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53.礼服なんて大嫌い


 1


 シルヴィの親父さんや獣人族の皆と別れた後、王都エスペランサに戻った俺たちはまたも王城へと招かれていた。トライアンフの謀叛は俺が色々と暴れたせいでほぼ未然に防がれたようなものだが、さらに詳しい事の顛末てんまつを問いただすためにシャーロットを通じてお呼びがかかったのだ。


「あーもう、ほんと息苦しいなこの服。なんだよこの首んとこのヒラヒラは」


 俺は以前訪れたクルーガー城の客室でしきりに首を回しつつ、着慣れない礼服の息苦しさに先ほどからずっと文句を垂れていた。本当はこんなもの着たくはないのだが、今回の会見を仕切る役を仰せつかったシャーロットのやつに無理やり着せられたのだ。


「君は自分で思ってるより上品な顔してるんだから、そういうのも似合うのに」


 向かいのソファーには俺よりも少し地味な服に身を包んだ亮がいて、ジャングルから都会へ連れてこられたターザンみたいに襟元を気にしている俺を苦笑しながら眺めていた。こいつも今回の事件の当事者なので、謀叛に反対して国を裏切った亡命者という形で俺と一緒に召喚されている。


「誰になんと言われようと、やっぱ俺はこういうの駄目だわ。なんか鎖骨のあたりがムズムズするっつーか、そもそも空手家の正装なんて空手着以外にあるかってんだ」


「あなたがなんとおっしゃろうと、王の御前に出るからにはそれに相応しい服装というものがありますわ。前回のように武術の技を披露するならともかく、今日は一証人として招かれたにすぎないのですから当然でしょう?」


「へいへい」


 いつもよりさらに上品な白いドレスを着たシャーロットが腰に手を当て、ソファーにふんぞり返った俺を呆れたような顔で見下ろしてくる。

 大体の事情は彼女がすでに説明しているはずなので、俺の証言などはあくまで確認のためのものだろう。むしろ俺が今回の召喚に応じたのは、元六騎将だった亮があらぬ疑いをかけられたりしないよう弁明しておくためだ。


「では、そろそろ行きますわよ。くれぐれも言葉遣いには気をつけなさい」


「前もちゃんとできてただろ? 心配すんなよ」


「ははは、まるで怖い奥さんの尻に敷かれてるだらしない旦那さんみたいだよ燈真」


なこと言うな!」


「だ、誰がこんな男の妻ですか!」


 俺とシャーロットが同時に叫んだが、亮は「またまた、仲いいじゃないか」とでも言いたげな表情で笑っている。うーん、何か妙な誤解をされているような気がするな。


「じゃあ、行ってくるよ。せいぜい俺が無礼討ちにされないよう祈っててくれ」


「はい、行ってらっしゃいトウマさん」


「王様から何かご褒美をもらえるかもしれないわよぉ? 後で話を聞かせてね」


「おお、褒美ってなんだろうな? 美味い肉とかだったら最高なのに」


「シルヴィさん、さすがに肉はないと思いますよ……」


 俺と亮以外の皆は呼ばれていないので、今日はこの控え室で留守番だ。彼女たちは俺の心労などどこ吹く風といった感じで、王からどんな褒美がもらえるだろうかという話題で盛り上がっていた。


 2


「……それで、トライアンフ軍は本当に我が国を侵略するために出陣したのじゃな?」


 俺と亮、そしてシャーロットの3人は玉座の前にある階段の下でひざまずき、王から直接審問を受けていた。玉座の周りにはジェラルドさんをはじめとする騎士団の他に、以前は見かけなかったこの国の大臣らしき人々もいる。


「はい、確かにこの目で確認しました。さらにここにいる成島亮はトライアンフ軍の元将軍です。彼に詳しくおたずねになれば、あの国の王が本気で謀叛を企てていたことは明らかになるかと」


「そなたが六騎将の1人、ナルシマ・リョウか」


「……はっ」


「陛下、彼は自分の説得に応じて兵を退いてくれました。そしてこの戦の愚かしさをトライアンフ王に訴えようとして怒りを買い、危うく処刑されそうになったところを逃げ出してきたのです。ですから……」


「みなまで言わずともシャーロットからの報告で分かっておる。この者を敵国の間者として疑ったり、捕虜のような扱いをするつもりはないから心配せずともよい」


「は、はい」


「うーむ、それにしても解せぬ。なぜあやつがこのような……」


おそれながら――」


 それまで相槌あいづちのような返事をしているのみだった亮が初めて自分から口を開いた。こいつはトライアンフの王と直接言葉を交わせる立場だっただけに、もしかすると本当にその心情まで知っているのかもしれない。


「トライアンフ王は貴方あなたのことを随分と恨んでおられました。この大陸を統べるクライスラーの王になるべきは兄よりも才能ある自分だったはずなのに、それを恐れた貴方あなたは先王に讒言ざんげんして王の座を掠め取ったばかりか、魔王に滅ぼされた国の復興を名目に兵を養うのも難しい北の果てに自分を追いやったと……」


「そうか、やつがそのようなことを……」


 遠く離れた国にいる弟のことを想ってか、王は北の方角を見つめて複雑な表情をしている。とはいえ亮が言ったようなことはまるで身に覚えがないという反応なので、やはり本人に悪気があってのことではなかったらしい。


「魔王の脅威がまだ去らぬ頃、先王である父上は人間同士が争っている場合ではないと常々口にしておられた。ワシが世継ぎに選ばれたのは政治や戦の才能においてあやつより優れていたからではなく、他国を攻め滅ぼして版図はんとを広げようなどという野心を持たなかったからにすぎぬ」


 なるほど、昔の言葉に『総領の甚六』というのがあるが、世間でも長男というやつは基本的に競争意識が薄いと言われている。そういうところが世間知らずのボンクラと評されることもしばしばあるし、そんな兄のせいで家督を継げなかった弟からしてみれば、いつか自分が成り代わってやろうという野心を抱くのも仕方がないのかもしれない。特に一国の王族ともなれば、骨肉の争いで生まれる憎しみの深さも俺のようなド庶民には計り知れないものがあるのだろう。


「逆に父上はあやつの野心が大きすぎることをいつも心配しておられた。それゆえ父上はお亡くなりになる直前、ワシにあやつをなるべく戦とは縁遠い平和な地に送るよう仰せになったのだが……そのお心があやつには理解できなかったようじゃな」


「王よ、心中お察しいたします。ですが我が国を滅ぼそうとした以上、もはやトライアンフは敵国と見なす他ありません。ここは断固とした処分を」


 王のそばにいた大臣らしき人物が決断を仰ぐ。俺も予想はしていたことだが、やはり問題が国家ぐるみでの謀叛ともなると、兄弟であっても生半可な処罰では済まされないらしい。


「ふむ、やつの気持ちを汲めば少々哀れに思わぬでもないが……やはり不問にするというわけにもいかぬか。ならば先日評議したとおり、春を待ってトライアンフに討伐軍を送り込むことにしよう」


 謁見えっけんの間のあちこちから「むぅ……」とか「おお……」といったうなりにも似た声が上がる。

 王は非情な決断をしたが、俺は彼が玉座の肘掛けに爪を食い込ませていたのを見逃さなかった。国のため民のため、身内への情にほだされることなく公務を全うしようとする――それが人としてどうかはともかく、この人は間違いなく立派な王だ。


「さて、そなたも色々とご苦労であったなカミシロ・トウマよ。我が国の危険を知らせてくれただけでなく、実質トライアンフの謀叛を未然に防いだその功績は実に大きいといってよい」


「いえ、自分は友人を救うために己の都合で行動したにすぎません。今のご決断を目の当たりにしては、むしろ恥じ入るばかりです」


「そう謙遜せずともよい。褒美は何を望む? お主は救国の恩人、できるだけのことはしてやろう」


「特に望みなどは……」


 そこまで言いかけて、俺は1つだけ欲しいものがあったことを思い出した。これから先のことを考えればあったほうがいいものだが、普通にギルドの仕事をこなしているだけでは到底買えないものだ。


「いえ、できることなら2つほどお願いがございます」


「ほう、何かな?」


「1つはこの国にある屋敷を1軒、できればすぐにでも住めるものをお与えくださいますでしょうか? 古い屋敷でも構いませんし、広さも10人ぐらいが住めるものであれば十分です」


「なんじゃ、そのようなものでよいのか?」


「はい、あとはそこに住む者が半年ほど暮らせるだけの生活費をいただければありがたいのですが……」


「よかろう、むしろ国の危機を救ってもらった礼としては安すぎるぐらいじゃ」


「王のご厚情、感謝いたします」


 床の上に片膝をついた姿勢のまま限界まで頭を下げ、王に向かって最大限の謝意を示す。

 そうして、俺はこの国を救った褒美としてお屋敷をたまわることとなった。


 3


 王との会見から数日後、俺たちは褒美として与えられた屋敷を検分に来ていた。

 この屋敷は町の中心部から少し離れているものの、造りは思った以上に立派なもので、かつて没落した下級貴族が住んでいたという。すでに王の命を受けた者たちによって中は綺麗に掃除され、前の住人が残した家具を使えばすぐにでも住めるだけの準備が整えられていた。


「それにしても意外だったよ。あまり欲がないというか、人から何かを与えてもらうのを喜ばない燈真がこんなお願いをするとはね」


「この世界で俺みたいなガキが金を稼ぐ方法なんて、冒険者としての仕事ぐらいしかないからな。それでこれほどのお屋敷を買おうと思ったら何年かかるか分からないし、そりゃこんな機会を利用しない手はないだろ」


「屋敷を欲しがるなんて、燈真もこっちの世界で生きていく気になったのかい?」


「何言ってんだ、ここに住むのはお前だよお前。あとメリッサさんとおっさんたちな」


「ええっ!?」


「お、おい、俺たちもなんて聞いてないぞ」


 亮はもちろん、メリッサさんやおっさんたちも目を丸くして驚いている。サプライズプレゼントとしてはした者冥利に尽きるリアクションだ。


「だってあんたら他に行くあてないんだろ? 半年後にトライアンフが征伐されたとしても今さら戻りづらいだろうし、こっちの国で暮らしていくなら家ぐらいあったほうがいいんじゃないかと思ってさ」


「で、でも君にそこまで世話になるわけには……」


「(おい、俺が気付いてないとでも思ってんのか。お前メリッサさんと……まあ、そういう関係なんだろ? だったら男として、ちゃんと彼女の生活を守ってやらなきゃ駄目だろうが)」


 亮の肩を抱き寄せて小声で話す。こいつの負担になっているのではとメリッサさんに気を遣わせてはいけないからだ。


「それにおっさんたちだってここの使用人って肩書にしとけば、元トライアンフの兵士ってことで妙な疑いをかけられたりもしないだろ。なんせこの屋敷は半年間の期限付きとはいえ、王様から生活保護のお墨付きまでもらってあるんだからな」


「お、お前……俺たちの身の振り方まで考えててくれたのかよ」


「うーん……まあ、色々と俺のせいなところもあるしな。来年の春までは金にも不自由しないと思うし、別の仕事を探すにしても新しい生活を立てる余裕は十分にあるだろ」


「へっ、ガキのくせに気を遣いやがって。けど、使用人ってのもいいかもなぁ。こう見えても俺は元々料理人なんだぜ? ここで大将やメリッサさんの飯作って生きていくのも悪くないかもしれん」


「いいんじゃね? いつ死ぬか分からない兵士なんかやってるよりはさ」


「ってかお前、いい加減俺のことをおっさんおっさん言うのやめろ。俺にはヴェナルド・ディアブロって立派な名前があるんだぞ」


「ああ、そういえば僕たち彼に名乗ってませんでしたもんね。あらためて、僕はヴィアーノ・アルファロメオです、よろしく」


「ええ!? あんたらそんなカッコいい名前だったの? 元料理人って話といい、見かけによらないところの多いおっさんだなあ……」


「だから、おっさんはやめろって言ってんだろ!」


「へいへい、あらためてよろしくなヴェナルドのおっさん」


「この野郎……」


「でも、トウマくんいいところあるじゃない。自分がもらえるご褒美の権利をリョウくんたちのために使っちゃうなんて」


「いやいや、俺たちだって旅を続けるのに拠点があったほうがありがたいですし、この国にいる間は堂々とここを使わせてもらいますよ。そのためにわざわざ『10人は暮らせる広さ』って条件をつけさせてもらったんですから」


「なるほど、これからはここが僕たち皆の家になるんですね」


「そういうこと」


「ふぅん……あなたにもそんな気配りができますのね。少しだけ見直しましたわ」


「――?」


 突然聞き覚えのある声がしたので振り向くと、開けっ放しだった玄関にシャーロットが立っていた。


「なんだよお前、家に戻ったんじゃなかったのか?」


「いえ、あなたたちが次はいつ旅立つのか、今後のスケジュールを聞いておこうかと思いまして。なにせ私がこの国を出るなら、あなたと一緒でなければお父様に怪しまれますからね」


「ああ、そういうことか。だけど悪いな、俺たちはしばらくこっちで調べ物しようかと思ってるんだよ」


「調べ物?」


「うん、『アウラの涙』は北にあるって話だったけど、それだけじゃあまりにも漠然としすぎてるからな。もっとこの世界の神話とか伝説なんかを調べて、今度はしっかり見当をつけてから旅に出ようかと思ってさ」


「随分とのんびりした話ですのね」


「亮がこっちの世界にいた以上、特に急ぐ旅でもなくなったからな。それに北のほうはこれから雪に覆われるだろうし、春になってトライアンフとのゴタゴタが片付くまでは休養も兼ねてこっちでゆっくりしてようかと」


「まあ……冬の間はあちらでもギルドの仕事は減るでしょうから妥当な判断といえるかもしれませんわね。それなら私もしばらくはこちらでアンディとのんびりしましょうか。ああ、そういえば――」


「ん?」


「休むのでしたら王都の郊外に温泉が湧く良い保養地がありますわよ。我がアルファード家の別荘もありますから、よろしければ行ってみますか?」


「温泉……だと……!」


 シャーロットからの意外な提案に、俺に流れる日本人の――風呂をこよなく愛する民族の血が思わず騒いだ。

次回は活動報告でも予告していたとおり温泉回になりますので、お楽しみに。

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