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49.ヒーローは 高いトコから 現れる


 1


「さ、みぃぃ……。一番冷え込む時間だなこりゃ」


 3日後の夜明け前、俺はなだらかな『へ』の字型になった教会の屋根の上で、頭から毛布にくるまって震えていた。処刑の時刻が近づけばこの建物自体に近づけなくなるだろうと思ったので、まだ警備が手薄な前日の夕方から潜伏しておくことにしたのだ。

 俺の後ろにはメリッサさんもいて、俺と同じように毛布にくるまって朝が来るのを待っている。今回の作戦では彼女の魔法が最大の鍵となるため、悪いとは思ったが潜伏に付き合ってもらっていた。


「トウマ様、そんなに寒いのでしたら火を起こしましょうか? 魔法の火なら煙も出ませんし、ここの屋根は広いですから、真ん中でやれば周囲からは見えないと思いますが」


「いや、それでも遠くから見たら明るいでしょうし、城下町の外壁や城のほうにいる見張りに気付かれちゃいますよ。日が昇れば少しは暖かくなると思いますから、それまで我慢しましょう」


「……リョウ様はご無事でしょうか……」


 メリッサさんが毛布の端をぎゅっと握り締め、肩を落として縮こまる。その体が少し震えているようにも見えるのは、おそらく寒さのせいだけでははいだろう。


「まあクライスラーの誰と繋がってるのか聞き出そうともせずに処刑を決めたぐらいですから、拷問とかはされてないと思いますけどね。そもそも今回のことはガラムってやつの陰謀なわけですし、向こうも亮を始末するのが目的なんだから無駄に痛めつけたりはしないでしょう」


「だといいのですが……」


「仮に痛めつけてやがったとしたら、そのときは俺がガラムとかいうアホをもっとえげつない目にわせてやりますよ。今はまず、あいつを取り戻すことだけに集中しましょう」


「はい……」


 うーん、憂い顔のせいか元々美人なのがさらに際立って見えるな。こんな知的でおしとやかな女性に好意を寄せられているのなら、あいつがこの世界に留まりたがる気持ちが分からなくもない。


「処刑まではあと6時間ってとこか……」


 夜が明けて警備兵や観衆たちが集まってきたら、まずは上からそいつらの配置を確認しないといけない。この作戦は俺や他の皆がどれだけ目立ち、処刑台のある広場の中央付近から兵士を遠ざけられるかがポイントになるからだ。


「――トウマ様、日の出です」


 そのとき、城下町を囲む外壁の向こうから太陽が顔を出した。東向きに建てられた教会をまばゆい光が照らし、俺たちの上に長い影を落とす。

 屋根の端には横幅が3メートル、高さは5メートル近くもある教会のシンボルが立っていた。十字架というよりは俺の武器と同じ『Ψ』に近い形で、この世界で信仰されている女神アウラが手を広げた姿をかたどったものだという。


「頼むぜ女神様よ。俺の親友を助けるために、あんたも力を貸してくれ」


 俺は元々神頼みなどしない性質たちではあるが、この十字架もどきには物理的な意味で役に立ってもらわないといけない。朝日の眩しさに思わず目を細めつつ、俺は巨大な鳥のようなそのオブジェをごつんと叩いた。


 2


 太陽がもうすぐ真南まで昇ろうかという頃、教会前の広場は寒さを感じさせないほどの熱気で盛り上がっていた。

 国家の裏切り者を許すなと気勢を上げる愛国者の集団がいるかと思えば、おそらくイケメン将軍扱いだったであろう亮のファンと思われる女性たちが悲鳴のような声を上げていたり、ただ珍しい見せ物に期待している酔っ払いのような連中までいる。

 群集の数はフリージアさんの見立てどおり1000人規模で、それを取り囲む兵士たちも300人~400人程度でほぼ予想通りだ。その配置もいくつか予想していたパターンから大きく逸脱するものではないので、これなら昨日決めた作戦どおりに動けるだろう。すでに仲間の4人は群集の中に紛れ込んで、騒ぎを起こすための準備を整えているはずだ。


「静まれ民衆たちよ!」


 海外映画の吹き替えでよく聞くような、いかにも悪役っぽい声が広場に響いた。俺が警備兵の配置を確認している間に2人の男が処刑台に上がっていて、そのうちの1人が群集へ向かって叫んだのだ。

 それは、まるでガマガエルのような顔をしたスキンヘッドの男だった。体つきが太めなのに身長は恐ろしく低く、ここからでは分かりにくいがおそらく150センチほどしかない。人の容姿をあまりこき下ろしたくはないが、一瞬ゆで玉子に手足が生えてるんじゃないかと思ったほどだ。


「あれがガラム・プリウスってやつか……。メリッサさんたちから話は聞いてたけど、どっかの救世主伝説に出てきそうなぐらい分かりやすい悪人面あくにんづらだな」


 俺が見たところ、ガラムとかいうおっさんはかなり容姿にコンプレックスを抱えていそうな外見をしていた。もしかするとあいつが嫉妬したのは亮の出世の早さではなく、むしろ顔をはじめとした見た目のほうなのかもしれない。


「トウマ様、リョウ様は……」


「まだ壇上にはいませんね。いるのはガラムと、あとはこのクソ寒いのに上半身裸のムキムキ男だけです。デカい牛刀みたいなのを持ってるから、多分あっちは処刑人だと思いますけど……なんか妙なもんで顔を隠してるな。ありゃドミノマスクってやつか?」


 ―― ウワァァァァァァ…………! ――


「――――!」


 俺が屋根の上に伏せて下の様子を探っていると、突然群集から大きな歓声が上がった。十数人の兵士たちが人波をかき分け、王の居城がある北のほうから誰かを連行してきたのだ。


「亮……!」


 望遠鏡を伸ばしてよく見れば、亮は首に縄をかけた状態で引っ張られていた。さらに魔法を使えなくするためか、まるで馬に咥えさせる『ハミ』のような猿轡さるぐつわまでされている。


「あのクソ野郎……とことん亮を辱めてやろうって魂胆だな」


「リョウ様……」


「大丈夫ですよメリッサさん、あいつは必ず助け出します。それよりもそろそろ陽動を始めますから、そっちも魔法の準備を」


「は、はいっ」


 メリッサさんが目の前に杖を掲げ、目を閉じて呪文を唱え始める。これから行使する魔法はそこそこ大規模なものになるため、呪文の詠唱にそれなりの時間が必要になるのだ。俺たちの仕事はそれが発動するまでの間に、下にいる警備兵たちをなるべく広場の中央から分散させることである。


「この者は…………であるからして………………よって今日ここで首を刎ね…………」


 両腕を腰の後ろで縛られた亮が2人の兵士によって刀を持った男の前に引き据えられ、ガラムが処刑前の口上を述べる。乱入するタイミングはまさに今このときだ。

 俺は変装用に用意しておいた木彫りの仮面を被ると、十字架によく似たオブジェの脇に立って叫んだ。


「では、この裏切り者の首を――」


「待てぇいっ!!!」


「――!?」


 処刑宣告をしようとしていたガラムを除き、誰もが静まり返っていた広場に芝居がかった声が響き渡る。それを聞いた兵士たちや群集は声の出所を探して辺りをキョロキョロと見回していたが、誰かが屋根の上にいる俺の姿に気付いて指を差したのを皮切りに、全員の目が一斉にこちらへ向けられた。


「他人の出世や容姿を妬み、濡れ衣を着せておとしいれようとする矮小わいしょうなる者よ、その行いを恥と知れ! 人、それを小者という……!」


「だ、誰だ貴様は!?」


「貴様らに名乗る名はないっ!」


 ――決まった。完全に決まった。男なら一度はやってみたい、『悪党に向けて大見得を切る』というシチュエーションが完璧な形で実現できたのだ。すっかりその気になった俺の脳内では、さっきからアコースティックギターとトランペットの音が鳴りっぱなしだった。


「……と言いたいところだがな。こんなことはきっと一生に一度しかないだろうから特別に名乗ってやろう。俺は貴様ら悪党を倒すために異世界からやって来た戦士、仮面ストライカー・レッド! 今から正義の鉄拳を食らわせてやるから覚悟しろ!」


 昨日から考えておいた偽名を叫びながら、即興で考えた決めポーズをとる。下で見ている連中はいきなり現れた俺の存在に一瞬呆気(あっけ)にとられていたが、小者とはいえさすがに将というべきか、ガラムが最初に我に返った。


「ぬぅぅ……ワケの分からん不審者め! 貴様ら、あの馬鹿をひっ捕らえろ!」


「「はっ!」」


 教会の手前側にいた警備兵たちがガラムの命を受け、俺を捕らえようと動き出す。

 いいぞ、どうせここまで上ってくるには長い梯子はしごを用意するしかないんだ。俺たちが裏手から上がったときにはおっさんがこっそり持ってきてくれたが、今はそんなものすぐには用意できまい。せいぜい探して走り回るんだな。


 ―― ボン! ボボン!――


「な……今度はなんだ!」


 上から兵士たちが慌てふためく様子を見ていると、広場のちょうど四隅からほぼ同時に真っ白な煙が上がった。あれはアルたちの仕業だが、別に爆発物を使ったわけではない。ただ小麦粉の入った紙袋を思い切り地面に叩きつけただけだ。


「か、仮面ストライカー・ブルー参上!」


「ぴ、ピンクですっ!」


「グリーンよっ♪」


「イエローだぜっ!」


 舞い上がった白い粉の中から俺と同じ仮面をつけたアルたちが現れ、それぞれ名乗りを上げる。フリージアさんとシルヴィはノリノリだが、アルとティナにはまだ照れがあるようだ。


「一体なんなんだあいつらは……。ええい、やつらも捕らえろ!」


「りょ、了解であります!」


 四方を取り囲んでいた兵士たちも動き出し、それぞれ4人を追って分散する。これで広場の中心にいる群衆たちが広がれるだけのスペースができたが、あとは下にいる皆が捕まらないうちに勝負を決めてしまわなければ。


「メリッサさん、準備はいいですか?」


「ええ、いつでも」


「じゃあ、やってください」


「分かりました――『はしれ氷河』っ!」


 メリッサさんが俺のそばにあるオブジェの根元に杖の先端を叩きつける。するとそこから氷が帯状に伸びてゆき、あっという間に教会の屋根と処刑台との間にスキー場のようなスロープができあがった。


「よぉし、メリッサさん掴まって!」


「はいっ」


 その場にしゃがみ込んでメリッサさんをおんぶするように背負い、少し後ろへ下がって屋根の端から距離をとる。そして俺は助走をつけ、目の前にあるオブジェに向かって体ごとぶち当たるような飛び蹴りを食らわせた。


「せぇぇいっ!」


 ―― めぎゃっ! ――


 縦横30センチはありそうな太い木が根元からあっさりと折れる。俺が昨日のうちにノコギリで半分近くまで切り込みを入れておいたのだ。

 俺たち2人はそのまま倒れていくオブジェに飛びつき、それをソリのようにして真っ直ぐに処刑台へと滑り降りていった。


「イィィヤッホォォゥ!」


「「うわぁぁーっ!?」」


 人間の倍以上もあるものが凄い勢いで突っ込んでくるのを見て、広場の中央付近にいた群集たちは海が割れるかのように左右へと分かれて逃げ出した。そうりゃそうだ、このオブジェは横棒を含めても3メートル強の幅しかないとはいえ、処刑台の正面で棒立ちになっていたらかれてしまう可能性は十分にある。


「おらおら、御柱おんばしら様のお通りだぁーっ! しイカになりたくないやつぁとっとと逃げろーっ!」


 時速100キロ近く出ているであろう勢いにビビったのか、亮を押さえつけていた兵士やドミノマスクの筋肉男も思わず処刑台から飛び降りて逃げていく。亮が自由になったのを確認した俺は、両腕を目いっぱい広げて声の限りに叫んだ。


「亮! その場で跳び上がれっ!」


「――!」


 俺の声に反応し、亮がこちらに背を向けたままジャンプする。そして落ちてきたその体を滑り込むような体勢でキャッチしたところで、俺たちを乗せたオブジェが羽ばたく鳥のように処刑台からすぽんと飛んだ。

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