!」


 そう叫ぶと同時に、シャーロットは足元にあった風呂桶をまるでサッカー選手のような足捌あしさばきで宙に浮かせ、それをキャッチして投げつけてきた。

 猛回転する風呂桶が俺の顔目がけて凄まじいスピードで飛んでくる。いつもならかわせなくもないのだが、今は体勢と足場が悪すぎて対応できない。


 ―― すこぉん! ――


「んごっ!?」


 木製の風呂桶が額に直撃し、バックドロップで投げられたときのように世界が反転する。そして俺はこの世界に来たときとほぼ同じような体勢で、岩風呂に向かって真っ逆さまに落ちていった。


 2


 それから十数分後、俺は女性陣たちを前に畳敷きの部屋で正座させられていた。道場の板間で慣れた俺にはこんな場所での正座など1時間でも平気だが、足なんかよりもさっきから突き刺さっている皆の視線のほうがよほど痛い。


「……で、何か申し開きすることはありますか?」


「ございませんです、ハイ」


 さっきと同じように仁王立ちになった浴衣姿のシャーロットが、トランクス一丁という情けない格好の俺を氷のような目つきで見下ろしている。

 彼女だけでなく他の皆も浴衣を羽織っているが、これはこれでかなり色っぽい。きっとこれも俺たちの前にこの世界を訪れたという日本人らしき男が伝えたのだろうが、こんな状況でも思わずグッジョブと言いたくなった。


「ほんと、男って馬鹿なんだから。もしかして、これもあんたがいつも言ってる男のロマンってやつなの?」


「そう、そうなんだよリーリア! 例えるならそれは、風を払い荒れ狂う稲光いなびかりっ!」


「……トウマさん、控え目に言って最低ですよ?」


「申し訳ございません。全面的に私が悪ぅございました……」


 今まで見たことのないようなジト目をしたティナに言われ、座ったまま逆立ちせんばかりの体勢で床に額を擦り付ける。まさかこの世界でお目にかかれるとは思わなかった畳の上で、こんな格好で土下座をする羽目になろうとは。

 なんというか、これがギャルゲーならせっかく今まで上げてきた好感度が一気に2段階ぐらい下がった気がするな。シャーロットや俺の彼女ではないメリッサさんはともかく、ティナにガチで嫌われるのはさすがに凹む。


「もう、トウマくんったら男の子ねぇ。でも、お姉さんのお風呂を覗こうだなんて10年早いわよ?」


 大人の余裕というやつか、フリージアさんはシャーロットと違ってそれほど怒ってもいないようだ。そんな彼女を見て、ふと『いや、10年も経ったらあんたもう三十路だろ』という言葉が頭をよぎりもしたが、口にしたらその瞬間に首と胴が離れるだろうから黙っておこう。


「あたしとしてはむしろ喜ばしいけどなぁ。いくら誘惑しても全然その気にならねえからひょっとして女に興味ないのかとも思ったけど、ちゃんとスケベ心もあるんじゃねえか。大体覗きなんかしなくても、言ってくれれば裸ぐらいあたしがいつでも見せてやるのに。ほれほれ♪」


 シルヴィがそう言いながら浴衣の胸元をグイグイと引っ張ってはだけさせる。


「いやぁ、そうやって開けっ広げで見せられてもいまいちこう……グッと来ねえんだよなぁ。やっぱり隠されてるものを見ることにロマンがあるというか、背徳感の中にこそ醍醐味があるというか……」


「あなた、全然反省してないでしょう!」


「い、いえ、海よりも深ーく反省しております!」


「せっかくあなたのことを少し見直していましたのに……まさかこんな破廉恥ハレンチ男だったなんて……」


「え?」


「なんでもありません。むしろ今回のことでよーく分かりました。やはりあなたは女の敵ですわ」


 ハイライトの消えた目をしたシャーロットがどこからともなく馬用の鞭を取り出し、ヒュンヒュンと風切り音をさせながら×を描くように素振りを始める。


「お、おい、鞭はやめろ鞭は。つーかそんなもんどこから取り出した?」


「お黙りなさい!」


 ―― バシィ! ――


でぇっ!?」


 斜めに振り下ろされた鞭が肩を直撃する。さらにシャーロットは思わず畳の上に転がった俺の背中を踏みつけると、まさに馬の尻を叩くかのように追撃をかけてきた。


「このスケベ! スカタン! ド変態っ!」


 ―― バシッ! ビシッ! バシィ! ――


てっ! 痛いっておい! ちょ、ちょっと手加減して……」


「お黙りなさいと言っているでしょうこの野蛮人! やっぱりあなたなんか大嫌いですわ!」


「ア゛ア゛ア゛~~~ッ!」


 抵抗しようと思えばできなくもないが、ティナにも言ったとおり今回ばかりは全面的に自分が悪いのでしょうがない。俺はシャーロットの打擲ちょうちゃくを甘んじて受けながら、どこぞのアイヌ少女に撲殺されるアザラシのような悲鳴を上げ続けた。

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