表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/77

51.必殺の蹴り技


「そぁりゃぁぁっ!」


 丸太のように太い腕から放たれたパンチがもの凄い勢いで迫ってくる。

 鎧を含めれば130キロ近くありそうなこいつの拳をまともに食らったら、大抵のやつは粘土細工のように叩き潰されてしまうだろう。俺はそれが届く前に左の横蹴りをくり出し、やつが前に踏み込んだ脚の付け根を足刀で踏みつけた。

 この蹴りは攻撃を止めるためのものではなく、相手の脚を踏み台にして跳び上がるためのものだ。その勢いのまま体を右へひねりつつ、相手に背を向けながら大きくジャンプする。


「しゃぁぁっ!」


 やつの顔とほぼ同じ高さまで跳び上がったところで、俺はジャンプと同時に抱え上げた右足を一気に後ろへ伸ばした。全体重を乗せた渾身の飛び後ろ蹴りだ。


 ―― ばがぁんっ! ――


「ぬごっ!?」


 ヤカンを蹴飛ばしたような音がして、ジェイクが体を大きくのけ反らせた。


(――どうだ!?)


 後ろ蹴りは空手の中でも1、2を争うほど威力の高い技である。それがカウンターになる形で入ったのだから、これで倒れないとなったらいよいよヤバい。逆に後ろへ倒れてくれれば、鎧の重さでやつが起き上がれずにいる間に上から顔面を踏みつけてフィニッシュだ。


「く……こ、このガキめ……!」


 会心の手応えだったにもかかわらず、ジェイクは倒れるどころかその場からほとんど動いていなかった。少なくとも首にはそれなりのダメージがあるはずなのに、まるで地面にアンカーボルトでも打ち込んであるかのようだ。


「い、今ので倒れないのか……」


 後ろで見ていた亮もやつのタフさに驚愕していた。そりゃそうだ、今のは空手家同士じゃめったに決まらない大技だが、体重が同じなら一撃で相手を倒せるほどの威力があることは経験者なら誰でも分かる。


「よくもやってくれたな小僧。だが、貴様の攻撃には少々重さが足りないようだ。戦いにおいては重さこそがパワー! 重さこそがタフネス! この無敵の鎧に防げぬ攻撃も、打ち砕けぬ敵もありはしない!」


 ジェイクが己の屈強さを誇るかのように両腕を広げてこちらを見下ろしてくる。ちっ、こっちが気にしてることを言いやがって。

 だが、今の言葉でやつがなぜあんな重い鎧を身につけているのかは分かった。あれは敵の攻撃による衝撃を地面へ逃がすと同時に、自分の攻撃にも重みを持たせるためのものなのだ。まず武器ではなくパンチで攻撃を仕掛けてきたのは、こいつが殴り合いの格闘戦にも自信を持っているからなのだろう。

 しかもあのゴツい兜を常日頃から被っているせいなのか、やつの首の強さはほとんどプロレスラーか力士なみだ。やはりアマチュアの高校生にすぎない俺の攻撃、しかもこの体重差ではKOするのは難しいか?


(いや、方法はある。あるにはあるが……)


 こいつの鎧は襟の部分が前に突き出しているせいで『旋風つむじ』であごを蹴り上げることもできないが、俺にはもう1つの必殺技がある。敵が重ければ重いほど威力を増す技なので、まず間違いなくやつを倒せるだろう。

 しかし、それを使うには1つだけ問題があった。その技は最初に敵をブン投げて真っ逆さまに落とさなければならないため、逆に相手が重すぎても仕掛けられないのだ。


(とはいえ、これ以上時間をかけるわけにもいかないからな……迷ってる暇はない。どうせ他に手がないなら、一か八かやってみるか)


「遊びは終わりだ。そろそろあの世へ送ってやろう」


 ジェイクが腰の左側に下げた剣に手をかけ、軽く腰を引いた。重心が下がりつつも少し前のめりなので、おそらく鞘から剣を抜くと同時に横薙ぎの一閃を放つつもりだ。


(ここだっ!)


 俺はジェイクが鞘を掃うと同時に左前方へ踏み込み、剣が自分のいた場所を薙ぎ払うよりも先にやつの斜め後ろへと回り込んだ。さらに剣を振りぬいたことで伸びきった右腕を掴んで自分の左肩に担ぎ、ほぼ背中合わせの状態で柔道の一本背負いを仕掛ける。

 こんなセメント袋3つ分もあるような重量物を投げようと思ったら、自分の力だけでは到底不可能である。ゆえに俺は肘と肩をめながら腕を抱えてやることで、やつが自ら跳ぶしかない体勢を作り出したのだ。


「ぬぅっ!?」


 ジェイクが思わず地面を蹴り、その体が浮き上がる。そうしなければ肘の靭帯が伸び、肩が外れてしまうと痛みで直感したのだろう。


 山なりに曲げた俺の背中の上をごろりと転がるようにして、やつの巨体が綺麗な弧を描きながら宙を舞った。体育の時間などで2人が背中合わせになって背筋を伸ばす運動があるが、あれで勢いをつけすぎて相手がぐるりと回ってしまうような感じだ。


「うわわっ!」


 ジェイクが完全に真っ逆さまになり、頭から地面に向かって落ちていこうとする。このまま叩きつけるだけでも十分なダメージがあるはずだが、俺はやつの体がまだ空中に浮いている間に、さらに左のローキックでその頭を思い切り蹴飛ばした。名付けて『あらし』――敵の意識もプライドも、下手をすれば命まで、全てを根こそぎ吹っ飛ばす必殺の蹴りだ。


「どっせぇぇい!!」


 ―― バギャァン! ―― 


「ごぁっ!?」


 ドラム缶を金属バットで叩いたような音がして、ジェイクの体が反時計回りに宙を舞う。そしてちょうど1回転する寸前のところで、やつは即頭部から地面に激突した。


 ―― ゴズゥゥン……! ――


 大きな冷蔵庫でも倒したのかと思うような地響きを上げ、ジェイクが大の字にぶっ倒れる。


ぃってぇぇぇ!」


 それとほぼ同時に、俺も思わず叫び声を上げた。こちらも金属製のレガース越しだったとはいえ、落下する130キロもの鉄塊を蹴っ飛ばすなんて真似をしたせいですねにかなりの衝撃が加わったのだ。逆に言えば、それだけのダメージがやつの首と頭にも加わったということなのだが。


「っつつつ……予想以上に重かった」


「と、燈真、大丈夫?」


 片足でぴょんぴょんと飛び跳ねる俺に亮や他の皆が駆け寄ってくる。


「ああ、多分折れちゃいないと思う。それよりあいつはどうなった?」


 仰向あおむけで倒れたジェイクのほうに目を向けるが、その姿勢のままピクリとも動かない。慎重に近づいて兜のバイザーを上げてみると、彼は白目を剥いて完全にノビでいた。


「し、死んじゃったんですか?」


 アルが「あわわ……」と言わんばかりの顔でジェイクの顔を覗き込む。俺も少し心配になって鼻の下と首筋に指を当てて確認してみたが、ちゃんと息も脈もあった。


「大丈夫だ、生きてるよ」


「凄い落ち方したから、本当に殺しちゃったかと思いましたよ」


「さすがに手加減できる状況じゃなかったからな。こっちにそのつもりはなくても、そうなってもおかしくはなかった。まあ頭がバカになるぐらいの後遺症は残るかもしれんが、そもそもこっちを殺そうとしてきた相手にそこまで面倒見きれんさ。そんなことより……」


 俺は失神したジェイクの首にサイを突きつけると、後ろにいた兵士たちを睨みつけて叫んだ。


「オラァ! お前らの大将はノビちまったぞ! さっさと門を開けないと、こいつの首から赤い噴水が上がるぜ!」


 ジェイクの部下たちは思ってもみなかった上官の敗北に動揺していたが、俺が重ねてあごで指示すると慌てて門を開け始めた。体感ではここまでで3分ほどタイムロスした気もするが、城からの追っ手はまだ来ないだろうか?


「やった、門が開くわよ!」


「よし、皆行くぞ。おっさんもしっかりしろ」


「あ、ああ……すまねえ」 


 かなり痛めつけられた様子のおっさんに肩を貸してやり、皆で城下町から脱出する。ガラムのやつはいつの間にやらフリージアさんがロープでぐるぐる巻きにしていて、丸めた布団でも持ち上げるかのようにひょいと担いでいった。


 2


「皆さんこっち! こっちです!」


 馬車は門を出てすぐのところに停めてあり、おっさんの後輩くんがいつでも出発できるように万全の準備を整えてくれていた。俺たちはすぐさま乗り込んで南へ進路をとったが、さすがに5人も増えては定員オーバーなので3人が御者席に座ることになる。


「き、貴様ら、私をどこまで連れて行く気だ!」


 ロープで縛られ、蓑虫みのむしのような格好で荷台の後ろに吊り下げられたガラムが叫ぶ。仮に兵士たちが追ってきても矢を射掛けられないようにこうしてぶら下げているのだが、このほうが折れた脚に響かないので本人も楽だろう。


「ああ、橋の手前まで行ったら降ろしてやるよ。そこを越えたらお前らはしばらく俺たちを追ってこれなくなるだろうからな」


「本当に逃げ切れるとでも思っているのか? 六騎将のうち1人を裏切らせ、私やアトラス将軍までもこのような目に……。陛下は決してお前たちを許してはおかんぞ」


「おいおい、俺たちがなんのためにこんな仮面を着けてると思ってんだ? 仮面は正体を隠すためのものなんだから、逃げた後でこいつを捨てちまえばお前らには俺たちがどこの誰かも分からないだろ」


「駄目だ燈真、僕との戦いを見ていた兵士からの報告で君のことは軍の連中に知れ渡っている。名前も君が大声で名乗っちゃったから……」


 亮が心配そうな顔でこちらを見る。だが、俺は今の状況をそれほど悲観していなかった。完璧な作戦とは言えないものの、少なくとも草原地帯まで逃げられる算段はすでについているのだ。あとはシルヴィの言葉を信じ、運を天に任せてやれることをやるだけだ。


「ああ、そういやそうだったな。けど、写真もないこの世界じゃ出回るのはせいぜい人相書きまでだろ? 俺は近いうちに元の世界に帰るつもりなんだから、そうなったらこいつらに俺を追ってくる手段はねえよ。それに俺以外の仲間たちは顔も名前も知られてないから問題ないさ」


「ぬぐ……」


「それに、お前らには俺たちにかまけてる余裕なんかないぞ。1ついいことを教えてやろうか? クライスラー王国じゃ来年の雪融けを待ってこの国を討伐するための軍を送り込むそうだ。他人の心配をする前に、自分たちの首が春まで繋がってるかどうかの心配をするんだな」


「な、何ぃっ!?」


 これはあくまでシャーロットが言っていた予想を元にしたハッタリでしかないが、本当にそうなればやつらも俺たちを追いかけているどころではなくなるだろう。こいつをここまで連れて来たのは、この話を聞かせて追撃の手を緩めさせるためでもあるのだ。


「おっ、言ってるうちに着いたみたいだな。じゃあおっさん、あんたとはここでお別れだ。お見送りご苦労っ!」


「うわぁっ!?」


 俺は馬車が橋の手前に差し掛かったところでガラムを吊り下げていたロープを緩め、やつを横向きに落としてやった。この体勢なら折れた脚や頭を打ったりはしないだろうし、こいつの風船みたいな体型ならそれほど大怪我もしないはずだ。


「ぐえっ!」


 ガラムの体がバスケットボールのようにワンバウンドし、街道の地面にゴロゴロと転がる。これであとは橋を崩して南の草原地帯まで一直線だ。


「さて、2人とも準備はできてるか?」


 先ほどから呪文を唱えつつ集中していたティナとメリッサさんに声をかける。それに対して彼女たちは無言で頷き、荷台から半身を乗り出して杖を構えた。


「じゃあ、やってくれ!」


「炎の精霊よ、地の底より出でて、全てを吹き飛ばせ――『イクスプロージョン』っ!」


「水の精霊よ、渦を巻き、全てを飲み込め――『荒れ狂え大河』っ!」


 ―― ドゴォン!! ズガガゴゴゴゴゴ…………!! ――


 ティナの起こした噴火のような爆発が石橋を吹き飛ばし、メリッサさんが濁流に変えた川がその残骸を大きく押し流していく。崩れただけなら修理も容易だったかもしれないが、これでは新しく橋を架け直さない限り川を渡ってこられないだろう。


「ふぅ……これでひとまずは安心だな」


「ありがとう燈真、君のおかげで助かったよ」


「いいさ、元々半分は俺のせいみたいなものなんだから、むしろ俺が助けるのは当然だろ」


「ぷっ……くく……ふふふ…………」


「ん? 何がおかしいんだよ」


「いや、他の皆はもうお面を取ってるのに、君だけいつまでそれ着けたままなのさ。真面目に話そうとしてるのに笑っちゃうから、いい加減に外してよ」


「なんだよ、カッコいいだろこれ。いい出来だからぶっちゃけ捨てるの惜しいぐらいなんだぞ」


「まさかそれ、君の手彫りなのかい?」


「ああ、どっかの民芸品屋で買おうかとも思ったんだけど、そこから足がつくかもしれないからな。どうせならヒーローっぽく乱入したかったし、お前の奪還作戦を立てた後の準備時間はほとんどこれに充ててた」


「顔を隠すだけなら別に布でも厚紙でもいいだろうに……。こんなギリギリの状況でそんなくだらないことにこだわるなんて、呆れたやつだな君は。しかもレッドとかブルーとか言いながら、どれも同じ木目のままじゃないか」


「うるせえな。5人分も作らなきゃいけなかったから色まで塗ってる暇がなかったんだよ。……けどまあ、お前が俺のやることにそうやっていちいちツッコんでくれるのが今は嬉しいよ」


「うん……僕もだよ。またこうして君と馬鹿なことを言い合えるのが嬉しい」


 亮と隣り合うように腰掛け、いつものようにお互いの拳を合わせる。そうしてにやりと笑う俺たちを、他の皆も笑顔で眺めていた。

 今回使った技のうち、1つめはアクロバティックな試し割りなどでたまに見られる『飛び後ろ蹴り』です。

 最初に脚の付け根(腰)を蹴り込んで攻撃をストップさせ、そのまま相手の太ももを踏み台にして飛び上がることで、プロレスのドロップキックと同じように全体重をかけた蹴りを食らわせることができます。しかも人間は腰を押されると反射的に上半身を前のめりにして踏ん張ろうとするため、その力に対して蹴りがカウンターで入るので威力はさらに増します。

 かなり身軽さを必要とする技で、本来は65キロ以下ぐらいの軽量級でないと使うのは難しいのですが……。今回は相手が重かったために主人公がのしかかってもびくともせず、しっかりとした踏み台になってくれたおかげで跳べたということにしました。後述しますが、実はこれがいまいち効かなかった理由でもあるんですけどね。


 2つ目の技は名前こそオリジナルですが、元は『ケンカ十段』の異名で有名な芦原英幸先生が漫画『空手バカ一代』の中で使っていたものです。初登場のときは下から頭を蹴り上げる技でしたが、そのせいで落下が一瞬止まった相手に反撃を食らって相打ちになるという結果に終わったので、次に登場したときは今回のように横から蹴って相手をブン回すという技に改良されていました。

 とにかく相手を逆落としにできればいいので『空手バカ一代』では体落としで投げていましたが、今回は相手が重すぎたので肘と肩をめることで相手に跳ばせるという合気道のような投げ方をしました。このやり方は漫画『修羅の門』で『いかずち』という技として使われていたものです。

 

 飛び後ろ蹴りでよろめいただけの相手が『あらし』であれほどのダメージを受けた理由は、軽いボールと重いボールを打ったときの感触を思い浮かべていただければ分かると思います。

 宙に浮いた状態で攻撃された場合、体重が軽い人間は自分が吹っ飛ばされる分だけ受ける衝撃を逃がせますが、重い人間は衝撃をもろに受けてしまうのでダメージが大きくなるんですね。

 逆に体重が軽いと飛び蹴りのような空中技を放ったときも自分より重い相手には押し返され、その分だけ威力が削がれてしまうというわけです。(最初の飛び後ろ蹴りでアトラス将軍が倒れなかったのもこのためです)


 今回の技はどちらも難しいので実践しようという人はまずいないと思いますが、特に後者は漫画の中でも頭に障害が残るレベルでヤバい技として描かれていますので、決して真似しないようにお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ