54.覗き大作戦(前編)
1
温泉街ポルテ――ここは王都エスペランサから50キロほど離れた郊外にある貴族たちの保養地である。火山が近くにあるわけではないのだが、なぜかこのあたりは年中温泉が湧き出しているのだという。
貴族たちの別荘が瓦を連ねる中、俺たちはその中でも特に異彩を放つ建物の前で馬車を停めた。
「ここがシャーロットさん家の別荘かぁ、少し変わった建物ですね」
いつもは俺が口にするような感想をアルが呟く。だが――
「……なあ亮、これって……」
「……だね」
俺と亮の2人はアルファード家の別荘を見上げて複雑な表情を浮かべていた。目の前にある建物の外観は、日本の古い温泉旅館そのものだったからだ。
「どうです、なかなか風情があるでしょう? 私のお祖父様が建てたものですが、数百年前にこの地を訪れた異世界人が伝えたといわれる建築様式ですのよ」
「……そいつ、確実に日本人だな」
「……うん、僕たちの前にも来た人がいたんだね」
周りの建物がどれも西洋風な中、ここだけまるで江戸時代という風景はあまりにもシュールだ。シャーロットの祖父が何を考えてこんなものを建てたのかは知らないが、センス以前に周囲との調和というものを考えなかったのだろうか?
「まあいいや、俺とお前は逆にこっちのほうが落ち着くだろ」
意外すぎる光景を目にして最初は面食らったが、突然こちらの世界に転移させられた俺たちにとってはむしろ懐かしく思える。それにもし内部の造りまで和風なら、ここに来た目的のメインである温泉とやらも俺にとって嬉しい構造をしているに違いない。そんなことを考えていると――
―― ガラララ…… ――
この世界では珍しい引き戸が開き、建物の中から和風の旅館にはまるで似合わない執事服の男性が現れた。
「ようこそおいでくださいましたお嬢様」
髪の一部が白く染まった初老の男性がオーナーの娘であるシャーロットに向かって恭しく頭を下げる。どうやらここの管理人さんのようだが、彼女の家に仕える人間にしてはゴツいおっさんでないのがまた意外だ。
「私、この別荘の管理を任されているフリオニールと申します。ヘンリー様からあなた方のお世話をするよう連絡を受けておりますので、どうかごゆっくりとおくつろぎください」
「ありがとう、お世話になりますわ」
中に案内されてみると、建物の内装もやはり日本の温泉旅館そのものだった。現代のものと違って土産物屋があったり卓球台が置いてあったりはしないが、それがまたなんとも言えない風情を感じさせる。
「わぁ……なんだか歴史を感じますね。これは是非じっくり見て回らないと」
「あ、私も興味ある。こんな建物、マローダでもエスペランサでも見たことないし」
アルとリーリアはまるで子供のようにはしゃぎながらあちこちを見て回っている。
「おいおいお前ら、まずは部屋に荷物置くのが先だろうが。しゃあないなあ、俺があいつらに付き添ってくるから、荷物のほうは頼むよ亮」
いつ皆から離れて単独行動をとろうかと思っていたが、これは絶好のチャンスだ。俺はアルたちを引率するふりをして自分の荷物を亮に押しつけ、1人でこっそりと風呂場のほうを“下見”に行った。
2
その日の夕食後、俺と亮はさっそく温泉に入ることにした。女性陣も少し前に風呂場へ向かったので、今ごろちょうど湯船に浸かっているはずだ。
「本当に日本の旅館そのものだね。まさかお風呂が露天だなんて思わなかったよ」
「うむ、実に素晴らしい。この造り……色々な意味で素晴らしい」
湯船に入る前に『かけ湯』をし、軽く体を洗いながらそう呟く。
「……? 何言ってるのかよく分からないけど……そういえばアルくんは?」
「さあ? あいつ俺に裸を見られて以来、一緒に風呂入るのを嫌がるからな。ったく、男同士で何を恥ずかしがってんだか」
「あはは、僕もあれぐらいの頃は他人と一緒にお風呂入るの恥ずかしかったよ。色々と成長する時期だからね」
「そんなことより……」
「ん?」
「見てみろ亮、男湯と女湯を隔てているあの仕切りを」
露天風呂の造りも日本のそれにかなり近く、男湯と女湯の間は細長い板を紐で簾のように繋ぎ合せたもので仕切られていた。さすがに板同士の隙間はぎっちり詰まっているので向こう側が見えたりはしないが、大きな池のような岩風呂の底はそれを挟んで繋がっている。
「あんな板1枚の向こうに5人もの裸の美女がいる。これはもう……覗くしかないよな?」
「はぁっ!?」
漫画だったら『キュピーン』という擬音が鳴りそうなほど鋭く目を光らせた俺の提案に、亮が素っ頓狂な声を上げて応えた。
「ちょ、何考えてるんだよ燈真! 駄目に決まってるだろそんなの!」
「馬鹿野郎っ! このシチュエーションで覗かないなんてお前はそれでも男か!」
「いや、君こそそういうの『男らしくない』って言いそうだと思ってたんだけど……」
「そりゃあ俺だって1人の女の子と正式に付き合ってたらこんな真似しねえよ。けど今の俺はなんだかんだ言って誰とも付き合ってるわけじゃないし、それに男の人生は誰のものだろうと1編のドラマだ。ならば、それが映像化されたときのために視聴者サービス考えるのは男としての義務だろうが! 円盤で湯気と謎の光が解除されて、おっぱいぷる~んぷるんだろうが!」
「どこの総統閣下だよ君はっ!?」
「そもそも女の裸を見たがるほうが男としてむしろ健全だろ。しかも温泉で覗き……これはもう男の世界、男のロマンといっていい。そう、例えるならそれは空を翔る一筋の流れ星っ!」
「あの歌の作詞者に謝れ!」
うん、いいツッコミだ。やはりこいつがいてくれるとボケ甲斐がある。
「大体、お前はメリッサさんの裸見たいとは思わないのかよ? 今がその最大のチャンスだぞ」
「そんなこと……」
「あ、お前もしかして……」
「な、なんだよ?」
「まさかもう見たことあるってんじゃねえだろうな? まさかもうそこまで関係が進んでるんじゃねえだろうな!」
「そ、そんなわけないだろ! 僕とメリッサはまだそこまでは……」
「ほう……『そこまでは』ってことは、その前の段階まではもう済ませたってことか? キスか! もうキスはしたのか! 俺が必死こいて元の世界に戻ろうとしてるときに、お前はメリッサさんとちゅーしてたのか! だとしたら ゆ゛る゛せ゛ん゛!」
「君だってティナさんとかシルヴィさんとか、何人も女の子を連れて旅してたじゃないか! わぁっ!? やめて燈真、裸で腕ひしぎ逆十字はやめて!」
「うっせぇ! 甘酸っぱい思い出を嫌な感触で上書きしてやるっ!」
「や、やめろぉぉぉっ!」
そんなふうに亮とドタバタしていたとき、突然脱衣所の引き戸がガラガラと開いて誰かが入ってきた。
「……え?」
「ん?」
そこに立っていたのはアルだった。またバスタオルを巻いて胸まで隠しているが、俺と亮を見つめたその表情が引きつったまま硬直している。
「あ、あの……僕、お2人がそういう関係だなんて知らなくて……。だ、大丈夫ですよ? 誰にも言ったりしませんから」
アルはそう言ったかと思うと、教師と生徒のいけない関係を目撃してしまった乙女のような走り方で出て行ってしまった。おいこら、頬を赤らめるな頬を。
「お、おい待てアル! 誤解だ、俺と亮はそんな関係じゃねえ!」
「どうするんだよ燈真! 君のせいで僕まで妙な疑いをかけられたじゃないか」
「くそっ、こうなったらやはり女湯を覗くぞ。そしてその詳細を後でアルに伝えてやるんだ。そうして女が好きだってことをアピールする以外に、この疑惑を晴らす方法はないっ!」
「いい加減にしてよもう……」
そうして、俺たちの覗き大作戦が始まった。
3
「さて……まずは上と下、どっちから覗くかだな」
「上と下?」
「岩風呂の底をよく見てみろ、仕切りの下が人間の頭1つ分ぐらい開いてるだろ」
「ほ、本当だ……。でも、なんか不自然じゃないこの隙間? いくらなんでもちょっと広すぎるような……」
「そこは元々お湯を循環させるために拳1つ分ぐらいの隙間があったんだけど、俺がさっき下見したときに少し仕切りを持ち上げて広げたんだよ。その辺に転がってる岩を端っこのほうに挟んで固定しといた」
「僕に荷物を運ばせてる間にそんなことしてたのか……」
「持ち上げた分だけ上のほうの長さが不揃いになってるだろ。風呂に入ってる最中に仕切りの高さが変わったら不審がられるけど、最初からそういうものだと思ってれば気付かれないと思って先手を打ったのさ」
「最初から覗く気満々じゃないか君」
「そりゃこんなものまで用意してるぐらいだからな」
そう言いつつ、俺は風呂桶の1つに隠しておいた空の牛乳瓶を取り出した。少し形は歪だが、元の世界にあったのと同じガラス製のものだ。
「それ、ここに来る直前の町で飲んでたやつだよね。なんで瓶を店の人に返さないでポケットにしまってるのかと思ってたけど、このためだったのか……」
亮もこいつの使い道に気付いたらしい。そう、これは水中から女湯を覗くためのゴーグル代わりなのだ。
「じゃ、とりあえず試してみるか」
俺は右目のほうにガラス瓶を押し付けてお湯が入らないようにすると、岩風呂の底に潜って女湯のほうへ顔を向けた。よし、瓶底の歪みで視界良好とは言い難いがそこそこ見えるぞ。
「ゴブォッ!(おおっ!)」
そこにはまるで桃源郷のような光景が広がっていた。
顔が見えないので誰が誰なのか正確には分からないが、5人全員が岩風呂に浸かっている。1人1人の姿勢や向いている方向のせいで大事なところまでは見えないものの、美しいヒップと胸のラインはバッチリ確認できた。
まず一番胸が大きいのはフリージアさんとして、膝から下が虎縞の毛皮なのは間違いなくシルヴィだろう。あとはティナとメリッサさんとシャーロットだが、3人ともムチムチすぎず、かといってスレンダーすぎない見事な肉付きだ。ああ、息が続くなら1時間でも2時間でもずっと見ていたい。
「ぶはぁっ! す、凄いぞ亮、全員胸が水面に浮いてる! ティナやメリッサさんはいつもローブ姿でサイズが分かりにくかったけど、あれなら全員D以上は確定だ!」
「ちょ、燈真興奮しすぎ……」
「これが興奮せずにいられるか! 水面に光が反射して下乳しか見えなかったのが惜しいけど、控えめに言っても最高だったぞ! え? ここ楽園じゃないよな?」
「だからちょっと落ち着きなってば」
「ああもう、あんな光景を右目だけに見せてやったんじゃ左目が可哀想だ。ちょっともう1回左で見てくるっ!」
「おい……!」
亮がまだ何か言っているような気がするが、完全にヒートアップした俺の耳にはもはや届かない。俺は再び岩風呂の底へ潜るべく、左目に牛乳瓶を押し付けながらダイブした。




